※軽めの性的描写あり
※梵天軸





 今週は酷く疲れていた。組織内の裏切者の始末、敵対組織から送り込まれたスパイの捜索、フロント企業に警察の手が回りかけたことへの後処理などなど、ナンバー2として部下任せに出来ない仕事・・は山ほどあった。
 やっとプライベートな時間を持てたのは、深夜を回った頃。事務所内にある私室へ戻り、シャワーを浴びたら薬を飲んで寝ようと思っていたはずが、バスルームを出る頃にはすっかり目も頭も冴えきっていた。これじゃ眠れる気がしない。
 こういう時、無性に女が欲しくなるのは男の性というやつだろう。
 ソファに引っ掛けたままの上着からスマホを取り出し、適当な女へ電話をかけた。普段は滅多に呼び出しなんてしないせいか、女は浮かれた様子で会いに来た。

 「私も春千夜に会いたかったの」

 早速、仮眠用のベッドへ押し倒して脱がせていくと、女はそんな台詞を口にして頬を染めた。

「この大きな瞳も……唇の傷も全部、私のものにしたいな」

 女はオレの口元の傷に触れて甘えるように言った。そのまま絡みついた細い腕に引き寄せられ、女が「春千夜、愛してる」と言いながら唇を重ねてくる。だけどその言葉を口にされた途端、オレの中で急激に女への熱が冷めていった。さっきまで疼いていた体も一気に体温を失ったかのように冷えていく。

(この瞳も、傷も私のものにしたい――?)

 バカ言ってんじゃねえ。誰がテメェ如きにやるかよ。

「……帰れ」

 女の体から離れてシャツを羽織るオレに、女はたっぷり間を空けた後で「は?」という一言を口にした。散々甘ったるい言葉を吐いてた口と同じものとは思えねえほど、冷めた「は?」だった。そこに気づいた時、笑いがこみ上げて感情のまま吹き出す。女はますます怪訝そうな顔をしてオレを見つめてきた。

「何笑ってるのよ……どうしたの? 急に」
「別に。オマエに萎えただけだ」
「な……何よ、それ! そっちが呼んだクセに――……きゃっ」

 女の腕を掴んでドアまで引きずって行くと、離せだ何だと喚き散らしてどうにも耳障りだった。廊下に放り出せば、女は「何すんのよ!」と金切り声を上げたが、服や下着を放ってやると慌てた様子でそれをかき集めている。

「好きだったのに……最低!」
「あ? 最低がどーしたよ。たやすく口に出来る乾いた愛なんていらねーんだよ! サッサと出てけ」

 そう怒鳴れば女はかき集めた服を無造作に着込んで「こんな扱いされたの初めてよ!」と憤慨したまま暗い廊下を歩いて行く。だがご丁寧にもオレの方へ唾を吐くのを忘れない。女は散々「もう会わないから」だの「二度と連絡しないで」だのと騒ぎ立て、部屋の前の廊下を汚して帰って行った。
フロント企業絡みで知り合った時は従順そうに見えて誘ったはずが、蓋を開けてみれば人に唾を吐くような下品な女だったなんて笑えねえ。手を付けないで大正解だ。いや、いっそスクラップにしてやれば良かったかと後悔しつつ、唾を吐かれた床を見てげんなりした。

「チッ。きたねぇ……。おい、誰か――」

 と人を呼ぼうとした時だった。コツ……っとヒールの音がしてハッと息を呑む。

……」

 振り返ると、そこには酷く冷めた瞳でオレを見ている女が立っていた。長い髪をきっちり頭の後ろでまとめ、白のシャツに黒いタイトスカートと、形のいい足に似合う高いヒール。全てにおいて、冷めたい空気をまとった女だ。

「また女性を連れ込んだんですか? 前にも言いましたけど事務所に連れ込むのはやめて下さい。ホテルにでも行けばいいでしょう」

 は呆れたように溜息を吐く。そういや前にも同じことを言われた気がする。
 
「……マイキーにチクんのかよ」
「こんなことくらいで、いちいち彼に報告なんてしません」

 は素っ気なく言い捨てると、さっきの女が吐いた唾を自分のハンカチで拭きとった。

「げ……汚ねぇだろ……」
「かまいません。捨てますので」

 相変らずの無表情で応えるは、オレを冷めた目で見たあとそのまま廊下を歩いて行く。後ろ姿を見ていると、彼女の全てがオレを拒んでいるように見えた。

「チッ……」

 胸くそ悪い夜になったと舌打ちが出る。いつもなら自分から誘うような真似はしないのに、今夜は珍しくその気になったのが、そもそも間違いだったのかもしれない。今からホテルへ出向くよりも、事務所の部屋へ連れ込んだ方が楽だと思ってしまった。だいたい他のメンバーだってそれなりに同じようなことをやっている。
 ただオレの場合、マイキーやの部屋と近いせいで以前もアイツに見つかったことがあった。まあ、その時も同じような嫌味を言われたが。

 ――女性の声がこちらにまで響いてうるさいです。

 表情を変えることなくシレっとした顔で言われた時は、さすがにオレも驚いた。普通の女なら多少恥じらって良さそうなもんだが、の場合それすら分かりにくい。いつも能面みたいに表情を変えないせいだ。

 はマイキーが連れて来た。どこで知り合ったのかは未だ聞けていない。彼女が来たのは関東卍會を結成したことで、チームが想像以上にデカくなりはじめた頃だったと思う。

「これからは色んな雑務をにやってもらう」

 マイキーはそう説明して彼女をオレ達幹部に紹介した。を見た時、他の奴らは浮足立ったし、オレも少し胸がざわついた。
 表情がないのはともかく。はこれまでオレが出会ったどの女より、いい女だったからだ。それもあって余計に冷たい印象を与えるのかもしれない。
 彼女がチームに合流してからというもの、確かに余計な雑務をしなくて良くなったことで、オレ達の負担は確実に減った。必要な情報をまとめる細かい作業や、ココが稼いできたチームの資金などを運用するのもがやる。ついでに気分屋で我がままなマイキーの相手も全て彼女がしていた。

、マイキーとデキてんじゃねえの」

 以前、東卍に下った灰谷蘭がそんな邪推をしていたが、その辺はオレにすら分からなかった。ただ、が傍にいればマイキーは以前のような無茶を言わなくなったし、不安定だった心も落ち着いてるように見える。だからこそ、余計に二人はデキてると勘ぐるヤツも増えた。
 マイキーの女だとしたら手を出すわけにもいかねえ。チームの奴らは早々にから手を引いた。そう、マイキーに忠誠を誓っているオレも然り。
 だけど、生意気で笑いもしない、これまで会ったどの女より可愛げのない女なのに、何故か気になってしまう。彼女の酷く冷めた瞳が、オレの脳裏に焼き付いて離れない。あの澄ました顔を、表情を、崩してやりたいという欲が、心のどこかで燻っているせいだ。
 そんなよく分からない欲求が強くなっていくのに、手は出せないから更にそれは募っていく。オレはそれを他の女に求めた。で……結果がさっきのあれだ。

「何やってんだ……クソッ」

 顏とスタイルだけが取り柄のどうでもいい女を口説き落としたところで途中で萎える。あげくそれをに見られるなんて最悪もいいところだ。

「チッ……バカみてぇ」

 部屋に戻り、ソファへ寝転がるとそんな言葉が零れ落ちる。ストレスを発散したかっただけのはずが、余計にイラついて眠れそうになかった。
 その時、小さくノックの音が聞こえてきて、寝転がったまま「誰だよ」と声をかける。この部屋へ来るのは資金調達の相談や報告をしに来る九井くらいだ。だけど聞こえて来たのは「です」という彼女の声。
 思わずソファから飛び起きて、そのままドアの方へ歩み寄った。 たかが女ひとり、部屋に来たくらいでやけに心臓がうるさい。
 ドアの前に立つと、小さく深呼吸をしてからゆっくりとドアを開けた。

「何だ……まだ文句でも――」
「いえ。廊下にこれが」

 が差し出したのは女物のピアスだった。

「あ? オレんじゃねーけど」
「そんなの分かっています」

 真顔で言い返され、取り付く島もねえなと苦笑が洩れる。コイツはどんなことに興味を持つんだろうと、変なところが気になった。

「多分、先ほど春千夜さんが追い返した女性が落としたんでしょう。返しておいて下さい」
「……は? 何でオレが」
「彼女は春千夜さんのセフレでは? なら会う機会もあるのかと。その時にでも――」
「……もうあの女と会う気はねぇよ。つーかヤってもねぇんだからセフレですらねえし」

 おかしな誤解をされて思わず言い返す。彼女は一瞬黙ったが「そう、ですか……」とだけ呟き、手の中のピアスを見下ろした。

「なら、これは私が処分しても?」
「……好きにすりゃいいだろが」
「ではそのように――」
「いや、待てよ」

 出て行こうとしたの腕を、つい掴んでしまった。訝しげに振り返った彼女は少しだけ驚いたような顔をしている。彼女が動揺する姿を初めて見たかもしれない。

「……何ですか?」
「オマエ、今何か仕事でもしてんのか?」
「いえ。もう全て終えたので部屋に戻って寝るだけですけど」
「一人でかよ」
「私が誰と寝ると言うんですか?」
「……それは、」

 逆に質問されて戸惑った。ここはマイキーとの関係を聞いてみるべきか、否か――。

「あの、手を離して下さい」
「もう寝るだけなら少し付き合え」
「え、ちょっと――」

 問答は苦手だ。いちいち次の言葉を考えるのも。
 強引にを部屋の中へ引き入れると、設置してある冷蔵庫からZIMAを出し、一本を彼女へ渡した。

「お酒に付き合えと?」
「寝るだけならいーだろ、別に。それともマイキーに怒られるのか? オレと飲んだら」
「マイキー? 彼がそんなことで怒るとは思えませんが」

 はそう言いながらも酒をそのまま口にした。どうやら酒に付き合う気はあるようだ。

「美味しいです。これって先日潰したクラブから持ち帰ったものですか?」
「ああ……酒は適当に持ってきたから何でもある。別のがいいなら勝手に飲めよ」
「いえ、これが好きです」
「……へえ。オマエにも好きなもんがあんのかよ」
「どういう意味ですか?」
「オマエは何にも興味なさそうだからな」

 何て言ってみたところで。オレものことなど何ひとつ分かっちゃいない。分からないから、気になる。

「そうですか? 色々と興味はありますけど」
「あ? 何にだよ」
「例えば……春千夜さんはどうして私をお酒の相手に選んだのか、とかです」
「どうして……?」
「先ほどの女性の代わりにしようとしてます?」
「は? んなわけ……」

 ねえだろ、と言いかけた時。自然と体が動いて彼女の腕を引き寄せていた。

「……逃げねえのかよ」

 壁に押し付ける形で逃げ道を塞いでるのは自分のクセに、そんな質問を投げかける。はこんな状況でも顔色ひとつ変えていない。そう思ってた。なのに間接照明だけの室内でも分かるくらいには、頬がほんのり赤くなっている。彼女は色白だから、余計に目立ってしまうのかもしれない。

「……逃げていいなら逃げますけど」

 ポツリと呟き、オレを見上げるの瞳は相変わらず冷めている。でもいつもと違うのは、冷え切ったように見える瞳に淡い色が見え隠れしていた。
オレを射抜くような瞳から視線が逸らせない。
 いつも、ただ黙ってオレを見る彼女の瞳から、視線から、逃げられなかったのはオレの方だ。
 の顎を指で持ち上げ、唇を近づける。それでも逃げる素振りさえ見せない。オレの中で燻っていた情欲に火をつけられた気がした。
 噛みつくように口づければ、僅かに彼女の体が跳ねる。逃がさないよう、更に壁へ押し付けながら何度も角度を変えて啄むように口付ける。そのまま首筋へも唇を滑らし、白く細い滑らかな曲線に吸い付いた。

「……ぁっ」

 が初めて声を上げた。小さく控え目ながら、オレの耳を刺激する艶が含まれている。

「そんな可愛い声も出せんのかよ」
 
耳たぶを舌先で軽く舐めるだけで、その細い身体が震えた。普段の彼女からは想像も出来ないほどの反応。たまらなくなり、シャツのボタンを乱暴に外していくと、透明感のある肌が露わになる。合わせ目を開いて肌へ口付けた。同時に舌を這わせながらも、普段から無防備に見せつけられていた太ももを手のひらで撫で上げ、そのままスカートをたくし上げていけば、心地よく手に吸い付く肌。触れれば触れるほどにのめり込んでしまう女だと思った。
 ブラジャーのホックを外すことすらもどかしく、力任せに押し上げれば形のいい膨らみがオレの目を楽しませた。と会ってから何度となく想像した裸体が今、目の前でオレを甘く誘ってくる。
 すでにツンと主張して硬くなっている乳首を口に含んで舌で転がすたび、くぐもった甘い声が静かな室内に響いた。

「は、春千夜……さん……」

 硬さを増す乳首をくにくにと舌で弄んでいると、吐息交じりの声で名を呼ばれた。ふと視線を上げた時、オレを見下ろしていると視線が絡み合う。彼女のその瞳を見て、意外なほど胸の奥が音を立てた。
 これまで抱いて来た女の欲を孕んだものでもなく。かといって媚びるでも、縋るでもない。ただ、いつもと同じく冷めているようでいて、柔らかい少し寂しげな視線に、オレの中から抑えきれない愛欲が溢れ出す。
 この女を組み敷いてめちゃくちゃに喘がせてやりたい――。
 そんな衝動に突き動かされるよう強引に唇を塞ぎ、太ももを撫でていた手を下着の中へ滑り込ませる。の膝を割り、脚を開かせると、指先で彼女の最も深い秘めた場所へ触れた。

「んん……っ」

初めての口からはっきりとした嬌声が漏れ、更に体の熱を上げていく。
その際、ゴトッという音がして、彼女の手から先ほど渡した酒の瓶が落ちたようだった。瓶は割れることなく、ただ床を酒で濡らしながら転がっている。

「す、すみません……」

僅かに唇を離したは何故か謝罪の言葉を口にした。

「何……謝ってんだよ」
「床が……汚れてしまったので……ぁっん」

 割れ目部分で指を往復させ、襞を僅かに開いて埋め込むと、話しながらもの声が小さく跳ねる。快楽を耐えている表情が、やたらとそそられた。首筋から耳までキスを落としながら「……気にすんな」とだけ応えれば、彼女は吐息交じりで僅かに首を振った。オレが極度の潔癖症なのを知っている彼女は、床を濡らしたことが気になるのかもしれない。まあ、普段なら発狂するところだ。でも今の俺にはこっちの方が大事だった。余計なことに彼女の意識を持っていかれたくない。

「……ここ、濡れてきてんぞ」
「ん……ぁ」
 
往復させていた指先にぬるりとした感触。それを口に出せば、は喉を反らして切なげな息を吐いた。たまらず蜜の溢れる場所へ指を押し込めば、更に彼女の唇が甘く震えた。

「随分と良さげだなぁ? オマエのここ」

 もう一本指を増やし、手前のぷっくりした場所をぬちぬちとしつこく擦ってやれば、柔いナカがきゅうっとオレの指を締め付けてきた。エロい体に興奮が高まっていく。
 どんどん萎えていった先ほどの行為とは違う。次から次に溢れてくる欲情は、さっきとまるで真逆だった。
 早く彼女のナカに入りたい。めちゃくちゃにしての表情を崩したい。そんな男の欲で、オレの頭は埋め尽くされていた。
 なのに、頭を過ぎるのは絶対的な――王の顏だ。

……」
「な、何です、か……」
「一つ聞いていいか……?」

 欲を堪えて指を引き抜き、彼女の腰を抱き寄せると、は潤みを帯びている瞳でオレを見上げてきた。

「オマエは……マイキーの女か……?」

 その問いに彼女は僅かに目を細めた気がした。
 オレにとってのマイキーは、この世界の絶対的な存在だ。オレの中にマイキーを裏切るという選択肢は、ない。それが例え女ひとりのことであろうと。
 なのにが欲しいという欲は溢れるばかりで。抑制も効かないほどに溢れてくる、この感情は何なんだろう。

「答えろよ、……」

 オレの問いにしばらく無言でいたが、表情のない彼女からは何も読み取れない。だが、オレが焦れてきた頃、彼女がふと柔らかい笑みを見せた。窓から入る月明かりが、鮮明に照らしたそれは、オレが初めて見る彼女の笑顔。
 一瞬だけ息を呑む。けど、そのあとに彼女は一言呟いた。

「綺麗な嘘がいいですか? それとも……醜い真実がいいですか――?」

 どちらが正解でも、オレはが欲しい。もし答えを間違えた時は――。

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