いつもの如く朝方近い時間に帰宅して睡眠を貪っていた時のこと。
やかましいインターフォンの音で目が覚めた。
最初は無視していたものの。その後もピンポーン……ピンポーン……と一定の間を空けながら鳴り響くタチの悪い連続攻撃に、オレはたまらずベッドから飛び起きた。
無意識に壁時計を見たら、昼の12時過ぎ。オレからすれば、まだ朝という感覚の時間だった。
その瞬間もリビングから聞こえてくるピンポーン……ピンポーン……という不快な音。
こんなヤクザの取り立てまがいな鳴らし方をする人物に、オレは一人だけ心当たりがある。

「チッ……オレの眠りを妨げるのはアイツくらいだろ」

ブツブツ言いながらのっそり起き上がり、重たい足取りでリビングへ向かう。案の定、インターフォンのモニターを見れば予想通りの人物がそこに立っていた。

「はぃ――」
『あっ蘭ちゃん?!』
「……っ」

キーン、という耳鳴りがしたのは気のせいじゃない。寝起きにコイツのキャンキャン声は脳天にまで響く。軽い眩暈を感じながら溜息交じりで「何だよ……」と声を絞り出した。

「竜胆なら夕べから班目と横浜に行ってんぞ……何ちゃら言うアーティストのライヴで」
『知ってるよー。だってそのチケット、わたしが手配したんだもん』
「あ~そうだっっけ……じゃあ何の用だよ……こんな時間に」
『こんな時間ってもうお昼だよ、蘭ちゃん!』
「……オレには早朝なんだよ」
『あのね、竜ちゃんのいない今のうちに買い物付き合って欲しくて』

オレの言葉を華麗にスルーしてくるこの女は、弟の竜胆の彼女で。オレの常識が一切通用しない、なかなかのつわものだ。

「……買い物ぉ?何の」
『もちろん竜ちゃんの誕生日プレゼントだよー』
「あー……そっか。明日だな……」

軽い欠伸をしつつ、弟の誕生日を思い出す。と言ってもオレの場合、すでにプレゼントは用意してるし、明日は予約したケーキを取りに行くだけだ。

『お願い。蘭ちゃん……買い物付き合って。竜ちゃんが今、何を一番欲しいか聞けなかったの』
「あ……?何でだよ。ライヴのチケットやったならプレゼントはもういらねーんじゃねえの」

そうだ。竜胆が大好きなアーティストのライブチケット、それも最前列の席をに貰ったと言って、アイツが大喜びしてたのはつい先日のことだった。
てっきり今年の誕生日プレゼントはそれだと思ってたし、竜胆もそう思ってるはずだ。
昨夜、そのライヴが横浜アリーナで行われ、終わってから東京まで戻るのは怠いからと、竜胆は最初から一泊の予定で出かけて行った。
なのにまだプレゼントを買うってのか?と不思議に思った。

『だって誕生日当日はやっぱり形のある物あげたいじゃない』
「……いらねえだろ」
『あげたいのー。お願い、蘭ちゃん……』

眉を下げて悲しそうな顔をするがモニターに映ってる。オレはコイツのこの顔に……弱い。

「ハァ……ったく。分かったよ……」
『ほんとっ?』
「ああ。すぐ用意すっから10分待ってろ」
『えー!5分で来てよー』

口を尖らせるの顏がぐぐっとカメラに近づいた。モニターいっぱいに小学生みたいなふくれっ面が映る。オレは無言でモニターをオフにした。

「ったくアイツ……マジでウゼェ」

なんてボヤきながらも部屋に戻ってすぐに着替える。寝る前に軽くシャワーを浴びたせいか、寝癖がついてっけど、オレの場合は三つ編みにしてしまえば万事解決だ。

「ハァ……夕方まで寝るつもりだったのに」

ブツブツ言いながら外出着に着替えて、財布やら家の鍵やらをポケットへ突っ込み、最後にお気に入りの香水を一滴ずつ手首に付けてこすり合わせた。好きなにおいを纏うと自然と目が覚めるからだ。

「蘭ちゃん、おっそーい」

エントランスでは頬をこれでもかってくらいに膨らませてるが出迎えてくれて、思わず吹きそうになった。相変わらず幼稚園児なみな怒り方だ。
まあ、顏も童顔だし、小柄だから良く見積もっても小学生かと思う時が多々ある。

「遅くねえ。むしろオレの眠りを妨げたものは何人たりとも許さねえけど、こうして出て来てやったんだから少しは感謝しろよ」
「……え、蘭ちゃん寝てたの?それはごめんね……起こしちゃって」

急にしおらしい顔で謝ってくるは素直すぎるくらい素直だ。こういうところは普通に可愛いと思う。
まあ、オレも口で言うほど怒ってもねえし、竜胆の彼女ということでのことを大いに甘やかしてる身としては、これくらいのオイタも許容範囲だ。

「んで?竜胆の欲しがってるもんだっけ」
「うん。蘭ちゃんなら分かるんじゃないかなーと思って」
「欲しがってたもん……昨日のライヴ以外で言えば……」
「言えば?」
「……分かんね。欲しいもんありゃ、だいたい自分で買ってるし」
「えー……せっかく蘭ちゃん召喚したのに使えないなあ」
「テメェ……オレにそんな口効けんのオマエくらいだぞ、コラ」
「いだだだっ」

生意気を言いだしたのモチモチほっぺを思い切りつまんでやると、リアクションがマジで小学生のそれだった。ウケる。つーか、可愛いからいくらでも構ってられるかも。

「もぉー!女の子のほっぺ摘まむとか蘭ちゃんサイテー……」

はほっぺを擦りながら涙目になっている。そんな強くつねった覚えはねーのに。

「そんな痛くねえだろ」
「痛いもん……」
「じゃあ蘭ちゃんがちゅーしてやろーか?」
「そ、それはダメ!竜ちゃんに怒られる」
「ホッペにちゅーくらいじゃ竜胆も怒らねえって」
「ダメ。浮気になっちゃう」

オレがふざけて唇を近づけると、真っ赤になりながら両手でほっぺを隠してんの、可愛いかよ。

「浮気って大げさ~。弟の彼女に軽いスキンシップすんのは浮気に入らねーし」
「……でも竜ちゃんはオレがいない時に兄貴と二人になるなって言ってたもん」
「ハァ?アイツ、そんなこと言ってたのかよ。兄貴を信用しないとか生意気。帰って来たらお仕置きだわ」
「えっ嘘、今のは嘘だから!」

オレが指を鳴らすふりをするだけで、は真っ青になって腕にしがみついてくる。こういう素直なとこが可愛いから、またからかいたくなんだけど。
珍しく竜胆が女に本気になってるから、余計に悪戯心が沸くのかもしれない。
二人の出逢いを見てるからこそ、これでも暖かーく見守ってるつもりなんだけど。

は竜胆行きつけの服屋の店員だ。
去年、オレと竜胆でその店へ買い物に行った際、竜胆は金を払って商品を忘れてくるという大ドジをかました。
まあ、それまでに色々と買い物をして荷物をいくつか持ってたことと、支払いを済ませて財布をしまう時に、他の荷物を落としたというハプニングが起きて、拾って何だかんだ話しながら店を出てしまったのが原因だ。
オレも竜胆も全く気づかなくて、しばらく歩いたあと、後ろから「すみませーんっ」という声と共に、レジを担当してくれた子が追いかけてきた。

――お客様、商品をお忘れです!

息を切らせて、大きな声で叫びながら走って来た女の子――それがだった。
店からだいぶ離れていたにも関わらず、高いヒールを穿いてるのに必死で追いかけてくれたようだ。本来なら客が取りに来るのを待てばいいだけの話なのに、一生懸命、遠い道のりを走ってきてくれたことで、竜胆は随分と感激してたのを覚えてる。
は礼を言った竜胆に対し「いえ、お渡し出来て良かったです」と可愛い笑顔を見せてくれた。。あれで竜胆はコロッとに恋に落ちたようだ。
これまで自分の周りにはいないタイプだったから余計にキュンときたらしい。
確かにあの時はオレもちょっとだけキュンとしたわ。

それから竜胆は時間を見つけちゃ店へ顔を出し、買いたい物がなくても何かしら理由をつけて通うようになった。
それが功を奏したのか、も竜胆を意識するようになって、最後はまんまと恋に落とされたようだ。
二人は少しずつ距離を縮めて、食事デートをするくらい親しくなった。
告白はもちろん竜胆からで、オレの予想通り一発OK。
そこからは竜胆も一切女遊びをしなくなり、兄ちゃんとしては少しの寂しさも感じたが、まあの悲しむ顔はオレも見たくないから、我が家はファーストでいいと思う今日この頃だったりする。

「あ、これなんかどうかな?」
「んー竜胆の趣味じゃねえ」
「じゃあ、こっちは?」
「これも似合わねえだろ、アイツに」
「えー……じゃあ……あ、これは?」
「……そんなアホっぽく見える眼鏡、竜胆も嫌だろ」
「もぉぉぉ……じゃあ何がいいの~?」

色んな店を回っては、ああでもないこうでもないと、竜胆のプレゼントを真剣に選んでるを見ていると、コイツは本気で竜胆のことが好きなんだなーと苦笑が漏れる。あまり女に本気になれないオレでも、のことは可愛いと思うんだから竜胆は余計そう思うんだろう。
最近のアイツは何かって―と惚気てくるからウザいけど。

この前、街中でチンピラとケンカになりそうになったことがあった。
いつもなら竜胆とボコして瞬殺する案件だ。
なのに竜胆が「に怒られるからケンカしたってバレたくねえ」とか言い出して、あの時はマジでビビったぞ、兄ちゃんは。
まあ、結果的には相手の攻撃を一切受けずにボコれたから良かったけどな。あの時の竜胆の安堵した顔はちょっと笑ったけど。
前の竜胆なら女に何を言われても平気でケンカしてたし、いちいち小さいことなんか気にしなかったのに随分と変わったもんだ。

「お、これ竜胆好きそ~」
「え、どれどれ?」

ふと目に止まったブーツを見て言えば、早速が食いついて来た。オレに身を寄せ、同じようにショーウインドウを覗くから顏がやけに近い。

「え、これ竜ちゃん、喜びそう?」
「そう言えば秋物のブーツ欲しがってたわ」
「え、それ!そういうの欲しかったの!」

が笑顔でこっちを向いて嬉しそうに言うから、こっちも釣られて笑みが漏れる。至近距離で笑みを交わし合う様は、どこからどう見てもカップルだったかもしれない。
――その時だった。物凄い力で肩をぐいっと掴まれ、後ろを振り向かされた。

「……兄貴、と何やってんの」
「おー、竜胆。帰ってきたのかよ」
「あ、竜ちゃん!」

後ろに立ってオレの肩を掴んでいたのは竜胆だった。時計を見れば夕方近い時間。まあ、ここは帰り道でしょっちゅう通るし、大通りに面してるから、見つかることは想定内だ。でも竜胆はやたらと殺気だっている。

、何で兄貴といんの」
「え、えっと……」

竜胆は怖い顔をしてを問い詰めてる。こりゃ完璧に誤解してのヤキモチだな、と内心苦笑が洩れた。
オレがに手を出すわけねえし、竜胆もそれを分かってるクセして妬くんだから、兄ちゃんとしては可愛い奴としか思わない。
でもは竜胆に怒られてると感じたのか、急にしゅんとしてしまった。仕方ねえから、ここは助け船を出してやるか。

「竜胆が今、欲しいもの教えてって言われたから買い物に付き合ってただけだよ」
「……オレの欲しいもの?え、何で?」

ちょっと驚いた様子で竜胆がに尋ねると、彼女は何で言うの的な目でオレを見てくる。でもまあ、変な誤解されるよりはマシだろ。

「オマエの誕生日プレゼント。誕生日は形に残るものをあげたいんだと」
「え……マジで……?」
「う、うん……」
「ライヴのチケットだけで十分なのに」
「でもそれじゃ手元に残らないし……」
「いーんだよ。のおかげですげー楽しかったし」
「ほんと?」
「ほんと。だから他に何も買わなくていいって」
「でも……」
「明日、におめでとうしてもらえればオレは嬉しいし」
「竜ちゃん……」

うげ。何か急に甘ったるい匂いがしてきたし、何かオレの存在忘れられてねえ?

「つーか、さっきから電話してんのに出ねえから心配したし」
「え、嘘……ごめん。外にいたから聞こえなかったかも……」
「だーからバイブ機能も合わせて設定しとけっつってんじゃん」
「う……今度からそうする」

竜胆に額を小突かれ、素直に頷いてるに、更にデレる竜胆。
何だ、この二人の世界ループな感じ。

「じゃあ、せっかく会ったし飯でも行く?ライヴの感想話してやるよ」
「え、行く!聞きたい!」
「今度は一緒に行こうなー?班目パイセンと行くと、あの人ナンパしかしねえし」
「えっ!まさか竜ちゃんも……?」
「オレがするかよ。がいるのに」
「えへへ。良かったぁ」

「……」

仲良く手を繋ぎながら歩いて行く二人は、オレのことなんかすっかり忘れてるようだ。まあ、彼氏の兄貴よりは、やっぱり彼氏がいいんだろうけど、寝てるのを叩き起こされて、今の今まで散々連れまわされたオレがちょっと可哀そうだ。
……なんて思ってたら、がくるりと振り向いて「蘭ちゃんも一緒に行こ」と笑顔で手を振って来る。竜胆は竜胆で「悪かったな。に付き合ってもらって。夕飯オレがおごるから」なんて彼氏っぽい台詞を吐いた。
随分と大人になったもんだ、とシミジミしてるオレは、兄貴というより、二人の父親みたいな感覚になってる。

「竜ちゃん、何食べたい?」
が食べたいもんでいいよ」
「え、でも竜ちゃん、誕生日なのに」
「それは明日だから。明日は兄貴のおごりだから焼肉決定な」
「はいはい。いくらでも食えよ。その代わり今夜はの好きなもんなー」
「え、二人して……いいの?」
「もちろん」
「可愛いのためだし?」
「いや、兄貴。それ、オレの台詞だから」
「はいはい」

竜胆はいちいちヤキモチ妬くからウケる。でもまあ、これだけ仲の良さを見せつけられると、オレもみたいな彼女が欲しくなってきた。
どっかに可愛いもどきが落ちてねえかな。



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