真夏の青空から燦燦と輝く太陽に照らされて、一面の緑がキラキラと乱反射してる。見上げるとやっぱり眩しくて、わたしは少しだけ目を細めた。
こんな時間を指定したのは、やっぱり間違いだったかもしれない。今日は猛暑日だと朝の天気予報で知った時、中止のメールを送れば良かったと後悔した。
……まあ、それに気づいてくれるかどうかは――疑問だけど。
「ねえねえ、君。一人?良かったらオレと――」
「……え?」
ぱたぱたと手で顔の辺りを扇いでいると、不意に背後から声をかけられ振り向こうとした。だけどその瞬間。反対側から伸びて来た腕が、わたしの肩を抱いて強い力で引き寄せられる。驚いて顔を上げると、そこには――。
「誰に声かけてんだぁ?……殺すぞ」
「……ひっ!か、彼氏いたんスね!すんませんっした~!」
「あ……」
ナンパ目的だったのか、大学生風のチャラい男の人が脱兎のごとく走り去っていく。あまりの速さで呆気に取られてしまった。
「チッ。何だァ?アイツ……」
わたしを腕におさめながら舌打ちをしている彼は灰谷蘭。
スラリとした高身長で憎たらしいほどの眉目秀麗。
黒金の長い髪を三つ編みにして垂らしてる、一風変わったスタイルの蘭ちゃんは、別にわたしの彼氏でも何でもない。
有り体に言えば、いわゆる幼馴染という関係だ。
「蘭ちゃん……」
「ボーっとしてっからだぞ。オマエ、隙ありすぎー」
「……む。ボーっとなんかしてないってば。わたしは普通に蘭ちゃん待ってただけ――」
と、文句を言いかけたわたしの手を握って蘭ちゃんはサッサと歩き出す。こんな真昼間に時間を指定したから不機嫌なのかもしれない。それに一つ問題なのは――。
「ちょ、ちょっと……手を繋いで平気なの……?」
「あ?何が」
「ほら、また蘭ちゃんにご執心の女の子達に勘違いされたり……」
言いながらもキョロキョロと辺りを見渡す。以前、派手な女の子に囲まれて散々な目にあったことがあるから油断できない。蘭ちゃんの取り巻きガールは地味に怖いのだ。
その蘭ちゃんはビビってるわたしを見て鼻で笑った。
「こんな真昼間から出歩くような知り合い、オレにいると思うわけ」
そう言いながら蘭ちゃんはスタスタとヒルズの敷地を歩いて行く。コンパスが違いすぎるからついて行くのが大変だ。
でも、まあ言われてみれば蘭ちゃんがつるむような人達はこんな時間に、しかもこの炎天下を出歩くわけないかと納得する。
そういう蘭ちゃんも普段は同じようなものだ。仕事がなければ明け方までチームの人と遊び歩いて、昼間はずっとベッドの中で過ごす達人だし、こんな風に出かけてくるのは珍しい。
それもこれも今日はわたしの誕生日で、夕べ蘭ちゃんから突然電話がきて「明日空けとけ。買い物連れてってやる」と言われたからだ。
毎年わたしの誕生日には何かしら買ってくれる蘭ちゃんだけど、今年は珍しく一緒に買い物に連れてってくれるらしい。
ただ一つ問題なのは待ち合わせの時間だった。蘭ちゃんはデフォルトの如く夕方の五時と指定してきたけど「たまには昼間に会おうよ」とお願いすると、意外にも渋々早起き(?)してくれたみたいだ。
こうして太陽の下を蘭ちゃんと歩くのは何年ぶりだろう?地味に……中学の時以来かもしれない。
「珍しいね。蘭ちゃんが買い物一緒に行こうなんて」
「あ?ダメなのかよ」
「ダメじゃないけど……こんな昼間でも出てくるなんて思わなかったし」
「オマエが指定したんじゃん。……んなことより何が欲しいんだよ。サッサと選べ」
ぐいっと手を引かれて前に出されると、目の前にはキラキラしたアクセサリーがズラリと並んでいる。え、と驚いて店内を見わたすと、そこはヒルズ内にある某ハイブランドの超有名装飾店だった。
蘭ちゃんに手を引かれるまま歩いていたから、全然気づかなかった。
親の後ろからくっついて歩く雛鳥か?蘭ちゃんを信用しすぎでしょ、わたし。
「こ、ここここれ……何?」
「は?何って……見りゃ分かんだろ。アクセサリーだよ」
「そ、それは分かってるけど……こんな高いの似合わないしいいよ……」
いくら誕生日とはいえ、二十歳になったばかりのわたしには高価すぎる。なのに蘭ちゃんは「ハタチだからこそ、そろそろ本物つけろよ」と怖いことを言ってきた。
「そもそもハタチって特別だろ」
「そ、そうだけど……」
去年の誕生日も何気にブランド物のミュールをくれたけど、あれは履き物だからそれほど気にならなかった。でもアクセサリーは靴の何倍も値段が張るのだ。
「い、いいってば。わたしがつけてもどうせフェイクにしか見えないし」
「ふははっ。よく分かってんじゃん」
「む……」
買ってくれようとしてるわりにバカしてくるんだから嫌になる。この2つ上の幼馴染は昔からこんな感じだ。
(それにしても……蘭ちゃんは相変わらず、こういう店でも気後れしないな……)
1年前、弟の竜ちゃんと自分の店を経営し始めた蘭ちゃんは、すでに大人の世界の人だ。
今日着てるサンローランのカジュアルなスーツが良く似合ってるし、どこのモデルだと思わないでもない。
さっきから歩いてるだけで、その辺の女の子たちがチラチラと熱い視線を送ってくるし、こうして立ってるだけでかなり目立つのだから嫌になる。っていうか店員のお姉さまの目までハートになってるし。
何か凄く――嫌な気分。
「ほら、早く選べよ」
「……蘭ちゃんはこういうお店とか詳しいよね」
「あ?」
当たり前だけど蘭ちゃんは昔から女の子によくモテる。女のわたしよりも滑らかな肌質で、まるで計算されつくした造形物と言っても過言ではないほど綺麗な顔立ちだから、世の女性陣が放っておくはずもない。
実際、蘭ちゃんはいつも違う女の子を連れ歩いてるし、時々それを見かけては「またか」と内心呆れていた。でも本当は蘭ちゃんが他の子と歩いてるのを見るたびに、胸の奥がモヤモヤする。
蘭ちゃんはわたしだけのものじゃないのに、独占欲が湧いてしまうせいだ。
「普段から女の子とこういう店で買い物してるんだ」
だから、ついそんな言葉が口から飛び出した。ちょっと嫌味っぽくなったのは、わたしなりの嫉妬心なのかもしれない。昔の蘭ちゃんは常にわたしの傍にいてくれたから、知らない女の子に蘭ちゃんを盗られる気がしてしまうのだ。
ただの幼馴染でしかないわたしより、彼女を選ぶのは仕方のないことなんだろうけど。
でも、蘭ちゃんはわたしの言葉を聞いて徐に顔をしかめると「あー?するかよ。めんどくせえ」と言い放ち、その綺麗な指先でキラキラと揺れるネックレスを取ると、わたしの鎖骨部分にあてる。
「こういうのはオマエとだけ」
「……え?」
「これ、似合うんじゃねえ?こっちのピアスとデザインお揃いだしセットで買う?」
「……」
あんなにモテるくせにわたしとだけ、なんて言うからちょっと驚く。思わず顔を上げると、蘭ちゃんの意地悪そうな笑みがわたしを見下ろしてた。見慣れてるはずの意地悪な顔。
なのに不覚にも心臓が小さく鳴った気がした。
「い、いい。ほんといらない」
「あ、おいっ」
繋いでた手をパっと離して先に店を出る。自分でもよく分からない感情がこみ上げてきて、心臓がばくばくするから少し息苦しい。
「何だよ。どーした?」
「な、何でもない」
追いかけてきた蘭ちゃんは呆れたようにわたしの顔を覗き込むから、慌てて顔ごと反らす。やけに顔が熱い。
「何だよ、機嫌わりぃなぁ。あのブランド嫌いだったのかよ」
「違う……けど……いい。あんな高い物、蘭ちゃんに買ってもらう理由ないもん」
「あ……?どーいう意味だよ」
「だから……ああいうのは彼女とかに買ってあげなよ。わたしは……あ、あれ!あれでいい!」
パっと目についたショップまで走って行くと、店頭に飾られていたバスボムセットを手に取る。可愛くラッピングされた箱を蘭ちゃんに見せると、何故か小さく息を吐いてそっぽを向かれてしまった。
「……あっそ。んじゃー今年はそれな」
結局、誕生日プレゼントはお風呂を彩るカラフルなバスボムセットになり、蘭ちゃんはそれ以降、あまり喋らなくなった。
一度離してしまった手も、二度と繋がれることはなかった。

「――は?オマエ、バカじゃねーの。そこはアクセサリー買ってもらえよ」
もう一人の幼馴染で蘭ちゃんの弟の竜ちゃんは心底呆れたように溜息を吐いた。
蘭ちゃんと別れて家に帰って来たら、竜ちゃんがドアの前に立っていた。
その手にはわたしへの誕生日プレゼントを持っていて、出かける前に渡しに来てくれたらしい。
「兄貴、不機嫌になったんじゃねーの?」
「う……何で分かるの……?」
「やっぱりな……。はぁ~……八つ当たりされんのオレなんだから、兄貴の機嫌を損ねるなって言ってんだろ、いつも」
竜ちゃんはテーブルに突っ伏して溜息を吐いている。そんな大げさな、と思ったけど、昔から蘭ちゃんが機嫌悪いと、そのイライラの矛先は竜ちゃんへ向かう。そういう光景はよく見てたから、あながち大げさでもないのかもしれない。
「で、でも何であそこまで機嫌悪くなるの……?わたしはただ普通のプレゼントでいいって言っただけなのに……」
「……オマエ、マジでそれ言ってんの。マジだったら鈍すぎねえ?」
「どういう意味?」
「……いや。いい」
きょとん、としたわたしを見て、竜ちゃんの鋭い瞳が半分にまで細められた。何がいけないのかサッパリ分からない。
「とりま……兄貴んとこ行けば?」
しばしの沈黙のあと。竜ちゃんがケータイで時間を確認してふと呟いた。
「え……でも……」
「どうせおばさん達、今日も遅いんだろ?」
「うん、まあ……」
両親は共働きでいつも帰りが遅い。誕生日も毎年忘れられて、一カ月は過ぎた辺りでやっと思い出してもらえるという可哀そうな一人娘がわたしだ。
だからいつも蘭ちゃんや竜ちゃんがわたしの誕生日を必ず祝ってくれていた。
だけど今日は別れ際に何も言われてない。
「だったら行けよ。兄貴もそのつもりだったと思うし」
「え……でもさっき何も言われなかったし……」
いつもは夕方「うち来いよ」って連絡がくる。それで蘭ちゃんと竜ちゃんちに行けば、豪華なお料理とか可愛いケーキを用意してくれてる。でも今日は蘭ちゃんの機嫌を損ねてしまったから、気まずいまま別れて今に至る。
「何も言われなくてもそーなんだよ。ほら行って来いって」
「……え、竜ちゃんは?」
毎年わたしの誕生日は二人が祝ってくれるし、てっきり竜ちゃんも一緒に行ってくれるものだと思っていた。なのに竜ちゃんはあっさり「行かねえよ」と笑った。
「オレは今夜、はなから遠慮するつもりだったし」
「え、どうして……?毎年一緒に――」
「ああ~今年はと二人にしろって兄貴が言うからさ」
「……わたしと?何で?」
首を傾げつつ尋ねると、竜ちゃんは目を細めて口を半開きにしたまま――要は呆れ顔――わたしを見ている。ついでに盛大な溜息を吐かれた。
「……はあ。兄貴に同情するわ」
「同情……?」
時々竜ちゃんは訳の分からないことを言うけど、今回もよく分からないまま、わたしを灰谷家のあるマンション前まで送ってくれた。
「じゃあオレが戻る前に仲直りしとけよ?」
「う……が、頑張る」
念を押されて仕方なく頷くと、竜ちゃんは「じゃあ、誕生日おめでとうなー」とわたしの頭を撫でつつ、夜の繁華街へと繰り出して行った。それを見送ったあとで、目の前にそびえるタワーマンションを見上げる。
二人が実家を出てこのマンションに越したのは二年ほど前だったか。その頃から二人とも経営に興味があったようで、何やら計画を立ててたのは覚えてる。
それをたった1年で実現させて、2年経った今は大成功してるんだから元々そういった才能があったんだろう。わたしの幼馴染はホントに凄いなあと感心してしまう。
昔は肩を並べてたこともあったのに、今じゃわたしだけ成長が止まったように二人を見上げてばかりだから悲しくなる。
「蘭ちゃん、まだ怒ってるかな……」
竜ちゃんに仲直りしろよと言われたものの。未だに何で蘭ちゃんが不機嫌になったのかが分からない。ただ蘭ちゃんが機嫌悪いと悲しいから、出来ればわたしも仲直りしたい。
そして誕生日を一緒に祝って欲しいと思うのだ。
わたしの誕生日だけは、人気者の幼馴染を独り占めできる日だから。
よし、と覚悟を決めてインターフォンを鳴らす。でも出る気配は――ない。
もしかしていないってパターンなのでは……。
竜ちゃんは「兄貴は絶対待ってる」なんて言ってたけど、蘭ちゃんだって忙しい人だし、誰かから誘われて遊びに出かけたかもしれない。
でも、そうなると誕生日にわたしはホントに一人ぼっちだ。
(帰ろうかな……)
やけに悲しくなってしまった。でも足が固まったように動かない。
目の前には豪華なロビーが見えるのに、わたしだけ締め出された気分だ。
(……蘭ちゃんと仲直りしたいのに、今日はもう会えないのかな……)
未練たらしくエントランス前に立っていたわたしは、最後にもう一度だけダメ元でインターフォンを鳴らす。これで応答がなかったら諦めて、誰もいない家に帰るしかない。
『……誰?』
「――っ」
ドキドキして待っていた時。不意に低音の声が聞こえて、俯いてた顔を上げる。同時に心臓が跳ねあがってしまった。
「ら、蘭ちゃん、わたし……!」
明らかにテンションの下がった声だったけど、蘭ちゃんなのは間違いない。やっぱりまだ機嫌が悪そうだし、追い返されそう。そんな心配をしはじめた時だった。
『……開けたから入れよ』
さっきよりも少しだけトーンが優しくなった声が聞こえて、思わず笑顔になった。どうやらオートロックを解除してくれたらしい。すぐにロビーへ入ってエレベーターを呼ぶ。入れてくれたということは、まだ仲直りのチャンスがあるということだ。
上に行ったら蘭ちゃんが何で不機嫌になったのかを聞こう。そう思いながら最上階に着いたエレベーターを降りて広い廊下を走って行く。するとドンピシャなタイミングで部屋のドアが開いた。
「……こ、こんばんは」
「おー」
玄関をひょっこり覗くと、蘭ちゃんは壁に寄り掛かってわたしを出迎えてくれた。でもいつもの笑顔はない。一瞬浮かれてここまで来ちゃったけど、まだ機嫌は悪いみたいだ。
「えっと……」
「とりあえず……入れば?」
「う、うん……」
蘭ちゃんがサッサと歩いて行くから、すぐにわたしも中へ入って後を追った。リビングに顔を出すと、蘭ちゃんはキッチンにいて、冷蔵庫から缶ビールを出して飲んでいる。ふとリビングのテーブルを見れば、すでに飲んでいたのか空になった缶が3本ほど転がっていた。
「あ、あの、ね……」
「ああ、竜胆そっち行った?」
「え?あ……う、うん。さっき」
蘭ちゃんは缶ビールを飲みながらリビングのソファにどっかり腰を下ろして、立ったままのわたしを見上げてくる。ついでに「座れば」と自分の隣をポンと叩くから、言われた通り隣に腰を下ろした。
「あ……さっきは……ありがとう。プレゼント……」
「……いや。あんなのプレゼントって言えるほどのもんでもねえだろ。自分でも買えるやつじゃん」
「そ、そんなことないよ。嬉しかったし……」
「……フーン」
う、気まずい。蘭ちゃんはまだ少し機嫌が悪い。やっぱり素直にアクセサリーを選んでおけば良かったのかな、と後悔し始めたその時、蘭ちゃんが缶ビールをテーブルに置いた。
「ケーキ、食う?」
「……え?」
「ケーキだよ。誕生日の」
「あ……あるの?」
「当たり前だろ。毎年予約してんだし」
蘭ちゃんはソファから立ちあがると、冷蔵庫の中から大きなホールケーキを二つ取り出した。木苺がふんだんに使われてるカサミンゴーの木苺ケーキと、最高級ヴァローナチョコレートで覆われたザッハトルテのセット。
やっぱり今年も買っておいてくれたんだと思うと思わず笑顔になった。
「どっち食べる?」
「どっちも!」
「言うと思った」
蘭ちゃんは軽く吹き出して笑っている。その笑顔を見た瞬間、何故か胸の奥がぎゅっとして、その後にホっと安堵の息が洩れた。やっぱり蘭ちゃんとは仲良しのままでいたい。いつも笑顔を向けて欲しい。ふとそう思ってしまった。
「……何だよ」
「な、何でもない。あ、わたしが切り分ける」
「おま、自分の分だけ大きく切ろうとしてんだろ」
「あ……バレた?」
そう言って笑うと蘭ちゃんの長い指がいつものようにわたしのオデコをツンと小突く。たったそれだけで嬉しくなるんだから、わたしも単純かもしれない。
今なら……素直に言えそうな気がする。
「あ、あの……さっきはごめん……ね」
「……あ?」
「せっかく可愛いものプレゼントしてくれようとしたのに、いらないなんて言っちゃって……」
ケーキを食べる前に思い切って謝罪すると、蘭ちゃんは一瞬、ケーキを食べる手を止めてわたしを見た。でも微妙に困惑した顔をして溜息をついてる。それを見た瞬間、何か余計なことを言ったのかと心配になった。
「別に……オレが怒ってんのはそこじゃねえよ」
「……え?」
「アクセサリーなんて本人が欲しくないなら買う意味ねえし。オレは別にが気に入ったならプレゼントなんて何でも良かったんだよ」
「え……っと……じゃあ……何で機嫌悪くなったの?」
「は?まだそこ?」
「え?どこ?」
「……」
わたしの反応を見た蘭ちゃんは、さっきの竜ちゃんと全く同じ顔をした。
目を半分に細めて口が空いてるから、多分凄く呆れてるんだと思う。でも何に呆れられてるのかが分からない。
「ハァ……オマエ、マジで……」
「……え?なに?」
「いや……まあ……いいけど」
何故か蘭ちゃんは酷く疲れたみたいな顔で項垂れると、横目でジトっとわたしを見て「ケーキ……食えば」と言ってきた。
「う、うん」
少しホっとして、まずは木苺のケーキを口に入れる。濃厚なクリームが口内に蕩けて、木苺の甘酸っぱさと絶妙にマッチしてるから凄く美味しい。
「おいひい……」
「あたりめーだろ」
毎年この流れになって、蘭ちゃんが作ったわけでもないのに、どや顔をするまでがデフォルトだ。でもいつもと同じなのが嬉しいし、何か凄く安心する。まあ、今年は何故か竜ちゃんがいないけど。
「あ~……そういや今日はもしかしたら来ねえと思って料理取りに行ってねーんだよ。腹減ってんなら何か食いに行く?」
「え、いいよ、そんなの」
「いや、でもケーキだけってのもあれじゃん。つーか、マジでプレゼントもあんなんでいいのかよ」
「え、もちろん。ちゃんと毎日お風呂で使わせてもらうし」
「……いや、でもさすがにアレだけじゃな。せっかくハタチの誕生日なんだし……マジで何か欲しいもんねえの、オマエ」
「……欲しい、もの?」
「ああ。何だかんだ毎年オレや竜胆が勝手に選んで買って来てたろ。だからハタチの誕生日くらいはの欲しいものと思ったのに、買い物連れて行ってもオマエはいらねえつーし……別にアクセサリーじゃなくても何でも良かったけど、オマエはあんなバスグッズしか選ばないから、何か外した感が消えねえんだよなぁ」
「え……」
それを聞いて驚いた。そういう意図で今日は買い物に連れて行ってくれたんだ。なのにわたしは全然気づかないで蘭ちゃんの気持ちを踏みにじってしまったのかもしれない。
そう思ったら、やっぱり「ごめんね」という言葉が自然と零れ落ちた。
「いや、別に責めてねえし勘違いすんなって。ただ……ハタチになったお祝いだからオレが勝手に特別なもん何かやりたかっただけ」
「……蘭ちゃん」
蘭ちゃんのその気持ちがドストレートに突き刺さって凄く嬉しかった。でもきっと、わたしが本当に欲しいのは物なんかじゃない。
「わたし……」
「ん?何かある?欲しいもん」
小首をかしげて蘭ちゃんがわたしの顔を覗き込む。アメジストのように綺麗な瞳を見ていると、やっぱりこれが一番欲しいと思った。
「わたし……もっと蘭ちゃんとの時間が欲しい」
「……ゲホッ……あ?」
ビールを飲んでた蘭ちゃんが軽く咽て、驚いたようにわたしを見た。でも今のがわたしの本音だ。
「蘭ちゃんはわたしだけの蘭ちゃんじゃないけど、今日は……誕生日が終わるまでは蘭ちゃんのこと独り占めしたい」
「……?」
子供の頃はまだ良かった。でも大人になるにつれ、蘭ちゃんも竜ちゃんもわたし以外に大事なものが増えていくのを見てるのが寂しかった。
だから毎年、わたしの誕生日だけは独り占めしたいって思うようになった。欲しいプレゼントがあるとするならば、それは今みたいな蘭ちゃんとの時間なのかもしれない。
蘭ちゃんは少し驚いたようにわたしを見てたけど、不意に綺麗な口元が弧を描いた。
「分かった」
「え……?」
ふと顔を上げると、蘭ちゃんは真剣な顔でわたしを見つめてた。何故かじわりと頬が熱くなって、変にドキドキしてしまう。
その時、何かに気づいた蘭ちゃんが「クリーム……」とわたしの口元を指す。
「ついてる」
「え、嘘……どこ――」
と口元を手で触れようとした時。蘭ちゃんの綺麗な顔が近づいてきて、唇にぬるりとした感触が広がった。驚いて固まったわたしを至近距離で見つめながら、蘭ちゃんが蠱惑的な笑みを浮かべている。そこで何をされたのか気づいた。
「い、今……ペ。ペロって……な、舐め……」
カァァっと音がしそうなほど顔が熱くなったのが分かった。でも蘭ちゃんはどこか楽しそうに笑ってる。
「つーか、誕生日だけじゃなく。オレのこと独り占めできんのは昔から一人だけって決まってんの」
「え……?それって誰のこと――」
また蘭ちゃんが屈んだと思った時、わたしの唇と蘭ちゃんの唇が重なって。
言いかけた言葉は蘭ちゃんの口内に飲み込まれてしまった。
「……え」
ゆっくりと離れた蘭ちゃんの綺麗な唇を見つめながら、頭が真っ白になった。何をされたのかは分かったのに、理解が追いつかない。
蘭ちゃんはそんなわたしを見つめながら笑みを浮かべると、頭へポンと手を置いた。
「あと……他の女にプレゼントとかする気もねえから。彼女なんてもんも作った覚えはねえし、勘違いもほどほどにしとけ」
「……へ?」
勝手に人のファーストキスを奪っておいて、急に何の話?と思ったけど、そこで思い出した。昼間、わたしが蘭ちゃんに言った言葉を。
「言ったろ?ああいうのはオマエだけだって」
そう言いながら蘭ちゃんはもう一度唇を寄せると、ちゅっとわたしの唇を優しく啄んだ。蘭ちゃんは当たり前のようにわたしに触れる。凄くドキドキした。
今までの関係が変わったんだと、わたしはキスをされて初めて理解した。
「オレの気持ちやっと分かったー?」
たっぷり数秒かけてわたしの唇を味わってた蘭ちゃんは、あんな甘いキスを仕掛けてきたあとでも、いつものどや顔をする。
「すげー。の顔真っ赤なんだけど」
「そ……そんなの……だ、だって……」
「かわい。オレ、のそういうとこ昔から好きなんだよ」
蘭ちゃんの艶のある低音が、密やかな告白を奏でる。大きな手に抱き寄せられたら、急に自分が一人の女の子になった気がして、蘭ちゃんも男の人なのだと実感した。
独占したいと思ってた幼馴染は、とっくにわたしが独り占めしてたらしい。
「の初めての彼氏はオレって、ガキの頃から決めてたわけ。で――オマエの気持ちは?」
綺麗な微笑を浮かべた蘭ちゃんは、分かり切ってる答えを欲しがった。
独り占めしたいと思うのは、それだけわたしが蘭ちゃんを好きだから。他に理由なんてなかったんだ。
この幸せが、来年も、再来年も、在ればいいなと思う。心の底から、そう思う。
「蘭ちゃんがだいすき」