京都姉妹校交流会①


 何なんだ、これは――。

 少し前まで殺伐とした空気満載だったはずなのに――と混乱した頭で考えつつ。泣きじゃくる同級生と、地獄から舞い戻ったらしい同級生を眺めていた。



「うわあぁぁぁん……っ本物だぁぁ……悠仁ぃぃいいー!」
「はは、そうやって素直に驚いてくれんのだけだわー。つか泣くなって。ほら、俺ピンピンしてるし!」

 驚きと感動の嵐で号泣するに抱きつかれているのは、ついさっきまで死んだとばかり思っていた同級生、虎杖悠仁。虎杖は素直に驚いてくれたの反応に喜びつつも、おいおい泣かれておたおたしながらを慰めている。その光景を見て私は半目、隣の不愛想な男は明らかに額の筋をピクつかせている。まあ……可愛い彼女が他の男に抱き着いてんだから、そりゃそんな顔にもなるか。

 30分くらい前――。
 京都校の奴らが来るのを待ち構えて、全員の顔合わせ。っていうか私的には別に出迎えたくもなかったけど、例の二人以外の生徒がどういう奴らなのかはやっぱり気になるところ。
 二年の先輩達にくっついて待っていると、京都校の奴らは時間通りに顔を出し、ぞろぞろとやって来た。

「わざわざお出迎えー?気色悪い」

 まずは真希さんの妹だとかいうクソ女が口撃してきた。続いてこの前伏黒をボコった大男がこっちを一瞥。不満そうに「乙骨いねえじゃん」とボヤく。でも私の背後からがひょこっと顔を出した瞬間。大男は口元を盛大に引きつらせた。

「や、やあ。ちゃん」(!)

 その場にいた全員が凍り付いた瞬間だ。理性の欠片もない感じに見える男が小柄な子にビビってるんだから当然かもしれない。この前はあんなに戦意増し増しって感じで伏黒に殴りかかった男とほんとに同一人物か?
 私がクソ女の相手をしてる間、がこの東堂葵とかいう一級術師に食って掛かった+その後に先輩と知って落ち込んでると、あとあとパンダ先輩に教えてもらったけど――見たかった!――よっぽどこの先輩の方がトラウマ案件だったらしい。ウケる。
 まあ京都校の奴らはウケるというより、本気で驚いてるっぽいけど。

「もしかしてこの子か? 東堂に膝落ちさせたって子は」

 一人だけ和装の制服を着てるロン毛がさらりと地雷を踏んだらしい。東堂葵が石のように固まった。それを横目で見ていたクソ女と魔女みたいな箒を持った女は「ぶはっ」と思い切り吹き出してる。

「私、あの子とは友達になれそう」
「右に同じく」

 なんて会話をしてる辺り、どうやら京都校の奴らも全員が仲良しこよしってわけでもないらしい。この前、東堂葵と行動を共にしてたクソ女でさえ、石化してるアイツを見て笑ってるんだから。
 それにしても……生徒の中には人語を操るロボまでいるし、京都校って変な奴しかいないのか? 
 ……あ、うちにはパンダ先輩がいるし、語彙が全部おにぎりの先輩もいるから東京校も似たようなもんか。

「まあ……あの茶髪の子とはなりたくもないけど――」

 とクソ女が私を見てふんと鼻で笑う。カッチーン。

「うるせぇ。早く菓子折り出せ、コラ!八つ橋、葛切り、蕎麦ぼうろ!」
「しゃけ……」

 "しゃけ"って確か肯定の意だっけ? と思いつつ。狗巻先輩までが私に続くと、隣に立ってるパンダ先輩は顏からダラダラ汗を噴き出し「腹ぁ減ってんのか……?」と困り顔。いや、呪骸って汗もかくのかよ。
 そんな感じで両校生徒が顔を合わせた途端、嫌味の応酬を繰り広げてたところへ、ぱんぱんと手を叩く音。

「はーい。内輪でケンカしない。全くこの子らは……」

 京都校の引率らしい巫女の恰好をした女の人が呆れ顔で階段を上がってきた。庵歌姫という名の彼女も高専の卒業生で、あの五条先生の先輩という話だった。パンダ先輩曰く、二人は非常に仲が悪い……というか歌姫さんの方が五条先生を敬遠してるとか。まあ、理由は何となく想像できる。

「……で。あのバカ・・は?」

 早速歌姫さんが顔をしかめつつ周りを見渡す。そこにつかさず「悟は遅刻だ」とパンダ先輩が応えた。っていうか「バカ」だけでイコール五条先生のことだと秒で気づくのマジウケる。
 でも気づいたのはパンダ先輩だけじゃない。

「バカが時間通りに来るわけねぇだろ」

 真希さんも普通に応えるから、ちょっとだけ吹きそうになった。
 
「誰もバカが五条先生のことだと言ってませんが――」

 真希さんの返答に今度は伏黒が冷静に突っ込む。みんな、五条先生のことになると連携が凄い。扱いは雑だけど。
 変なところで感心してた時。どこからともなくガラガラと荷台を押すような音が聞こえてきた。みんなの視線が一斉に音のする方へ動く。ああ、この空気の流れ的に――。

「おっまたぁぁあ」

 案の定、出張帰りだという五条先生が、いつものウザいノリでご登場。ここまでなら……まあ別に問題はなかった。
 五条先生は何やら大きなケースを荷台で運んできて、ついでにアフリカ土産だとかいう変な人形を京都校の奴らに配り始めた。でも土産を配り終わるや否や、今度は私たちに向かって「東京のみんなにはこちら!」とふざけたポーズで荷台にある箱を示す。

「ハイテンションの大人って不気味ね……」

 ついつい感じたことを素直に口にした私は、次の瞬間。パッカーンと効果音付きで開いた箱に驚いた。いや、箱にじゃなく、中から出て来た人物を見て――石化した。

「はい!おっぱっぴー!」

 なーんて、ふざけた台詞とふざけたポーズで現れた元故人・・・の虎杖を見た時は、本気であの世へ戻してやろうかとさえ思った。多分、隣にいた伏黒も同じ気持ちだったと思う。
 虎杖の顔を知らない先輩方に至っては、表情すら動いてない。いや、ちょっと目が死んでる人もいるけども。
 そんな白けた空気にショックを受けたのか、みんなを驚かそうとした虎杖の方が驚愕といった顔を見せた。っていうかショックすぎて今度は虎杖の方が石化してるし。つーか、生きてたって何? そもそも死んでなかったとか?
 いや、伏黒の話じゃ心臓を抜き取られたっていうし、それはない。絶対に死んでたはず。なら、いつ生き返った? 今日?それとも昨日? いや、もしかしたらずっと前かもしれないな。五条先生が連れて来たってことは、あの人は全部知ってて今日のアレを企んでた気がしてくる。
 とりあえず生き返った理由は聞かなくても何となく宿儺絡みだろうというのは想像できたけど。でも、やっぱりどう考えてもムカつく! 生きてると知ってホっとしたことも、今ちょっとだけ泣きそうになってる自分にも。

「おい……」
「ひっ」

 何も言わず固まったままの虎杖を見て思わず台車を蹴れば、虎杖はビビったように青ざめた。

「何か言うことあんだろ……」
「え……」
「……」
「……」

 怒りと喜びがまぜこぜのまま睨みつける。目に涙が浮かんだのは感情が昂ってるだけ。そう、それだけだ。

「生きてること……黙っててすんませんでした……」

 何でか虎杖まで涙目で謝ってくる。まあ、コイツは人を騙せるような男じゃないから、大方五条先生の指示だろう。事情は知らないけど、私たちにまで隠しておかなきゃいけないようなことがあったなら許してやるか。私ってば心が広い。なんて自画自賛をしてた時だった。もう一人、後ろで石化してたらしい人物が突然大きな声を上げた。

「うわあぁぁぁん……っ! 本物だぁぁ……悠仁ぃぃいいー!」
「げ……」

 電池を入れたら突然動きだした鼠のオモチャみたいにダッシュしてきたが、大泣きしながら虎杖に抱き着いて、再びその場が凍り付く。恐る恐る隣にいる伏黒を見れば、盛大に口を引きつらせていた。ルアーに引っかかったブラックバスみたいで地味にジワる。そんな空気に気づかず、虎杖はおたつきながらもギャン泣きするを慰めていた。
 
「はは、そうやって素直に驚いてくれんのだけだわー。つか泣くなって。ほら、俺ピンピンしてるし!」
「だ、だっで……い、生ぎでで嬉しいだもん……! 良がっだああぁ!」

 虎杖が死んだ時も凄かったけど、生きててもだった。まあ私たちの前じゃ明るく振る舞ってたけど、たぶん虎杖が死んだことを一番引きずってたのはだから、こうなるのは仕方ないかもしれない。伏黒もそこは分かってるのか、顏は仏頂面だけどの好きにさせている。
 ただ、この状況を作った五条先生は、アフターケアもそこそこに早速楽巌寺学長とバチバチやりあってる。あげく怒った夜蛾学長からプロレス技をかけられてる始末。ほんとに28歳か?そしてそれを横目で見て含み笑いしてる歌姫さんが黒い……。
 とにもかくにも……随分と人騒がせなスタートを切った交流会だった。





東京校のミューティングは空いた建物で行われたが、ほぼ虎杖イジリ会と化していた。今は釘崎から持たされた遺影に使われる額縁のみを手に、本人は「ハードないじめでは」と訴えるも全く聞き入れてもらえない。まあ、アレを持たせたくなる釘崎の気持ちは俺にも分かるから、敢えて止めないでおく。優しいは「悠仁、かわいそうだよ」とかばっていたが、今日ばかりは釘崎も簡単に許容はできないらしい。「しばらくそうしてろ」と涙目の虎杖に言い放った。
 俺としては"死んだふり作戦"の事情をちゃんと五条先生から説明され、そこは納得した。けど未だにが虎杖にくっついてんのだけは――地味に許容できない。

(くっつきすぎだろ……)

 生きてることを確かめたいのか、虎杖から離れないを見つつ溜息を吐く。俺もアイツが生き返ったことは嬉しいしホっとはしたが、それとこれとは話が別だ。
 虎杖が真希さんから呪具の件でせっつかれてる隙を見て「」と呼べば、彼女はご機嫌そうな笑顔で駆け寄ってきた。その感じがちょっとだけ豆柴に似てるから、じわりと口元が緩む。

「恵? どうしたの?」
「いや……」

 顔を背けて表情の緩みを戻すと、「はそろそろ先生たちのとこへ行ってろ」と伝えた。虎杖が参加するということは、事前に真希さんたちと立てていた作戦が変更になる可能性が高い。そろそろ本来の目的であるミューティングをしなきゃいけない時間だ。
 は今回の交流会に参加したいと粘ってはいたが、当然ながら補助監督志望の生徒は戦闘に参加出来ない。よって教師たちの後方支援に回されている。まあ、支援なんて聞こえはいいが、要は雑用係みたいなものだ。交流会には教師以外の呪術師も協力者として来てるから、どうせお茶くみだの茶菓子の用意だの、そういう小さな雑用をやらされるんだろう。

「あ……もうこんな時間だ」

 俺に言われても気づいたらしい。慌てたように時計を確認している。教師たちは校舎にあるモニター室に集まって、一級術師の冥さんの鴉が映す映像で生徒達の戦闘を見学するという形のようだ。

「じゃあ行って来る。みんな、怪我しないように頑張ってね」
「おう!」
「任せて。アイツらボコボコにしてくるから」
「野薔薇ちゃんってば……みんなで協力して呪霊を祓うんでしょ?」
「そうだっけ?」

 釘崎はすっとぼけた顔で笑ってるが、あの目はマジで真依さんを狙ってそうだ。協力なんて建前なのは全員知ってるが、が心配するから、そこはぼかして伝えてある。どっちみち京都校の奴らが大人しく呪霊だけ祓って終わらせるとも思えない。

(それに虎杖のこともあるしな……)

 虎杖が生きてたことを知った時の楽巌寺学長のあの顔。どう見ても友好的じゃなかった。あの様子だと五条先生が危惧していた件は見事に当たっていたことになる。

(何か仕掛けてくるかもしれないな……)

 みんなを笑顔で激励してるを見ながら、少しだけ嫌な予感がして盛大な溜息が洩れた。

「じゃあ行ってくるね、恵」
「ああ。そろそろ呪霊が放たれる時間だし、校舎までは気を付けて行けよ」
「う、うん……分かってる。一応、これも持ってるし」

 はポケットから呪符を取り出し見せてくれた。最近はちょっとした呪術を教わり、多少は呪符の扱いも覚えたようだ。追い払うだけが目的のものや、防御できる結界を作り出せるもの。それくらいは扱えないと現場に同行する補助監督は務まらない。だからこそは必死で呪術を学んでいる最中だ。
 出来れば校舎まで送ってやりたいが、作戦変更するなら打ち合わせとかないとまずい。

「恵、そんな顔しないで。わたしなら平気だから」
「……ああ。じゃあ、後でな」
「うん」

 は笑顔で頷き、みんなに手を振りながら校舎へ向かった。

「さて。で? どうするよ」

 真希さんもを見送りつつ、みんなの方へ振り返る。

「団体戦方式はまあ予想通りとして、メンバーが増えちまった。作戦変更か? 時間ねえぞ」
「そりゃ悠仁次第だろ。何ができるんだ?」

 パンダ先輩が訊ねると、虎杖は力こぶを作りながら「殴る、蹴る」と即答。でもパンダ先輩から「そういうの間に合ってんだよなぁ……」とガッカリ感たっぷりに言われて軽くへこんでいる。
 でもまあ俺が思うに……。

「ソイツが死んでる間、何してたは知りませんが……東京校、京都校、全員呪力なしで戦い合ったら――虎杖が勝ちます」

 そう言い切ったのには確信があったからだ。運動能力、身体的能力は一般人の頃からずば抜けてたらしいし、高専に来てからも虎杖は呪術について五条先生から直々に学んでいる。初対面の時からヤバい奴だと思っていたが、きっと戦闘においては前の比じゃない。
 俺の言葉を受け、三人はほぉ、と感心したように虎杖を見た。真希さんに至っては満足げに笑って「よっしゃ」と嬉々とした声を上げる。

「なら悠仁は前線に出てもらう。恵にゃ悪いが――」
「かまいません。それに虎杖の方が適役だと俺も思います」

 真希さんの言いたいことは分かる。確かに東堂葵とあのまま終わるのは俺も不本意だが、今は個人の気持ちよりみんなで勝つことを優先したいと思う。虎杖が戻ったからこそ、そう思う。
 俺の気持ちが伝わったのか、真希さんやパンダ先輩が作戦変更後の段取りを考え始めた。それを虎杖は黙って聞いている。さっき再会した時から感じていたが、やっぱり虎杖は少し変わった。以前とは顔つきも、纏う空気も違う。
 死んでた間に何があった――?
 虎杖は五条先生に特殊な修行をつけてもらってたと軽く説明してくれたが、それ以外にも何かあったはずだ。例えば、これまでの虎杖の価値観が覆るような、何かが。

「虎杖」

 作戦を立て終え、戦闘の場となるフィールドへ移動中、少し気になって声をかけた。

「ん?」
「大丈夫か?」
「おぉー何か大役っぽいけど何とかなんべ」
「そうじゃねえ。何かあったろ」

 直球で尋ねると、虎杖は一瞬僅かに息を呑み、「あぁ?何もねえよ」と笑って誤魔化した。ったく、見え見えなんだよ。
 そう思いながらジっと見つめれば、虎杖は観念したように頭を掻いて「……あった」と呟き視線を反らした。表情を見る限り、よっぽどキツい出来事だったんだと思う。

「……でも大丈夫なのは本当だよ。むしろそのおかげで誰にも負けたくねんだわ」

そう言い切る虎杖の顏が随分と大人びて見えた。むしろ腑抜けたわけじゃないと分かって、少しはホっとする。

「ならいい……。俺も……わりと負けたくない」

 言いながらみんなの方へ歩いて行くと、俺たちの会話を聞いてたらしい釘崎が「何がわりとよ」と怖い顔で振り向いた。
 
「一度ぶっ転がされてんのよ!」
「……」
「おっしゃー! こてんぱんにしてやんのよ! 真希さんのためにも!」
「そういうのやめろ」

 つかさず真希さんが口を挟む。釘崎から少し聞いたが、俺が東堂とやりあってる時、釘崎や真希さんは真依さんと一悶着あったらしい。まあ、真依さんは常に辛辣だから釘崎がキレるのは何となく理解出来た。

「明太子!」
「そう。真希のためにもな」
「そういうのやめろって!」
 
 続いて狗巻先輩とパンダ先輩も加わり、すっかり真希さんのために的なムードにされてるのが面白い。パンダ先輩と狗巻先輩の何でもからかいのネタにするセンスは五条先生譲りなんだろうが、ここに乙骨先輩がいたら、きっといつもみたいに困ったように笑うんだろう。ふとそんな光景が頭に浮かんで苦笑いが零れた。
 そこへ虎杖が走って乱入してくる。

 「そんじゃまあ……勝つぞ!」

 何故か先頭切ってどやった瞬間、真希さんの蹴りが虎杖の背中をゲシっと蹴り飛ばす。

「なーに仕切ってんだよ」
「ぁいてっ」

 ……まあ、最後まで締まらないが、たぶん。いや、きっと。全員が虎杖と同じ気持ちだった。


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