14-君は笑顔でいて欲しい
――この先、またを泣かせることになるかもしれない。
先日、そんな感傷を抱いた。抱いたけども。
まさか、こんなにすぐギャン泣きさせることになるとは、俺だって思ってなかった。
虫の知らせ、なんてものは一切なく。嵐は突如として、俺と釘崎の前に現れた。
東堂葵――。
真希さんが話してた交流会での対戦相手、京都姉妹校の三年生だ。
交流会の打ち合わせと称してやって来た楽巌寺学長に同行してきたらしい。
――どんな女がタイプだ?
なんて、訳の分からない問いかけをしてきて、答えたら答えたで急にブチ切れやがった。
人のことを「つまんねえ」だの「退屈だ」などと好き勝手言いながら、その圧倒的パワーで攻撃を仕掛けてきた。
甘く見ていたわけじゃない。ただ、予想以上に東堂葵が化け物だった。
去年の新宿京都・百鬼夜行――。
その大惨事の中、一級呪霊五体。特級一体を一人で倒した生徒がいる。
事が事だけにそんな噂は東京校にまで広がっていて、俺もその話を耳にした一人だった。
初対面だけに、まさか目の前の大男がその東堂葵だとは思わなかったが、聞いた噂は伊達じゃない。様子見をしようとした俺の小手先の攻撃は通用せず、代わりに強烈なパンチを喰らってしまった。その後も怒涛の攻撃を喰らい、体勢を立て直すことさえままならず、防御するだけで精一杯。
一級術師との間にはこれほどの差があるのか、という現実が癪に障った。
ただ、いくらスロースターターの俺でも、ここまでボコされたらさすがに目が覚める。というよりは……我慢の限界がきた。
もし狗巻先輩とパンダ先輩があの場を納めてくれなければ、互いに本気で潰し合い、もっと酷い怪我を負っていたかもしれない。
はパンダ先輩と一緒にその場へやって来たらしい。頭から血を流してる俺を見て大泣きしながら抱き着いてきた。
よくもまあ、あれだけ瞬間的に泣けるもんだと驚くけど、最近は虎杖の件でも泣き通しだったから、普段以上に涙腺が緩んでるのかもしれない。
ただ、は泣き虫だけど弱い子じゃない。俺に怪我をさせたのが東堂葵だと知るや否や、東堂葵に向かって怒りだした。
――おじさん!恵に謝って下さい!
当然、その場の空気が一気に夏秋を通り越して真冬になったのかと思うほどに凍り付く。
一瞬、フリーズ状態だった狗巻先輩とパンダ先輩は、東堂がまたブチ切れると思ったようだ。怒りながら奴に向かっていくを必死で止めに入ろうとした。でも一番驚いたのは東堂葵の反応だ。
に「おじさん」と思われたのがショックだったらしい。ブチ切れて暴れ出すかと思えば、驚愕の表情から一転。急にしょんぼり状態になった。
――お、お、おじさん……
――大人なのに学生に怪我させるなんて最低ですよ、おじさん!し、しかも上半身裸になって……はっ。ま、まさか変質者……
――い、いや、お嬢ちゃん。俺はおじさんでも変質者でもない。これでもれっきとした18歳の高専生だ。
――こ、高専生?嘘ばっかり!そんなの信じないもんっ。それにわたしはお嬢ちゃんじゃありません!16歳です!これでも高専生で補助監見習いです!
――じゅ、16?!てっきり小学生かと……!
――しょ、小学生~?!小学生がここにいるはずないでしょ、おじさん!いったい、どこの業者さんですか?自販機の業者さんですか?学長に報告します!
――ぐ……ぎょ、業者の人間じゃない!それとお嬢ちゃん……そのおじさん、という単語は使わないでくれまいか……想像以上に心が抉られるんだ……高田ちゃんの個握前に心は削られたくない……。
――た、高田ちゃんんっ?おじさん、暴行罪&破廉恥罪に加えてロリコン罪に問われますよ、それは!
――ぐあっ……こ、心が……折れ……る……(膝落ち)
普段、は滅多に怒らない。特に他人にあれだけ噛みつくのは珍しい。だからなのか、狗巻先輩もパンダ先輩も敢えてを止めずにニヤニヤしながら見学していた。あの狂暴な大男、東堂葵が、小柄なに反撃することも出来ず、どんどん萎んで膝落ちしていく姿を見てるのが面白かったらしい。
――190の大男が158センチの女の子に叱られる画づらがウケるな。
――しゃけ。
――は恵が絡むとホント強いよなぁ。ってかロリコン罪なんて刑罰ないけどな。
――しゃけしゃけー。
なーんて笑ってるんだから、全く悪趣味な先輩達だ。まあ、そういう俺もちょっとだけ吹きそうになったが。
狗巻先輩とは違う類での呪言は東堂葵に効果てきめんだったらしい。膝落ちしてる姿も見れたことだし、殴られた分はチャラにしてやるか。
その後は京都校の奴らも大人しく帰ったようだ。釘崎も真希さんの妹、禪院真依にボコされたようだけど、買ったばかりのジャージに穴が空いたくらいであとは軽傷だったらしい。は心配してたが、釘崎はむしろやる気を出したようで「交流会でアイツらボッコボコにしてやる」と鼻息を荒くしていた。
で……地味に軽傷じゃなかった俺はと言えば、に付き添われて保健室へ強制連行。今は家入さんの治療を終えたとこだった。
なのにはまだぐすぐすと鼻を啜ってる。さっきまでの強気はすっかり引っ込んでしまったようだ。
「……もう泣き止めって。怪我も完治しただろ」
みんなが訓練している校庭に戻りながらの頭を撫でれば、彼女は「うん……」と頷きながら、最後にすんっと鼻を鳴らした。怒りが収まり、改めて血まみれの俺を見たらショックで悲しくなったらしい。
あと、東堂葵が京都校の、しかも先輩と知ったことで「失礼なことを言ってしまった」と少し落ち込んでるようだった。
「仮にも先輩に向かって怒鳴っちゃったし五条先生に怒られるかなぁ……」
「絶対ない。むしろあの人は爆笑する。だいたい下らない理由で先に手を出してきたのは向こうなんだからが気にすることもない」
「そうかな……」
「そうだよ。おかげで俺はちょっとスッキリしたし」
そう言いながらの頭をもう一度撫でてやると、彼女もやっと笑顔を見せてくれた。
「でも東堂先輩、何でいきなり恵を殴ったりしたの?何もしてないんでしょ?」
「まあ……何かするも何もさっきのが初対面だし。理由もよくわからん。好きな女のタイプ聞かれて……答えたら突然キレた」
「え……恵、何て応えたの?」
「……」
まさか、そこに食いつくとは思わず言葉に詰まった。は大きな瞳でジっと俺を見上げてくるから、軽く咳払いが出る。
あの時は別に具体的なことを言ったわけじゃない。何となく、頭に浮かんだ人達のことを漠然とした形で伝えただけだ。
津美紀と。俺にとって一番身近な異性であり優しい姉と、俺が一番善人で心が綺麗だと思う女の子。
好きなタイプなんて軽い言葉じゃ表現できない、したくない存在だ。
「……内緒」
「えー何でよ!あ、まさか巨乳好きとか言ったんじゃ……!」
「そんなわけねーだろ!」
彼女は信じられないといった様子で唇を尖らせる。俺もムキになって言い返したのは、その手の類で選ぶ男だと思われたくもないからだ。それに巨乳がどうたら言うなら――。
「だいたい……だって着やせするタイプだろ」
「え、そ、そう……かな。最近ちょっと野薔薇ちゃんとスイーツ店巡りしてたから太ったかもって心配してるんだけど……」
そう言いながらは自分の腰回りを触り出す。内心、そこの話じゃないんだけど、と思ったものの、本当の意味は口が裂けても言えない。それに……。
「別に俺は……何でもいい。細くてもそうじゃなくても……ならな」
「……」
そこの本音だけを伝えれば、すぐにの頬が赤くなる。こういうところが可愛いんだよな、と思いつつ笑いを噛み殺した。
「は、話反らしたでしょ……」
そっちこそ照れて話を反らしただろ、と思いつつ、「そういうわけじゃねえって」と応えておく。でもはどうしても気になるらしい。むぅっと唇を突き出して俺を見上げてきた。
「で……恵はどんな子がタイプって答えたの?」
「……だから内緒」
「えー教えてよ」
案外しつこいな、と苦笑しながら誤魔化すと、は俺の腕をぐいぐい引っ張ってくる。でもその顏にはもう涙はなくて、いつもの明るい笑顔だけがあった。
やっぱりには夏のお日様みたいな笑顔が似合うから、出来れば彼女にはずっと笑ってて欲しい。
それが難しい世界だとしても。例え――いつか俺が隣にいられなくなる日が来たとしても。

恵はズルいな、と思う。わたしの質問を上手く誤魔化して、甘いキスを仕掛けてきた。
校庭まで続く道。その途中にある階段は、二人のいる位置が一段違うだけでわたしと恵の顏が少しだけ近くなる。恵がちょっと屈むだけで、互いの唇は簡単に重なった。
恵の薄い唇がわたしの唇を食むように啄んで、小さなリップ音が鳴る。それが恥ずかしくて離れようとしたら、恵の長い腕が背中へ回った。重なった唇が深く交じり合う。
こんなキスをされたら、すぐに全身の力が抜けちゃうわたしはちょろい女かもしれない。
恵はわたしの背中を支えながら、ゆっくりと唇を放して意地悪な笑みを浮かべる。ほんと、ズルいなぁと思う。
「の顏、真っ赤。これじゃすぐには戻れねえな」
「う……だ、だってこんなとこでするから……」
恨みがましい目で睨むと、恵は「ごめん」と苦笑気味に呟いて、わたしのオデコにちゅっと口付けた。
「が可愛かったから」
「……え、どこが?」
可愛い、なんて恵がさらりと言うからドキっとした。今、可愛い要素あったっけ?と首を捻る。
恵がどんなタイプが好きだと応えたのか知りたくて、教えて教えてと駄々をこねてただけなのに。
恵はふっと笑みを浮かべながら「それも内緒」とまたその言葉を口にした。
むむ。今日は内緒が多い日だ。
「ほら、みんな待ってるから行くぞ」
わたしの手を繋いで、恵が階段を下りていく。ふと現実に戻されて手を引かれるままついて行った。ただ一つ気になったのは――。
「あ、ねえ……わたし、まだ顏赤い?」
「ん?いや……おさまってきた」
「なら良かった……あ、でも泣いちゃったから瞼腫れてブスになってない?」
僅かに濡れた感じの目尻をゴシゴシ擦りながら訪ねると、恵はもう一度立ち止まって振り返った。
「あんま擦るなって。赤くなるだろ」
「でも……」
「ちゃんと可愛いから大丈夫だよ」
「……」
二度目の可愛いを頂いちゃいました。普段はあまり言ってくれないのに、今日は恵がおかしい。
そう思いながらジっと恵を見上げると「何だよ、その顏」と苦笑する。
何だろう。色々と不安になってきた。
「だって……恵がおかしい」
「……どこが」
「いつもはそんなこと言わないもん」
「そんなことって?」
「だから……か、可愛い、とか……」
「そーだっけ?」
「そうだよ。何か……わたしにやましい気持ちあるの……?」
「は?何だよ、それ」
わたしの問いに恵は心底驚いた顔をした。
「だって……男の人が急に優しくなるのはやましいことがある時だって、野薔薇ちゃんから借りた雑誌に載ってたし」
「雑誌……?」
「浮気してる時とか、男の人は彼女とか奥さんに急に優しくなったりするって」
「……俺がそんなことする男に見えんのかよ」
はぁ、と心底呆れた様子で恵は溜息をついた。何か呆れられてるらしい。だけど、じゃあ何で?と思ってたら、恵は苦笑交じりでわたしのオデコを指でとん、と押してきた。
「言いたい時にちゃんと伝えたいって思っただけだ」
「え、何で……?」
とつい訊いてしまったけど、恵は少し悲しそうに微笑むだけで答えてはくれなかった。その顏を見た時、ふと脳裏に悠仁の笑顔が過ぎる。
もしかしたら、恵は悠仁に何か言いたいことがあったのかもしれない。でも言えずにお別れになってしまったから、だから急にそんなことを思ったのかも。
そう思ったら胸の奥が苦しくなった。恵がさっき血を流してた姿を思い出したから。
一瞬、息が止まるかと思うくらいショックを受けたのは、もし恵までいなくなってしまったら、と悪い想像をしてしまったせいだ。
だから、恵を傷つけたあの人に怒りをぶつけてしまった。
「……?」
思わず恵の腕にしがみついてぎゅうっと力を入れる。恵がどこか遠くへ行ってしまわないように。
恵は「どうした?」と怪訝そうに顔を覗き込んでくるから、今のわたしの精一杯の笑顔を見せた。
「恵が……大好き」
「何だよ、急に」
あんなことを言ってたクセに、わたしが言うと恵は恥ずかしそうに目を泳がせる。
「言いたくなったから言っただけだもん」
だから同じ台詞を言ってやった。案の定、すっと恵の目が半分になったけど、でもすぐに吹き出して笑ってる。その笑顔を見ていたら、わたしの脳内はすぐに大好きの大渋滞。それは恵を好きになってから何も変わらない。
「おーい、オマエら、何イチャついてんだ!サッサと下りて来い!」
その時、遠くで真希ちゃん先輩の大きな声が響き渡った。どうやら校庭の方から僅かにわたし達が見えてたらしい。恵が慌てたようにわたしから離れる。
「ハァ……またからかわれんな、これ」
「わたしは別に平気だもん。恵とラブラブなのはホントのことだし」
そう言いながら先に階段を下りていくと、恵は呆れ顔で溜息をついた。
「……その単語やめろ。恥ずい」
「え、何で。ラブラブでしょ。わたし達」
「ぐ……だからやめろって、それ」
逃げるわたしを恵が追いかけてくる。でも仏頂面だったその顏には、いつの間にかわたしの大好きな笑顔があった。
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