雪がちらつきそうな寒い日に、山奥での任務はいくら最強の俺と言えどキツい。いや、俺だけじゃなく。傑もも顔を白くさせて「寒い」を連呼していた。
 どうにか呪いを祓い終え、俺たちは早々に補助監の待つ車へ走る。普段は誰か一人が助手席へ乗るのに、今日は寒さのせいだろう。全員が後部座席へ乗り込んで自然と身を寄せる形になる。右が傑で真ん中が、左が俺。この並びはいつの間にかデフォルトになっていた。

「ひゃーあったかい。生き返る」

 車内は暖房が効いていて暖かい。が補助監の人にお礼を言って、冷えた手を擦り合わせた。

「雪予報に切り替わったようなので急ぎますね」

 補助監の人はそう言いながらアクセルを踏み込んだ。舗装されていない山道はガタガタ揺れるけど、それより早く帰って熱い風呂に入りたい。そういう意味では全員が同じ気持ちなのか、どんなに揺れようとスピードを緩めてという苦情は出なかった。
 しばし車を走らせるとアスファルトの道に出た。そこで胃がひっくり返りそうな振動も消える。ホっとして隣に意識を向ければ、傑は窓の外を眺めていた。はと言えば――。

「おい、傑」
「ん?」
「こいつ、寝そう」

 小声で言いつつ隣を指すと、傑は何とも言えない優しい笑みをその薄い口元へ浮かべた。彼女よりは数倍デカい俺たちに挟まれてるは余計に小さく見える。その華奢な体を左右にふらふら揺らしながら、欠伸を噛み殺しつつ睡魔と戦ってるようだ。
 今日は朝も早くから二つほど任務をこなし、最後は神奈川の外れの山奥で大量の呪いを祓ったから疲れが出たんだろう。暖かい車内で居眠りしたくなるのは分かる気がする。そのうち頭がかくんと垂れた。どうやら完全に寝落ちしたようだ。それに気づいた傑が、俺を見ながら人差し指を自分の口元へ当てた。言われなくても起こす気はないから、軽く舌を出してやれば、傑は呆れ顔で溜息を吐いた。ただは頭を垂れた状態でもふらふらと揺れて危なっかしい。車がカーブを曲がるのに合わせて、右へふらり、左へふらり。
 万が一、急ブレーキをかけたら前の座席へ激突するんじゃないかと心配になった。だからってわけじゃないけど、自然と彼女の方へ体を寄せてしまう。出来れば俺の肩に寄り掛かって欲しいと思いながら。
 でもそんな俺の邪な願いは車が左へ曲がった瞬間、脆くも崩れ去った。大きくの体が傾き、図ったかのように傑の肩へ寄り掛かる。はあ?っという思いはもろ顔に出ていたようだ。傑がちらりと俺を見てから、わざとらしいくらいの動作で窓の方へ顔を向ける。隠しても肩が小刻みに揺れてんのバレてんですけど?

「何笑ってんだよ……」
「い、いや……別に」

 勘のいい傑のことだから、俺の短絡的な思考はお見通しなんだろう。こんな些細なことですら一喜一憂している、俺の気持ちさえも。

「次は右に曲がるといいね」
「……ちっ。うっせぇわ」

 澄ました顔で呟く傑を殴りたくても、間にがいるから手が出せない。それも全て計算してる傑は、ほんと俺よりタチが悪いと思う。
 何となく悶々としながら、全体的に灰色に染まりつつある窓の外へ視線を向けた。もうあと少しで雪が降り出しそうだ。あまり寒くならないといい。今時期はよく風邪を引くから。
 そう思った矢先、隣から小さなクシャミが聞こえてハッとした。

「あれ……わたし寝ちゃってた?傑、ごめんね」
「いいよ。重くないから」

 自分のクシャミで目が覚めたらしいも一度は身を起こして座り直す。でも一瞬寝たせいか体温が下がったんだろう。「寒い」と両腕を擦り出した。
 車内は暖房でポカポカしてるのに、彼女の顏はどこか青白い。それに気づいた時、無言のまま上着を脱いで彼女の肩へかけてやると、驚いたらしいは「え、いいよ」と遠慮がちに俺を見上げてきた。その目は若干潤みを帯びている。こういう時のはたいがい熱を出すんだよな、いつも。
 傑も気づいたらしい。自分の上着を脱いで彼女の足元へかけてやっている。
 冬はスカートじゃなくズボンにしろって言ってるのに「可愛くないのはやだ」と言っては頑として譲らない。足腰冷えんだろと突っ込んでも「お父さんみたいなこと言わないでよ」と笑われて終わるからムカつく。
 結局こうして俺と傑が心配する羽目になるってこと、こいつは全然気づいてない。

「え、傑まで……いいの?寒くない?二人とも」
「私は大丈夫だよ。暖房が利いてるし」
「そーういうこと。俺は暑いからオマエ、着てろ」

 いつものように小さな頭をぐりぐりすれば、は照れ臭そうに「ありがとう、傑、悟」と微笑んだ。そんな彼女に傑も微笑む。
 親友がいつからそんなにも優しい眼差しをに向けるようになったのかは分からない。俺がを好きだと認識したからそんな風に見えるのか、それとも俺が気づくずっと前からそうだったのか。むろん本人に問いただしたことはないし、傑本人が自分の気持ちを自覚してるのかすら分からないから、絶対にそうだとは言い切れない。けど、もし俺がに自分でも手に余るこの気持ちを告げたなら、俺たちの関係はどう変化するんだろう。硝子にまた「オマエら、めんどくさ」と嫌な顔をされそうだ。
 そんなことを考え始めると、出口のない迷路に延々と迷い込んでしまうことじたい、面倒くさいってのに。

「二人のおかげであったかーい……」

 嬉しそうに言った数分後には、またウトウトし始めて、はさっきと同じように頭を揺らした。今度こそ俺の方へ倒れろと愚かな念を送りつつ、いつまでも続く一本道に気づいた時、少しだけイラっとした。
 結局そのまま高専に到着。はお礼を言いながら上着を俺と傑に返して来た。でもその顏はさっきと違って少し赤い。咄嗟に額へ手を当てると、じわりと熱が伝わってきた。

「オマエ、熱あんじゃねえ?」
「……言われてみれば、ちょっとだけ寒気するかも」
「いや、ちょっとって。かなり熱いし何かフラついてんじゃん。報告書作る前に硝子んとこ行こうぜ」
「え、でも……」
 「、悟の言う通りだよ。保健室に寄って硝子に診てもらおう」

 そこは傑も俺に同意見のようだ。だけが「二人とも大げさ」なんて言って笑ってる。でも一歩、足を踏み出した途端、「あ、やっぱダメかも……」と言ってその場にしゃがみこんでしまった。
 は熱が出るとすぐ貧血みたいになる。そういうの自覚してないから心配してんのに。
 一瞬、傑と目が合った。何か言いたそうな顔を見てたら、自然との前に背中を向けてしゃがんでいた。

「おら、乗れ」
「え」
「え、じゃねえよ。クラクラしてんだろ?危なっかしいから俺が硝子んとこまで運んでやる」
「い、いいよ……校舎までなら何とか歩けるし……」
「んなこと言って前も倒れそうんなって膝と手を擦りむいてただろが。いいから乗れって」
「でも恥ずかしいよ……子供じゃあるまいし――」
。いいから悟におぶってもらいな」
「えー傑までそんなこと言って……」

 は困り顔で俺たちを見ていたが、予報通り雪がちらちら舞い始めたのを見て観念したようだ。渋々ながら俺の肩へ手を乗せると「お、お願いします」と小声で呟いた。

「はいはい。お願いされてやっから早くしろ。俺だってさみーんだよ」

 その一言が効いたらしい。はごめん、と言いながら俺の首へそっと腕を回した。俺と傑から叱られたと思ったのか、何となくしょんぼりした気配が伝わってくるから、可愛い奴……と密かに笑いを噛み殺す。でも太腿を支えて立ち上がると、「うわ、見える景色が違いすぎるっ」と騒ぎ出した。初めて肩車されたガキみたいで俺の脳内が「いや、かわいすぎ!」で埋め尽くされていく。だけど背中に伝わってくる彼女の体温はやっぱり高いから、照れ隠しで無理してはしゃいでるのかもしれない。

「最強の巨人になった気分。今なら特級にも勝てそう」
「誰が巨人だ。いいからしっかり掴まってろよ」
「うん。ありがとね、悟」

 耳元で聞こえる声がいつもより数倍は優しい音で、首に回された腕に僅かな力が入るのを感じた。何となく抱きしめられた感覚でこっちが照れ臭くなる。

「悟。校舎の中は上に気を付けてやって」
「……おー」

 照れたのを誤魔化すよう軽く咳払いした俺に、傑が笑いを噛み殺しながら忠告してくる。あとで覚えてろ、と思いつつ。意識はドア枠や廊下の電気器具などへ向けておいた。間違ってが頭をぶつけても困る。

「傑ってほんと気が利くし優しいよね」
「そうでもないさ」
「あ?オマエを運んでやってる俺の方が優しいだろ」
「悟は自分で言っちゃうとこ、ちょっと残念な感じだよね」
「はぁ?誰が残念だ、こら」
「ひゃ、ちょっと揺らさないでよ。わたし、病人」

 傑と俺への扱いが違うことにイラついてゆさゆさ揺らせば、頭頂部に彼女のチョップが落ちて来た。ちっとも痛くないそれについ笑みが零れる。

「悟、乱暴にしない」
「へいへい。どうせ残念な男なんでね」

 わざとらしく拗ねて見せれば、と傑は小さく吹き出した。こういう三人の空気が、俺は好きだ。出来れば今のままの関係が心地いいのかもしれないとさえ思う。
 だけどを俺だけのものにしたいって気持ちも本当で、が俺を好きになってくれたらいいのにと本気で思う。
 けどもしが傑を好きになったら。それで二人が付き合いだしたら、と想像した時。いったい俺はどんな顔をするんだろう。「良かったじゃん」といつものノリで笑顔で言う?いや、無理だ。絶対に顔が引きつる自信がある。そして、そんな俺の心の内を傑は必ず見抜くだろう。
 でもがもし俺を選んでくれた時、傑はきっと笑顔で「良かったね」と言う気がする。自分の本心を隠して、のために傑は静かに身を引くだろう。けどそういう傑の性格を知ってる俺は、もう今みたいな関係を築けていける自信がない。その辺が俺と傑の差なんだと、薄々分かってる。

、今日は夜更かしするの禁止だよ」
「そうそう。風呂は寝る前限定な。入ったあとのいつものアイスタイムは当然禁止。あったまった状態でソッコー寝とけ」

 がやりそうなことを先に忠告すれば「えー」と不満げな声が降ってくる。

「その代わり、後でが気に入ってたココア作ってあげるから。クリーム乗せたやつ好きだろ?」
「じゃあ俺は五条家直伝の美味いお粥作ってやるよ。食堂のおばちゃんが作るより美味い自信がある」
「え、いいの?二人ともサービス良くない?」
「いいよ。病人限定の特別サービス」
「そーそー。病人の特権ってやつ?」

 俺も傑も、そんな言い訳をして本音はただただを甘やかしたいだけだ。
 
「ほんと二人はわたしを甘やかすのが上手だよね」

 なんてもその辺は気づいてるらしい。でもその裏にある本音は何も知らない。
 俺も傑も、きっとのこと「大切な仲間だから」なんて思ってないのに、この心地いい関係を壊せないから、壊すくらいなら今のままでいいと自分の心に嘘をつく。
  がどちらの手もとらなければ諦められるのか。それとも俺と傑の手を同時に掴んでくれたら満足するのか。
 堂々巡りで相変わらず答えは出ない。
 この抜け道のないトライアングルに出口はあるんだろうか。少しだけ向こう側の世界を見てみたいと思ったけど、やっぱり見たくない気もする。この先の俺たちに、どんな変化が待ってるんだろう。出来ることなら、誰も痛みのないものであって欲しい。
 彼女の熱を感じながら、まだ来て欲しくない未来を思った。
 

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