元カレの五条くんと再会してから一年半後。わたしは無事に高校を卒業した。

――が高校を卒業して社会人になったら……俺と一緒に住まねえ?

彼に言われたその言葉だけを糧に、会えない寂しさを堪えて勉強も頑張ったし、三年になってからは就職に向けての準備も万端だった。
親には大学に行きたいなら行けと言われたこともあったけど、悲しいことにわたしの頭じゃせいぜい近所の短大がやっと。将来の夢もないわたしが、高い入学金を親に支払わせてまで行く場所じゃない。
それに五条くんと住むということは、色々とお金も必要になってくるはず。
初めての同棲を想像してドキドキしてたのもつかの間。現実的なことを考え始めたら呑気に短大なんか通ってる場合じゃないと思った。
だから卒業後は即就職。進路希望はそれ一択だった。なのに――。

「何で?何でどこも落ちちゃうの?!」

世は戦国時代。わたしが卒業する年は前年からの不興の煽りを受け、就職難民がやたらと多い外れの年となっていた。

「酷いとこは面接した十分後にはお断りのメールが届くんですけど。わたしを雇うか考える時間も価値もないってこと?」

どん、とテーブルを叩いて文句を言えば、目の前で呑気にコーラを飲みだした彼が小さく吹き出す。他人事だと思って。

「雇って下さいって念が強すぎたんじゃない?の。必死さが見えすぎると企業側も引くでしょ。あーこの子、他の会社で落ちまくってるのかなーって」
「う……そ、そうかも」

自分でも思い当たることがありすぎて言葉に詰まる。ここ一カ月で3社は落ちてたし、焦る気持ちが顔に出ていたのかもしれない。

「それより久しぶりに会ったんだし、僕としてはもっと嬉しそうな顔をして欲しいんだけど」
「……ご、ごめん」

ストローでコーラの入ったグラスを掻き混ぜながら、五条くんが澄ました顔で微笑む。確かにこうして顔を合わせるのは再会した日ぶりだけど、あれ以来こまめに連絡は取っていた。
そして今日。上手くいけばわたしの就職が決まってる頃だから、五条くんが就職祝いをしてくれる予定で会う約束をしたのだ。
なのに……結果は惨敗。五条くんに合わせる顔がないと、会う約束を伸ばしてもらおうと思ったのに「これ以上待たせる気?」という一言で、結局会うことにした。いや、会いたかったのはわたしも同じだけど。

「ほら、の好きな紅茶とケーキ頼んだし、それ食べて元気だせって」
「うん……ありがとう」

目の前に置かれた美味しそうなショートケーキと、ほこほこ湯気を上げる紅茶を見ていたら、やっと少し笑顔を見せる余裕が出来た。
ここは渋谷駅からほど近い最近できたというお洒落なカフェ。五条くんがここを指定した時は、こんなお店よく知ってるなあと驚いた。渋谷は普段から任務でよく来るらしく、このお店も術師仲間の人から教えてもらったようだ。
昔は自販機でコーラを買って二人で公園、というパターンが多かったから、こうしてカフェで向かい合っていると、お互い変わったなあと不思議に思う。
それに変わったといえば、五条くん自身もだいぶ変化が見られた。
一年半前に再会した頃よりも雰囲気が柔らかくなってるし、言葉遣いだって前より丁寧になっている。随分大人になったものだ。
時々は電話で話したりもしてたけど、気づけば五条くんの一人称が「ぼく」になっていた。あの時はあまりにイメージが違いすぎて、なかなか耳が慣れなかったのを思い出す。

「あ、それで僕もに大事な話があるんだけど……」
「え、何?」

気分もだいぶ落ち着いてきたところでケーキの甘さを堪能していると、五条くんが言いにくそうに切り出した。彼の表情を見る限り、何となく嫌な予感がして「何か……悪い話?」と先に訊いてしまう。
もしかしたら別れ話かも、と不安になったせいだ。
いくら卒業後の約束をしていたとしても、人は心変わりする生き物だ。長いこと電話だけで会っていなかったのだから、五条くんの想いが冷めてしまったとしても不思議じゃない。特に彼はモテるわけで――中学の頃は学校中の女の子が五条くんを好きだったし――平凡を絵に描いたようなわたしへの想いが冷めてしまったとしても文句は言えない。

……なんて自虐的なことを考えていると、五条くんはかけていたサングラスを外して、それを静かにテーブルへ置いた。何気ないその動作すら、真剣な話をする前兆のようでドキドキしてくる。

「いや、悪い話っていえばそうなんだけど……」
「……(やっぱり!)」

頭を掻きつつ視線を反らす五条くんを見て、一際心臓が嫌な音を立てた。一気に不安になったせいか、じわりと手に汗が滲む。ついでに先走った悲しみが涙という形で溢れそうになった。

――就職も決まらないような女、僕に相応しくない。別れてくれる?別れてくれる?別れてくれる――?

『別れてくれる?』

言われてもいない台詞が、脳内でリフレインしている。

……?何か……さっきより顔色悪くない?」
「だ、大丈夫……で、話って……?」

聞きたくもないのに、つい促してしまった。五条くんは怪訝そうな顔をしてたけど、「ああ、そうそう」と思い出したように身を乗り出す。

「実はさ。僕が高専を卒業するのって来年だったんだよねー」
「……え?卒業?」

すっかり別れ話だと思い込んでいただけに、いきなり想定外の内容を口にされると頭が回らない。何を言われたのかも。

「いや、卒業したら一緒に住もうなんて言ったけど、あの時は高専が四年制だったのすっかり忘れてて――」
「……四年制……え?何が?」
「ん?僕の話、聞いてる?」
「え……っと……」

ダメだ。内容が全然入ってこない。
この時のわたしは、五条くんの悪い話と言うのが別れ話じゃなかったことにホっとしすぎていて。彼がまだ高専を卒業してないという事実を深くは考えていなかった。

「五条くんはまだ卒業してない……から、今も高専生って話……?」
「うん、そう。だから一緒に住む話も来年になりそうって話なんだけど……」
「……え、来年っ?」
「うん、まあ……。一応内容はどうであれ、僕も学生って立場だし、の両親は許してくれないだろうなと……」
「え……えぇぇぇえ?!」

遠回りしたけど、遂に彼の話の趣旨を理解した時。すぐに五条くんと住める、と思い込んでいたわたしは、心の底から驚愕してしまった。






「どうすんの、これ……」

五条くんと別れて帰宅後。すっかり段ボールだらけになった自分の部屋を見渡して、自然とそんな言葉がついて出た。
こっちは引っ越す気満々だったというのに、来年と言われた時の気持ちは落胆なんて軽いものではなかった。
ただ――五条くんの言う通り。わたしが卒業後、この家を出て五条くんと一緒に住むという話を両親にした時、彼の方も進学じゃなく就職するなら構わない、という条件を出されていたのだ。
両親は彼が五条家の一人息子というのは知っているけれど、呪術師という特殊な仕事をしている家系というのは知らない。
だから若い二人が同棲、ということになれば、多少なりとも本人たちの経済力が必要、と考えたようだ。
まだハタチにもなってないんだから、普通の親なら当然かもしれない。一緒に住むのもよく許してくれたなと思うくらいだ。
まあ、わたしの彼氏が近所にある五条家のご子息、ということも含めて、中学の頃から付き合っていたこともあり――少しの間別れてはいたけど――軽い気持ちで言いだしたことじゃないと分かってくれたのが大きいんだろうけど。

ただ経済的なことは全く心配ないと五条くんも話してくれたから、その辺は特に心配していない。学生という身分ではあっても、やってる内容は普通の高校生とは違う。すでに任務という形で働いてるということだし、給料の額を聞いてぶっ飛んだくらいだ。
呪術師ってそんなに儲かるんだ、なんて下世話な話になるけど、そう思ってしまうくらいの額だった。
でも、だからこそ。五条くんと同棲しておんぶに抱っこという形になりたくないと、そう思ったから必死に就職先を探してたともいえる。
まあ、それも悉く面接に落ち、かつ五条くんの卒業が実は来年でした、なんていう予想外のダブルパンチ。
夢の同棲生活がすっかり遠のいてしまった。

――いや、学生とはいえ僕はすでに働いてるわけだし、経済的にも全く問題ないから、のご両親が許してさえくれれば、僕はすぐにでもマンションを探すけど。

なーんて五条くんは言ってくれたけど、それは無理だと思う。
例えお母さんが許してくれても、お父さんは反対しそうだ。
というのも、一緒に住むなら二人で卒業後にきちんと働いて生活をする、という条件を出して来たのはお父さんだからだ。
となると、まだ学生という肩書の五条くんだけが稼いでいてもダメで、やっぱりわたしの就職が必須ということになる。
そのわたしはといえば、未だにどこの会社にも内定をもらえていない――。

「そっか……五条くんが例え卒業してたとしても、わたしの就職先が見つからなきゃ、そもそも同棲は出来なかったってことだ……」

冷静になった途端、悲しい現実を理解したわたしは、力なくベッドへ座り込んだ。就職できなければ実家から出ることも出来ない。

「先走って荷造りなんかするんじゃなかった……」

就職先なんてすぐ見つかると思ってたわたしは、必要最低限の生活用品だけを残して全て段ボールへ詰め込んでしまった。目の前の惨状を眺めながら、今度はこれを元に戻すのかと思うと本気で憂鬱になってくる。ついでに悲しくなって涙がじわりと溢れてきた。

(久しぶりに会えたのに……五条くんにも悪いことしちゃった……)

ふと別れ際の五条くんを思い出し、唇を噛みしめる。
あの時はまだ自分の現状までちゃんと理解できていなかった。だから卒業してないし一緒に住めないかも、という話を聞かされ、ショックのあまり「何で?」と責めるような物言いをしてしまったのだ。
自分は就職先すら見つけられてないくせに、ほんと最低だと思う。今のわたしに五条くんを責める資格はない。

「はあ……謝りたい」

そもそもの話。五条くんの件を抜きにしても、わたしが就職できなければ結果的に同棲は反対されてたんだから。
話の途中で五条くんのケータイに連絡が入り、彼は「任務が入った」と行ってしまったけど、最後まで申し訳なさそうにしてたのを思い出す。
バッグから自分のケータイを取り出し、五条くんの番号を開く。気持ちが落ち着いたことで、もう一度これからのことを五条くんと話したいと思ったのだ。

「まだ任務中かなぁ……」

もしそうなら邪魔だけはしたくない。かけるのをやめてメールを送ろうかと考えた。でもメール機能を開いた時、ケータイが鳴りだしてドキッとした。画面に"五条くん"の名前が表示されたからだ。
考えるより先に、指が通話ボタンを押していた。

「も、もしもし」
『あ、?もう家にいる?』
「う、うん。あの……さっきは――」
『じゃあ外、出て来れる?』
「え?」

ごめん、と謝ろうとした時、五条くんが明るい声で言うから驚いた。

『今、んちの近くのあの公園にいるから出て来いよ』
「あ……うん。分かった」
『ああ、春と言っても夜になったら風が冷たくなってきたし何か羽織っておいで』

それだけ言うと、五条くんは電話を切った。まさか来てくれるとは思わない。きっと任務を早々に終えて会いに来てくれたんだろう。
すぐにクローゼットから春物のショールを出すと、それを羽織って部屋を飛び出す。夕飯の支度をしていたお母さんに「五条くんと会って来る」とだけ伝えると、「ごゆっくり~」とニヤニヤしながら送り出されてしまった。ちなみにお母さんは密かに五条くんファンらしい。
イケメン好きなお母さんのDNAは、しっかりわたしに受け継がれてるようだ。

「……五条くん!」

家から徒歩二分圏内。未だ健在のこじんまりとした公園がある。そこのベンチに座る長身の白髪が見えて、わたしはすぐに名前を呼んだ。

「おー。こっち」

五条くんはベンチの背もたれに凭れ掛かり、明るい笑顔で手を振っている。その顏を見た瞬間、何故か凄くホっとしてしまった。

「任務は……?」

五条くんに駆け寄って隣に座ると、彼はわたしの手に暖かいミルクティを持たせてくれた。こういうさり気ない優しさはあの頃と変わらない。

「そんなの秒で終わらせた。悪かったな、途中で帰って」
「ううん……逆に良かったかも。頭を冷やせたもん。あの、ごめんね。わたしってば自分のこと棚に上げて責めるような態度しちゃって」
「何でオマエが謝るわけ」
「え、だって就職先も見つけられてないし、わたしだって親に言われた条件を満たしてないくせに怒っちゃったし……」

そう言うと五条くんは「あれ、怒ってたんだ」と軽く吹き出した。どうやら気づいてもいなかったみたいだ。

「僕からすればスネてるし可愛い奴、としか思ってなかったけど」
「……な、何それ」

可愛い、なんてさらりと言うから頬が一気に熱くなる。今の五条くんはわたしの知ってる彼より確実に大人になってる気がする。昔より何となく余裕を感じるせいだ。

「それに就職だって、まだ出来ないって決まったわけじゃないでしょ」
「え……ま、まあ……まだ猶予はあるけど……」

五条くんの言う通り。まだ面接は二社残ってる。そこに内定をもらえれば、といったところだ。
でも落ち続けてる現状では、それもあまり期待できない。それに……内定をもらえない原因は何となく気づいてる。

「わたし……とりあえず就職したいだけで、そこの会社に入って何をしたいのか、明確な目標も理由もないんだよね。だから……そういう本音を見透かされてるんだと思う」
はやりたいことないんだっけ」
「……まあ。情けないけど、これといった夢はない、かな。誰かの役に立てる仕事がいいなとは思うんだけど……」

五条くんはわたしの話を黙って聞いてくれていた。呪術師という、人を助ける尊い仕事をしてる彼の前で、夢がないと言うのは恥ずかしかったけど、それが今のわたしだ。格好悪くても彼に嘘はつけない。また、つく必要もない。

「人の役に立つ仕事……か」

ぽつりと呟いた五条くんは何かを考えこむように天を仰いだ。でもその口元はかすかに弧を描いている。当たり前のことを言ったから、笑われたのかと思った。

「そ、そんなの、どの仕事でもそうなんだけどね。どんなに小さな仕事だって誰かの役に立ってるわけだから」

ふと五条くんが意味深な笑みをわたしに向けるから、つい早口で言い訳めいたことを言ってしまった。でも彼はどこか楽しげにわたしの顔を覗き込むと、

「ちなみに……人の役に立って、かつ僕のそばにもいられる就職先があるんだけど……面接受けてみる気、ある?」
「……へ?」

またしても予想外の返しをされて目が点になる。人の役に立てて、かつ五条くんのそばにもいられる就職先?そんな天国みたいな職場があるはずないのに――。
わたしは本気で悩んでるのに、からかってるんだろうか。そんな思いが顔に出ていたようだ。五条くんは軽く吹き出すと、「そんなにふくれっ面しなくても」とわたしの頬を指でつついてくる。

「だ、だって、そんな都合のいい職場なんてあるはず――」
「呪術高等専門学校」
「……え」
「って言ってみれば僕の母校であり、職場になる場所なんだけどさ。これが万年人不足っていう難点があって――」
「ちょ、ちょっと待ってよ……それって呪術師の人ばかりの学校でしょ?」

彼の口からとんでもない発言が飛び出して本気で驚いた。一般人のわたしの就職先が呪術高専?ありえない。
そう思ったのに、五条くんは至って真剣だった。

「呪術師ばかりってわけじゃない。高専には呪術師をサポートしてくれる人間もいるし」
「え、そう、なの?」
「うん。まあ彼らは非術師より呪力は高い。でもそれ言うならもあるだろ、呪力」
「……じゅ、呪力って……何だっけ」

中学の頃、確か教えてもらったことはあれど、すっかり記憶から抜け落ちている。つい尋ねると、五条くんは嫌な顔をすることなく、もう一度丁寧に教えてくれた。

は憑かれやすいって前に話したろ。その当時は呪力も弱かったから呪いを引き寄せやすかった」
「え……嬉しくない」

素で答えると、五条くんは小さく吹き出して笑い出した。

「まあでもは僕の近くにいたせいで呪力や呪いに対して耐性が出来たっぽいから、もう殆ど寄って来こなくなってる。でも……その分、呪力が高まったみたいだから、もそのうち見えるようにはなるかもね。呪い」
「え、嘘……そんなの見たくないんだけど……その高専ってとこに就職したら、常に呪いを相手にしなきゃいけないんじゃ……」

呪いって要するに化け物ってことだ。幽霊よりもヤバい存在なのは五条くんの話を聞いて知っている。そんなものが見えるようになるなんて、ホラー嫌いのわたしには地獄でしかない。

「別にが呪いと戦うわけじゃないから大丈夫だよ。高専にも事務仕事ってのがある」
「……事務?」
「そう。書類仕事ってやつ。これが意外と多くてさ。術師をサポートしてくれる補助監督ってのがいて彼らがやってるんだけど、それだけじゃ追いつかないから、補助監督を補助する事務員ってのもいるんだよ。彼らは完全に非術師だけで構成されてる。にはその仕事をしてもらえれば助かるんだけど……」
「え、本気……?」
「もちろん。っていうか、さっきが就職決まらないって嘆いてるの聞いてた時からちょっとだけ考えてたんだよね」

五条くんはそう言いながら「ちなみに給料はその辺の会社よりもらえるけど?」と笑みを浮かべた。どうやら本気で勧誘してるらしい。

「え、で、でもわたしなんかに出来る……?」
「現場に出るわけじゃないし完全に事務仕事だからにも出来るよ。そこは普通の会社に就職したって同じじゃない?」
「そうかもしれないけど……雇ってくれるのかな。何も知らない一般人を」
「僕と付き合ってるんだから何も知らない一般人じゃないでしょ、は」
「まあ……そうだけど」
「それに言ったろ。万年人不足だって。猫の手も借りたいくらいなわけ。だから高専の関係者に話したら是非面接に来て欲しいってことだった」
「……手回しよすぎ」

思わず苦笑気味に突っ込むと、五条くんは当然だろ、と言いながらわたしの肩を抱き寄せた。不意の密着に心臓が素直な反応をしてしまう。
五条くんは額をこつんとくっつけながら「その方が今よりと会えるし」と微笑んだ。体内の熱が顏に集中した瞬間だ。
確かに五条くんの傍で仕事ができるなら、それはわたしも嬉しい。
ただ、これまで呪術とかいうものに縁のなかったわたしが事務仕事とはいえ、ちゃんと働けるのか心配だった。それに実家から通うには高専がある場所は遠すぎる。
そう思ってたら五条くんはその辺もしっかり考えてたようだ。

「ちなみに僕は今、高専の敷地にある寮に住んでる」
「う、うん。それは知ってるけど……」
「寮の部屋もかなりの数余ってるから、も住もうと思えばそこに住めるんだけど……」
「え、わたしも住めるの?」
「高専で働くなら関係者になるから当然住めるよ。まあ、でもあくまで寮だから部屋は狭いし、何なら近くに二人で住むマンションを借りてもいいけど、僕は」

意味深な笑みを浮かべながら、五条くんはわたしの額へ口付けた。その甘い誘惑に心臓が軽く跳ねてしまう。
呪術界なんて怖い世界だと思ってたけど、五条くんが傍にいてくれるなら働けそうな気もしてくる。
それに――本当は呪術師をしてる五条くんを一目見てみたかった。
わたしの知らない五条くんがいるなら、それも全て知りたいと思うから。

「考えてみてくれる?」
「……う、うん」

昔よりも少しだけ大人びた笑みを浮かべる五条くんは、僅かに顔を傾けてわたしの唇へ口付けた。ふんわりと柔らかい感触が、わたしの唇を何度も啄む。夜とはいえ、住宅街にある公園。そこでキスをされる恥ずかしさは、昔とあまり変わらない。

「……、寒い?少し震えてる」

僅かに唇を放した五条くんは、肩のショールをかけ直して包んでくれる。だけど震えたのは寒いからじゃい。五条くんの熱を受け止めている時間が幸せ過ぎたからだ。

「……大丈夫。五条くんがいるから」

額を合わせたまま視線を上げると、透き通るくらいの綺麗な瞳が柔らかく細められた。
一度は諦めた初恋だったけど、今もこうして続いていることがただ嬉しい。
会っていなかった分、まだまだぎこちない部分もあるし、今日の出来事みたいに噛み合わなかったりもするけど、これから少しずつ隙間を埋めていけたらいい。
再び重なる彼の熱に幸せを感じながら、明日からの二人を想像してふとそう思った。

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