慕情
- 軽めの性的描写あり
「んーおいひいです!」
口内に広がるふんわりとした餅の柔らかさと甘味。思わず悶えてしまうくらいに美味だった。
「それほど喜ばれたら、作った職人も本望だろうな」
わたしの隣で呆れ顔をする裏梅さまは、香ばしい湯気を上げる緑茶を一口飲みながらホッと息を吐いている。あちこち店を回ったせいで疲れたようだ。
まさか裏梅さまの(精神的)疲労が自分のせいだと露ほども知らないわたしは、やっと目当ての甘味を食べることが出来て喜びもひとしお。次は何を食べようかと、ついついお品書きに目が向いてしまう。
太陽が真上に来た辺り。目的の品物を全て買い終えた裏梅さまが「少し休んで行くか」と言って下さったので、最初に声をかけられた茶屋で一服しているところだ。
都には滅多に下りてこないから、どうしても心が弾んでしまう。何もかも、目に映る景色は新鮮で、わたしにとっては夢のような場所だ。
でも一つだけ落ち着かないことがあるとするならば。都は色んな人が入り乱れてる。宿儺さまを狙う藤原の術師がいないとも限らない。それに……と密かに視線を走らせ辺りを伺う。
前回の時のように、家族の誰かとまた遭遇しないとも限らない。わたしが生きていることはとっくに姉さまが家族に話しているだろうし、お父さまとお母さまにとっては寝耳に水だったはず。自分のお役目も遂行できない不肖の娘を許すはずもなく、また顔を合わせたらきっと手酷い扱いを受け、罵倒されるだろう。それが何よりツラい。
人に優しくされる幸せを知ってしまったから――。
「――どうした?。食べないのか」
その声でふと我に返る。見れば裏梅さまが怪訝そうにわたしの顔を覗き込んでいた。わたしが大福を持ったままボーっとしていたせいだ。
「い、いえ……食べます」
笑みを返しつつ、手に持っていた大福を頬張ると、裏梅さまは軽く笑ったようだった。
「それだけ食べれば腹もいっぱいだろう」
「……いえ。次はお団子を食べようかと思ってました」
「……まだ食べ足りないのか」
笑っていた顏がすっと真顔になり、いつものように目を細めつつ。裏梅さまはそれでも茶屋のおかみに団子を注文をしてくれる。いつも素っ気ない態度をするくせに、本当の裏梅さまはさりげない優しさをくれる方だ。
それに案の定というべきか。わたしが普段と様子が違うことも、ちゃんと気づいていたらしい。不意に「何か……心配事か?」と尋ねてきた。
「い、いえ。そのようなことは……」
「嘘を言うな。オマエが大福を目の前にしてぼんやりするなど普通ならありえない」
「う……そ、そんな人を食いしん坊みたいに……」
「まさか……違うという気か……?」
裏梅さまはわざとらしいくらいに驚愕した表情を見せる。その大げさな反応に思わず吹いてしまった。裏梅さまなりにわたしを元気づけようとしてくれてるのだと、ふと思う。そんな気遣いをされることも初めてのことで、ほんのりと胸が暖かくなった。
「すみません……ちょっと家族のことを考えてて」
「……家族?ああ……以前、都で姉に遭遇したんだったな」
裏梅さまはお茶を飲みながら、思い出したように呟いて空を見上げた。釣られてわたしも顔を上げると、天には澄み切った青い空と、ぽつぽつと浮かぶ積雲の他、水平へ広がる巻層雲が見られる。この雲が現れると天気が下り坂になるという兆候だ。今夜あたりは春雨が降るかもしれない。
「まだ家族のことが気がかりか?オマエを虐げてきた者たちだというのに」
しばし空を見上げていると、裏梅さまは呆れた様子で溜息を吐いた。これまで散々家族の為に、と自分の命を投げだそうとしてきたことを言ってるんだろう。
違う、と言えば嘘になる。わたしはまだ心のどこかで、家の為にと思ってるところがあるのかもしれない。
いや――そうじゃない。
家の為に生贄として宿儺さまのところへ来たはずなのに、わたしだけがこんなにも穏やかで幸せな日々を過ごしてていいんだろうか、という罪悪感の方が強いのだ。
そう説明すると、裏梅さまには「は、下らん」と一蹴されてしまった。
「宿儺さまも仰ってただろう。オマエは幼少の頃から洗脳され続けてきたのだ、と。家族にとって都合のいいように、オマエは育てられた」
「あれが……洗脳」
「自分には何の価値もないと思わされているだけだ。今感じている罪悪感も作られた感情の中で成り立つもの。オマエの本当の意志じゃない」
裏梅さまは厳しいながらも、暖かみのある声色で言葉を紡ぎながら、はっきりと「はもう自由だ。好きなことをして、自分が見たいと思うものだけを見ろ」と言ってくれた。
そこでふと宿儺さまの言葉も思い出す。
――俺の言うことだけを信じろ。そうすればオマエの見える世界も少しは光り輝く。
あの時は言葉の意味もあまり理解出来ぬまま、でも何故か嬉しくて今と同じように胸が熱くなった。
わたしの小さな世界は生まれた時から家だけが全てだったはずなのに。
宿儺さまは、もうそこから飛び立っていいのだと、自由なのだと背中を押してくれたのかもしれない。
ただの生贄の一人に過ぎないわたしを、解き放とうとしてくれたのだと今なら理解できる。
「……何故、宿儺さまも裏梅さまも……わたしに良くして下さるんですか?」
「良くしてるつもりはないが、しいて言えば宿儺さまがオマエを大事に思っているからだ」
「では何故……宿儺さまはわたしを大事に思って下さるのですか。ただの生贄だったわたしを……」
「それは……私にも分からないが――」
裏梅さまは複雑そうな顔で、わたしをしげしげと見つめながら「むしろ私が聞きたい」と真顔で言い放つ。その正直な言葉は裏梅さまの本音なんだろう。つい吹き出してしまったのは、何も出来ない自分をよく分かっているからだ。
「宿儺さまは……珍味好きだからな」
そうポツリと呟く裏梅さまの言葉が、まさに言い得て妙だと自分でも思う。
だけど、それでもわたしは幸せだと感じた。
宿儺さまの傍にいると、最近はやけに安心してしまう。もう一人ではないのだという安堵感。そして、宿儺さまに触れられた時の何とも言えない高揚感。身も心も熱くなる、不思議な感覚だ。
名前の分からない感情が、自分の体のどこからか溢れてくる。あれはどういったものなんだろう。
「どうした?、またぼんやりして」
裏梅さまが再びわたしの顔を覗き込む。その綺麗なお顔を見て思った。
もしかしたら頭のいい裏梅さまのこと。わたしの、この何とも言えない感情の名を知っているかもしれない。そう思って説明しながら質問すると、何故か裏梅さまは耳まで一気に赤く染め上げ「へへ、変なことを訊くな!」と急に怒り出した。
「何故怒るんですか?変なこと、とは……宿儺さまに触れられると胸が熱くなって全身が疼くことでしょうか」
「ぐ……だ、だからそういう話もするな!少しは恥じらえっ」
「恥じらう……とは?」
「……く……オマエは本当に……」
分からないことを訊いただけなのに、裏梅さまはまたしても言葉を詰まらせる。でも今度は怒鳴るでもなく、どこか力なく肩を落とし、はぁ、と溜息を一つ。どうやら呆れられてるらしい。
だけど――。
「オマエは……何を知りたいんだ」
「え、だから……」
何故か恨みがましい目をわたしに向けながら、裏梅さまが訊いてくる。
「心から溢れるよく分からないものの名と……」
「心の臓が鳴る理由、だったか」
「は、はい」
怒り出した時は知らないのかとも思ったけれど、やはり裏梅さまはこの現象のことも知っているらしい。運ばれて来た団子に手を付けるのを我慢しながら、裏梅さまの返事を待つ。すると彼は再び呆れ顔をわたしへ向けた。
「それはオマエが宿儺さまのことを……恋ふ、つまりは……恋慕っている、ということだろう」
「……こ、ふ?」
「異性を……愛しいと思い、慕うという意味だ」
「……いと、し?」
何やら難しい言葉を並べ立てられ、頭の中の疑問が増えていく。それをいち早く察したらしい裏梅さまは、また深々と息を吐きつつも、「自分にとって特別な存在だと思うことだ」と何とも分かりやすい言葉で説明してくれた。
しばし頭の中で考えるも、宿儺さまはわたしにとって特別な存在であることは何となく分かる。ただ、恐れ多い感情だというのも理解してしまった。
元生贄のわたしが宿儺さまを慕うだなんて、そんな思いを抱いていいわけがない、と。
「す、すみません!そんな失礼なものだとは……思ってなくて……」
「……何のことだ」
「で、ですから……わたしなんかが持っていい感情では……ないです」
下々の者が貴族の殿方を慕ってはいけないように、わたしが宿儺さまを慕うなど万死に値する。
裏梅さまの言う、異性を恋い慕うという本当の意味合いに全ての理解が及ばなくとも。わたしが抱いてはいけないものだと本能で分かってしまった。
なのに裏梅さまは呆気にとられた顔をしたあと、心底呆れたように苦笑いを浮かべた。
「男女のことには疎くても、両親から上の者に対する精神的な制御もあったようだな」
どうせ家族から"お前のような女は高貴な方を慕うことすら許さない"とでも言われたんだろう――?
そう指摘された時、父や兄から向けられた侮蔑を滲ませた目を思い出した。
――見目麗しく生んでもらっただけ感謝するんだな。だがオマエのような出来損ないには、良家の殿方との縁はない。無駄に懸想しないよう、この敷地から一歩も出るな。その時が来ればいずれオマエに似合いの役目を与える。
そう言われ続け、役目を与えられたのが生贄という大義だ。なのにわたしは宿儺さまに生かされ、それだけでも家の名を傷つけているのに、あまつさえ宿儺さまを恋い慕っている?本来なら許されない懸想を抱いているというんだろうか。
でも裏梅さまはわたしが抱くこの罪悪感さえ、洗脳が原因だという。
なら、わたしはどうすれば――。
そう思い悩んでいると、裏梅さまは「家の者に言われたことなど全て忘れろ」とあっさり切り捨てるように言い切った。
「オマエが頭に思い浮かべているであろう家族に言われた言葉は全て、オマエを都合よく操るための戯言だ。心を痛めることも、また迷う必要もない」
「裏梅さま……」
「言っただろう。オマエは自由なのだ。どこで何をしようと、誰を恋い慕おうと、誰から責められることでもない。まして宿儺さまがオマエを望んで傍に置いている。今が感じている恋情も、お伝えすれば喜ぶことはあっても怒ることは決してない」
それまでの呆れ顔ではなく、裏梅さまは真剣な眼差しでわたしを見つめた。本心からの言葉だと痛いくらいに伝わってくる。目頭が一気に熱くなった。
「う、裏梅さまぁ……」
「な、泣くな、こんなところで!しかも手に団子を持ったまま泣くなど子供か、オマエはっ」
団子を持つ手をぷるぷるさせると、裏梅さまは「落とす前に食べろ」と叱ってくる。その慌てふためく姿を見てたら、つい泣き笑いに変わってしまった。
「ったく、泣くか食べるかどっちかに――」
「あ、ありがとうございまふ」
「……っ?だから団子を食うか礼を言うかどっちかにしろっ」
この横着者め、とぷんすか怒りながらも、裏梅さまのわたしを見る眼差しは柔らかい。
さっきは宿儺さまがわたしを大事に思っているから、と言っていたけれど、それだけじゃない気がしていた。
もしそれだけが理由ならば。最初に会った頃のように、わたしを見ていた時の氷のような冷たい眼差しまでは変わらないはずだ。
「裏梅さまも……お優しいですね」
ふと伝えたくなって言葉にすると、想像通りの表情を見せながら、「ふん」と鼻先で笑われた。
「優しくした覚えはないのだが?」
「あ」
「……あ?」
そこで不意に大事なことを思い出す。
「宿儺さまに甘味処の土産を頼まれてたの忘れてました」
団子を食べきったところで、出がけに言われたことを思い出す。あれこれ買い物をしていたせいで、すっかり忘れていた。
わたしのその一言で、裏梅さまのお顔が今度こそ般若のように変化したのは当然かもしれない。
「そ、それを早く言え!何を呑気に団子なんか食べているっ」
「え、だってこれは裏梅さまが注文して下さったから――」
「つべこべ言うな!何より宿儺さまが優先だ!さっさと買いに行くぞ!」
「え、ま、待って下さい……団子が喉に、お茶を飲んでから」
「早くしろ!……いや、湯飲みを持ったままで来るな!盗人と間違われるだろうっ……だから茶を飲むなー!」
慌てて団子を茶で流し込み、持っていきかけた湯飲みを茶屋へ返してから必死で裏梅さまを追いかける。
そんなわたしを裏梅さまはいつものように怒っていたけど、同じ説教でも家に居た頃とは全然違う。
本来、人とは暖かい存在なのだということを、また教えてもらった気がした。

「……まさか本当に生きていたとは」
男は無意識のように呟きながら、街中を走って行く娘の姿を見つめていた。
この男、家の嫡男であり、呪術師であり、の兄でもある。
「しかも貴女の言うように宿儺の側近と親しげにしている……これは一体……」
「でしょう?」
男の背後から現れたのは、藤原に取り入り精鋭部隊を任されている万だ。
の素性を調べ上げ、家の人間だと突き止めた彼女は、の兄に近づいた。
「言った通り、あの子は今、宿儺の最も近くにいる人間。なら色々と情報を持ってる」
「……確かに仰る通り。これは由々しき事態……こんなことが知られたら我が家は――」
「裏切者を出した一族として不名誉な歴史が刻まれてしまうでしょうね」
万の一言で男の顔色が変わる。生贄を捧げたことで一時株を上げたはずが、実は生贄が生かされ、かつ宿敵の情婦となっていると公になれば、家は一巻の終わりだ。
「でもそうならない方法がある」
「……そ、それはどのような……」
藁にも縋る思いで万に尋ねると、彼女は口元へ弧を描き「情報を聞き出せばいい」と妖しく微笑んだ。
「情報……」
「そう。あの娘から宿儺の情報を全て聞き出し、それを藤原へ伝えるの。つまりはわたしに。そうすれば裏切者から一転、宿儺討伐の功労者になれる」
「お、おお!まさにその通り!」
「兄弟だもの。オマエなら上手く聞き出せるだろう?」
「もちろんで御座います!妹は昔から私の言いなり。どんなことでも話すでしょう」
男は意気揚々と宣言し、万に胸を張ってみせる。その鼻息荒い顔を見ながら、万は内心ほくそ笑んだ。
なんて単純な男、と。
「なら、あの娘をおびき出すのは私がやろう。そのあとのことはオマエに任せる」
「はっ。お任せください。そ、それで上手く情報を聞き出した暁には……」
「オマエを第一部隊に迎え入れてやる。心配するな」
それだけ言うと、男は満足した様子でその場を去っていく。男を見送りつつ、万は小さく舌を出してみせた。単純な男は操りやすい。
「さて……あの子には悪いけど……宿儺の隣は空けてもらわなくちゃね」
万も浮かれた様子で呟きながらその場を後にする。
に嫉妬はしても恨みはない。ただ少々宿儺を手に入れるには邪魔なだけ。その為に家を揺さぶり、家に売れ戻してもらおうと画策したのだ。
彼女とて、生贄として宿儺の元にいるよりも家に帰れた方が嬉しいだろう。そう思っていた。
だが、この万のちょっとした悪戯心が、のちに大きな災いを呼ぶことなど、この時の彼女には知る由もない。

「……ん、あ、の」
「どうした?今日は体におかしな力が入ってるな」
夜半過ぎに降り出した春雨の音を聞きながら、いつものように寝床へ入り、とまぐあう最中。いつもとは違う反応をすることに気づいて、手を止めた。
見下ろした先にはの真っ赤に火照った顔。しかしどこか恥じらうようにそっぽを向いている。これまでこんな顔を見せたことはない。俺に何をされているのかも分からず、それでも快楽に流されていくようになってからは素直に反応していた。
なのに今夜は俺が触れるたび、びくりと体を跳ねさせ、やけに恥ずかしそうに瞳を揺らす。その表情はやたらとそそられるものの、何故こうも反応が変わったのかが気になった。
「どこか具合でも悪いのか?」
「へ?い、いえ……」
「なら……何故そのような顔をする」
「ど……どういう顔ですか?」
「……いつもより顏が赤いし、目も潤んでいる。何より体におかしな力が入ってるな」
「ひゃぅ」
言いながら股の間へ指を滑らせれば、は可愛い声を上げる。すっかり開発された体は、指の動きに素直に反応していた。
「す、宿儺……さま、そんなに触ったら……んっ」
「触ったら……何だ?ここはすでに濡れて凄いことになってるが」
「ひゃぁ……んっ」
「指も容易く入るな。しかし……まだナカも硬い。いつもより体が強張っている。今宵は触れられるのが嫌なのか?」
人間ならば、体調の変化で行為をするには体が整わないこともある。気持ちの変化でも然り。
そこで少し心配になったのは、の気持ちの変化だ。
本人の意志を確認することなく、強引に生娘だった体を奪ったことに変わりはない。そのあとの行為すら、は疑問に思いつつも俺を受けいれてきた。まあは俺に喰われるのだと勘違いしていたが、ある程度慣れてきた時、それを嫌だと思うようになっても何ら不思議ではない。
しかし、は俺の問いに慌てた様子で首を振った。
「い、嫌なのではなく……鼓動がばくばくして苦しいだけです……」
「鼓動……心臓か。やはり具合でも――」
「ち、違うんです。あの……」
心臓が苦しい、と言われ、ガラにもなく焦って手を止めると、はまたしても真っ赤になりながら首を振った。
「宿儺さまに……触れられると……そうなります」
「俺に……触れられたら?」
「は、はい……胸の奥がきゅうっと苦しくなって、次に心の臓が激しく動き出して……初めは何かの病かと思ったりもしたけど……先ほど裏梅さまに訊いたら、その……」
「……何だ。ハッキリ言え。裏梅は何と言った?」
俺のせいで体に不調があると言われ、珍しく焦りが滲む。の体調が心配で答えを急かせば、は何故かモジモジとしながら視線を泳がせている。「早く言え」と眉根を寄せれば、やはり言いにくそうに視線を反らされてしまった。
「――」
なかなか口を開こうとしないを見て痺れを切らし、更に急かそうとした時。がふと俺を見上げた。
「わ、わたしがその……宿儺さまをこ……」
「こ?」
「こ……恋慕っているのではないか……と……」
「……」
の口から思いもよらぬ言葉が飛び出し、我が耳を疑う。
恋い慕う――。
その言葉の意味は分かれど、経験したことのないそれは俺でもよく分からない。だが一笑に付すことが出来ないのは、今まさに俺がに感じているものがそれなのだと、心のどこかで分かっていたからかもしれない。
そして、の方も同じ想いが芽生えていると知った時、思いがけず顔にじわりと熱が集中した。こんなことは生まれて初めての経験だ。
「あ、あの……宿儺……さま?お顔が赤く――」
「うるさい。黙っていろ」
手で口元を覆い、顏を反らす。さっきまでがしてた動作を、この俺がすることになるとは思わない。
「で、でもどこか具合でも……」
「違うからかまうな。オマエと同じ症状なだけだ」
「……え、同じ……って」
俺の言葉にの瞳が揺れる。鈍いでも今の意味は理解出来たらしい。再び色白の頬が朱に染まっていく。その顏を見ていたら、ガラにもなく胸の奥が疼いた。
これまで自分の感情を一方的にぶつけるだけの人生だった。怒り、悲しみ、憤り。
そしてには男の浅ましい欲望と、初めて芽生えた慈しみの情。でもそれでいいと思っていた。一方的にぶつけて手に入るのならそれでも。
なのに心が自分に向けられていると知った時、言葉に出来ない感情が体の奥から溢れてきて、これが受け入れられた喜びなのだと知った。
この溢れる熱い何かが、の言う慕情なのだと。
「宿儺さま……」
「この症状が同じなら……」
そっと頬へ手を添えれば、は恥ずかしそうに、でも今まで見せたこともない幸せそうな笑みをかすかに浮かべた。
「俺もオマエを……恋慕っている、ということになるんだろうな」
に触れるだけで体が熱くなる理由など、初めから一つだった。
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