未来へいざなう②



相も変わらず都は活気に溢れて賑やかだった。自然の多い山から少し下りてきただけなのに、ここは色鮮やかな風景がそこかしこに広がっている。軒並み並ぶ店の前では、商人が大きな声で客を呼び込んでいた。耳障りなこの場所は苦手だが、料理に必要な調味料はここでしか手に入らない。仕方なく商い通りを歩いて行こうとした時、ふと後ろが気になり振り向いた。

「お嬢ちゃん、この大福、餅がつきたてだからふわふわだよ!一つどうだい?」
「ふわふわ……美味しそう……」
「……」

今の今まで従順に私の後ろを歩いていたが早速呼び込みに捕まっていた。先ほど朝餉を食べたばかりでも、にとって甘味は別腹。引き寄せられる気持ちも分かるが、宿儺さまに言われたことをすっかり忘れているようだ。



溜息交じりで名を呼ぶと、は弾かれたように姿勢を正し、甘味屋の女主人へ頭を下げてから私の方へ小走りで駆け寄ってきた。挙句、わたしは何もしてません的な顔でにこっと微笑むのだから、私の口元も引きつる一方だ。

「勝手に離れるな。宿儺さまにも言われただろう」
「……そ、そんなに離れてません」
「口答えか?」
「う……す、すみません」

ジトっと睨みつければ意気消沈したらしい。しおしおと項垂れる。しかしこの反省も数分でまた好奇心や食欲に負けるのが、というおなごなのだ。おちおちと目が離せない。宿儺さまに任されたのだから、私がきっちりを守らねばならないというのに。

「甘味が欲しいなら帰りに買ってやるから今は大人しくついてこい」
「は、はいっ」
「よそ見はしないで私の背中だけを見てろ。こんな人混みではぐれたら迷子になる」

言いながら歩き出すと、今度こそは大人しくついてきた。都は人が多いだけに私の存在を知らない者もいるが、当然知ってる者もいる。景気よく声かけしてくる商人もいれば、私を見た瞬間に緊張で顔を強張らせ、畏怖の念を向けて来る人間も少なからず存在する。どうせ宿儺さまに貢ぎ物を運んできたことがある人物だろう。そういった訪問者は全て私が対応するから、顏を覚えていても不思議ではない。
怯えてくれる非術師ならまだいいが、もし仮に藤原の人間と遭遇すれば何が起こるかは分からない。
守り切れるか?私一人で――。
僅かに考えたが、普段から力の制御の他に色々と術式の鍛錬をしている。今の私なら藤原の精鋭が襲って来ようと、を守り切れると結論付けた。
そもそも宿儺さまが私にを任せたのは、そういう信頼あってのこと。大丈夫だ。

――色々考えすぎるのがオマエの悪い癖だ。

以前、宿儺さまに言われたことを思い出し、確かにその通りだと内心苦笑する。
そうだ、私は細々と物を考える癖がある。何をするにも前準備をしなければ安心できない。故に以前の私は戦闘でも相手の能力を測ることに気をとられ、逆に攻め込まれる場面もあった。

――相手の力量を瞬時に測ろうとするな。そんなもの戦いながらでいい。

そうも言われたことを思い出す。宿儺さまは本能的に見えて、実は分析力が長けている方だ。相手の能力、出方、それらを戦いながら見極める論理的思考力、発想力、理解力。それらを駆使しながら圧倒的な力で敵を凌駕する。
強い相手と戦う際、分析しながら楽しむこともできるのだから宿儺さまらしい。それに元々地頭が良いのだと思う。圧倒的な強さに加え、頭脳もあるのだから、戦っている敵からすれば絶望的な気持ちになるだろう。
今回の藤原の姫に対する報復も、出来れば避けたいと思っているのは"五虚将"の方かもしれない。前回、宿儺さまを狙った部隊が十分もしないうちに攻略され、鏖殺されたのを見ているはずなのだから。
しかし姫を殺され、何もしないというのは体裁が悪い。そこはやむなしといったところか。

「――さま。裏梅さま!」

不意に着物の裾をツンツンと引っ張られ、ふと我に返ると、が「醤油屋を通り過ぎました」と後ろを指す。周りに気を配りすぎて目的地を見落としていたようだ。
軽く咳払いをして「分かっている」と嘯きつつ、店の暖簾をくぐった。

「いらっしゃいませ」

いつもの主人が笑顔で出迎えて「裏梅さま、お久しぶりですね」と声をかけてくる。この店には何度も通っているので常連として扱ってくれるところが楽だった。
醤油の香ばしい匂い漂う店内を見渡し、いつもの醤油と塩を買う。帰りがけ、「良かったらどうぞ」と何故か煎餅を渡された。香ばしい匂いの正体はこれのようだ。米をすり潰したものに自家製の醤油ダレを塗って焼いたという。「裏梅さまにはいつもご贔屓にしてもらってるので」というので、遠慮なく頂くことにした。が興味津々で袋の中身を覗いている。

「裏梅さま、これは何ですか?香ばしい良い匂いがします」

店を出ると、が早速尋ねてくる。どうやら煎餅は初めてのようだ。

「それは菓子のようなものだ。醤油ダレを塗って焼いたものだから甘くはないが」
「……え、醤油ダレで?」
「あとで出してやる。その前に次は器を見に行くぞ」
「あ、そうでした!」

煎餅を凝視していたがそれを袂へしまい、追いかけてくる。雛の餌入れを思い出したようで途端に張り切りだす。全くゲンキンなおなごだ。
器の類は商い通りの奥まったところにある。質素な店が並ぶ通りは生活に必要な最低限の道具が売られていた。その中の一つに"土師器はじき屋"がある。伝統を受け継いだ素焼きの土器で創られた様々な器が置いてあるので重宝していた。宿儺さまが普段使いされている湯飲みなどもここで買ったものだ。

「いらっしゃい」

醤油屋の店主とは真逆に不愛想な顔で出迎えてくれたのは、この店の主兼職人でもある男だった。職人気質で不愛想ではあるが人は悪くない。私が店内に入ると、額に巻いてた手ぬぐいを外し、それを首へかけて立ち上がった。ちょうど器を磨いていたようだ。

「ああ、裏梅さんか。久しいな」
「どうも。以前、買った器を割ってしまったんで新しいのを買いに来ました」

若干を睨みながら説明したせいか、さっき以上に小さくなっている。
主人は前に私が買った小ぶりの器を覚えていたらしい。同じ物はないが、と前置きしつつ「これはどうだい?」と似たような器を見せてくれた。前のと同じような蓋付きで大きさもさほど変わらない。

「なかなか良い器だ。これは須恵器すえきですか」
「よく知ってるね。こっちの方が硬質だから頑丈さ」

須恵器は古墳時代の5世紀前半、中国や朝鮮半島から伝えられ、新しい技術によって焼かれた硬質の陶器だ。見た目も悪くないので早速それを購入し、他にもいくつか予備の器を買い足しておく。
その間、は色々な器を手に取って眺めながら、餌を保管して置ける器を探していた。

、決まったのか?」
「えっと……これなら芋虫も入るかなと思うのですが」

手のひらに乗せた少し大ぶりの器を見せながら、は嬉しそうに微笑む。主人が「芋虫……?」と訝しげに眉を寄せた気持ちは痛いほど理解出来た。丹精込めて轆轤を回し、丁寧に焼いた器に芋虫を入れようとする不届き者など、この都中探してもしかいないだろう。
しかし主人は冗談だと思ったらしい。苦笑気味にを見ていたが、その視線を不意に私へ向けた。

「面白いことを言うお嬢さんだ。裏梅さんの嫁さんかい?」
「……は?嫁?誰がだ」
「いや、だからそこの可愛らしいお嬢さんがだよ」
「……っ?」

思いもよらぬ言葉を投げかけられ、驚愕と共に頬がカッと熱くなる。他人から見れば私とが夫婦に見えるのか?そう思っただけで情緒がおかしなことになった。

「ち、違う!こんな大食いのおなごが私の嫁のはずないだろうっ」
「いや、大食いとか知らないけどさ。おなご連れというのも珍しいからてっきりそうかと」

普段は不愛想のくせに、余計なことはペラペラと言い出すのだからこの主人にも困ったものだ。
幸いだったのはが嫁という意味を知らなかったことだろう。小首を傾げて何ですか?みたいな顔で私を見上げてくる。
何とも言えない空気が漂い、居たたまれなくなった私はの手にしていた器もすぐさま購入する。サッサとこの店を出たかったからだ。

「まいどあり」

主人が差し出した袋を奪うように受け取り「帰るぞ」と彼女の手を引いた私は、逃げるように店を後にした。

「あ、あの……裏梅さま?」

ずんずん早歩きで商い通りを戻っていると、が息苦しそうに私の名を呼んだ。ハッと我に返り、足を止めると「ま、まだ雛を入れる桶を買ってません」と言われた。ついでに手を軽く引っ張られる感覚。何事かと思い自分の手を見下ろすと、しっかりの手を握り締めていた。思わず振り払う。

「な、何で手を繋いでるっ」
「え、それは裏梅さまが……」

困惑気味に応えるは、私に振り払われた手をすりすりと擦りつつ恨みがましい目で見つめてくる。言われてみれば確かに店を出る時、の手を引いた記憶があった。

「あの主人が悪い……余計なことを言うから――」
「え?」
「何でもない。それより桶が売ってる店は……こっちだ」

の温もりが残る自分の手をぎゅっと握り締めながら、誘導するよう歩き出す。色々と心臓を酷使して脳が機能していなかった。元生贄で大飯ぐらいのを"女"と意識したことはない。いや、なかったはずだ。なのに、繋いだ手は小さく頼りなげで、女……なのだな、と実感してしまう。それが何とも腹立たしいのに――不思議なくらい不快とは感じていなかった。





見上げるほどの竹やぶが並ぶ林道を歩いていると、ざわざわと笹の葉が揺れて心地のいい風が俺の頬や髪を撫でていく。その風に乗って知っている上品な香りが漂ってきた。

「やあ、宿儺」

音もなく姿を見せたのは、常服である直衣のうしを身に纏った見目麗しい男。今現在、世を統べているこの男は、世間から"帝"と崇められる存在だ。ただし、それは外側だけの話。中身は――。

「元気そうで何よりだ」
「ケヒッ。その見てくれで言う台詞ではないな。仮にも俺はオマエらの敵だろう」
「そうだった、そうだった。でも君は手強いからね。藤原も手を焼いてると聞くよ」

人当たりのいい笑みを浮かべる男は、縫い目のある額を軽く叩くと、素顔とも言える妖しい目つきを俺に向けた。敵意も殺意もない。
この男と知り合ったのは、もう随分と前だ。その時の姿は女だったが。

「それで……考えてみてくれたかな」
「フン。今から死んだ後のことなど考えられるはずもないが……なかなかに面白い試みではあるな。興味深い」
「そうだろう?」
「ただ何の保証もない話だ。そう簡単に決められることではない。そもそもオマエに何の得がある」
「大いにあるさ。この呪術全盛の世を未来でも完全に再現してみたい。面白そうだろう?今の時代よりもずっと栄えているであろう世界を混沌とした闇へ導くのは」
「そんな遠い未来の話をされてもな」

この男が何者で、何を目的に俺へ近づいてきたのかは知らない。でも面白い術式を持ち、面白い提案を持ちかけてくる。あっさり殺すには惜しい。

「迷うということはこの世に未練などないのかな、君は」
「未練?そんなものあるはずがない。俺は俺の身の丈で今を生きているだけだ。死ぬ時は死ぬし、そうなればそれが俺の運命ということだろう。まあ簡単に死ぬつもりもないが」

この肥溜めみたいな世界に生まれ落ち、たまたま力を持っていただけに過ぎない俺は、それほど多くを望んではいない。ただこの命尽きるまで、快を求めて生きるのみ。その邪魔をする人間は鏖殺するだけだ。
帝は――いや、帝の皮を被ったその人物は黙って俺を見つめていたが、不意に気色の悪い笑みを口元へ貼り付けた。この俺を前にしても臆することなく、ただぬらりとした呪力を纏う。

「そうか。だけど気が変わったならいつでも私に言って欲しい。君の望むことに手を貸そうじゃないか」

言い終える頃には俺に背を向け、ソレは再び風と共に去って行った。何とも淡泊な、と苦笑が洩れる。

「俺の望むこと、か……」

奴に言った通り、身の丈に合う生き方をするだけ。未練など身の丈以上を望む奴が残すもの。この時はそう思っていた。

「そろそろ戻るか。裏梅とが帰ってくる頃だ」

ふと薄い雲がかかる空を見上げながら独り言ちる。
でも――俺は知らなかった。大切な存在を失った時、自分でも制御できないほどの怒りを、未練を、この世に残すということを。


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