二話:鬼狩りとして




 あれから――時は流れて現在。抜け忍となった俺たちの生き方に理解を示して拾ってくれた人のため、その恩に報いるために、俺は鬼殺隊という組織に身を置いていた。

 ――西南西、港町で女子供が時折消える。
 
 その任務を告げられた時、俺はある情報を元に東京外れの小さな町を、三人の嫁に探らせている最中だった。しかし何の手がかりもなく、持久戦になると思った矢先の新たな任務。
 下級の隊士を探りに行かせたが、報告もないまま一週間が過ぎたという。通常ならもう一組くらいは上級の隊士を向かわせるはずだが、あいにく他の任務で人手不足らしい。そして現在、俺のいる場所がその町に一番近いというのが、そもそも柱の俺に指令が下った理由だった。本当に鬼なのかも分からない事案だが、こうなれば確かめるためにも出向くしかない。

「チッ……仕方ねえ。そっちは俺一人で様子を見に行く。お前らは引き続きこの一帯を調べててくれ」
「分かりました。天元さま、どうかお気をつけて」

 雛鶴が心配そうに言えば、須磨は相変わらず号泣しながら「私も一緒に行きたいですー!」と我がままを言う。そんな須磨を窘めるのは、いつだって姉御肌のまきをだった。俺を追いかけようとする須磨にゲンコツを喰らわせている。

「あんまケンカすんなよ。すぐ戻る」

 ぎゃあぎゃあと揉めだした嫁に呆れつつ。苦笑交じりでその場をあとにした俺は、虹丸に案内され、西南西にある港町に数刻で辿り着いた。鬼殺隊へ入ってからは国内あちこち巡ってきたが、この辺りは初めて来る場所だ。初秋も過ぎて、海風の冷たさが身に沁みるくらいには寒い。
 知らない町だし、まずは慎重に行くかと思いつつ、虹丸の案内で近くにあるという藤の花の家紋の家へ向かう。
 
「鬼狩りさま、ようこそいらっしゃいました」

 この家の主なのか、俺と同年代くらいの若旦那が出迎えてくれた。俺ほどじゃないにしろ(!)なかなかに色男だ。
 その主に案内された部屋には頼んでいたものが一式用意してあった。そこで隊服から地味な色合いの着物へ着替えたのは、鬼に正体がバレる前に情報を集めるためだ。
 冷え込む時期だからか、きちんと羽織りまで用意してくれたのはありがたい。
 
「最近、この街で女子供が消えるって?」

 俺が主へ尋ねると、愛想のいい笑顔が消えて途端に不安げな顔を見せた。

「……はい。先々月辺りから、そんな噂が立ちまして、今日まで誰一人として見つかってないようです。それほど頻繁ではないので最初は事故に巻き込まれたのか、人さらいかと思いましたが、まるで神隠しにでもあったように忽然と消えたようで、今も遺体すら見つかりません。なので念のためにと鬼殺隊の方へ報告をした次第で……」

 どうやら鬼かもしれないと報告してきたのは藤の家の主らしい。だが俺より先に来た隊士達の姿は見ていないという。
 
「ふん……確かに臭いな。隊士達もここへ寄る前に鬼と出くわし殺られたかもしれねえ。それに人が消えて遺体すら出てこないってことは……やはり確かめる必要がありそうだ」
「うちにも妻がおりますので心配で……彼女も隣町での仕事があったのですが、そちらでは妻が一人で作業をするため、今は危ないからとやめさせました」
「それが懸命だ。まあ、例え鬼がいても俺がキッチリ狩ってやるから、それまで夜間の外出は控えるよう家の者にも伝えておいてくれ」
「はい。宜しくお願い致します」

 主はホっとしたように再び笑顔を見せると、藤の花のお香を焚いたあとで静かに部屋を後にした。藤の家紋の家は、そこかしこに鬼よけの香を焚いてあるのが常であり、過去に襲われた経験を踏まえ、鬼の存在を誰より警戒している人間ばかりだ。他の人間もこうであってくれれば、襲われる人間も今よりは減るんだろうが、そもそも鬼殺隊も国に認められた組織じゃない。色々と公には出来ないのがこちらとしても困りもんだった。

「さて、と。じゃあ俺は不本意だが地味に着替えて情報収集といくか」

 化粧を落とし、髪も下ろすと、地味な羽織りを纏い、まずは街へ出て被害者の家へ聞き込みに回る。さほど広くはない港町は雑魚鬼が好みそうな場所でもある。被害者たちが消えた際、どこで何をしていたのかだけでも分かれば、鬼が隠れていそうな場所もだいたいは把握出来そうだ。
 幸い元忍びの俺は、こういった地道な作業も得意だった。事を起こす前の情報収集は必要不可欠。そこから鬼が好んで出現する場所や時刻を計算して準備をし、鬼を狩るまでの大まかな作戦を頭に入れておけるからだ。

「ま、今日はこんなもんだな。明日は子供が消えた家に行ってみるか……」

 だいたいの出現場所や条件を特定した頃にはすっかり日も暮れていた。この時刻に人様の家を尋ねるというわけにもいかない。藤の家にでも戻ってひと風呂浴びることにした。
 これだと明日の夜には鬼を見つけることが出来るかもしれないな――。
 移動も含め、一日歩き回った体の汗を流しながら考えを巡らせる。ただ、あまり長風呂をしていると眠くなりそうで、体が温まった頃、早々に風呂場をあとにした。
 いつも思うが、藤の家の風呂にはどこも藤の香が焚かれ、石鹸まで藤の香りがする。安定剤の効果があるのか、心地いい眠気に襲われることが多々あるので、そこが少々困りものだ。
 用意されていた浴衣に着替え、宛がわれた部屋へ戻ると、ちょうど虹丸が窓枠に降り立ったところだった。足には文が結ばれている。三人の嫁たちからの報告らしい。すぐに広げて読んでみれば、やはり探らせている辺りは今のところ鬼の気配はないという。こりゃガセをつかまされたかな、とため息が漏れた。
 
「ま……酒の席での与太話だったしな」

 先日、小料理屋で飯と酒を堪能していた際、隣の席の男が化け物を見たという話で盛り上がっていた。そこで男たちに話しかけ、酒を傲り、その話を上手く聞き出して、今嫁たちに探らせている小さな町へと出向いたというわけだ。だが、一週間粘っても鬼の気配すら感じない上に、あの町は極端に若者が少なく、鬼が好みそうな女子供も見かけなかった。大方、飲み仲間をビビらせるための酔っ払いの与太話だったんだろう。それに踊らされた自分の間抜けさに苦笑が洩れる。
 とりあえず三人には明日にでもそこを引き払い、先に帰っててくれという手紙を書くと、それを虹丸の足へ括りつけた。

「じゃあ頼んだぞ、虹丸」

 虹丸はカァと一鳴きして夜空へ飛び去ったが、あいつに付けてやった装飾品の輝きが遠目でも分かる。そこに満足しながら見送っていると、襖の向こうから「お夕食をお持ち致しました」という声がかかった。そこで思い出したかのように腹の虫がド派手に鳴る。ここへ来る道中、握り飯をいくつか食って以降、何も口にしてなかったんだから、そりゃそうだろうなと納得した。ちょうど夕飯とは有り難い。
 そのまま歩いて行って襖を開けてやると、床に両手をついて頭を下げた細身の女が座っていた。さっきの主の嫁だろう。手元にはいい匂いをさせた膳がある。

「ご挨拶が遅れました。わたくし、この家の主の妻で御座います。鬼狩りさまのお世話を仰せつかりました」
「おう。ちょうど腹が減ったところだ。助かるわ」

 そう声をかけると、女は顔を上げて「失礼します」とお膳を手に立ち上がり、綺麗な所作でまた膝をついてそれを部屋の中心へと置く。だがその一連の動作を見ていた俺は、礼を言うのも忘れて女の顔を凝視してしまった。
 女がゆっくりと振り向く。そして俺と目が合った途端、女の方も顏に浮かべていた笑みを凍り付かせて固まる。
 その射干玉ぬばたまのような黒目と目が合った時――俺でさえ心臓が止まるかと思った。

「お前……まさか」
「……天元?」

 目の前にいる女は震える声で俺の名を呟いた。


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