危ない同行者



 眠れぬまま鬱々と過ごしていたら飛行船は目的地へ到着した。私達が降ろされた場所は切りだった崖に造られた筒型の塔のてっぺんで、受験生たちは困惑した表情で辺りを見渡してる。

「何もねーし誰もいねえな」
「一体ここで何をさせる気だ」

 そんな会話があちらこちらで交わされてるのを聞きながら、私は足元の違和感に気づいていた。かすかだけど風が流れてくる。

「ここはトリックタワーと呼ばれる塔のてっぺんです。ここが三次試験のスタート地点となります」

 そう説明しだしたのは小さなスーツ姿の男(?)だった。ビーンズみたいなツルリとした童顔で年齢不詳。その人物もハンター協会の人間らしい。その豆男が言った。

「生きて下まで降りてくること。制限時間は72時間」

 要はこの塔の一番下まで生きて辿り着く。それが試験内容らしい。その話を聞いた受験生はそれぞれが好きなように動き始めた。私はだいたい分かったけど他の人間がどう動くのか少し観察することにした。ヒソカの動向も気になる。キルアもゴンと一緒に他の受験生を観察しているようだ。素直に外壁をつたって下りて行ったものはこの辺りにいる怪物にやられ、下へ真っ逆さま。悲鳴だけが遠ざかっていくのが聞こえた。あんな足場のない場所で襲われたら反撃する手段が乏しい。やはり単純にはいかないようだ。

(ぼちぼち気づいて中に入ってるな……)

 上に残っていた人の数が減っていくのを見ながらレオリオとクラピカは首を捻っている。でもキルアとゴンは早速答えを見つけ出したようだ。

「いくつか隠し扉を見つけたよ」

 さすが野生児らしい。ゴンは鼻が敏感で下から洩れる空気を感じ取ったのかもしれない。
 私もそろそろ動くかとゆっくり立ち上がった。この隠し扉はひとりしか通れない。一度通ったら戻れないし多分もう使えなくなるはずだ。キルアもそこに気づいてレオリオ達に説明している。そこで近くにある扉に全員がひとりずつ入ることにした。最悪ここでお別れになるかもしれない。

「1、2の3で全員行こうぜ」
「ここでいったんお別れだ。また地上で会おう」

 それぞれが隠し扉の上に立ち、挨拶を交わす。私はキルアに「気をつけて」と声をかけた。そっちこそ、と明るい笑顔で返される。

「じゃあ1、2の3――」

 一斉に皆が隠し扉の中へ吸い込まれる。私も一歩足を踏み出し、中へ吸い込まれた――はずだった。

「……っ?」

 突然、後ろから伸びて来た手に絡めとられ、ぐいっと体が上に引き戻される。あっと思った時には扉が閉まっていた。

「君は彼らと行かせない」
「……ヒソカッ?」

 咄嗟に後ろへ向けて肘鉄をかまそうとしたら一瞬で距離を離した人物を視界に捉えて驚いた。

「どういうつもり……?」

 何故邪魔をするのか分からない。警戒しながら訪ねると、ヒソカは楽しそうな笑みを見せて肩を竦めた。

「このタイミングじゃないと君と一緒にいられないだろ」
「……は?」
「弟くんがいたんじゃゆっくり話も出来ないしねぇ」
「話すことなんてないけど」
「そう冷たいこと言うなよ」

 くつくつと笑うヒソカは何を考えているのか分からない。試験中だというのに普段と何も変わらない奇行。この男にとってハンター試験などいつでも合格出来るということだろう。

「ヒソカ、分かってる? 制限時間があるの。こんなことしてる暇ないはずでしょ」
「どうせボクもも受かるよ」
「私はそのつもりだけど……だいたい一緒にって言うけど、この扉はひとりずつしか入れない」
「うん。で、残す扉はそこの二つだけ」
「え?」

 ヒソカが指をさした方へ視線を向ければ、塔の上には私とヒソカしかいない。他のメンバーは全員先へ進んだようだ。ヒソカの指す扉は比較的そばにあり、塔の端っこにあった。

「出口を探すフリをしてバンジーガムで隠しておいたんだ」

 何故かヒソカは嬉しそうに「一緒にそこから進もう」と微笑んだ。あくまで私と行動を共にする気のようだ。

「一緒にって……言ったでしょ? その扉にはひとりしか――」
「いいから行くよ。時間がもったいない」
「……誰のせい?」

 ヒソカが扉の一つに立ち、手招きをしてくる。イラっとしたけど確かに時間はもったいない。私はもう一つの扉に向かった。それに中へ入ってしまえばヒソカと離れることが出来る。

「じゃあ行くよ」
「短い時間だったわね。さよなら――」

 そう告げてから扉の端を足で踏みつけると、回転して体が下へ落ちる。でもそれほど深くはなかったようで、すぐに着地することが出来た。中は煉瓦に囲まれた8畳ほどの部屋になっている。

「ここって……」
「やあ。また会ったね」
「――ッ?」

 背後からねっとりとした声。慌てて振り向くと、ヒソカが満面の笑みを浮かべて立っていた。

「な……何で……」
「ああ、入口は別々だけど、中は繋がってるみたい」
「はあ? って、まさか……ヒソカ最初から知ってて……扉を隠してたの」
「まあ……去年も似たようなパターンのものがあったから半信半疑だったけど……当たってたみたいだね」

 ニヤっと笑うヒソカに、ぷるぷると手が震える。まんまとヒソカの思惑どりに進められたようで何とも腹立たしい。

「ここからはふたりで進もう。いいだろ? どうせ下に降りるだけの退屈な試験だし、同行者がいた方がお互い楽しいじゃないか」

 ヒソカは部屋に用意されていたバングル型のタイマーを左腕にはめると、もう一つを私に向かって放り投げた。それをキャッチして腕にはめると表示された時間が動き出す。どうせこれで試験官たちが受験生の動きを把握しているんだろう。ふたり同時にはめると、壁だと思っていた場所に扉が現れ、先へ進めるようになった。

(最悪だ……あんなことがあった後だし、今はあまり近づきたくないのに……)

 前を歩くヒソカの広い背中を睨みつつ、仕方なく歩き出す。
 キルア達は大丈夫だろうか。もし向こうも入口が別々なだけで中は同じ場所に辿り着いたのなら、何人かは一緒という可能性もある。キルア達が入った扉はわりと近くにあったはずだ。

「何、考えてるの?」
「……別に」

 前を歩くヒソカが不意に振り向いた。パっと視線を反らすと、彼はクックと笑いを噛み殺している。いつも思うけどヒソカは何でも楽しみに変えてしまうところがあるから、そういうとこは少し羨ましくもある。

「また弟くんの心配かい?」
「……キルアはシッカリしてるし心配なんてしてない。一番の心配種はここにいるし」
「それってボクのこと? まだボクが弟くんに何かすると思ってるんだ」
「……する気なの?」
「まさか。約束したろ」

 ヒソカは言いながら自分の唇を指でゆっくりとなぞる。その仕草がやけに淫靡で、私はすぐに顔を背けた。イルミ以外でも色っぽい男がいるのだと、ヒソカやクロロと知り合って初めて知った。女の私より色気があるなんて世の中どうなってるんだと言いたい。

「やっぱりは可愛いなぁ。頬なんて染めちゃって。ボクを誘ってるの?」
「は? そんなわけないでしょ……っ」
「ムキになっちゃって」
「……」

 完全に遊ばれてる気がして来た。ヒソカは機嫌がいいのか、笑み浮かべたまま「先を急ごうか」と薄暗い通路を足取りも軽く歩いて行く。ふたりきりで行動するとなった時、多少警戒したものの、今のところ変なことをしてくる様子もない。まあ、今は試験中でどこかに仕込んだカメラから試験官に監視されてるだろうし、この状況ではさすがにヒソカも大人しくせざるを得ないはずだ。そう思うと気持ちが少し軽くなった。

「ねえ、ヒソカは何でハンターになりたいの? らしくない気がするんだけど」

 ヒソカは特別な何かを追い求めて冒険するようなタイプの人間じゃない。彼が求めているものはいつだって血塗られた殺気漂う、殺伐とした闇の中に存在するもの。人を殺すという点で一見同じ世界の住人と思われそうだけれど、ヒソカと私達ゾルディックとでは似て非なる存在だ。
 私達は趣味嗜好で人は殺さない。あくまでビジネスだからだ。人を殺して快楽を得ているヒソカとは全く違う。そんなヒソカがハンターという仕事に何を求めているんだろう、と少しばかり興味が湧いた。

「ボクのこと、知りたくなった?」
「単なる好奇心」
「ふーん? まあ、いいけど。ハンターライセンスがあれば人を殺しても免除される場合がある。ボクみたいな人間には便利だろ?」

 ニッコリと魅力的な笑みを浮かべる奇術師を見て、聞いた私がバカだったと溜息が洩れた。こういう危ない人間でも取れてしまうハンターのライセンスに少し問題があるんじゃないのかと真っ当な人間でもないのに心配になってしまう。まあ、あの会長が決めたことなんだろうし、何となく分かる気もするけど。
 
 少し進んだところで色々なトラップが発動したりしなかったり。私とヒソカにとっては難なくクリア出来るものばかりだった。この分じゃ一番乗りで下についてしまいそうだ。
 次に進む為の扉をヒソカが簡単に開けるのを眺めながら、そう思い始めていた時。薄暗い何もない部屋に辿り着く。そこは無人ではなかった。奥に誰かが座っているのがぼんやりと見える。今度は何の試練だと思っていると、その男が静かな声で言った。

「待ってたぜ、ヒソカ。今年は試験官ではなく、ただの復讐者リベンジャーとしてな」

 ゆっくりと近づいて来た顔中傷だらけの男は、どうやらヒソカの客のようだ。私は巻き込まれないよう端へ避けて壁に寄り掛かった。

「ヒソカがご指名みたい」
「そうみたいだねぇ」

 ヒソカは特に何の感情も見せず、白けたような顔で男を見つめている。

「去年の試験以来、貴様を殺すことだけを考えて来た。このキズの恨み今日こそ――晴らす!」

 あの顔の傷はヒソカにやられたものらしい。男は弧を描いたような形の大きな剣を取り出し、ヒソカを威嚇しだした。

「ふーん。その割にはあまり進歩してないね」

 とヒソカが言った瞬間、男の手にはもう一本、同じ形の剣が握られている。なるほど二刀流か、と思っていると、男は含み笑いを浮かべながら複雑な動きで剣を回しながら上へと放り投げた。

「クック……ここからが本番だ」

 言うや否や剣がどこからともなく現れ、四本に増えた。でもいくら剣を増やしたところでヒソカ相手に通用するとは思えない。そう思っていると背後から飛んで来た二つの剣が、ヒソカの肩や腰を切り裂いた。
 といってヒソカは全く動揺していない。大方様子見でもしてるんだろう。相変わらずな男だと苦笑が洩れた。

「大丈夫……? 手、貸そうか」
「平気だよ。こんなのお遊びさ」

 血が出ているのに余裕の笑みを浮かべるヒソカは、どうやらわざと攻撃を食らったらしい。動きを観察しているみたいだ。結果、理解したヒソカは男が仕掛けた全ての剣をその手でキャッチしてしまった。

「確かに避けるのは難しそう。なら止めちゃえばいーんだよねー♡」
「な……っ?!」

 男が驚愕しているのを見て、私の口から自然と溜息が洩れた。男のあの様子だと他に秘策はないようだ。結果、ヒソカに敗北したのも同じ。だいたい、あんなものヒソカのバンジーガムがあれば簡単に受けとめられるんだから意味がない。

「無駄な努力、ご苦労様♥」
「くっ……くそぉぉぉぉおお!!!」

 男の断末魔が響き渡り、呆気なく勝負はついてしまった。狭い部屋に充満する血の匂いに、思わず顔をしかめる。

「何も首を斬らなくたって……」
「せめて自分の愛用品で殺してあげた方が彼も成仏出来るかなと思って」
「なに、その嘘くさい親切心」

 次に続く扉が開き、サッサと足を進める。その時不意に腕を掴まれ、引き戻された。咄嗟に攻撃態勢に入ったものの、興奮状態になっているヒソカには届かない。手首を拘束されて壁に押し付けられた。

「ちょっと……! こんなとこで発情しないで……っ」
「だってさぁ……中途半端に煽られたからコーフンしちゃって。静めてくれない?」
「何で私が……っ」

 と言いかけた時、太ももに硬くなったモノを押し付けられてギョっとした。本気で興奮しているらしい。

「何考えてるの……」
のこと♡」

 恍惚とした表情で舌なめずりをしたヒソカの唇が、艶めかしく光る。昨日ヒソカに触れられた時のことを思い出して頬が熱くなった。監視カメラがあろうと、ヒソカには何の抑止力にもならないようだ。

「やめて。試験官に見られてる」
「その方がコーフンしない?」
「するわけないでしょ。私にだって倫理観はあるの」
「へえ……そうなのかい?」

 ヒソカはさも楽しげな笑みを浮かべながら、私の耳元に唇を近づけた。

「だからイルミからも逃げてるんだ」
「――ッ」

 囁くように言ったヒソカは、そのまま私の耳へちゅっと口付けて笑った。ヒソカの唇が触れた場所から痺れるような甘さが広がり、首筋がゾクゾクとする。たまらず体を捻ると、油断しているヒソカの下半身へ膝を突き上げた。「うっ」という短い声と共に、私を拘束している手の力が緩んだ隙に素早く離れる。さすがに急所はキツかったのか、ヒソカは顔をしかめながらしゃがみこんでいた。

「酷いなァ……こんなとこ攻撃するなんて」
「手加減してあげたでしょ? それに油断したヒソカが悪い」

 鍛えられない分、急所はヒソカのような強者にも通用するけど、オーラで守られたら意味がない。でも効果があったということは、予想通り完全に油断していたようだ。べえっと舌を出してやると、ヒソカは苦笑交じりで立ち上がった。

「使いものにならなくなったらに責任取ってもらおうかなぁ」
「……お断りします」
「じゃあ試験が終わったら、またデートしない?」
「じゃあって何のじゃあ?! デートなんかしな――」

 振り向きざま、文句を言いかけた唇を強引に塞がれ、驚きで目を見開いた。性急にねじ込まれたヒソカの舌が口内で激しく動き回って呼吸もままならない。

「ん……っ」

 互いの腰が密着するくらい抱き寄せられ、ヒソカは硬くなった場所をわざと擦りつけてくる。

「……ん、ふ……」

 舌がねっとりと絡みつき、互いの唾液が交じり合って卑猥な音が鼓膜を刺激してくる。密着しすぎて蹴ることすら出来ず、ただただヒソカの舌に口内を蹂躙され続けた。

「ん、やっぱりのキスは甘いね」
「ちょ……放して……っ」

 唇を解放されても息が苦しい。ヒソカはペロリと濡れた唇を舐めながら、くつくつと喉の奥で笑う。ヒソカの醸し出す空気全てが扇情的だ。

「ボクとのキスで濡れた?」
「……っそんなわけないでしょ!」

 拳に思い切りオーラを溜めてヒソカの頬を殴りつける。彼はわざと避けなかった。敢えて私の攻撃を受けて笑みを浮かべるんだから呆れてしまう。

「うーん、好きな子に殴られるってのもいいね」
「……バカじゃないの。だいたい私のことなんて好きじゃないでしょ、ヒソカは。イルミを煽る道具としか見てないくせに」
「そんなことないさ。実際イルミはここにいないだろ」

 サッサと出口に向かって歩いて行く私の隣に並びながら、ヒソカは苦笑いを浮かべている。確かにいないけど、ヒソカの言うことなんて絶対に信用できない。ジロリと横目で見上げれば、らしくないほど穏やかな眼差しを向けられた。

「そういう目で見られるのもゾクゾクしちゃうなァ♡」
「……変態」

 なんて返しつつも。普段と同じ台詞なのに、どこかいつもとは違うヒソカの柔らかい空気に、少しだけ戸惑ってしまった。


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