禁断の果実①





 閉じられたドアを睨みつけながらしばらく警戒していた。けれどヒソカが戻って来る気配はない。安堵の吐息を漏らしたのと同時に素早くバスルームへ飛び込んで服を脱いだ。
 意味はない。ただ、今はヒソカに触れられた場所を全て洗い流したかった。証拠隠滅をするような気分だ。

 を女にしたのは――。

 頭の中でヒソカに言われた言葉がぐるぐると回っている。それさえ振り切るように顔からシャワーを浴びた。
 酷く動揺していたのかもしれない。まさか最初から気づかれてたなんて、愚かにもほどがある。こんなことイルミに知られたらきっと愛想を尽かされてしまう。
 嫌だ。イルミに嫌われるなんて。イルミには愛されていたい。ずっと、ずっと。イルミにだけは――。

「……違う!」

 壁に手をつき、思わず叫ぶ。シャワーの湯が頭から降り注ぎ、それが髪を濡らし、頬を濡らし、流れ落ちた涙を洗い流していく。置かれているボディシャンプーを手に取り、全身をくまなく洗う。ヒソカの唇や手の感触すら洗い流してしまいたかった。イルミ以外の男に一度でも抱かれたという罪悪感が蘇り、そう感じている自分への背徳感に襲われる。二つの濁った感情に飲み込まれてしまう。
 こう感じてること自体おかしいと自分でも分かってるのに、まるで洗脳されてるかのようにイルミを中心に物事を考えている。これじゃ前の私と変わらない。逃げた意味がない。
 ただ、ヒソカにイルミとのことを気づかれたという恐怖も少なからずあった。

「何で……気づかれちゃうの……?」

 そう思われないようヒソカに抱かれたはずなのに――。
 誰にも知られなければ、まだ冷静でいられた。昔の自分を隠していられた。イルミの愛情を素直に受け入れていた頃の、自分を。




 物心がついた頃から、イルミは私の傍にいた。厳しい訓練に耐えている時も、ベッドの中で微睡んでいる時も、初めて仕事をした時も。
 イルミは私の一部だった。隣にいるのが当たり前で、家族の繋がりというよりは個々の繋がりの方が深い気がしていた。

はオレの分身みたいだね」

 よくイルミはそう言って私を抱きしめてくれた。イルミの腕は私の身体によく馴染む。イルミの体温に包まれているとそのまま溶け合える気さえしてた。
 もっと傍に、もっと、もっと触れたい。親よりも弟たちよりも長い時間を共有していたイルミを、兄と思わなくなっていた。ひとりの男として、ひとりの人間として見ていたのかもしれない。とにかくイルミという存在だけは、家族という枠からかけ離れたところに在った。

「イルミ……大好き」
「オレもが大好きだよ」

 普段は感情を殆ど見せないイルミも、この時だけは本心をさらけ出してくれる。優しい眼差しで見つめながら、私が抱きしめてと言ったら抱きしめてくれる。もっと、とせがんだことは一度や二度じゃない。イルミとくっついている時だけ、私は安心感を得られるのだ。
 その"もっと"が抱擁からキスに変わったのは、互いに思春期と呼ばれる時期だった。知識も何もないのに、私はもっとイルミを感じたくて、いつものように強く抱きしめられた時、自然にイルミの唇へ自分の唇をくっつけた。あれは14歳の終わり。イルミは15歳だった。

の唇、柔らかくて気持ちいい」

 私が初めてキスをした時、イルミは驚いた様子もなく、表情も変えずにそう言った。私がした行為をイルミはそのままストンと受け入れてくれたようだった。私も深いことまで考えていなかったし、ただイルミをもっと感じたくて、綺麗な形の唇に触れてみたくて、自然とした行為だった。

「オレからもしていい?」
「うん、イルミからもして欲しい」

 唇同士が触れ合うのは思った以上に気持ちが良かった。イルミと更に繋がっている気さえする。それからは、くっついて眠るたびに私達はキスをするようになった。それが別におかしなことだとも思わなかったし、またおかしいと思う環境でもなかった。
 キスをするようになってから、私とイルミの絆は更に深まった気がする。イルミからキスをされると唇から溢れる熱が全身に回っていく。それがとても心地よくて気持ちいい。そして私が16、イルミが17歳になった頃、私達の関係がまた少しだけ変化した。

「最近イルミにキスされると身体が熱くなって頭がボーっとしちゃう。眠たくなる感覚に似てるの。でも凄くドキドキする……」
「オレも同じだよ。とキスをすると安心するし気持ち良くてドキドキする」
「ほんと? イルミが同じなら私も嬉しい」

 そう返した途端、またイルミにキスをされた。いつもと違うのは、軽く触れ合うだけじゃなく。唇同士が交わるくらいに濃厚なキスだったこと。イルミは何度か唇を啄んだり、舐めたり、好きなように私の唇と戯れた。
 舌先で唇をなぞられると、ゾクリとしたものが背中に走って。薄く開いた唇の隙間からイルミの舌が入り込んで来た時も、驚きより全身に回る熱で浮かされそうなほど、気分が高揚した。舌を絡ませるたびにくちゅりという水音が鼓膜を刺激する。心臓が大きな音を立てて、更に身体全体を火照らせる。

「……イル……ミ……」
「……の顏、真っ赤だよ。熱い?」

 唇を離したあと、イルミは額の汗に張り付いた私の髪を指で避けながら薄く笑った。初めての深く長いキスのあと、息をするのもままならず、目を開けるのも気怠いほどにとろんとしてしまう。

「もっと熱くなるようなこと、しようか」

 イルミは私の胸元のボタンを一つ一つ外していく。何をするのかよく分からなかった。でも「そうしたらもっと深く繋がれる」とイルミに言われて、頷いてしまっただけだ。

「ん、く、くすぐったい……」

 全てのボタンが外され、露わになった首筋に唇を押し当てられる。そこからくすぐったさと、ゾクリと肌が粟立つ感覚が生まれて、それが次第に甘く感じられるようになっていった。

「イ……イルミ……?」

 丁寧に、確かめるようにイルミの唇や舌が肌を這う。全身あらゆるところにキスをされた。いつもの抱擁や唇へのキスとは違う行為。それが何かは分からないのに、自然と身体の中心から疼きが広がっていく。

が全部欲しい……」
「……ぜ……んぶ……? ぁ……んっ」

 胸の膨らみにぬるりとした感触。敏感なところが硬くなって、そこに舌が絡みつく。ちゅうっと音を立てて吸われた時、強烈な刺激で勝手に変な声が出てしまうのが恥ずかしかった。なのにイルミは私の反応を見て嬉しそうに口元を綻ばせた。その後も執拗に舐めたり、吸ったり、イルミの好きなように胸を弄られて、次第に頭がぼうっとしていく。
 呼吸はどんどん荒く苦しくなるばかりだった。そのうち自分でも触れたことのない場所へイルミの指が触れて、そこを優しく撫で始める。上下に擦られるうち、少しずつ粘着質な水音が体のある部分から聞こえてきて、それに気づいたイルミはどんどん行為をエスカレートさせていった。
 くちゅくちゅと音がするところへ指が埋められ、体の中を弄られる感覚に驚く。その場所が濡れていると気づいた時の衝撃といったらなかった。

「女の子は身体を守る為に濡れるんだよ」

 身体の異変を感じて不安そうにしている私を見て、イルミが言った。

「……まも……る……?」

 何から――? と尋ねようとした時。イルミが覆いかぶさってきた。直後、股の間に質量の大きなものが押し入ってくるのを感じて、思わず悲鳴を上げそうになる。でもイルミに「大丈夫だから力抜いて」と言われて、私は言われるがまま出来るだけ力を抜いた。
 イルミが動くたび、ナカがこすれて圧迫感や僅かな痛みが襲ってきたけど、厳しい訓練を受けている時と同じく、それがイルミから齎される痛みなら受け入れられた。その行為の意味は後から知ったけど、不思議と怖くはなくて。むしろイルミと一つになれて幸せだったのを覚えている。
 イルミが動くたび、ぴりっとした痛みと一緒に甘い快感が襲ってくる。いや、違う。体は痛いのに、私の心がイルミへの想いで甘く疼くのだ。そう理解したら幸せで涙が溢れてきた。イルミが唇で濡れた目尻に触れてくれるのが嬉しかった。普段はあまり見せないイルミの感情が、顏に出るのも嬉しかった。
 呼吸を乱し、切なそうに眉を寄せる顔が凄く綺麗だ。

「イル……ミ……ツラいの……?」
「ううん……凄く……気持ちいい……蕩けそう」

 コツンと額をくっつけながら、吐息交じりに呟くイルミは凄く色っぽかった。こんなイルミを見たのは初めてだ。薄闇の中に輪郭を帯びたイルミの白い肌と、筋肉質な肉体が月明りを浴びている様は、完全なる美だった。
 男の人なのに、こんなにも色っぽいのかと少しだけ驚く。誰も知らないイルミを見てしまった気がした。貫かれた体は苦しいけど、イルミが気持ちいいならそれでいい。

「これで心も身体も全て、はオレのものだから」

 行為の後、イルミは私を抱きしめながら呟いた。それがどれほど大きな罪だったのかなんて、あの時の私に分かるはずもない。ただ甘く、幸せな時間だった。
 なのに、ある日唐突に自分が犯した罪に気づくことになる。
 兄妹でそういう行為をしてはいけないのだと知ったのは、イルミとの逢瀬を執事のひとりに目撃された時だった。


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