一夜限りの
突如始まった長距離走は最後に長い階段を上がり切ったところで終わりを告げた。
薄暗い地下道から一気に外へ出れば、全員が眩しそうに目を細めている。意外なところでサングラスが役に立った。
目の前には平原が広がり、やたらと風が強い。危うく被っている帽子が飛ばされそうになって慌てて手で抑えた。
サトツの傍にヒソカ、キルア、ゴンくんと続いて出ていく。
ヒソカが意外にも近かったことで警戒しながら、私は少しだけ後方へ下がった。あとから出て来た受験生たちの中へ紛れておけば見つかりにくいはずだ。
レオリオや隣を走っていた色白の男の子――確かクラピカと呼ばれてた――も無事に到着したのが見えた。道中、何故ハンターになりたいかという理由を互いに話したせいか、二人は最初の頃より空気が柔らかくなった気がする。
「、ここにいたのかよ」
次から次へ外に出て来る受験生を確認していると、キルアが私のところへ走って来た。
「何してんだよ、こんな後ろの方で」
「え、えっと……どれくらい脱落したのか確認してたの」
これも嘘じゃない。人数が減るか減らないかは今の私にとって重大な問題なのだから。
キルアは特に疑った様子もなく「んな心配しなくてもオレとなら受かるって」と笑っている。
「それよりオレから離れんな。また変な男に目ぇつけられてっかもしんねえし。ジロジロ見て来るヤローとかいなかった?」
「だ、大丈夫だよ。ザっと見た感じ、そこまで手に負えない人達でもないし」
応えながらも、ふと先ほど目が合った顏中針だらけの男を思い出す。ジっと私のことを見ていたけど、ああいうのもジロジロ見られてた枠に入るのかな。そんなことを考えているとキルアは少しだけ声を潜めた。
「いや、あのヒソカはヤバいだろ。アイツは今のオレ達じゃ手に負えねー気がする」
その名を出されてドキリとした。やっぱりキルアにもヒソカのヤバさは伝わってるらしい。相当警戒しているようだ。
「しかも、ああいうヤバい男から好かれんのがだからさー。目ぇつけられねぇようにしないとな」
「……」
あながち間違ってないだけに頬がかすかに熱くなる。キルアはいつの間にそっち系の勘が働くようになったんだ。
思えば、イルミの仕事絡みで知り合った時、どういう意味合いかまでは分からないけど、ヒソカは最初から私に目を付けてたのかもしれない。
――へぇ、君、イルミの妹なんだ。可愛いね。
サラリと誉め言葉を吐いたあと、あの妖しい笑みを浮かべて「お近づきの印に♡」と、どこから出したのか分からない薔薇の花を一凛差し出し、ついでに私の手の甲へキスをしてきた。イルミ以外の男に触れられたのは初めてで免疫もなかった私は、不覚にも驚きすぎて固まってしまった。そのせいでヒソカにますます興味を持たれたようだ。
――こんなことくらいで固まるなんて可愛いねえ。嫌だなァ、ボクを煽ってるのかい?
ヒソカが何に対して煽られるのか知らないけど、捕食欲をそそってしまったらしい。赤い舌をちらりと見せて、軽く舌なめずりをしたヒソカはやけに淫靡だった。
だけどあの時、実は私もヒソカに興味を持った。立っているだけでも分かるほどの、禍々しいオーラに。
この男はどんな風に戦うんだろう――?
その未知の強さにも興味を引かれた。
でもイルミが異変に気づいて、すぐ私をヒソカから引きはがした。
――仕事は頼んだけどさ。オレのに近づかないでくれる?殺すよ?
殺気を垂れ流したイルミはそう言いながら威嚇してたけど、それさえヒソカを喜ばせるだけだった。
――イルミがそこまで可愛がってる妹なんて、ますます興味が湧くねぇ。
その場はどうにかおさまったけど、あれからだった。私が行く先々にヒソカが現れるようになったのは。
殺しの依頼は何もイルミとばかり行くわけじゃない。当然、単独での仕事も任される。
ターゲットは様々だけど、主にアンダーグラウンドで暗躍してる金持ちが多かった。だいたいのターゲットは大勢の護衛をつけているが、ゾルディック家は多対一を想定しての戦いも得意だ。例に漏れず私も幼い頃からそれを叩きこまれている。だからそういった状況でも難なくこなすことは出来たけど――私は一度だけミスを犯した。
敵が護衛を含めた大勢の時。まずは気配を断って最初にターゲットを殺すと決めている。雑魚と戦ってる最中に逃げられては困るし、雇い主を失えばだいたいの護衛が逃げていき、無駄な殺しを減らすこともできるからだ。
でもある日。私は些細な確認を怠り、ターゲットの替え玉と知らず、そいつを最初に殺してしまった。
その瞬間、数台の大型トレーラーがどこからともなく現れ、私の周りを取り囲んだ。
荷台から大勢の護衛達が下りてきたのは予想の範囲内。奴らを倒すだけなら特に問題はなかった。
ただ、一番困るのはターゲットに逃げられてしまうことだ。
案の定、大量の雑魚を相手にしてる間に、ターゲットが護衛数人を連れて逃げようとした。
万が一、ここで逃がせばゾルディック家への信頼が失墜する。初めて私の中に焦りが生まれた。
だけどターゲットが車へ乗り込んだ瞬間――車体が何かでバラバラに刻まれ、一瞬で爆発、炎上した。
――ボクも混ぜてよ。
何が起きたのかと驚いている時、聞き覚えのあるねっとりとした妖しい声が降ってきた。
その方向を見上げれば、月明りの中に道化の姿をした男の姿。その男はトレーラーの上に立っていた。
――派手な音が聞こえたから来てみれば……君だったんだ。後始末、大変そうだし手伝うよ
ヒソカは妖しい笑みを口元に張り付けて、結局その場にいた全員を一瞬で殺してくれた。最初に会った時から強いとは感じていたけど、彼は私の予想を遥かに超える化け物だった。
強い男は好きだ。危険と知りながらも、戦ってみたい、と思うほどに。
のちに彼は「たまたま通りがかっただけ」と言ってたけど、どこまで本当のことなのか分からない。
ただ、ヒソカのおかげでターゲットを逃がすこともなく、仕事を終わらせることが出来たのは事実。
だから――。
――ターゲットに逃げられそうだったこと、イルミには黙っててあげる。代わりに食事でもどうだい?
そんなヒソカからの誘いを無下に断ることも出来ず、結果的には次の日、デートをすることになった。それも……朝まで。
――ボクと戦いたい?うーん……ボクとしては君と戦うより……愛し合いたいんだけどなぁ。
食事の後、一緒に行ったラウンジバーでお酒を飲みながらおねだりすると、そんな言葉を耳元で囁く。ついでに私の手に触れ、つつつ、と指を這わせてきた。あの時の私もどこかで同じだったのかもしれない。
男としてのヒソカにも好奇心をそそられた。イルミ以外の――男に。
そして想像通り。ヒソカは私を優しく甘やかしながらも、あの嘘くさい笑みの下に隠した尽きることのない欲望で、蕩けるくらいに快楽の波へと沈めてくれた。
私の知らない世界。ヒソカと過ごした一夜はまさにそんな感じだった。
――本気で惚れたって言ったら、はどうする?
一つ誤算があるとするならば。私を抱いたあとにヒソカがそんな口説き文句を言ってきたことだ。上手く誤魔化して逃げたけど、でもあの日からずっと、ヒソカは何度となく私の前へ現れる。この前の夜のように。
(さすがにこのハンター試験は偶然だろうけど……こっちだって急に決めたわけだし。ただヒソカがどこまで本気なのか分からないし、逃げるにしても無駄に強いから厄介だ。この前だって一度は逃げそびれたし、イルミまで来ちゃって……)
そう言えば、イルミの束縛が更に強まったのもヒソカと寝たあとくらいからだ。もしかしたら何かを察知してるのかもしれない。イルミは鋭いから――。
「どうした?。難しい顔して」
「え?あ……何でもない」
キルアに声をかけられ、ふと我に返る。確認すればすでに人数は揃いつつあった。
全員が出て来たっぽいし、そろそろ出発かな」
「うん、そうみたいだな」
ふとサトツの方へ意識を向ければ、目の前に広がる湿原の説明をしている。どうやら次の会場には目の前の鬱蒼とした湿原を進まないといけないらしい。しかも人間を捕食するという珍奇な動物がいるという。
「騙されると死にますよ」
サトツがさらりと言った。
「騙されることのないよう注意深く、しっかりと私のあとをついて来て下さい」
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