瀞霊廷は無駄に広くて、夜中は特に静まり返っている。いるのは見張りの死神達と、交代で見回っている死神達。そして時々散歩に歩いてる死神や、酔っぱらって帰ってくる死神——京楽隊長とか六車隊長とその他もろもろ——くらいだ。 でも今夜のわたしの任務は、そのどれでもない。本当なら仕事も終わって仲良しの白ましろちゃんや、ひよ里ちゃん達と今も一緒に飲んでるはずだった。なのに——ジャンケンに負けたわたしは、今こうして瀞霊廷内にある建物の屋根の上で、はいつくばって見張りをしている。ここ最近、瀞霊廷内を騒がせている"痴漢"確保という命を受けて。しかも——。 ぺしっ。 「…ぁ痛ぁっ」 「し!静かにして下さい!見つかっちゃうじゃないですか」 「ほなら何で殴んねん」 「居眠りしようとするからです」 「せやかて眠いしー。だいたい見つかるて誰に見つかるーゆうーねーん。さっきから猫の子ぉ一匹通らへんやないけー」 ——この"やる気ゼロ男"の五番隊・隊長、平子真子と二人きりで。 そもそも、この平子隊長がわたし達の飲み会に乱入してきたあげく、あんな痴漢の話なんかするからこんな目にあったのだ。 ——おう、お前ら聞いたぁ?最近、瀞霊廷内で痴漢が出るんやてー。お前らも気ぃつけやーって、姫以外は大丈夫かー。 ——オイコラ、ハゲシンジ!誰が大丈夫やてー?! ——お、自覚あんのかいな、ひよ里。 ——黙れボケがぁ! (ちなみに"姫"とはわたしのことだ。何故か平子隊長はわたしのことをそう呼ぶ) それを聞いた正義感の強い、ひよ里ちゃんが最後には「痴漢なんか、うちが捕まえたるー!」とか意気込んじゃって、それでノリのいい白ちゃんが「やろーやろー」なんて言い出して…2×2に分かれて見張ろうってなったはずなのに、最後にはひよ里ちゃんの「めんどいなぁ。ジャンケンで決めよか」の一言で結果…。負けたわたしと平子隊長の二人で痴漢撃退という任務を受けることになったのだ。 「通らなくても見てなくちゃそれすら分からないじゃないですか。平子隊長がキッカケ作ったんだから、もう少しやる気見せて下さい」 隣でゴロゴロしている平子隊長は呑気に「ええ月やのにー」と駄々っ子みたいになっている。その姿に笑いを噛み殺しながら下界をコッソリと見張っていた。本音を言えば今夜のこのサプライズは嫌じゃなかったりする。いや、むしろ——。 「しっかし姫はいつまで経っても、よそよそしいなぁ。俺は悲しいわ」 「え…?」 不意に体を起こした平子隊長の言葉に反応して視線を向ければ、彼は苦笑交じりでわたしを見ていた。 「"平子隊長"やなしに"シンジ"でええて、いつも言うてるやろ」 「…そんなわけには。隊長さんを名前で呼ぶなんて失礼だし…」 「ひよ里や白は平気でタメ口やけどなぁ」 「…彼女らはキャラがありますから。わたしは——っていうか、平子隊長こそ、わたしのこと"姫"って呼ぶのやめて下さいよ」 「何でー?姫は姫やろ。——てゆーか雰囲気が"お姫さん"みたいやもん、は」 さりげなく言われたその言葉でわたしの顔は確実に赤くなったと思う。でもこの闇に乗じて隠せるから、今が夜で良かった——。 「、今、顔赤なってるやろ」 「………っ」 上手に隠せたと油断してたからか、いきなり図星をさされ、ドキッとした顔のまま平子隊長を見てしまった。目がばっちり合う。彼の鋭さなら、わたしの表情だけで心のうちを読まれてしまいそうだ。 「か、からかわないで下さいっ」 「あれ、ますます赤なっとる?」 「…なってませんっ」 平子隊長はいつもこんな調子でわたしをからかう。だから余計に素直になれずに冷たい受け答えになってしまうのだ。でも平子隊長は気にもせず、また笑顔で話しかけてくれる。気を遣わせないように、常にバカやっては笑わせてくれる。だからわたしはいつの間にか、そんな平子隊長のことを——。 「姫のそーゆうとこ、可愛え思うわ」 「……またからかって…」 「いや、ほんまに」 照れ臭いのを隠すように睨めば、平子隊長は苦笑交じりでわたしの頭へポンと手を置いた。 「この綺麗な長い黒髪も、そのおっきな目ぇも、ぜーんぶ可愛えなー思て見ててん。お姫さんみたいやなあて」 「………そ、そんないいものじゃないと思います…けど…」 「いやいや。ええもんやん。会うたび褒めてるの気付かへんかった?」 「…そう…でしたっけ?」 …なんて言いつつ、本当は気付いてる。平子隊長はいつも会うたび「今日も髪が綺麗やなあ」って褒めてくれて、運が良ければ頭を撫でてくれる。だから毎晩、寝る前どんなに疲れていても、死ぬほど眠くても、髪の手入れだけは欠かしたことがない。 その時、不意に平子隊長がわたしの髪をそっと手にした。隊長の顔はやけに真剣で一気に鼓動が速くなる。 「君はボクのお姫さんみたいなもんやから——姫て呼ぶねん」 「…え?」 一瞬、遠まわしの告白かと思って目を見開いた。けど、今の言葉に違和感を感じて、ふと動揺している頭で考える。そして一つの答えが出た時、思わず笑うしかなかった。いや本気に取りそうだった自分の失態を笑って誤魔化すことしか出来なかった。 「実は…痴漢が出るーゆう話もう——」 「あはは!やーだ、平子隊長…!またひよ里ちゃんと賭けしたんでしょ」 「……は?」 「だって平子隊長が"ボク"とか"君"って言う時は何か裏があるんだもん。前だって"ボクは君が好きやねん"なんて言うから吹き出したら、後から"わたしが信じるかどうか、ひよ里と駆けしてんー"って言ってたし」 「あ、あれは…!やな…。賭けと…違う言うか……」 「とにかく!わたしは騙されませんからね!全くもう…眠気も飛んじゃいましたよー」 言いながら空しくなったけど、一瞬本気にしかけた単純な自分の方を消してしまいたいくらいだ。平子隊長は若干、口元を引きつらせて笑ってたけど——多分わたしが騙されず賭けに負けたから——わたしは再び建物の下へと視線を移した。 すると、この場の空気を変えるキッカケとなりそうな、よく知った顔を見つけた。 「————あ!京楽隊長だ。また飲んでたんだわ」(上手く空気を変えたい) 「ああ…ほんまや」(結構どうでもいい)(!) 「…もしかして…京楽隊長が痴漢だったりして」(何気に酷い) 「………あ、あかんあかん。そんな根も葉もないこと言うたら………作り話した俺がしばかれるやんかー」(冷や汗たらり) 「え?何ですか?」(結構鈍い) 「な…何でもない。それより…今日は朝まで見張りやしきついなあ」(嘘をつき続けてキッカケを探す) 「平子隊長、朝ご飯おごって下さいね」(一緒にいるキッカケを見つける) 「それくらいはお安いご用や。姫と朝ご飯食べれるやなんてボクは幸せもんやなぁ」(もう一度、頑張ってみる) 「あ…また嘘ついた」(へこんだ様子を隠して突っ込む) 「…嘘ちゃうてー」(……撃沈) わたしの突っ込みに平子隊長が苦笑して小さく笑いを噛み殺す。こんなささやかな関係が、今は楽しい。だから、変に期待をしないでおこう。平子隊長の髪が夜風に吹かれているのを見ながら、ふとそう思った。 その頃、下界では———建物の影からこっそり白とひよ里が屋根の上にいる二人を覗いていた。 「——ってゆーか、アホシンジ、何笑てんねん。今度こそ告白出来たんかー?あいつ」 「無理ぢゃなーい?シンジ、ああ見えてシャイだしー。また笑いで誤魔化してるかもよ~~」 「…チッ!ありえるなぁ。ったく、うちがせっかく痴漢話に乗って、最後にはジャンケンまで負けたったのに!ここで落とさな男とちゃうでぇ?」 「でもさ~~。ひよ里ちゃんが考えたあのセリフー。また笑われて終わりなんじゃないかな~~」 「ああ?うちが寝ないで考えた秘策やぞ?!女は甘~いセリフ転がせば、いちころやねん!今度こそ絶対や!」 拳を固め、さも自信ありげに胸を張るひよ里を見ながら、白は唇を尖らし小首を傾げた。 「でもぉ~~。そもそもシンジが"ボク"とかゆう柄じゃないと白は思うんだけどなぁ~~だから前回も失敗したんぢゃなーい?」 「………それもそやな。あのハゲシンジが"ボク"て———気色わる!!」 その計画性が何一つない一言を聞き、絶対にひよ里には恋の相談をしないでおこう、と白は心に決めたのだった。