「―――っくしゅ!」 盛大なクシャミをして鼻をすすったに、小さな溜息をついたザエルアポロは静かに口を開いた。 「間違いない。これは俗に聞く"風邪"という病だ」 「…"風邪"?」 その聞き慣れない病の名に、は熱で潤んだ瞳をパチクリとさせた。 「お前、この間、グリムジョー達と現世に遊びに行っただろう。その時に移ったんじゃないか?」 「……最悪。で、治るんですか?」 「僕に治せないものなどない。あらゆる物事に関して知識がある僕が傍にいた事を感謝するんだね」 得意げに言いながらザエルアポロは持ってきていた小箱の中から小さな袋を取り出した。 「これは現世で調達した薬品だ。それを僕が調べ更に破面用にと作り直したものだよ」 「…へえ」 また得意の"うんちく"が始まった、と内心苦笑しつつ、はそれを受け取った。 それは黄金色の粉薬で一口舐めると物凄く苦い。 「うえ…」 「"良薬は口に苦し"、という言葉が人間の世界にはある。さあ早く飲みたまえ」 ザエルアポロに勧められ、仕方なくその"良薬"とやらを水で体内に流し込む。 この苦しさから解放されるのなら苦くても何でも構わない。 「……の、飲みまひた…うぅえ」 「…汚いな…。一応、女だろう」 「…す、すみまぜん…」 「だいたい破面が貧弱な人間どもの病にかかるなど恥さらしもいいとこだ。藍染さまは心配しておられたが僕は――」 「―――よぉー!生きてるか!病原体さんよぉ」 ザエルアポロの説教が始まろうかという瞬間。派手にドアが開けられ、十刃第六の数字を持つ男が姿を現した。 「グリムジョー」 「何だよ、。しけたツラしてやがんなぁ。そんなに重症なのか?」 グリムジョーはポケットに手を突っ込んだまま、遠慮もなしにベッドの方へと歩いてくる。そして傍らに立っていたザエルアポロをジロリと睨んだ。 「治療は終わったんだろ?」 「ああ…薬は飲ませた。少しすれば熱とやらも下がるだろう」 「なら、とっとと出てけよ。こいつは俺がみてる」 「……し…しかし彼女の面倒は藍染さまから――――」 「その藍染さまがお前を呼んでたぜ?サッサと行った方がいいんじゃねえのか」 「……何…?藍染さまが?」 グリムジョーの方が階級は上だ。 しかしザエルアポロには自分が優秀だという自負があり、こういった態度をされるのが一番気に入らない。と言って今は腕力で敵うはずもないのは分かっている。それに藍染が呼んでいるのならば仕方ないとばかりに、ザエルアポロは素直に部屋を後にした。 「―――チッ。藍染の腰ぎんちゃくが」 ザエルアポロが出て行ったのを確認してグリムジョーは舌打ちをした。もともと彼のような理屈っぽい知性派タイプの破面は気に入らないのだ。 「ダメよ。そんなこと言っちゃ。あれでも一応、十刃だし治療だってしてくれたんだから」 「呑気な奴だな。あいつ、ああやって気取ってるが、お前に気があるらしいぜ?何か変な事されたんじゃねえの?」 「ええっ?そんなの知らなかった…っていうか別に何もされてないわ。調合したっていう薬を飲まされたけど」 「案外、惚れ薬だったりしてな」 無責任な事をいい、ケラケラ笑うグリムジョーには思い切り顔をしかめた。ただでさえ熱のせいで体全体がだるいのだ。 「…用がないなら出てってよ…。私凄く苦しいんだから…」 「何だよ。マジで具合悪いのか?弱っちぃな」 「あんたが誘った現世で移されたのよ…!ったく…こんな事なら行かなきゃ良かった」 「あんだけ楽しんでて、よく言うぜ。つーか何の病だって?」 「"風邪"だって…。何でも人間がかかる病らしいわ……」 「ぶははっ。人間がかかるもんが何でお前に移ってんだぁ?弱い証拠じゃねえか」 病人を前にして爆笑しているグリムジョーには「うるさいから出てって」ともう一度文句を言った。その様子に辛いのが分かったのか、グリムジョーも肩を竦め、「へいへい。了解」と溜息をつく。 「そういや他の奴らも心配してたから、そのうち部屋に来るんじゃねえか」 「……え」 「ま、今のうちに寝とけ。騒々しくなりそうだからよ」 グリムジョーは苦笑しながらの頭を軽く撫でると、そのまま部屋を出て行く。やっと静かになった部屋に小さな溜息が零れた。 「……みんなは来なくていいから寝かせて欲しい」 寒気はするのに何故か汗が噴き出て気持ち悪い。頭も痛いし喉も痛いし鼻は出るしで最悪の気分なのだ。全くもってついてない、と再び溜息をつきながら目を閉じる。薬のせいなのか次第に眠くなって来た。そして数分後、は静かな寝息をたてながら眠りについた。 (…ん?) ……何かカサっという紙のこすれるような音がして、ふと目を開けた。 いつの間にか眠っていたらしい、とは音がした方に顔を向ける。 そして誰もいないはずの部屋に当然の顔で居座っている存在を見て思わず目を細めた。 「…ウルキオラ。あなた、ここで何してるの…」 静かに顔を上げた破面は、表情も変えないまま「本を読んでいる」と一言応える。 その言葉の通り、十刃第四の数字を持つ男は、彼女の部屋のソファに堂々と腰をかけ、手には何かの洋書を持っていた。 ついでに言えばテーブルの上には紅茶のカップ。思いっきり寛いでいる。 その光景に、自分が部屋を間違えたんじゃ?と思うくらいウルキオラは自然にの部屋に馴染んでいた。 自分の部屋でもない場所でこれだけ寛げるのは彼くらいのものだろう。 「……自分の部屋で読めば?」 「それもそうだな」 ごく当然の事を口にしたに対し、ウルキオラも素直に頷くと静かに立ち上がる。 一体こやつは何しに来たのだ?とは疑問に思ったが、これも彼なりに自分を心配してくれての事だろうと勝手に納得していると、不意に彼が振り向いた。 「グリムジョーから聞いた話と随分違うな」 「……あいつ…なんて?」 嫌な予感がしながらも聞かずにはいられない。ウルキオラは相変わらず無表情のまま、を見つめた。 「"高熱でうなされ、顔じゅうにブツブツが出来てる。移れば一週間で死に至る重病らしいからの部屋に近づかない方がいい"と」 「……あんの野郎…そんな嘘を…っ」 その説明を聞き、怒りがこみ上げて来るが今は動く気力もなければ怒鳴る気力もない。 とりあえず元気になったら、グリムジョーを一番にぶん殴ろう、と心に決め(!)はウルキオラに自分のかかった病の説明をした。 「なるほど、な。ま、どうせ嘘だと思っていたが」 の説明にウルキオラはあっさりと言いのけた。実際信じていたなら、この部屋で呑気に本など読んでいないだろう。 ウルキオラは僅かに口元を歪め――これでも笑っているらしい――彼女に背を向けると、 「…早く治せ。お前はヤミーの従属官だ。お前がいないとあいつが好き勝手に動くし迷惑している。ヤミーはの言うこと以外、耳を貸さないからな」 「…はあ」 ウルキオラはそれだけ言うと静かに部屋を出て行った。 しかしの頭には今、話に出された自分の主のデカイ顔しか浮かばず(!)更に頭痛が悪化したような気がした。 「…ったく、ヤミーの奴…。またあいつのせいでウルキオラに文句言われたじゃない…」 従属官が自分の主の事をこんな風に癒えるのは至極、稀だ。 だがとヤミーの間でだけは、これが成り立っている。というのも――― 「おい、!マイハニー!大丈夫か!」 いきなりドアが開き、大きな声がの耳を不快に揺らす。 見れば巨体が小さな入口に仕えて入れないのか、壁に当たりながらもそのデカイ顔を覗かせている。彼女の主であるヤミーだ。 「グリムジョーの奴がは不治の病だからに死ぬって俺に言いに来てよぉ!そんなのウソだろう?!俺はお前がいなきゃ生きていけねえっ」 あくまで病人をゆっくり休ませてくれる気はないらしい。そもそも、あの俺様グリムジョーが、そんな病にかかってるのところに会いに行くわけがないのだから病状を知っている時点で、みんなは疑うべきだ。 (その点を考えればウルキオラには、ほぼバレていたというのも納得がいく) 何故そこを考えないんだろう、と内心溜息をつきながら、未だ部屋に入ろうと壁にガスガス当たっている主ヤミーを見る。(半目) 「おい!俺を残して死ぬな!俺にはお前しか―――」 「………帰れ」 これ以上ヤミーを放置していたら入口が破壊されそうだと判断し、一言そう告げれば、ヤミーはショックを受けたような顔で渋々ドアを閉めた。とても従属官と主という関係には見えないが、これが彼女達の日常だ。 それには深い訳がある。 というのは……十刃第十の数字を持つ男、ヤミーは自分の従属官であるに―――心底、惚れていた。ただそれだけの事。 「はあ……熱がまた上がった気がする…」 次々に現れる見舞い客(?)に、はウンザリしながら寝がえりをうった。 出来れば汗で濡れた衣服を着替え、火照っている額を冷やしたかったが、動く事すら億劫なのだ。 その時、またしてもドアがノックされ、は溜息交じりで「どちら様?」と声をかける。もしまたヤミーだったら枕ぶつけてやる(!)と思いながらドアが開くのを待っていると、意外な顔がドアを開けた。 「、大丈夫か?」 「生きとるー?ちゃん」 「……あ…東仙統括官!市丸さんまで…」 ドアが開き、いきなり上官二人が姿を現した事で、慌てて体を起こす。 しかし東仙は、「ああ起きずに寝ていなさい」とを静止し、ベッドの方へと歩いてくる。その手には着替えがあり、市丸ギンは氷水の入った器とタオルを持っていた。 「ザエルアポロから熱があるーゆうの聞いてなぁ。ボクらも経験あるから持ってきてん」 「あ…ありがとう御座います…」 「我々も尸魂界にいた頃、この時期には風邪を引いたりしたものだ。風邪は汗を出して、良く眠るのが早く治すコツだ」 東仙はそう言いながら着替えをベッドの脇へと置く。 そして慣れた手つきでタオルを氷水で濡らし、軽く絞った。 「着替えてから、寝る前にこれで冷やすといい」 「あ…すみません…」 まさか統括官が直々に見舞いに来てくれるとは思わず、は恐縮しているようだ。 「え、東仙統括官も"風邪"という病にかかった事あるんですか?」 「ああ。でもまさか破面にも効力があるとは驚いたがな」 「……私もです」 「ちゃんは繊細なんちゃう?せやからボクもよーけ風邪引いたし」 「…はあ」 ギンのボケとも本気とも取れない言葉にの笑顔も引きつり、それに気付いた東仙は小さく溜息をついた。 「では我々は失礼するとしよう。が寛げないからな」 「そやね。ほな、これちゃんにお見舞い。元気出たら食べてぇな」 「……何ですか、コレ」 ベッドの脇に何やらオレンジ色の物体を置くギンに首を傾げる。 虚圏ではあまり見た事がない物だ。 「渋柿や。ボクの好物やねん。ザエルアポロに頼んで現世から取り寄せてもーて」 「は、はあ…。ありがとう…御座います」 「柿は栄養がある。熱が下がったら口にしたらいい」 東仙にまで勧められ、戸惑いつつも頷くと、二人はそのまま部屋を出て行く。 とりあえず彼らの訪問に多少驚いたが、着替えや氷水はありがたいと思い、さっそく着替えた。これまでの見舞いで一番気が利いてたのはこの二人だったかもしれない。 「さすが死神…。私達、破面とは違うわ…。そっか…繊細だと風邪になるのね。なら私も死神に近いってことかな」 散々"弱っちぃ"だの何だのと罵倒していたザエルアポロやグリムジョーに聞かせてやりたかったと思いながら、今度こそ寝ようとベッドに入る。 「はあ…何だか体力と精神力が一気に消耗してる気がする」 もちろん体力は風邪、精神力は騒々しい同胞達のせいだ。そしてその騒々しい同胞がまた誰か来たようだ。 「……この霊圧。まさかここに来る気じゃ…」 "彼ら"の霊圧を感じ、溜息をつく。どうすれば静かに寝かせてくれるんだろう、とは嘆きつつも、ドアがノックされる瞬間を待った。 しかしノックはされる事なく、突然前触れもないまま勢い良くドアが開けられる。 「よーす!、生きてるかぁー?」 「コラ、リリネット!いきなり開けたら失礼だろ?」 顔を出したのは十刃第一の数字を持つ男、スタークと、その従属官リリネット。 からするとリリネットは騒々しいが、スタークは十刃の来訪の中で一番マシな破面だ。 「よう、。どうだ?容体は」 「…まあまあです。あ、グリムジョーが変な嘘を言いふらしてるみたいですけど別に瀕死とかじゃないんで」 「分かってるよ。グリムジョーの話を信じて騒ぐ奴は単純なヤミーくらいのもんだ」 良く分かってる、とは笑いながら、ベッド脇に座るスタークを見上げる。 物静かな眼差しは、何故か彼女をホッとさせるのだ。 「ねーねー。"風邪"ってつらいの?どっか痛いとか?熱ってどんな感じだよ」 「おいリリネット、は病気なんだ。質問攻めにするな…。俺達は疲れさせるために来たのか?」 スタークは身を乗り出しているリリネットの頭にポンと手を乗せ溜息をついた。 叱られたリリネットは「はーい」と唇を尖らせつつも、素直に言う事をきく。 破面に進化する前から一緒にいたというスタークとリリネットは、普段からまるで兄妹のように仲がいい。 「ん?これ誰が?」 「ああ…それは今さっき東仙統括官と市丸さんが持ってきてくれて」 「へえ。あの二人がここへ、ねえ」 「すげーな、。やっぱ可愛がられてんじゃん」 「そうかなあ…。東仙統括官達は別として、他の連中は私が寝込んでるの見て楽しんでるんじゃない?」 「でも顔色いいじゃねえか。俺はもっとひどい状態なのかと思ってたぜ」 スタークに言われ、ふと気付いた。先ほどまで熱かった頬も今はだいぶ引いている。 「もしかして熱下がったのかな…薬のおかげで」 「なら良かった。ま、みんなが来て気が紛れたんじゃねえの?」 「そうかなあ…」 「病気の時に一人で寝てる方が辛いじゃねえか。まあ長々いれば邪魔だが、時々こうして話すくらいはな」 「…それもそうね。ありがとう、スターク」 「いや…。つーわけで俺もそろそろ退散するよ。が寝てる姿見てたら俺まで眠くなってきやがった」 スタークは欠伸を噛み殺しながらゆっくりと立ち上がる。その後ろでリリネットが不満げな声をあげた。 「えーもう帰るのかよ!今来たばっかだろー?」 「お前は俺の話を聞いてたのか?言ったろ。見舞い客ってのは長々いると煩わしいんだよ。ほら来い」 「ったくー!帰ってもスタークどーせ昼寝だろー?あたし、暇じゃん!」 「アパッチ達に遊んでもらえよ」 「やだよ!あんな意地悪女どもなんて!あたしはここにいたいーっ」 スタークに首根っこを掴まれ、引きずられながらもリリネットが我がまま全開で叫ぶ。 その姿にさすがのスタークも苦笑いを零すと、ベッドに寝ている少女を見やった。 「こいつもお前さんの傍にいたいとさ。ホント、は人気もんだな」 「え、あ…ありがとう」 「余計な事言うなよ、スターク!自分だって今日は珍しく昼寝の時間削ってまでの見舞いに行こうって言ったクセに!」 リリネットは真っ赤になりながらスタークの足を蹴る。その痛みに顔をしかめつつ、スタークはリリネットの体を担ぎあげた。 「お前もホントのことベラベラ言うな。――――照れるだろ?」 「…え?」 その一言にギョっとしながら、は僅かに起き上がろうとしたが、スタークはそれを手で静止した。 「ま、ゆっくり寝てろよな」 「あ、あの…スターク?」 「じゃあな」 呼びとめるを振り切るようにスタークは部屋を出て行き、静寂だけが残る。 その中でかすかに顔が熱いのは熱のせいじゃなかった。 「ど…どういう意味よあれ…」 騒ぐだけ騒いで帰って行ったリリネットの発言に、多少心臓が早くなった事で、は慌ててベッドへ潜った。 あの言葉の意味はどういう意味だったのか、と考えるだけで眠気も飛んでいく。 (あのスタークが……まさか、ね。だって、そんな素振り一度も――――) はその時、布団に潜っていたので、静かにドアが開いた事に気付いてはいなかった。 「やあ、私の可愛い。体調の方はどうかな?」 「――――――」 その声を聞き、弾かれたように布団を捲り飛び起きれば、目の前には静かな笑みをたたえた藍染惣右介が立っていた。 「あ…藍染さま…」 「ああ、ギンが話してた通り、少し顔色が良くなったね」 「は、はい。あの…薬も効いたみたいです」 「そうか。それなら良かった。あれは私が君の症状を聞いてザエルアポロに用意させたものだ。きっと効くと思っていたよ」 「そ、そうだったんですか。お心遣い、感謝します」 目の前に歩いてきた藍染に軽く頭を下げた。 藍染と二人きりという状況はかなり緊張するのか、は横になる事もせず、ただ黙って藍染を見上げている。 そもそも、ただの従属官であるの見舞いに、藍染が直々に来るのはおかしい。 その様子に気付いた藍染は優しく微笑み、の肩へ手をかけた。 「そんなに硬くならないでいい。さあ、横になって。熱が下がったとはいえ体力は弱っているんだ」 「は、はい。すみません…」 藍染にベッドを整えてもらった事を恐縮しながら、は再び横になった。その時、藍染の体から、かすかに甘い香りがした。 「ところで…随分と見舞い客が多かったようだね」 「あ…まあ…。おかげで全然寝れません」 「そうだろうと思ってね。今ここへ来る途中でノイトラに会ったんだが…君の睡眠の邪魔をするなと伝えておいたから大丈夫だ」 「え、ノイトラまで…」 「ああ。その手に、彼らしくない花束なんか持ってね」 「は…花…ですか」 「どうやら誰かに見舞いに行くなら花が必要だと聞いたらしい。大方ギン辺りがからかったんだろうが」 「………ああ」 彼ならありえる、と内心苦笑しながらも、そんな物をどこで調達してきたのかが気になった。この虚圏に生きた花は生えていないのだ。 それにあのノイトラが花束を持っていたなんて想像すら出来ず、少しだけ見たかったと思った。 暴れん坊の彼にはやはり、あの大きな剣の方が花束より似合う気がする。 「君はみんなから愛されているね。少し―――――妬けるよ」 不意に藍染が笑いながら言った。 はその言葉にギョっとして、「とんでもないです」と応える。 しかし藍染は微笑みながら首を振ると、背中に回していた手を、そっと前に出した。 「藍染さま、それ……」 はそれを見て目を丸くした。 藍染の手には大きなバラの花束が抱かれていたのだ。まるで魔法を使ったかのように唐突に出された赤い花は、とても甘い香りをしていた。 藍染の体からした甘い香りの正体はこれだったのだ、と改めて気づく。 「言っておくが…これはノイトラからの花じゃない」 「…え」 「これは私から君へ、見舞いの花束だ」 藍染はその花束をの手に持たせると、満足そうに微笑む。 「やはりにはこの花が一番似合うね」 「あ…あの…」 ベッド脇に腰をかけた藍染の手が、そっとの頬に触れる。 逃げ出したいのに逃げ出せない。まるで蛇に睨まれた蛙のように、彼女は藍染から目をそらせなかった。 「おや…気付かなかったのかな?」 「え…?」 その問いにふと顔を上げると、藍染は彼女を見つめたまま、そっと口元を寄せた。 「私の―――――君への想いに」 藍染は静かな声でそう告げると、彼女の唇へ優しく―――― 「―――って、それスターク達が来た後から全部夢じゃねえかよ!!」 「何で?分からないじゃない」 は壁に背を預け、目の前の渋柿を頬張る。 しかし再び戻って来ていたグリムジョーが呆れた顔で自分を見ている事に気付き、唇を尖らせた。 「何よ。実際そこにバラの花が飾ってあるでしょ?きっと藍染さまが私の為に持ってきてくれたのよ。それで眠ってる私に熱い告白とキスを―――」 「バッカじゃねえの?お前は俺が来るまで布団の中でグッスリ眠りこけてたじゃねえか!」 「うるさいわね!目が覚めた時てっきり藍染さまかと思えばグリムジョーしかいないんだもん。もうガッカリしちゃった」 「何ぃ〜?」 「だいたい私の病気の事大げさに嘘なんかついちゃって!ヤミーなんて面倒臭いんだからやめてよねっ」 「あのなあ!俺はあいつらが押し寄せて来て、お前が休むのを邪魔しないようにって―――」 グリムジョーは怒ったように立ちあがったが、の顔を見て溜息交じりに頭を掻く。 「…つーかお前、藍染のこと好きなのかよ」 「えー?好きっていうか…だっていつも優しくして下さるし…何だか常に冷静で物静かだし大人の男って感じが素敵じゃない?」 「けっ。どこが物静かだよ…。あの化けもんみてえな霊圧が無言で威嚇してきやがるんだぜ?」 「それはグリムジョーが言う事きかない問題児だからじゃない」 「うるせえ!俺をガキ扱いすんな!」 「ガキじゃないの。いーっつもケンカばっかりして」 「ああ?男は強きゃいいーんだよ!てめえこそスタークの言葉にフラついたり、藍染の夢見てデレデレしたり、ただの淫乱じゃねえか!」 「何ですってぇ?!私はただ素敵な男が好きなだけよ!あんたみたいなガサツな奴より、物静かな―――」 「おや、ケンカかい?」 その静かな声に、とグリムジョーは弾かれたように振り向いた。 「あ…藍染さま!」 「やあ体調の方はどうかな?少しは良くなったかい」 藍染はそう言いながらに微笑みかける。グリムジョーはそれを面白くなさげに見ながら軽く舌打ちをした。 「これは私からの見舞いだ。まあ先客がすでに飾っているようだが…」 「あ、藍染さま、この花…」 彼女は渡された白い百合の花を見て驚いたように藍染を見上げた。 「君たちには分からないだろうが、私の生まれた場所では見舞いに花束を持っていく習慣があってね」 「は、はあ…」 まさに夢と似たような展開になり、はドキドキしたように藍染を見つめる。 だが藍染はふと視線を後方へ向けると、 「ああ…この話は、さっきグリムジョーにもしたんだったね。どこへ行けば花があるのかも」 「―――――ッ」 藍染のその発言に、グリムジョーが顔を真っ赤にして振り返る。どうやらコッソリ出て行こうとしていたらしい。 「私の助言は役に立ったようだ」 藍染は飾られている赤いバラを見ると、いつにもましてニッコリ微笑んだ。 そしてベッドの上のの頭を軽く撫で、優しい声で彼女の名を呼んだ。 「ほら、ね。君はみんなから愛されている」 さて、その言葉の真意は――?