灯る火


 は覚えちゃいないかもしれねえが、甘露寺がを助けた任務は俺も途中参加をしていた。
 鎹鴉、爽藾そうらいからの報告で、近くの遊郭に鬼が出現。援護に迎えと言われた俺は、すぐにその場所へ向かった。
 鬼は十二鬼月という報告も追加され、それを聞いて急いで駆けつけたはいいものの。すでに遊郭のあった一画はかなり悲惨な状態で、生き残った人間は皆無に近かったと記憶している。
 そんな状況の中、一足先に到着していた甘露寺が鬼を討伐。多大な被害を出した鬼は十二鬼月とはいっても下弦の方だったようだ。でも例え俺たち柱からすれば弱い鬼だとしても、歓楽街にいた半数以上の人間を殺せる力を持っている。
 柱になってから未だ上弦に遭遇したことのなかった俺は、それが上限の鬼ではなかったという僅かな失望感と共に、原形も分からぬほどに壊された建物の中で転がる遺体の山を見て何とも言えない怒りを覚えていた。
 
 そんな俺の元へ甘露寺が唯一の生き残りだという少女を連れて来た。その少女がだ。
 艶やかな着物はボロボロ、綺麗に施された化粧を涙で崩したは、初めて見た鬼の恐怖から終始怯えた様子で、あげく行く当てもないと言う。
 そんな彼女の境遇に同情した甘露寺が自分の屋敷へ連れ帰ると言った時は、少しばかり安心したのを覚えている。隊士にはなれなくても、鬼殺隊の中じゃ雑用といったくらいの仕事は山ほどある。彼女が陰で隊士たちを支えてくれるなら助かるだろうと思った。
 なのにはそんな俺の想像を軽く超えてきた。
 鬼に怯えて震えていたあの少女が、自分の命を救ってくれた甘露寺に憧れ、自ら鬼殺隊に志願をしたという。
 後日、見舞いがてら様子を見に行った際、その話を甘露寺から聞かされ、こんな痩せっぽっちの小柄な女が鬼殺隊でやっていけるのか? と首を傾げたもんだった。
 色白で細身、俗にいう白魚のような手で、鬼を滅する日輪刀を振るうことができるのか、と。
 親に売られ、男相手の遊郭で育てられた境遇には同情するが、どうせすぐに根を上げ辞めていくか、そのうち鬼に殺されてしまうかのどっちかだと、そう思っていた。
 最終戦別で生き残ったと聞いた時も多少驚きはしたものの、俺の中の思いは変わらず。その後に甘露寺とお館さまの計らいで富岡から修行をつけてもらっていると聞いた時も同じだった。
 なのには厳しい修行にも耐え、メキメキと力をつけていったんだから恐れ入る。
 気づけば柱の任務に同行するほど階級を上げていた。

 ――不死川さま、先日階級が上がってかのえになりました!

 胡蝶の屋敷で顔を合わせた際、嬉しそうに報告してきたの顔には、あの夜に見せていた悲壮感はどこにもなく。返り血を浴びて震えていた少女は本来の美しさを取り戻していた。
 その後も他の隊士とは比べ物にもならないほどの速さで階級を上げ、今つちのえという位にいる。
 女の、それも遊郭出身の身でありながら、それほどの早さで上位にまで上がる隊士はそうそういない。それだけ彼女が頑張ってきたんだということは、俺だけじゃなく他の柱も理解してるんだろう。柱が出張る任務に呼ばれるというのはそういうことだ。
 その理由を一つ上げるなら、戦闘時において彼女の状況判断の早さにある。刀の才能よりも寧ろそっちの才能を買われて階級も引き上げられたんだろうが、それでも女の身でそこまで上がるのは素直に凄いと思っていた。
 初めてを自分の任務に呼んだ時は、彼女の戦況を読む速さに俺も驚かされたクチだ。
 最初はまぐれかとも思ったが、二度三度と続けばそれはもう立派な戦力だ。彼女は自分の非力さをその力で補い、俺たち柱や他の隊士の援護を全て担ってくれていた。
 
 俺は努力するヤツが好きだ。
 自分に足りないものを自ら認めるのは思ってるより簡単じゃない。それでも泣き言を言わず、自分の得意なものを伸ばそうと努力をしているの姿勢に、俺は好感を持った。
 そう……だから伊黒が邪推してたような、そんな不埒な想いじゃ決して――。

「ありがとう御座います……」

 花を受けとってくれたがふわりとした柔らかい微笑を浮かべたのを見た瞬間、俺の心臓がおかしな音を立てた気がした。その明るい笑顔は薄れかけていた懐旧の情を思い起こさせる。今は亡き妹たちの笑顔と重なったせいだ。
 は手にした鈴蘭を鼻先へ持っていくと「いい匂い」と嬉しそうに呟く。ただ、その後の彼女の一言が気になった。

「今までの花も不死川さまだったんですね。ありがとう御座います」
「……今まで?」

 何のことだと問うように聞き返すと、は不思議そうに俺を見上げて来た。

「はい。毎日ここへ花を持ってきてくれてたんですよね」
「……いや、俺は夕べ任務でさっき戻ったばかりだァ。まあ今からまた任務だが……」
「え?」

 俺の返答を聞いた彼女は少しばかり驚いた顔で目を見開く。この様子だと、俺以外にも花を持ってきてた人物がいたってことかもしれない。案の定、尋ねると誰かは分からないが、毎朝ここに花を置いて行く奴がいると教えてくれた。

「不死川さまじゃないなら誰なんだろう」
「さぁな。お前に救われた隊士の誰かじゃねえのかぁ?」

 元遊女ということで彼女を疎ましく思う隊士達もいるようだが、それと同じくらいを慕う隊士もいると聞いているし、その辺りの奴が見舞いの花を持って来てもおかしくはない。

「そうなんでしょうか。でも不死川さまも偶然白い花をくれるから驚きました。どうしてお花を下さったんですか?」
「あ?」
「お見舞いに来てくれる方は何故かお菓子類が多いので。私が大食いだからかもしれないですけど」

 はちょっと笑いながら俺を見た。改めてどうしてと聞かれると、どうにも照れ臭い。
 
「あー……いや、まあ……伊黒が花の方がいいっつーから……」

 なんて言い訳がましく、それも人のせいにしてんのは情けねェけど、生まれてから今日までこんなにも恥ずかしい思いをしたのは初めてで、どうにも上手い言葉が出てこない。
 この後、どう会話を続けるべきか困ってしまった。
 でもその時、が「え……」と酷く驚いた様子で俺を見上げてきた。

「伊黒さまが……ですか?」
「……あ? ああ……食いもんより花の方が喜ぶんじゃねェかってなァ」

 それは事実だけにすんなりと答えられたものの、その後に見せたの表情が少しだけ気になった。先日見舞った時と同様、急に頬を赤くしたからだ。

「そうですか……伊黒さまが……」

 そう呟くの顔はやけに嬉しそうで、何となく胸の奥がざわりとした。さっきの嬉々とした表情とは少し違う気がする。

「今日までに頂いたお花は全て花瓶に入れて飾ってあるんです。アオイちゃんが世話をしてくれてて……」
「……そうかァ。まあ……花をやれば喜ぶっていうのも、あながち間違ってなかったみてェだなァ」

 そう応えながらも未だざわざわと胸の奥の方が気持ち悪い。何かに気づきそうで気づけない。そんなモヤモヤした感じだ。この感情が何なのか自分でも分からないから余計に気持ち悪い。ジリジリと焦げるような嫌な感覚だった。

「あの……不死川さまはこれからまた任務なんですよね」
「ああ、まあなァ。毎日よくもこんだけってくれェ、鬼が出没してっから休む暇もねェよ」

 実際、ここ最近は鬼の動きが活発になっているようで、特に浅草近辺は狩っても狩っても鬼が湧くと聞く。今日もこれから浅草の近くまで出向く予定だった。

 ――もしかしたら鬼舞辻がこの辺りに潜伏し始めたのかもしれないな!

 先日、任務先で久しぶりに顔を合わせた炎柱、煉獄杏寿郎がそう話していたのを思い出す。そう考えると鬼の活発化も納得いく気がした。
 となれば、あの付近を張っていれば、そのうち上弦、または鬼舞辻が現れるか――?
 一瞬、そんな思案にふけっていた時、が不意に口を開いた。

「そんなに忙しいのに私のお見舞いの為にお花を持って来てくれたんですね……すみません、わざわざ……」

 その言葉にふと我に返ると、が申し訳なさそうな顔をしていた。わざわざ、と形容されると何となく気恥ずかしい。

「べ、別にわざわざってわけじゃねェ。たまたま出かける途中で見つけただけで――」
「でも嬉しかったです。お花を頂いたのは初めてなので」
「…………」

 はにかむ、という言葉がピッタリくるくらいの笑みを浮かべるに、またしても心臓がおかしなことになってきた。他の女が同じように微笑んだところでこんな風になったことはないし、といって医者に行くべきかそれも悩む。
 その時、ふとの足首に巻かれた包帯が視界に入った。いくら運動不足が気になるからって無理をすればそれだけ完治に時間がかかってしまう。

「まあ……なら良かったけどよォ……まだ完治してねェなら無理に動き回んじゃねェ。悪化したらどーすんだ」
「……は、はい。すみません。あの……部屋に戻ります」
「ああ、そうしとけェ。俺はもう行くから」

 俺がいると彼女が気を遣って病室に戻れないかもしれない。そう思って歩き出そうとした時だった。が「そこまで御見送りを――」と一歩、こちらへ足を踏み出す。だが痛みがあったのか、は僅かに顔をしかめながら足をよろめかせた。

「あぶねェ……!」

 咄嗟に腕を伸ばしての体を支えてやると、彼女はすぐに「申し訳ありませんっ」と慌て出した。

「バカかっ。急に動くなァ」
「は、はい……すみません……」

 一瞬が転ぶかと思ってヒヤリとした。その気持ちが先に出て、ついいつものように口が悪くなってしまう。だがはビビる素振りもなく「ありがとう御座います」とお礼を言いつつ俺から離れようとした。
 無意識にそんな彼女の腕を掴んでしまったのは、やっぱり心配だったからかもしれない。

「し、不死川さま……?」
「……仕方ねェから病室まで運んでやる」
「えっでも――わっ」

 四の五の言わせる前にを抱き上げると、彼女は心底驚いた顔で固まってしまった。その様子がビックリすしぎた時の兎みたいで、思わず吹きだした。

「そのままジっとしとけェ。動かれるとこっちも疲れるからなァ」
「は……はい……重ね重ね……申し訳ありません……」

 一瞬、モジモジと体を動かそうとしたは、俺の言葉を受けて再びピタリと動きを止めた。それすら小動物みたいで自然と口元が綻んでしまう。
 こんな優しい気持ちになれたのは久しぶりで、自分でも驚くほどに心が凪いだ気がした。

 ――気になってるんだろう? のことが。

 その時ふと伊黒に言われた言葉が脳裏を過ぎった。
 気になってない、と言えば嘘になるんだろうな――。
 腕の中の小柄な少女を見下ろしながら、ふと思う。
 ただ、それはどこかで亡くなった妹たちを重ねて見ているだけだと思っていた。
 なのにを腕の中へ納めて気づいた。どうしようもなく、心のどこかが疼くことを。