鈴蘭の甘い独白



 胡蝶さまのお屋敷にお世話になって一週間。今朝も目を覚ますと寝台の横にはお見舞いのお菓子が置いてあった。高価な和紙に包まれているのは、色とりどりの星のような形の金平糖で、甘い物に目がない私の頬が自然と緩んでいく。
 これは誰からだろう? と考えながら、一粒つまんで口へ放り込む。じんわりと上品な甘味が口内で広がって、一瞬で幸せな気分になれた。
 蝶屋敷でお世話になりだしてからというもの。毎日何かしら見舞いの品が届く。どれも好物の菓子類で、それは蜜璃さまだったり、しのぶさま、一緒に任務へ行った隊士の人や、戦闘後に運んでくれて親しくなった隠の後藤さんだったりと様々だ。
 隊士の中で異端児扱いの私のことを気にかけてくれる人がいるなんて思ってもいなかったから、誰かがお見舞いに来てくれるたび、どこか照れ臭いけど、嬉しくもあった。
 特に「のおかげで鬼に食われずに済んだ」「オマエがあの時、止めてくれなかったら死んでいた」と感謝されると、ああ、あの時行動しておいて良かったなと思うのだ。
 
 正直、私だって鬼は怖い。もし自分の力が全く通用しなかったら、と思うと足がすくむ。現に異能を持つ鬼数体と戦いになった時は、思ってもいない反撃を受けて死にかけたこともある。
 でもいざ戦闘になると、まるで景色が止まっているかのように見える時があって、そんな時は自分以外の周りの戦況が事細かに見えるのだ。
 鬼が優勢でこちらが劣勢ならば、退くことも考えながら戦い、引くならばどの方面へ引けばいいのか、その時の地形まで頭に流れ込んでくる。その時は隊士たち一人ひとりの体力や、消耗具合まで分かってしまう。
 だから人より早く判断が出来ていた。

 ――オマエ、よくあんな状況で素早い判断が出来たな。

 天元さまを含めた柱の方々からはよくそう褒められることがあるけれど、自分でもその力のことはよく分からない。子供の頃から周りの人間の観察をするのがクセになっていて、それの応用じゃないかと自分では思っている。
 遊郭という狭い世界では、何かを言われる前に先に動かなければいけないことも多く、また目の前の大人が何を考えているのか、よく観察して理解しておかないと痛い目に合うこともある。子供の頃の私は全神経を集中して周りや状況を把握し、一癖も二癖もある大人達と対峙しなければならなかった。だからこそ、あの厳しい世界であの歳まで生き延びれたのかもしれない。
 
 そう言えば以前、富岡さまに稽古をつけてもらってる際「よく周りを見ているな」と褒められたことがある。その時に遊郭の頃の話をしたら妙に納得されたのち、「お前は人一倍、空間認識能力に長けているのかもしれないな」と言われた。
 何のことかと尋ねると「目の前の空間における物体の状態や関係、位置、方向、形状、姿勢、間隔、速度などすばやく正確に把握する能力だ」と富岡さまは説明してくれた。
 富岡さまは言葉足らずな方なので、それ以上の説明はされなかったから、あまり深い意味は分かってないけれど、でも自分にそんな大層な能力が本当にあるのなら、戦場で何かしら役に立つかもしれないと、その後は意識してより周りをよく観察するようになっていた。

「あ、またお菓子食べてる!」

 そこへ元気よく怒りながら歩いて来たのは蝶屋敷で働いている神崎アオイちゃんだった。濡れ羽色の綺麗な髪を二つに結んでいるアオイちゃんは、きりっとした大きな瞳が印象の可愛らしい子だ。ただ彼女は私より年下なのにシッカリ者で隊士にも少々……いや、かなり厳しい一面がある。

「これから朝食を出すのにお菓子なんてダメです」
「ご、ごめんね。枕元にあったからつい……」
「ああ……それ今朝、天元さまが置いていったやつですね」
「え……天元さまが?」

 ちょっと驚きつつ、手の中にある金平糖を見下ろした。どおりで煌びやかな包みだと思った。きっと高級菓子店で買ったに違いない。自分の任務で私が怪我をしたことを酷く気にして下さってたし、もしかしたらお詫びのつもりで買って来てくれたのかな。勝手に怪我をしたのは私なんだから気を遣ってくれなくてもいいのに。でも、やっぱり金平糖は嬉しい。

「ちょうど起きた時にバッタリ会って。任務から戻ってすぐここへ寄ったみたいでした。あ、あとこれもまた玄関口に置いてあったんで持って来ましたよ」
「え?」

 アオイちゃんが差し出したのは、可愛らしい白色のヒナギク。きちんと包装紙に包まれている。

「今日のお花も可愛いですねー」

 アオイちゃんは早速花を花瓶へ追加しながら「それにしても……送り主は誰なのかな」と首を傾げていた。
 一昨日は勿忘草。昨日はカスミソウ、そして今日はヒナギク。3日前くらいから毎日のように玄関先へ置かれてるらしい。差出人の名はないけれど、最初に花が置かれてた日、私の名を書いた紙も一緒にあったようで、それからは花が届くたび、アオイちゃんが私のところへ持ってくるようになった。
 最初の花は私宛てでも、あとのは別の人なんじゃ、と言ったのに「他に治療してる人はいません」なんて言って、アオイちゃんは必ず私のところへ花を持ってくる。もしかしたら蝶屋敷で働いてる女の子たちに恋した誰かが花をこっそり置いてるかもしれないのに。
 そう言ってもみたけど「ありえません」と一蹴されてしまった。

「でも……見事に白い花ばかりですね」

 大きな花瓶に三種類の花を飾りながら、アオイちゃんが笑う。言われてみれば確かにそうだ。

「最初の勿忘草の花言葉は"私を忘れないで"だから、てっきり愛の告白かと思ったし、次のカスミソウの花言葉は"感謝"や"清らかな心"だし、もしかしたらさんに助けられた隊士かなーとも思ったのに、今日はヒナギク……。花言葉は"平和"とか"希望"だから、何か告白とは違うのかなーとも思えるし……花言葉は関係ないのかなぁ」
「アオイちゃん、花言葉に詳しいんだね」

 告白と言われてギョっとしたものの、アオイちゃんの知識にも驚いた。私は花言葉の一つも知らないことに気づかされる。まあ叩き込まれたのは芸事ばかりだったから、そういう雑学的なものは割と弱い。

「カナエさん……あ、しのぶさんのお姉さんに教えて頂いて……それからは花を見るたび花言葉は何かなーなんて気になるようになったので本屋で花言葉集の本を買ったんです」
「そうなんだ。でも確かに色んな意味があると思いながら花を見ると楽しいかも」
「その本貸しましょうか」

 花瓶に入れられた花に触れながら独り言ちると、アオイちゃんが珍しいほど嬉々とした様子で言った。
 
「え、いいの?」
「はい。寝てるだけじゃ退屈だろうし……後で持ってきます。あ、その前に朝食持ってきますね」

 花を全て花瓶に入れ終わると、アオイちゃんは本来の仕事へ戻るべく軽やかな足取りで病室を出て行った。何となく私が花言葉に興味を持ったことが嬉しいのかなと思う。
 それまで特に親しくなかった者同士を、簡単に結びつけるものがあるとすれば、それは共感だ。同じ物に興味を持ったからといって全てが一致するというわけじゃないし、人それぞれ感じ方や考えは違ってくるけど、同じ物を好きな人が身近にいるのはやっぱり楽しいし、嬉しい。
 今までは花の見た目の可愛さに心を奪われていたけど、花にもそれぞれ意味のある言葉を持ってるというのを知るだけで、また違った見方も出来るようになったのはアオイちゃんのおかげだ。
 再び花へ視線を向けると、朝日を浴びて白い花たちがいっそう輝いて見えた。

「それにしても……ほんと誰なんだろう……」

 花を貰ったのは初めてで、こうも毎日届くとやっぱり多少は気になってくる。最初は可愛いものが好きな蜜璃さまかと思って、昨日顔を見せてくれた時に尋ねてみたけど、あっさり「違う」と言われてしまった。ただ困ったことが一つ。

 ――きゃー! もしかしたらちゃんに密かに想いを寄せてる男の子かもしれないわよ!

 なんて大騒ぎをするから、とてつもなく恥ずかしかった。そんなはずはないのに、蜜璃さまはいつも前向きに物事を考えてくれる。

「昨日お見舞いに来てくれた隊士の子達はお菓子だったし……隠の後藤さんも美味しいお煎餅だったっけ……」

 一応花のことを聞いてはみたものの、全員に違うと言われてしまった。ここで働く三人の女の子達が摘んできてくれたのかと聞いてみたけど、それも見事に空振り。
 となると……他に思いつかない。
 いつもアオイちゃんが起き出す頃にはすでに置いてあるようで、分かっていることと言えば、花の送り主は相当な早起きさんということだけだ。

「でも本当に綺麗……」

 こうして花を貰うことも、ゆっくり鑑賞することも初めてだけど、案外悪くないものだと思う。ここへ来る前は花より団子。きちんと稽古をして芸を上達させないと、平気で食事抜きの罰を与えられた。だから明日ご飯を食べられるかどうかの方が大事だった気がする。
 その時の名残もあって大食いになったのかもしれない。食べられる時に食べておかなくちゃと思ってしまうのが良くないのかも、とは思う。最近お菓子のお見舞いが多くて、かつ動けない状態だから確実に太ってきた気がするし、完治したらまずはしっかり体を鍛え直さないと――。
 その時、お腹がぐぅぅと鳴った。味噌汁のいい匂いがしてきたせいだ。綺麗なお花を愛でていても、結局私の本質は前と同じで花より団子なのかもしれない。

「いつか……送り主が分かるといいけど……」

 一向に鳴りやまないお腹を押さえつつ、ふとそう思う。
 
 そして――案外、それを知る機会は次の日に訪れた。
 普段から厳しい修行をしながら体を動かしている身としては、7日も動かなければ体も一切疲れない。そのせいか睡眠も浅く、早寝をすればそれだけ早くに目が覚めてしまう。
 8日目の早朝、唐突に目が覚めた私は喉が渇いて体を起こした。すぐ傍に置いてある水さしから水を一杯コップに注いで一気に飲み干すと、スッキリした分頭も冴えてくる。

(お腹空いたけど……まだアオイちゃんすら起きてないよね……)

 ふと見れば窓の外は日の出前でまだ薄暗いものの、仄かに空が白み始めていた。それを見ていると少し体を動かしたくなったのは、やっぱり体がなまるのを恐れたからかもしれない。
 そっと足を下ろして体重をかけると、僅かな痛みはあるものの、歩けないほどじゃない。

(これなら庭先を散歩するくらいは出来そう)

 寝間着代わりの着物の上に羽織りを着てから、こっそり病室を抜け出す。こんなところをアオイちゃん、またはしのぶさまに見られたら「怪我が悪化する」とこっぴどく叱られそうだけど、あまり寝てばかりいるのは性に合わない。体力が落ちないよう少しくらい体を動かしたかった。

(確かしのぶさまは夕べ任務にお出かけになったとアオイちゃんが言ってたっけ……)

 ……となれば後はアオイちゃんとすみちゃん、きよちゃん、なほちゃんに見つからなければ大丈夫のはず。
 足音を忍ばせ、なるべく静かに玄関へ向かうと、普段履きの下駄を履いて扉の鍵を解錠した。この引き戸はカラカラと音がするから、そこは慎重にゆっくりと開けていく。

「ハァ……久しぶりの朝の空気……」

 朝露に濡れた葉や湿った土の匂いがして、軽く深呼吸をした。まだ少し空気は冷たいけれど、寧ろそれが気持ちいい。
 そのまま庭を進み、建物の周りを一周しようと歩き出す。でもその時、門扉の方からカタンという音がして小さく息を飲んだ。アオイちゃんかと思ったからだ。
 恐る恐る振り返ると、誰かがこちらへ歩いてくるのが見える。その人物の手には白い花らしきもの。それを見た時、毎日のように届く花のことが頭を過ぎった。

「え……」
「……っ!」

 歩いて来た人物は私に気づいた瞬間、驚愕といった表情を見せて足を止めた。

「不死川さま……?」

 まさかの人物が登場して、私は言葉を失った。





 6日前――。

「あ? 菓子より花を送れ、だァ?」

 怪我をしたを見舞ったあと、俺と伊黒で任務へ向かう道中。伊黒の言った言葉を驚きで返すと、色違いの瞳が僅かながら愉しげに細められた。これでも地味に笑ってるらしい。

「気になってるんだろう? のことが。見ていれば分かる」
「なっ……なな何言ってやがる、テメェ! んなわけ――」
「俺についてきただけだと先ほどに言ってたが、あれは嘘だな」
「……は?」

 何もかも見透かしたような眼差しで言い切る伊黒を前に、俺は激しく動揺した。まさか伊黒がこの手の話に鋭いとは、お釈迦様でも分かるまい。まさにそんな心境だった。

「……別に俺は嘘なんか――」
「なら何故、彼女の好きなどら焼きをすでに持っていた?」
「……ぐ……あ、あれはだから……」

 と言いかけたものの、上手い言い訳が見つからない。助けた相手からもらったとか、隊士からの差し入れだとか。理由を言おうと思えば沢山あるはずなのに、何一つ口から出てこねェんだから嫌になる。
 ってか俺は嘘が苦手だっつーの!

「……チッ。別に変な意味はねェよ……邪推すんじゃねェ」
「そうか。まあどちらでもいいが、もしまた見舞うことがあるなら今度から食べ物じゃなく花でも持っていってやるんだな」
「……あァ? 何でだよ」
「女性は花を送れば喜ぶと聞いた」
「……(だから何でそういうのに詳しいんだよ、伊黒は)」

 しまいには「健闘を祈る」とかほざいてたところを見ると、俺の言い分は全て嘘だと思ってそうだ。だいたい俺が女に花を贈るタマかよ。
 誰かにバレたらそれこそ俺の威厳が消え失せそうだし、にも驚かれるだけだ――。


「不死川さま……?」

 戸惑い顔のが俺の名前を口にする姿を見て、数日前の伊黒とのやり取りが頭に過ぎる。やはりやめておけば良かったのだ。こんなガラじゃねェことは。
 と遭遇した瞬間、激しく後悔した。

「ど……どうしたんですか? こんな朝早くに……」
「……お前こそ何してんだァ? 怪我は治ってねェんだろ?」
「はい……あ、でもだいぶ痛みも引いたので、そろそろ足を動かそうかと……」

 はそう言いながらも俺の手にある花へ視線を向けた。

「それ……鈴蘭……ですか?」
「……あ、あァ……まあ……なァ」

 咄嗟に後ろへ隠そうかと思ったが、すでに見られたのだから今更かもしれない。本音を言えば……このまま回れ右をして何事もなかったかのように帰りたい気分だ。
 実際、そんな衝動に駆られたが、の表情を見る限りとっくにバレてる気がした。

「あの――」
「……やる」

 何かを言いかけたの言葉を遮るように花を突き出す。こんなことをするのは初めてで、超絶、死ぬほど照れ臭い。ってか、やっぱ俺のガラじゃねえ!

「え……」
「単なる見舞いの花だ」

 驚いたように目を瞬かせているから視線を反らし、言い訳がましく言葉を付け足すと、案の定沈黙が返ってきた。死ぬほど気まずい。今のは冗談だと誤魔化して花を捨ててしまおうかとすら思う。
 でもその前に白い手が伸びて俺の手から花を奪っていく。

「ありがとう御座います……」

 そう言って自然な笑みを浮かべたは、手にした鈴蘭と同じく可憐な可愛らしさがあった。思った通り、彼女には白い花がよく似合う。
 それこそ――俺が無意識に白い花を選んだ理由なのかもしれない。