人生捨てたもんじゃない



蜜璃さまとの楽しい団らんのあと。「恋をしろ」と言われたことを思い悩みながら隊舎への道を歩いていると、前方に大柄でド派手なお方が見えた。条件反射でくるりと方向転換した瞬間、むんずと襟首を掴まれる。
柱の中でも速さで言えばダントツと言われるお方だ。逃げようなどと思ったのが間違いだった。

「お前……また甘やかされたな」
「そっ……そんなことありません……(何故分かる?)」

目の前で仁王立ちしている大男は音柱の宇随天元さまだ。てっきり自分の屋敷へ戻ったとばかり思っていたのに、まさか待ち伏せされてるとは。
相変わらずチャラチャラとした装飾品を身に着け、変な化粧をしている。元忍びとは思えないほどに目立ついでたちだ。
逆に地味が忍びの生きる道……だったからこそ、反動でド派手好きになったんだろうが、とは本人談である。

「甘やかされただなんて……私はちゃんと蜜璃さまに叱って頂いて――」
「嘘つけ。ここに大福の粉がついてんぞ」
「えっ」

とんとんと自分の口元を指す天元さまを見て、考えるより先に口を両手で隠す。先ほど蜜璃さまから沢山オヤツを食べさせてもらった名残りだろう。でもあんな話をされたから、動揺してすっかり確認するのを忘れてしまった。

「どうせ甘露寺と一緒んなってオヤツ食ってたんだろ」
「う……っ」

図星すぎて耳が痛い、とばかりに今度は耳を塞ぐ。私だって蜜璃さまに叱れる気満々だったけれど、あんなに慰めてくれるなんて思ってもいなかったのだ。

「ま、あいつは柱のわりにゆるゆるだからな。本気でお前に説教するとは俺も最初はなから思ってねえよ」

苦笑気味に言いながら、「で?お前は何を悩んでんだ?」と天元さまは身を屈めて私の顔を覗き込んだ。この人は千里眼でも持ってるんだろうか。

「何故……悩んでると思うんですか」

指摘された口元を隊服の袖で拭き拭きしつつ尋ねると、天元さまは「そんなツラしてんじゃねえか」と今度は自分の眉の辺りを指した。

「ここが下がってっから眉が八の字になってるし、すげぇ情けない顔になってたぞ」

天元さまは大げさなほど眉尻を下げて見せながら笑っている。
なるほど。そんなおかめ顔で歩いてたのか、私は。
自分じゃ全然気づかなかった。

「何だよ。やっぱ甘露寺に説教でもされたか」
「……いいえ。蜜璃さまは私の話を聞いて、叱るどころか慰めて励ましてくれました。ただ……」
「ただ……?」

その後の言葉を口にするのは流石に躊躇った。先ほど蜜璃さまに言われたことを天元さまに話したところで解決するとも思えない。だいたい恋をするにはどうしたらいいですか、などと男の天元さまに相談するのもおかしな話――。

(いや、待てよ……?)

ふと思い出して目の前の天元さまを見上げる。デカすぎて首が痛いのはこの際我慢しよう。
私の記憶が確かならば。天元さまには嫁が三人いると蜜璃さまがちらっと仰っていたような……。
そんな楽園のような結婚生活をしているとすれば、天元さまもさすがに恋とはどういうものなのかを玄人なみに知っているかもしれない。いや、「なみ」」じゃなく、もう立派に玄人かもしれない。
そもそも三人ものお嫁さんと夜な夜なまぐあっている御仁なのだ。ならば、男女間に発生する感情くらい、理解を深めていて当然なのでは……。

「な、何だよ……人の顔じろじろと」

穴が空きそうなほど見つめていたらしい。あの天元さまが若干、引き気味だ。
私は軽く咳払いをしてから、辺りをキョロキョロ見渡した。
ここ一帯はお館さまが所有する広大な敷地内。方々に柱達の屋敷もあり――距離はそれぞれ離れているけど――時々は誰かしらが通りかかることもある。
こんな私的な話を聞かれたくはないので、つい警戒してしまう。でもそんな心配も杞憂に終わった。今のところ誰の姿も見えない。それを確認したあと、私は一歩、天元さまに近づいて声を潜めた。

「実は……天元さまにちょっとご相談があるんですけど」
「……相談?俺でいいのかよ」

私から相談されるとは思ってもいなかったらしい。天元さまはギョっとした顔で訊いてきた。

「はい。天元さまじゃないとダメなんです」

……多分、と心の中で付け加えておく。怪訝そうな顔を見せた天元さまだけど、私の真剣な顔を見て察してくれたらしい。「分かった」とすぐに頷いてくれた。でもその後、予想外の展開になる。

「んじゃあ、話は聞くから俺の任務にお前も付き合え」
「……は?」
「任務に付き合えっつったんだよ」
「いや、聞こえましたけど……何で私が――」
「ちょうど任務で人手が必要だったんだよ。でも運悪く手の空いてる奴が見当たらなくてな。んで暇そうな奴らを探してる最中にさっきの騒動に出くわしたってわけだ」

私が例の隊士たちと揉めてたことを言ってるようだ。今日は私も彼らと任務へ出かけていた。そして戻った後に蝶屋敷へ怪我人を運んでいる最中、あの騒ぎになった。

「なら彼らに頼めばいいのでは……」

とは言ったものの。それは無理か、と思い直した。
彼らは同期だけど、私より階級が低い。加えて今日は雑魚鬼相手に苦戦を強いられ、軽い怪我を負っていた。とても柱の援護なんて出来ないだろう。
口だけは達者だけれど、剣の腕は私より劣る。その怪我をした時も私が彼らを庇って鬼の頸を跳ねた。それすらも気に入らなかったらしい。女に庇われたのが屈辱と言いたげに、遊郭にいた頃のことをネタに突っかかってくるのだから、男なんて下らないと呆れてしまう。
でも天元さまは全てをお見通しだったようだ。軽く笑うと「あいつらの力量じゃちょっと無理だな」と言った。

「それにあの二人には罰を与えた。今頃は蝶屋敷でコキ使われてるだろうよ」
「罰……?」
「お前に対する嫌がらせへの罰だ」
「……聞いてたんですか」

天元さまはそれ以上、何を言うでもなく、夕日に染まっていく空を見上げた。

「命を預ける隊士同士が傷つけあうのは柱としても見過ごせねえんだよ」

その言葉にハッとして顔を上げると、天元さまはいつものように明るい笑顔で「分かったなら行くぞ」と私の頭へ大きな手を乗せた。それが殊の外優しくて、何とも言えないむず痒さが胸に走る。遊郭にいた頃はこんな風に優しく接してくれる男の人なんていなかった。

「えっと……蜜璃さまに報告しておかないと……」

ふと思い出して足を止めた。鬼殺隊の隊士として私も色々な任務を振り分けられる。同期の隊士たちと行くこともあれば、最近は階級が上がったことで、こうして柱の後方支援などの任務に呼ばれることもあった。
その際、私はいつも蜜璃さまにその旨を報告していた。
まだ継子でもないのに、蜜璃さまが私を心配して「大きな任務へ連れて行かれる時は報告だけでもして行ってね」と言ってくれたからだ。
今から出かけるなら数日は帰って来れないだろう。そう思って足を止めれば、天元さまも足を止めて振り返った。

「ああ、それならすでに鎹鴉を飛ばしておいた」
「え」
「手回しいいだろ?」

自分で言いながらニヤリと笑う天元さまを見て、一瞬呆気にとられたものの、ついつい吹き出してしまった。
きっと最初から私に任務の話をする為、あそこで待っていたに違いない。

には何度か任務に同行してもらったが、お前は腕も立つし何より状況の見極めが早い。だから安心して仕事を任せられんだよ」
「あ……ありがとう御座います」

それが私を任務へ連れていく理由らしい。これまで大したことは出来ていないと思っていたけど、こうして見てくれてる人が蜜璃さま以外にもいるんだと、内心驚いてしまった。

「出来れば俺の継子になって欲しいところだが――」
「それは困ります」

つい間髪入れずに断ると、天元さまは思い切り吹き出した。

「即答かよ。つれねえな」
「……すみません」
「まあ、が甘露寺一筋なのは知ってるよ」
「はあ……」
「しっかし、もったいねえなー。器量もいいのに」
「……何の話ですか?」

ポツリと呟くその言葉の意味を測り兼ねて尋ねると、天元さまは意味深な笑みを浮かべるだけだった。

「ま、とりあえず今夜は任務先の近くにある藤の家に急ぐぞ。お前の話はそこで聞く」

言うや否や、天元さまはその場から一瞬で消えた。相変わらず速い身のこなしに驚かされつつ、私もその後に続く。
十六で剣士の道へ進み、厳しい修行をして呼吸というものを覚えた。するとそれまでの自分の体がどんどん別物へ変わっていって、出来ることも少しずつだけど増えてきた。
他人の手で転がされるだけの人生だと自分を諦めていたけれど、鬼殺隊へ入ってこんな私でもまだ出来ることがあるというのを知った。
それも全て蜜璃さまのおかげだ。
早く蜜璃さまから継子に選んでもらって、お役に立ちたい。その思いだけで私は今、鬼殺隊にいる。

――私の継子はね。恋をしなくちゃなれないの。

「恋……かぁ」

ふと先ほど言われたことを思い出し、また頭が痛くなってきた。
継子への道は、なかなかに厳しそうだ。