継子の条件



鬼殺隊きさつたい――。
それは鬼を狩る者たちの総称。
私、はこの小さな命を彼らに救われて、今は鬼殺隊の一員として日々修行に励んでいる――。

「美味しい?ちゃん。まだまだあるからいっぱい食べてねー」
「ふぁい、頂きます」
「ふふ、いっぱい食べるちゃんも可愛い~っ!」

私の頭をひたすら撫でながら嬉しそうにしているこの素敵なお方は、鬼殺隊の柱、甘露寺蜜璃かんろじみつりさまだ。
私の命は――このお方に救われた。

幼い頃、見栄えがいいという理由だけで親に売り払われた私は、都会から少し外れた場所にある小さな遊郭で、禿かむろ……いわゆる"遊女見習い"だった。薄情な親を恨みながら、明日をも知れぬ日々を送り、ただ必死に芸を磨く。
近い将来、姉女郎のように自分も客をとらされ、籠の中の鳥として生きる人生――そう思っていた。

禿から新造へと一つ上の見習いになった頃。そんな未来を想像し、生きる気力を少しずつ失っていった。
でもそんな生き地獄よりも先に、本当の地獄がやってきたのは十六の歳になってから数日後。
下働きの身から、遂に客の相手をする遊女になった夜のことだ。

この日、初見の客が店を訪れ、その客の相手は私がすることになった。下っ端の遊女には当然そういう客しか回されない。
けれど部屋へ案内した途端。その客は見たこともない化け物へと姿を変えた。
それは一目で女を買いにきた人間じゃないと分かるほどの異形。
その化け物は当然ながら、目の前にいた私に襲い掛かってきた。普通ならここで腰を抜かすところだ。
ただ幸いなことに私は警戒心が人一倍強かった。
初見の客で、私のような下っ端が選ばれるということは、身元が分からない人間も多い。それに私にとっても初めて相手をすることになる男。それなりに警戒し、どういう人物なのか私なりにこっそりと観察していた。だからこそ、男の様子がおかしいと感じていた時、異形の化け物へ変化を遂げようとしたのを見た瞬間。勝手に体が動いた。
間一髪のところで二階の窓から飛び出し、そのまま下へ転げ落ちたのだ。

「女が上から落ちてきたぞ!」

当然、周りにいた客達が大げなほどに騒ぐ。それを聞きつけ、部屋へ店主がやってきたようだ。化け物は逃げだした私ではなく、まず顔を出した店主へ襲い掛かり、次に廊下を通りがかった姉女郎を襲ったらしい。
地面に転がり、怪我の痛みで動けなかった私の耳に、店の中から大勢の悲鳴が聞こえてきた。

――な、何だ、コイツ!うわぁぁぁ!腕が……腕がぁぁっ
――化け物がいるぞー!逃げろー!
――きゃぁぁぁ!助けてぇ!

結果、大騒ぎとなったことで近くにいた全ての人間が襲われ、茶屋の中が血しぶきで真っ赤に染まっていく。
まさに阿鼻叫喚の地獄絵図。私は転落した際、足と腕を骨折したらしく、逃げることもままならない。ただ次々に襲われて逃げて来る人の波に潰されないよう、地面を這いつくばって避けるのが精一杯だった。

私のいた店は壊滅状態で、他の店も遊女や客、店主たちを含めた半数以上が化け物の犠牲となり、私の指南役だった姉女郎も目の前で化け物に体を引き裂かれ、呆気なく殺された。
返り血を浴びた真っ赤な顔を愉しげに歪ませ、ゆっくりと近づいてくる化け物に震えながら、次は私が殺される――!
そう悟って死を覚悟した刹那。
突然化け物の首がスパンっと切れて宙へ舞った。そして理解の及ばぬまま茫然としている私の視界に、これまた見たこともない美人べっぴんさんが現れたのだ。
桃草色の艶やかな髪をなびかせ、背中には"滅"の文字。手には髪色と似たような「しなるやいば」を握っていた。

――遅くなってごめんね!みんなを助けられなくてごめんね!

そう言いながら当事者の私以上にワンワンと泣きじゃくる彼女の姿に、それまでの恐怖が消え去って胸の奥が熱くなった。
そのお方は自分のことを「鬼殺隊」の甘露寺蜜璃だと名乗ってくれた。
彼女が言うには、暴れていた化け物は鬼と呼ばれる者であり、それも下弦の月という位を持つ相当強い鬼らしい。

――人目を気にせず暴れてたところを見れば、きっとこの花街の人間全てを皆殺しにして喰らうつもりだったのかも……力をつける為に。

そんな恐ろしいことをさらりと言われ、私は初めて本当に死ぬところだったのだと実感してしまった。もし彼女が来てくれなかったら、と思うと全身に怖気が走る。
人を喰らう化け物がこの世にいるなんて信じたくはなかったけれど、実際に目の当たりにしたのだから信じるしかない。
そして少し騒ぎが納まって来た頃。彼女と同じ制服を着た者が数名現れた。
近くにいた彼らも鬼の騒ぎを聞きつけ駆けつけたようで、彼女が倒したと知った時は何故か残念がっていた。
あんな化け物を前にしても、勇敢に刀を振るう人間がいる。そう思うだけで、不思議と心強く感じたのを覚えている。

――彼らみたいに私も強くなりたい。

鬼の存在を聞かされた時、そう思った私は、怪我が完治した半年後。蜜璃さまのいる鬼殺隊への入隊を志願した。
あれから二年。厳しい修行にも耐え、無事に試験にも合格し、念願だった鬼殺隊へ入った私は、尊敬する大好きな蜜璃さまの継子となる為、今も日々の鍛錬に勤しんでいる――つもりだ。

地獄のような場所から、誰かを救う為に命を全うできる居場所を見つけたと思っても、人生そんなに甘くはない。
遊郭から鬼殺隊へ入ったという私を異端児扱いする隊員も少なからず存在している。

――おい、。今度オレの相手もしてくれよ。
――ぎゃはは!オレも頼むわ!

顔を合わせるたび、卑猥なことばかり言ってくる隊員たちの言葉を思い出し、手にしていた大福がふにゃりと形を変える。

(アイツら……今度会ったら絶対に往復ビンタしてやるんだから)

本当ならあの場で頬を一発張り倒したかった。でも手を振り上げた瞬間、たまたま通りかかった柱の宇随天元さまに止められ、そのまま蜜璃さまの元へ連行されてしまったのだ。
蜜璃さまの推薦で試験を受けて隊員になった私は、蜜璃さまの妹分のような存在として扱われている。妹分の不始末は姉の責任というわけだ。
けれど「甘やかされてばかりいねえで、ちゃんと説教してもらえ」という、天元さまの狙いは失敗したらしい。
蜜璃さまは説教どころか、私の話に耳を傾け、怒った理由を理解してくれたからだ。あげくにはオヤツを沢山用意して「これ食べて元気だして!」と励まして下さるんだから驚くほかない。
相変わらず、なんてお優しい方なんだろう……と、また蜜璃さまへの憧れがいっそう強くなっていく。

「美味しい物を食べたら活力が沸くからねー」
「はい。いっぱい食べて午後の鍛錬も頑張りますっ!もっと筋力を上げて全集中の呼吸も今以上に素早くできるようにならないと!」

鍛錬への意欲を宣言してから次の大福へと手を伸ばす。ただ蜜璃さまはどこか困ったような笑みを向けながら、唐突に私の手を握った。その手の温かさにどきりとする。ここへ来るまで、自分以外の体温を感じたことはあまりなかったせいだ。

「蜜璃さま……?」
「ダメよ、ちゃん。そんな色気のないことばかりに没頭しちゃ」
「……へ?」

鬼殺隊の隊員としては模範解答をしたつもりだった。なのに何故か蜜璃さまは真剣な顔で首を振る。鍛錬の何がいけないんだろうと考えていると、蜜璃さまは私の両手を自分の両手で包み、こう言った。

ちゃんは早く恋をしなさい」
「……こ、恋?」

いきなり突拍子もないことを言われ、さすがに唖然とした。でも蜜璃さまは大真面目らしい。
包んだ私の手をぎゅうっと握り締めながら「そうよ、恋よ」と大きく頷いた。

「だってちゃん、もうすぐ十八になるでしょ?なのにお洒落もしないで汗くさいことばかりしてるんだもん。前は場所柄だけに恋も出来なかっただろうし……でもせっかく自由の身になったんだし、これからはいっぱい恋をしなくちゃ!」
「は、はあ……でも――」
「それにちゃんはこんなにも美人さんなんだから独り身なんてもったいないよー!早くいい旦那さま見つけて欲しいの」
「だっ旦那……ですか?」

キラキラと瞳を輝かせる蜜璃さまは本当に可愛らしい。思わず胸がキュンと鳴る。
ただ、私としては誰かの妻になる以前になりたいものがあった。
その為にこの鬼殺隊へ入隊したのだから。

「あのう……蜜璃さま」
「なぁに?」
「う……(ま、眩しすぎるっ)」

ニコニコとしながら私を見つめる蜜璃さまにきゅんきゅんが止まらない。どうにか意識を保つのがやっとだ。(!)

「私はまだ誰と添い遂げる気もないですし……それよりも早く力をつけて蜜璃さまの継子に選ばれたいんです……」
「えっ」
「え?」

大げさなほどの声を上げる蜜璃さまにビクリと肩が跳ねた。何か失礼なことでも言ってしまったんだろうか、それとも催促してるように聞こえた?と心配になる。でも蜜璃さまに怒った様子はなく。やっぱりどこか困ったようにふにゃりと眉を下げてしまった。

ちゃん……継子になるより恋の方が大事だよ?」
「ぇ……っ?」

唯一の夢をあっさり否定され、言葉も出ないほどに驚いた。この二年、それだけを夢見て生きてきたのに!
だがしかし。このまま引き下がるわけにはいかない。私は蜜璃さまに継子として修行をつけて欲しいし、蜜璃さまの呼吸を身に付けたいのだ。
妹分扱いでは危険度の高い任務へ同行することも出来ないのだから。
そう真剣に訴えると、蜜璃さまはしばし腕を組み「う~ん……」と小首を傾げながら考え込んでしまった。

確かに私は蜜璃さまの言うように恋を知らない。遊郭に売られた時から普通の幸せなど想像したこともなかったし、男なんてみんなスケベで愚かな生き物としか思っていなかった。幼い頃からそんな男達しか見ていないんだから当然だ。
だからこそ、みんなが言う恋なんてどうでも良かったし、自分には縁のないもの。そう思って生きてきた。
ただ、この鬼殺隊へ入って色んな人と出会い、分かったことが一つある。それは私の知る男達が全てじゃないということだ。
もちろん私が遊郭にいたことをからかい、見下すゲスも鬼殺隊にはいるけれど、柱と呼ばれる男性陣は私が出会ったことのない人種に見えた。
特に蜜璃さまと密かに親しくされている蛇柱の伊黒さまは、こんな私にも最初から優しくしてくれた。きっとそれだけ蜜璃さまのことを大事に想っているんだろう。

――伊黒さん、伊黒さんっ。この子はちゃん!私みたいに強くなりたいって鬼殺隊に入ってくれたの。だから可愛がってあげてねー!

蜜璃さまにそう言われた伊黒さんは、それ以来何かと私を可愛がってくれてる気がする。態度は素っ気ないのに、さり気なく気にかけてくれてるのを感じるから。
最初は近寄りがたい雰囲気だったけれど、本当は凄く優しい方だと思う。
蜜璃さまもそんな伊黒さまを――。
でも所詮遊郭上がりの私には、二人のような恋なんて出来るはずもない。

ちゃん」
「は、はい」

それまで何かを考えこんでいた蜜璃さまは、再び真剣な顔で私の両肩に手を置いた。今度は何を言われるんだろう?そう思いながら身構えていると、蜜璃さまは天女のように微笑みながら――。

「私の継子はね。恋をしなくちゃなれないの」
「……っ?」
「だから、まずは好きな人を作って恋をして欲しいな」
「……」

軽い眩暈を覚える。青天の霹靂、というのはまさにこのことだ。私の唯一の夢は、私が一番必要のないものだと思っていたものをしなければ得ることは出来ないらしい。
これは決定事項だからね、と付け加えた蜜璃さまは、それはそれは満足そうな笑みを浮かべて私を抱きしめた。

「好きな人が出来たら一番に教えてね、ちゃん!」
「……はぃ」

私の中で、蜜璃さまの言いつけは絶対。渋々ながらに頷いて、内心はガックリと項垂れた。
恋の「こ」の字も知らない女には難関すぎる課題だ。
そもそも…… 恋って――何だろう?