
「ごちそー様でした」
ペコリと頭を下げるに、カカシはニコリと微笑んだ。
「いえいえー。ラーメンくらい、いつでも」
「……(いつでも?)」
今まで一緒に食事どころか、こうして出かけたことなんかなかったのに何を急に言い出すのやら。
……という小さな疑問は浮かんだものの。はそれをすぐに打ち消して家の前で立ち止まった。
「あ……荷物も……ありがとう御座います」
「いーや。これくらい軽いもんだよ。あ、中まで運ぶ?」
「え、だ、大丈夫……です。自分で運ぶし……」
は慌ててカカシの腕にある荷物を奪うように受け取った。
だが、その反動でバサバサっと荷物がの手から落ちていく。
「あーあ。やっぱ無理みたいね」
唖然として荷物を見下ろしているを見て、カカシは苦笑いを零した。
荷物を素早く拾いなおすと、カカシは「やっぱ中まで運ぶよ」と扉の前に立つ。
こうなれば言われた通りにするしかなく、は気まずそうな様子で鍵を出してドアを開けた。
「……お願いします」
「お、素直じゃな~い」
カカシは笑いながら中へと入っていく。そのあとに続くと、カカシは居間のテーブルの上にプレゼントの山を置いた。
「ここでいーよね」
「うん……あの、ありがとう」
「いいよ。はぁ~。しっかし、ホント凄い数だねぇ、こりゃ」
見下ろしたプレゼントを指で突付きながら、カカシは苦笑している。そしてふとコートを脱いでいるを見ながら、ガシガシと頭を掻いた。
「これじゃー俺からのプレゼントなんか霞んじゃうかな」
「え……?」
驚く暇もない。振り向いてカカシを見上げたの手に、可愛いラッピングをされた小さな箱が乗せられた。その突然の贈り物に脳が一瞬フリーズする。
「え、あの……」
「お誕生日、おめでとう」
「あ……ありが……とう……」
あまりに唐突で、ついお礼を口にする。ついでにカカシがあまりに優しい笑顔を見せるものだから、も無意識に笑みを返してしまう。
改めてお祝いをされるとやけに照れ臭い。同時に妙な居心地の悪さを感じながら、手のひらに乗せられたプレゼントを見つめる。
「開けてみてよ」
「う、うん……」
微動だにしないに痺れを切らしたらしい。カカシは笑いながらその箱に手をかけると、「俺が開けちゃうよー?」と、可愛く結ばれたリボンを解いていく。
長くて綺麗な指が、箱から取り出したのは可愛らしいデザインのネックレス。の目の前でキラキラと光っている。それを見た時、の頬が一気に熱を持った。
「気に入るかは分からないけど……に似合うと思ってね」
「こ、これ……私に?」
「そ」
「……に、似合わないよ、私なんか――」
「そんなことないって。つけていーい?」
「……」
カカシは何も言わないの後ろに立つと、ネックレスをそっと首へ回した。それは彼女にとって初めて身に付けるアクセサリーとなった。
「あ、髪、あげてもらっていーかな」
金縛り状態が続くにカカシはそんな注文をする。髪で隠れている部分をカカシの目に晒すのは恥ずかしい。
でも、そうしなければいつまでもこの状態が続くことになる。これ以上、耐えられそうにない。は固まった手をゆっくりと動かし、言われたとおりに後ろの髪を脇へよけるように流した。
その際、一瞬だけカカシの手が止まる。
「……?カカシさん?」
「あ、ごめーんね。んじゃつけるよ?」
言った瞬間、すぐ近くで留め金のはまる音がする。カカシが器用に止めたネックレスはの鎖骨辺りに飾られた。
「ん、やっぱ凄く似合う」
「……ホント?」
「うん、ホント」
嬉しそうな笑顔を浮かべるカカシに、素直じゃないは上手に笑えない。
これまで女の子らしいプレゼントをもらったことはない。どうリアクションしていいのかも分からなかった。
こんな時、女はどんな顔をすればいいんだろう、と悩む。
(っていうか……恋人でもない私がホントにもらってもいいのかな……これ何気に高そうだし……)
ヘッドの部分に触れながら、そんなことばかりが頭に浮かぶ。
「どしたの?あ、やっぱ気に入らなかった?」
彼女の戸惑う姿に気づいたのか。少し心配そうな顔をしたカカシを見ては慌てて首を振った。
「ち、違……っていうか……いいの?私なんかにこんな高級そうなもの……」
「私なんかってことないでしょ。あんなにファンがいるのに」
そう言ってプレゼントの箱や沢山の花束へ視線を向けたカカシは、苦笑交じりで肩を竦めた。
「コレはちょっと妬けちゃうよねぇ」
「……え、妬け……?」
「ま!でも俺がのファン第一号ってとこだけは譲れないけど」
シレっとした顔で言いながら、カカシはニッコリ微笑んだ。今日はやけにリップサービスが多めだ。
「……ファンって……何を言ってるんですか、さっきから」
「だってホントにそうだし。13年前からの、ね」
そう言って微笑むカカシに、は思わず「嘘……」と呟いた。
(何を言ってるの、カカシさんは……。会うたび話しかけた私にいつも素っ気ない態度をとってたくせに)
あれのどこがファンだったというんだろう。
「……あの頃は……いつも無愛想だったよ、カカシさんは」
昔のことを思い出し、つい素っ気なく返す。カカシは僅かに目を見開いた。自覚があるのか、困り顔で頭を掻いている。
「まーガキの頃は俺も捻くれてて可愛げなかったからねー。素直じゃなかったし……」
いつものように苦笑するその姿は、確かに昔の面影はない。いったいどこで方向転換したんだろう。
あの頃、ほとんど笑うことのなかったエリート忍者は、気づけばよく笑い、優しさを見せる"大人の男"になっていた。
「今は……素直ってこと?」
「まーあの頃に比べれば、だけどねぇ。これものおかげかな」
「私の……?」
意外な言葉にが驚くと、カカシは笑いながら頷いた。
「あんな無愛想な俺に呆れることもなく、何度も声をかけてくれたからさ」
「それは……」
だってあの雨の日、あなたに送ってもらったことが、優しくしてもらったことが、凄く嬉しかったから。
強がっていても、両親を失い、友達すら出来ない毎日が、凄く寂しかったから。
唯一、同じ年頃のあなただけが、この里の中で味方のような気がしてた――。
当時の気持ちを思い出し、かすかに胸が苦しくなる。あの頃はカカシも無口な方で、今のような気さくさは皆無だった。だけど、素っ気ない中に彼女だけが感じる優しさがあった。
「上手く接することは出来なかったし、には素っ気ない態度をとったこともあったと思うけど……あれでもホントは凄く嬉しかったんだよね。俺的に」
当時を思い出したのか、カカシは照れ臭そうに笑った。
でもそれは彼女も同じだった。素っ気なくされても、懲りもせず話しかけるを、カカシは決して無視したりはしなかった。
だけど大人になるにつれ、少しづつ分かったことがある。
忍のカカシと自分の間には……目に見えない壁があるんだということを。
「……?」
何も応えないに、カカシは困ったように首をかしげた。色んな想いが交差して、それを上手く言葉に出来ない。
「あの……今日はホントにありがとう……。私、明日も早いし、もう寝なくちゃ……」
この意味の分からない居心地の悪さから早く逃れたくて、そんな言葉が口から出てしまった。
カカシの気持ちが嬉しかったのに。素敵なプレゼントも、初めて二人でラーメンを食べに行ったことも。本当は凄く嬉しかったのに。
子供の頃のようにはいかない。あの頃とは違う。
無邪気に話しかけてた頃のようにはいかない。
付かず離れずにいたこの13年間で、は気づいてしまった。
「……同じく朝は早いし、俺もそろそろ帰るよ」
不意にカカシが言った。がハッとしたように顔を上げると、カカシはすでにドアのところにいた。
「じゃ……」
後ろ向きのまま、片手を上げる。カカシの背中を見た時、彼女の中に言葉では表わせないほどの後悔が押し寄せてきた。
思わず「カカシさん……っ」と声をかける。
外に出ようとしていたカカシは足を止めてゆっくりと振り向いた。薄暗く、そ彼表情はよく見えない。だけど何となくあの雨の日と同じ目をしてる気がして、は言葉を詰まらせた。
「……ん?」
「あ、あの……」
呼び止めたはいいもの、かける言葉が見つからない。そんなを見て、カカシはかすかに笑ったようだった。
「なーに?あ、一人寝は寂しい、とか?」
「……は?」
「何なら俺が添い寝してあげよーか?」
「な……」
(――前言撤回…!)
この人は昔のカカシと違うということを思いだした。
今で色々な女性と浮名を流してるほど、木の葉一の業師ならぬ、ナンパ師。
とにかく噂が多い人だったというのをは忘れていた。
声の感じからニヤけているであろうカカシに、は「け、結構です……!」と言い返す。
「なーんだ。ざーんねん♡」
「ざ……?!」
「じゃあも早く寝て。あ、今日は俺の夢でも見ちゃうかな――」
「お休みなさい!!」
「うわっ」
ふざけたことを言いだしたカカシの背中を無理やり押して家から追い出すと、はすぐにドアを閉めて鍵をかける。背中越しのドアの向こうからは、カカシの苦笑する声が聞こえた。
「……お休み。」
「……ッ」
静かなその声を最後に、カカシの気配は消えた。

「あれ?何だよ、お前。今日、休みだろ」
待機所にふらりと現れたカカシを見て、ソファに寝転がっていた猿飛アスマはふと時計を見た。すでに午前0時過ぎ。
特に大きな任務もない今。休みだったはずのカカシが職場(?)へ顔を見せるなんて珍しいこともあるもんだ、とアスマは思った。
力なく歩いて来たカカシは向かいのソファに倒れこみ、そのまま溜息交じりで天井を仰いでいる。どこか元気がないように見えて、アスマは怪訝そうに首を傾げた。
「いや、ねぇ……何となく一人で眠るのが寂しくて……明日の任務時間までここで寝ようかと」
「はぁ?なに女みてーなこと言って……って……あれ?つーか、今日は確か例の彼女んとこに行くはずじゃなかったか?」
咥えた煙草からプカプカと煙を吹かしつつ、アスマが訊ねた。だが次の瞬間。アスマはまるでオモチャを見つけた子供のような黒い笑みを浮かべる。
「あーさてはお前……振られやがったな?」
「……出来たてホヤホヤの傷口にたっぷり塩を塗りこんでくれるねぇ、お前さんは」
「ぶはっマジかよ?ホントに振られたのか?モテモテエリートくんのお前が?」
「あのね……そんな嬉しそうな顔しなさんな。マジで泣いちゃうよ?」
アスマの態度に顔を顰めたカカシは深い息を吐くと、再び寝返りを打ってソファに顔を押し付けた。その姿はいじけた子供と同じだ。
それを見たアスマは更に楽しそうな笑みを浮かべた。
「あははっ。ざまーみろ。お前が振られるなんて前代未聞だな、こりゃ」
「あのね……先月振られたばっかりよ、俺……」
「あ?ああ……紅の後輩の女か。ありゃお前が振られたと言うより、お前がそう仕向けたようなもんだろが」
「また人聞きの悪い……。それじゃ俺、すっごい悪い男みたいじゃないの」
そう言って顔を上げたカカシを見て、アスマが鼻で笑った。
「実際そうだろが。今まで同じ手で何人の女を泣かせてきた?好きでもないのに手出されちゃ女もたまらんだろーよ」
「いやいや……手を出されたのは俺の方よ?みんな結構、積極的なんだからー。今時の女性たちは」
「けっ!そりゃ自慢かよ。それで本命に振られたんじゃ元も子もねーなあ。色男さんよ」
「……それを言わないでよ。俺が一番分かってるんだからさぁ……」
苦笑しながら体を起こすと、頭を掻きながらカカシは溜息を吐いた。意外にも本気で落ち込んでいるカカシを見て、アスマは笑うのをやめると煙草を灰皿に押しつぶす。
「……で。何て言って振られたんだ?」
「別にぃ。振られたって言うよりは……告白すらさせてもらえなかったのよ」
「はあ?何だそりゃ……じゃ結局、言ってねーのか」
「ん~。まあ……遠まわしに言ってはみたけど……気づいてあんなこと言ったんなら脈はないだろーねー」
「あんなことって?」
「だから……何となくいい雰囲気になったし、いざ告白しようとしたら……"お腹空いた!ラーメン食べたい"って」
「……」
「笑いたいなら笑えばー?今更、気を使われてもねぇ……」
今にも破裂しそうなほど頬を膨らませた状態で、顔を真っ赤にして我慢しているアスマを見て、カカシは溜息交じりで項垂れた。
途端「ぶははは!!」という豪快な笑い声が待機所内に響き、カカシの胸にグサリと矢、ならぬクナイを刺された気がした。
「ホントに笑わなくても……」
「だってよ~!そんな雰囲気の時によりによってラーメン?!がははっそりゃへこむわなー!よっぽど鈍感なのかわざとなのか、どっちだ?おい」
「さーね……。はあ……やっぱ俺、嫌われてんのかなー」
「クックック……ガキの頃、懐いてくるあの子を散々あしらってたんだろ?嫌われてもおかしくはねえかもなぁ?」
「別にあしらってたわけじゃ……上手く接することが出来なかったってだ~け。あるでしょ、思春期にそういうこと。男は特に」
ゲラゲラ笑うアスマを恨めしそうな目で睨みつつ、カカシはソファへ凭れかかった。何となく誰もいない部屋には帰りたくなくて、散歩がてら来てみたものの。こんなに笑われるなら帰りゃ良かったよ、と内心思う。
(ま、家に一人でいても空しいのは同じだけどねぇ……)
そう思いながら本日、何度目かの溜息を一つ。
ここぞとばかりに笑いながらも、アスマはカカシのそんな思いを察しつつ、煙草を咥えて火をつけた。
「まあ、その頃のお前は暗部にも入ってたわけだし、色々と思うところがあったのは分かる……。で、どーすんだ?」
「ん~?」
「あっさり引き下がるのか?」
「まーさか。まだまだ、これからでしょ。告白すらしてないってのに」
「やっぱな。でもあの子にその気はねー様子なんだろ?」
「……痛いとこつくね」
「ったく……。一度は自分の気持ちを殺しておいて何やってんだか。今までの努力が全て水の泡だな」
アスマはそう言いながら苦笑いを浮かべると、紫煙を思い切り吹かした。
「出来もしねーなら諦めるなんて似合わねーことすんなよ」
「……それも耳が痛いよ」
肩を竦め、自嘲気味に笑う。
アスマの言うとおり。この想いを心の奥の奥に封印しようなんて、所詮無理な話だったわけだから。
「なぁ、カカシよ」
「なーに?」
視線を向ければ、アスマは窓を開けて夜空を見上げた。
「俺達、忍だって人間だ。何も任務のためだけに生きてるわけじゃない」
「ああ……」
「戦いの中では感情を殺せ、と部下に教えるが……好きな女の前でだけは感情的になってもいーんじゃねーか?」
アスマの言葉が胸に染みる。
でも彼女は忍ではない。普通の一般人だ。しかも忍だった両親を幼い頃に任務で亡くした過去もある。その経験から彼女が親と同じ道を選ばなかったことを、カカシは知っている。
だからこそ、彼女と一定の距離を保とうと決めた過去がある。
俺も忍だから。懐いてくる彼女を傷つけたくないと思ったから。
俺だって、いつどこで死んでもおかしくない。
一人ぼっちで耐えてる彼女が、また一人になって泣いてる姿など見たくもない。
だから歩み寄りたかった気持ちを抑えていた。
完全に突き放すことなんか、出来ないクセに――。
「なあ、カカシよ。一つ聞いていいか?」
「……なーに?」
「どうして……彼女なんだ?悩むくらいなら最初から忍仲間の女を好きになった方が、よっぽど分かり合えるだろ」
「……そーだね。俺もそう思うよ」
「答えになってねーよ」
「よく言うでしょ、初恋の相手は忘れられないって」
「……ふん。"木の葉の業師"なんて言われてるお前さんも、所詮は人の子か」
「ま!いいじゃな~い。好きになっちまったもんはさ」
いつものように軽口を叩けば、アスマは「けっ」と鼻で笑った。
「見たとこ、あの子は一筋縄じゃいかねーぞ。人気もあるし可愛いが、ガキの頃から一人で生きて来た奴には必ず"心の闇"ってもんがある。お前が最初に思ったように忍のお前が簡単に近づいていい子じゃねぇ。もしまだ迷ってるなら悪いことは言わねぇ。最初の予定通り。ただの顔見知りってやつを貫き通すんだな。それが本来なら一番いい選択だ。お前だってそう思うから13年間もそうしてきたんだろう?」
一言、一言。アスマの言葉が胸に突き刺さる。カカシは小さく息を吐くと、天井を仰ぎながら微笑んだ。
「……それが出来なくなったから困ってるんでしょーが」
カカシの心の内を聞き、アスマは無言のまま煙草の煙を吐き出した。
「付かず離れずの距離で見てて……今更ながらに手に入れたくなったか?」
「……」
その問いにカカシは答えず、俯いて苦笑するように口端を上げた。
「中途半端に……彼女の傍にいたのが間違いだったかもね~」
「……だな。突き放すならとことん突き放せば良かったんだよ。バカだな、お前は」
「……そ、バカなのよ、俺」
はは、と空笑いをするカカシに、アスマは「ふう」っと息を吐き出した。
「まあ……最初から諦めてる恋に未来もないか」
「だね」
「それに、だ。紅にわざわざプレゼント探すの手伝わせたんだ。その効果が出るまでは俺も応援くらいしてやるよ」
「……ありがとさん」
「とりあえず……今日は朝まで泣き言でも聞いてやるか」
アスマはそう言いながら、カカシの隣に腰を下ろした。
「案外、優しーのね、アスマ先生って♡」
「キモイんだよ、コラ」
しなだれかかってくるカカシにゲンコツをかますと、アスマは呆れたように苦笑いを零した。
躊躇した恋に未来などない