
冷たい風が吹き付け、髪をさらっていく。
車のボンネットに座り、空の向こうへ飛んで行く飛行機を見上げた。
「本当に……これで良かったの?」
その声に振り向くと、ハルが心配そうな顔で車から降りてきた。彼女には全て今の自分の気持ちは話してある。
だからこそ、協力してくれた。
「ああ……別にこれが永遠の別れってわけじゃない」
「でも……危険なのには変わりないわ」
「分かってる。でもあのニアが本気を出してるんだ。奴と張り合ってた俺としては最後まで見届けたい。それに――」
「……それに?」
「Lのためにも……のためにも。俺はこの事件の結末を見届けなくちゃならないんだ」
「彼女に嘘をついても?」
「ああ……」
もう一度空を見上げれば、すでに飛行機は見えなくなっていた。今頃、ロンドンに向かって飛んでいるんだろう。
眠ってしまった彼女を乗せて――。
飛行機を降りる際、マットには睡眠薬を渡しておいた。俺が戻らないことに気づき、彼女が追いかけて来ないようマットに頼んだのだ。ロンドンにつく頃には目が覚めるだろう。
「……行こうか」
「ええ」
冷たい風に顔をしかめながら車に乗り込むと、ハルはすぐにエンジンをかけた。
「ホテルを用意してあるの。28日までそこに隠れていて」
「ああ、分かった。何から何まで……悪かったな」
「いいのよ」
ハルは軽く苦笑すると、少しずつ車のスピードを上げていく。それ以上何もいうことなく、窓の外へ顔を向けると、どんよりとした空を見上げた。
あと二日でこの世界の未来を救えるかどうかが決まるのだ。
……ごめんな。全てが終わったら……すぐに俺も帰るから。
不意に彼女の笑顔を思い出し、心の中でそう呟いた。
正直、と再び離れることはしたくない。それに彼女にもキラの最後を見せてやりたかった。
でも……少しでも危険な場所から彼女を遠ざけたい。
顔も名前も知られている彼女をあいつに会わせるわけにはいかない。
今現在、日本ではが行方不明とされている。そのおかげなのかは知らないが、キラはの存在をそれほど脅威には思っていないはずだ。
この4年。何も動きがなかったのだから、すでにLの後を追って死んでいると思っているかもしれない。
ロスのアジトで父親である夜神と接したものの、その夜神ものちに死んだと聞く。
その後のキラの動きを見れば、彼女のことは夜神の口から聞いていないと考えていいだろう。
だが、そのが生きて俺達と行動を共にしていると知れば、キラもさすがに放ってはおかないはずだ。
ノートの存在を知る彼女もまた。キラにとっては邪魔な存在なのだから。
だからこそ、を日本から遠ざけたかった。キラに知られる前に。
彼女だけは、俺が守らなければならない。Lの為にも――。
部屋の空気はどんよりとしていた。と言っても……その重たい空気の原因は私だ。
目の前にいるマットはさっきから困ったように俯いている。
でも、だけど。
いつの間にか眠らされていて、目覚めた時にメロはいない、なんて。どう考えても酷い話だ。
「なあ……そろそろ機嫌直してくれよ……。メロだって仕方なく――」
「だからって一言の相談もないのは許せない。マットまでグルになって!」
「グ、グルって……でも言えばは残るって言うだろ……?」
「当たり前じゃないっ。メロだけキラの元へなんか行かせない」
「ほら見ろ。だからメロだって――」
そこでマットは言葉を切った。私の目に溢れていく涙を見て、更に申し訳なさそうな顔で頭を掻いている。
「騙したのは……悪かったよ……。だけどメロの気持ちも分かってやれよ……のことが大切だから泣く泣く――」
「分かってる……!」
「……」
「分かってるわよ……メロの気持ちくらい。でも……じゃあ私の気持ちは……?大切な人のことを心配する気持ちは同じじゃない……」
そう言いながら顔を両手で覆う私を抱き寄せると、マットは優しく背中をぽんぽんとあやすように叩く。
少し華奢な胸に顔を埋めると、かすかに煙草の香り。
こんな時なのに、大人になったんだな……なんて実感してしまった。
「……ごめん。マットに文句言っても仕方ないのに」
「いいよ……。俺は二人の気持ち、どっちも分かるしね」
「……ほんと大人になっちゃって」
「え?」
「何でもない」
私の気持ちが落ち着くように背中を擦ってくれる。そんなマットに苦笑しながら、ゆっくりと身体を離した。
二人で生きてイギリスに戻ってこれたことだけでも良しとしなければ。
マットだってあれ以上日本にいれば、高田アナ誘拐犯として捕まってしまう恐れもあったんだから。
「ここに……いればいいの?」
「……」
「ここにいれば……メロは迎えに来てくれる?」
ここはロンドンのホテル。着いてすぐ状況を理解した私は、すぐ日本へ引き返そうとした。
そんな私を必死で宥め、マットがここへ連れてきてくれたのだ。
「いや、ここで一泊して……明日にはハウスへ戻ろう」
「……え?」
「明日の午後にはキラとの対決が待ってる。俺達がハウスへ戻る頃には……全てが終わってるよ」
マットは優しく微笑むと私の頭にポンと手を乗せた。
ハウスへ戻る……。
それは私にとっても特別なものだ。
「メロがそう言ったの……?」
「ああ。ハウスの皆にもの無事な姿を見せてやれって」
「……そう」
メロのその優しさに胸が痛くなった。Lが死んでから私はハウスへ戻る気力さえなく、アメリカ各地を転々としていた。
ハウスの皆は私がどこかで死んだと思ってるかもしれない。
でも、辛かったのだ。
Lとの思い出全てが、あの場所にある――。
「……大丈夫?」
マットが静かに口を開いた。きっと私の気持ちを分かってるんだろう。
ハウスへ帰りたくても帰れなかった、私の思いを。
「大丈夫……私も……ワイミーずハウスへ帰りたい」
いつも笑顔でいっぱいだった、あの場所へ。
私の、故郷へ。
「帰ろう……それで皆と一緒にメロを待とうぜ」
僅かに俯いたマットの目には、かすかに涙が光って見えた。私の中の思い出と、彼らの思い出は同じだから。
Lを失った痛みさえも。
メロ……どうか無事に帰ってきて。
私はあの場所であなたを待ってるから。
そう願いながら、目の前で俯いているマットの頭を、昔のように優しく撫でた。
2010年1月28日。午後1時――大黒埠頭YB倉庫。
そこでキラとの最後の決着をつける。
バイクのエンジンを切り、倉庫の裏へ止めると目の前の海を眺めた。
良く晴れた冬の午後。
それでも海から吹き付ける風は相変わらず冷たい。
(イギリスもかなり寒いが……日本の冬は更に寒いな……)
顔を隠すためのフルフェイスも、この寒さならちょうどいい。
携帯の時計を確認すると、まだ時間まで少しある。
ニア達はすでにこっちへ向かっていると、先ほどハルからも連絡があった。
後ろに聳える倉庫を見上げる。
世界中を混乱させ、恐怖と偽りの正義で人々を支配したキラ。そのキラとの対決を迎える場所にしては、少し殺風景な場所だ。
でも、それでいいのかもしれない。
この世界をあっと言う間に支配した"キラ"という殺人鬼も、最後はこんな外れの埠頭で静かに幕を引けばいい。
不意に手の中の携帯が僅かに震えた。見ればメールを伝える着信が入っている。
メッセージはマットからで、"無事に到着。朝一で故郷へ帰る"というものだった。
どうやらとマットも無事にロンドンへ着いたらしい。
日本とは9時間ほどの時差があるから、向こうはこれから28日の朝を迎えるはずだ。
は……怒っているだろうか。
マットにはなるべく短く要点だけを送れと言ってあるから、このメールからじゃ彼女の様子は伝わってこない。
でも例え怒っていたとしても、きっとマットが説得してくれたんだろう、とひとまずホっとした。
今日、全てが終われば俺もあの場所へ帰れる。
その時はを二度と一人にはしない。
「L……そこで見てろよ……」
冬の雲一つない空を見上げ、そう呟く。
この空のはるか頭上でLが見守ってくれている。
そんな気がした。
その時、車のエンジン音が聞こえて僅かに息を呑んだ。どうやら御到着のようだ。
静かに音のする方へ近づき、そっと倉庫の方を覗いてみれば、黒塗りの車が静かに停車した。中からはハル、そしてSPKの仲間達が次々に降りてくる。
その中には日本警察の模木もいた。(ニアが弥と一緒に拉致したという話だった)
そして最後に緩慢な動作で下りて来たのは……。
「ニア……」
いつものように背中を丸め、皆の先頭を歩いていくと、何の躊躇もせず倉庫の中へ姿を消す。
その後からついていく奴らを見ていると、一番後方を歩いていたハルが僅かに視線をこっちへ向けた。
彼女は俺に気づくと小さく頷き、そのまま中へと入っていく。
それを確認してから再び時間を確認した。
午前12時54分――。
もうすぐ夜神ライト……キラがやってくるはずだ。
そう思った矢先。白い車が埠頭へと入ってくるのが見えた。
「来たか……キラ」
冷静だったはずなのに。すぐ傍にキラがいると思うと身体中の血液が沸騰するのを抑えられない。
倉庫から少し離れた場所に止まった車からは見知った顔が次々に降りてきた。
偵察に行くのか、まず相沢と松田という男が倉庫へ歩いていく。
だが、すぐに戻ってくると、車の中にいる人物に何かを伝えているようだ。
「慎重な奴だ……早く……出て来い、夜神ライト」
イライラしながら待っていると、少ししてからドアが開いた。
相沢、伊出、松田が再び下りてくる。
そして最後に降り立ったスーツ姿のスラリとした男。
「夜神……ライト……っ」
この男が"二代目L"。そして、正真正銘。本物のキラ――!
強く唇を噛み締める。あの男がLを殺し、を苦しめ続けた"死神"……。
その姿を目の当たりにした時、心の奥に燻っていた感情がどろどろと流れ出してくるのが分かった。
当の本人は俺に気づきもせず、颯爽とした足取りで捜査官達の後ろから歩いていく。
(夜神……そうしていられるのも今のうちだ……!)
4人は連れ立って歩いて行くと、ドアの前で一言二言、言葉を交わした後で倉庫の中へと入って行った。
(よし。これで全員が中へ入ったな……)
時計を見ればジャスト午後1時。ここからは本当に引き返せない。
「残るは……あと一人、か」
空を見上げれば、青空の合間から薄っすらと白い月。その真昼の月が、こちらを静かに見つめている気がした。
倉庫の中は騒然としていた。皆が揃った後、30分待ち。ニアがつけていた面を外してからは彼の声だけが響く。
この後から来る人物を待つというニアの説明に、日本警察の人間も驚いているようだ。
「ワケが分からない……何を言ってるんだ?ここにその第三者がノートを持ってのこのこやって来て、我々を殺すというのか?」
「そしてそれを黙って見ていろ、と?」
松田、伊出が反論するかのように凄むと、ニアは冷静な声で「そうです」と告げた。
「バ、バカげてる!それじゃキラの思う壺……どちらにしろ我々は負けじゃないか……!」
伊出が声を荒げた。それでもニアは動じることもなく。自分に似せた指人形を摘んで指にはめている。
「いいえ――勝ちます。私の言うとおりにして頂ければ必ず勝ちます」
その確信にも似た一言に、皆が互いに顔を見合わせる。
だがハルだけは入り口に視線を向け、もうすぐ到着するであろう人物の気配がないかを探っていた。
そして外で同じようにその人物を待っているメロのことを考え、ニアに視線を戻す。
ニアとキラとの最終対決。
これを見届けるために敢えて大切な人から離れ、日本に残ったメロの気持ちをハルは理解していた。
だからこそ、ニアには内緒でこの場所のことも伝えたのだ。
本来ならメロは彼女と一緒にイギリスへ帰すという計画だった。でもメロの気持ちを聞いた時、どうしても断ることが出来なかったのだ。
ニアの計画はきっと上手く行く。傍で見てきたハルには、その成功が見えていた。
きっとメロもそれを見て満足してくれるはず……。そう信じていた。
「いいですか?あのドアからその者が入ってきたら、そのまま迎え入れ、ドアが開くだけなら気づかぬフリをして下さい」
「バ、バカな……そんなこと……」
「……」
「……ニア。これではまるであなたがキラ……。ノートの存在を知る者、全てが集まろうと言ったのはあなた。そして皆の名前を書かせようと言っている。そう思われても……」
ニアの提案にたまらず相沢が口を挟んだ。だがその後に思い直したようだった。
「しかし……私はあなたの言うとおりにしよう……」
「ちょ、相沢さん、意味が……っ」
相沢の言葉に松田は驚いた。そしてそれに続くように「私も……」と模木までが相沢の意見に賛同した。
「模木……」
その言葉に伊出も呆気に取られる。その瞬間、ニアが不意に顔を上げた。
「――もう、来てます」
「えっ?」
「――ッ?!」
その一言に皆の顔色が変わった。それまで暗かった倉庫内に、外から一筋の光が伸びている。
それはドアが僅かに開かれた証拠だ。
「………」
誰も、一言も話さない。ぴりぴりと緊張感が漂う中。ドアの外から男の声がかすかに聞こえてきた。
「――削除」
カリカリとペンを走らせる音と同時に、男の声がする。
「――ッ!」
その瞬間松田が胸元から拳銃を抜く。
「ダ、ダメだ……!もし本当にノートに名前を書かれていたら……みすみす――」
「動かないで下さい!」
「な……何をバカな……ッ」
松田の行動を見たSPKの三人も銃を抜き、それを松田へ向ける。ここまで来てニアの計画を邪魔させるわけにはいかない。
「大丈夫です。死にません。そのままでお願いします」
倉庫内にニアの静かな声が響く。彼の表情は普段と変わりなく、顔色もいつものままだ。動揺している素振りはない。
「大丈夫です。名前を書かれても死にません。そしてこれで誰がキラかハッキリします」
「し、死なないと何故……言い切れるんだ……?」
相沢の問いに、ニアはノートの形をした小さな駒をつまみ、「ノートに細工しました」とあっさり答えた。
「直接ノートに接触し、ページをさしかえました。今、外にいる……キラの裁きをしていた者はきっかり1日1ページ書き込んでいる。なので書き込まれても死なないよう、今日の分からページをさしかえたんです」
「さ、細工?!」
「直接、接触……そんなことを?!」
松田と相沢は信じられないといった表情で声を上げた。それでもニアは表情を崩すことなく頷いてみせる。
「今、外でノートに名前を書き込んでいる者は私達が死んだかどうかを伺うために、もう一度中を覗きます。捕まえるのはその時でいい。そこで押収したノートに名前がない者がキラです」
「……た、確かに……名前を書かれていない者がキラとなるが……」
「し、しかし……」
どうも納得のいかない二人は冷や汗をたらしつつ、顔を見合わせている。その中で一人だけ、普段と同じように冷静に状況判断をしている者がいた。
夜神ライトは誰にも気づかれないよう、静かにほくそ笑む。
思い通り――!
ノートに細工……僕は知っていた。
ニア……お前の完全な負けだ。
お前の敗因はキラ事件の収拾ではなく、僕に勝つこと――。
確たる証拠を僕に突きつけることに、拘ったこと……。
夜神ライトは笑い出したいのをどうにか堪え、銃を向け合っている両者を眺めた。
外では今頃、魅上が名前を書き終わっている頃だろう。
が……お前が細工したのは魅上に用意させた偽物!
そして今、魅上が名前を書き込んでいるのは、今日まで隠させていた本物なんだ……!
ライトは心の中で勝利を確信していた。
魅上には偽物を作らせ、毎日のようにチェックさせていた。ページのさしかえをすれば優秀な魅上は当然気づく。
魅上から"それ"を「確認した」という連絡を、高田を通して受けた時点で、この勝負はついていた。
お前が言ってきた"28日午後1時"。
これはもう動かせない。
ノートが本物だと思っているお前からすれば、日が延び、細工したページに裁きの名前が書き込まれたら書き込まれた者が死なず、細工がバレるからだ。
……メロが高田を浚った時、一瞬、事の意味を考えたが、すぐにメロの単独行動と分かった。
メロのあの行動はお前にとって何の有利にも働かない。いや、迷惑極まりなかっただろう。
あれはメロの大失態でしかない。
ただニア……お前にも勝つチャンス……いや、ここで負けない方法があった。
お前は甘い…… Lより、はるかに劣る……。
Lなら必ずノートが偽の可能性に気づき、試していただろう。
その機会はあった。ノートに細工する時、ページを切り取る前に、そのページに誰かの名前を書き込む……。
それだけでいいんだ。そうすればお前はノートが偽と気づき、違う策をとれた。
人の命……悪人でいいじゃないか。一人や二人、犠牲にして確かめるべきなんだ。
全くお前にはガッカリだ……張り合いがなさ過ぎる。
お前は美しく勝とうとしすぎた。
……まあいい。
お前のせいで、皆が死ぬ。
そして、僕の、キラの、完全なる勝利――。
ライトは勝利を確信して僅かに笑みを浮かべると、ゆっくり顔を上げた。そして――。
「外にいる者――」
「――ッ?」
「ノートに名前を書いたんですか?」
ライトの一言に、松田達は驚いたように顔を上げた。周りを気にもせず、外にいる人物に話しかけるライトを、ニアは黙って見ている。
その時、ドアの外から弱々しい声が返ってきた。魅上の声だ。
「はい……書きました……」
「……ッ?」
その返答に松田と伊出が息を呑む。逆にライトは口元が緩むのを必死で堪えていた。
「おかしいですね」
「――ッ?!」
それまで黙っていたニアがぼそりと呟き、ゆっくりと顔を上げた。
「何故、あなたの"書いたんですか?"に、素直に"書きました"と答えるんでしょう」
「……さあ?正直者……いや。何か余裕があるのか?もしかしてあなたの策が見抜かれていて……」
「えっそれじゃ僕達ヤバイっすよっ?」
ライトの言葉を聞き、松田が青くなる。
ニアはドアの方へ顔を向けると、「魅上照。もし良かったら中に入ってきてくれませんか?」と声をかけた。
「魅上照。あなたがキラの今の裁きをしているのは分かっています。名前を書いたのならもう怖くはないでしょう。どうぞ中へ。それともキラに入るなと?」
「魅上照?そうだ。隠れてないで中へ入って来い」
ニアに続き、ライトも澄ました顔で言葉をかける。
すると僅かに開いたままのドアが重そうな音を響かせながら少しづつ開いていく。薄暗い倉庫内には、徐々に外の光が差し込んできた。
その日光を背に浮かび上がったのは、ノートを大事そうに抱えた一人の男。
「神……仰せの通りに――」
男は夜神ライトの方へ、そう言葉をかけた。
その男が歩いてくるのを見た時。俺は奴こそがニアの言う"Xキラ"だと確信した。
全身が黒づくめの男は、ドアの前に立ちながら中を伺うようにしている。
その腕には見覚えのある黒いノートを大事そうに抱えていた。
ここからなら十分、射程距離に入る。
(いや……まだダメだ……)
かまえた銃を下ろして軽く息を吐く。ハルから聞いたニアの計画は、あの男に"全員の名前を書かせること"。
あの殺人ノートが上手くすりかえられていればいいが、とにかく今は邪魔できない。
だが危険だと分かればすぐに援護が出来るよう、心の準備だけはしておいた。
それに……あの男は"死神の目"を持っているという。
迂闊に近づけばこっちも危ない。
「――ッ?」
ドアの前にいた男が突然その場にしゃがみこんだ。と思えば徐にノートを開き、一心不乱に何かを書き込み始めた。
思わず銃を構えなおしたが、ニアの計画を考えれば引き金を引くのを躊躇ってしまう。額にじわりと汗が浮かぶ。
「クソ……っ本当に大丈夫なんだろうな……!」
ハルからこの計画の全容を詳しく聞いたのは夕べだった。
最初のすりかえは上手くいったようだったが、夜神ライトもバカではない。
ニアの考えを見透かすように同じ手を打っていたらしい。
そこで振り出しに戻り、再準備を余儀なくされたようだが、それが上手く行っていれば或いは――。
(書き終わったか……)
ノートに名前を書き続けていた男、魅上がふらふらと立ち上がったのを見て、俺は銃を下ろし、軽く息を吐いた。
中ではどんな会話が繰り広げられているのか。
そう思った瞬間、魅上がドアを開けようとしている姿が見えて、ギクリとした。
「アイツ……中へ入る気か……?」
ノートを抱え、ドアを開けながらも、魅上は笑みすら浮かべている。それを見ていたら中の様子が気になった。
(ニア……)
魅上が中へ入ったのを確認し、俺も静かにドアの方へ移動した。奴が中へ入ったということは、夜神が本性を現したということかもしれない。
鼓動が次第に早くなっていくのを感じながら、一歩、また一歩と倉庫へ近づく。
もう少しでキラとの長い戦いが終焉を迎えるのだ。
L…………もうすぐ……全てが終わる――。
二人の笑顔が浮かんでは消える。
逸る気持ちを抑えながら、俺はゆっくりとドアへ近づいて行った。
「一番は――この状況を生み出したメロのおかげです」
中から聞こえてきたのは、俺がガキの頃から追い続けていた、憎たらしいくらいに冷静なニアの声――。
その言葉を聞いた時、僅かに息を呑んで足を止めた。
「もしかしたら……メロは分かっていたのかもしれない……」
「――ッ?」
「ニアが"近々決着をつけると言っている"と私は……メロに伝えましたが……ずいぶん長く黙ったまま。その後に一言だけ……"俺がやるしかないか"と……」
ハルが小さな声で言葉を続ける。
そうだ、あの時は確信がもてなくて……高田を浚うことを決めた。
そうすることで何らかの動きがあれば、と、ただ漠然とそう思っただけ。
だが夕べ聞いた話だと、俺のあの行動も少しは役に立ったらしい。
「我々がノートに細工し、それが偽物である可能性……そこまで考えが及んでいたかは分かりません。ただ……」
ニアはそこで言葉を切ると、小さく息を吐いた。
「自分が動き、私の先を行くことを常に考えていたのは確かでしょう……しかしメロの行動はそれだけじゃない……もし私を越せなくとも……越せなくとも……」
「……っ?」
ニアの言葉が僅かにつまる。かすかに声が震えたようだった。
「メロはいつも一番になる。私を超え、Lを越す……そう言ってましたが……分かっていたんです。私はLを越せないことを……。もしかしたら私は行動力にかけ、メロは冷静さにかける……。つまり、互いが互いの目標とする者を越せなくとも……」
ニアは顔を上げ、その鋭い視線を真っすぐ夜神ライトへ向けた。
「二人ならLに並べる。二人ならLを越せる」
「――――ッ」
「そして今――。"私達"はLが証拠を挙げられなかったキラに……Lが敗れたキラに……確たる証拠を突きつけている!」
ニアの確信を持った言葉が倉庫内に響く。
「言い逃れられるのなら言い逃れてみせてください」
「――くっ」
そっと中を覗けば、中央にニアが座っている。魅上はすでに拘束され、夜神はドアの近くで青い顔をしながら拳を震わせていた。
その夜神ライトが突然その場に蹲ると、身体を小刻みに震わせた。
「ふ……ふふ……ふふふ……ふははははは……っ!!」
「――ッ!」
夜神の高笑いが倉庫内に響き渡り、その場にいた日本警察の人間達は驚愕の表情を浮かべながら唖然としている。
それを見渡しながら、夜神はフラリと立ち上がった。
「……そうだ――僕が、キラだ」
その静かすぎる自供を聞いた日本警察の者は真っ青な顔になり、ニアは確信を得た笑みを浮かべた。
「ならば、どうする。ここで殺すか?」
開き直ったのか、夜神は笑みさえ浮かべながら全員を見渡した。
「いいか。僕はキラ……そして――新世界の"神"だ」
得意げに言い放った言葉に、さすがの俺も寒気がした。この男、まともじゃないとは思っていたが、ここまでとは……。
夜神は理想の世界を切々と語り、自分のやっていることは全て正義だと訴えた。勘違いもここまでくると聞くに堪えない。
「ニア……ここでキラを捕まえてどうなる?お前が嬉しいだけじゃないのか?それはお前のエゴでしかないんじゃないか?」
「……」
「Lの仇というならば――それこそ最も愚かな行為だ」
「――ッ」
その言葉を聞き、怒りで強く唇を噛み締めた。
「お前が今、目にしているのはキラだが……新世界の神だ」
この男はもうダメだ。自分の犯してきた罪を正当化し、それを正義だと勘違いしている。
でも夜神……お前は――。
「いいえ。あなたは――ただの人殺しです」
「――――?!」
「そしてこのノートは史上最悪の殺人兵器です」
ニアの静かな言葉が夜神を一刀両断した。
それは俺と同じ思い……Lと同じ――"正義"だった。
夜神がどれだけ能書きを垂れようと、俺達は決してキラを認めたりしない。
「私もあなたと同じです。自分が正しいと思うことを信じ、正義とする」
ニアの言葉を聞いた夜神は不意に黙り込んだ。ひどく冷めた目で自分を見つめる捜査官達を睥睨している。その顏にはハッキリと侮蔑の感情が現れていた。
嫌な、予感がした。
こういう人間は自分のことしか信じない。
そして追い込まれた時、必ず悪あがきをするものだと、俺は知ってしまっている。
俺自身、自分の正義を貫くため、裏の世界へ足を踏み入れたこともあったからだ。
そして、そこで知ったのは全てがニアのいう"勝利"で決着をつけられないということ。
いつも冷静な人間は、時として驚くほどの行動、そして凶悪な顔も見せる――。
夜神は何か気をそらせるように再び話し出した。それにはニアも訝しげな顔で夜神を眺めている。
その夜神様子を見た俺は嫌な胸騒ぎを覚えた。
「――まあ、本物であれ、偽物であれ、ノートを観てみるだけでも損はないんじゃないか?」
静かな倉庫内にコツ、コツ、と夜神の靴音が響く。奴はニア達に背を向けながら奥へと歩いて行った。
その動きの不自然さに、頭の奥で警鐘が鳴る。
「ノートが本物か――偽物か……」
その夜神の言葉と同時にカチカチ……っという妙な音が聞こえた気がした。それは腕時計の針を弄る――。
「仕込んだノートだ!!」
そう叫びながら、俺は銃口を夜神に向けて引き金を引いた。ガァァァァン…ッという大きな発砲音が、その場の空気を劈く。
「……うぅっ!」
夜神のうめき声が聞こえた。それと同時にカラン、と音がして、奴の足元にはペンが転がっている。
「お、お前は……?!」
夜神が驚いたように叫び、ニアもまた俺を見て目を見開いた。
銃を夜神に向けながら、俺はゆっくりと倉庫の中へ足を踏み入れる。
「メロ……あなた、どうして――」
「……悪かったな。でもどうしても……キラとの決着をこの目で見届けたかった」
ニアは僅かに眉を上げたが、小さく息を吐いた。
「……まあいいでしょう。おかげで助かりました」
「メ、メロ……だと……?お前が……?」
腕を押さえながら夜神はフラフラと立ち上がった。夜神……いや、キラは鋭い視線を俺に向けると、「高田と一緒に死んだはずじゃ……」と驚いている。
「あの場所で死んだのは高田だけだ。残念だったな」
「く……っ何故ここに――」
「お前の最後を見るためだ」
そう告げてゆっくりとヘルメットを取る。
「お前のような勘違い野郎は……"神"になれるはずもない」
「――ッ」
「お前は俺と……ニアに負けたんだ。そしてそれはLの意志にも負けたということだ」
「違う――!僕はまだ負けてなどいないっ」
傷口からポタポタと血を流しながらも、夜神は最後の抵抗を見せた。
「やめろ!逃げても無駄だ!」
倉庫の奥へ必死に逃げて行く夜神にそう叫ぶ。Lの仇だ。このまま撃ち殺してやりたい。だけど……。
過ぎったLの顔。
一瞬、躊躇した刹那――僅かな隙が出来た。
「お前は危険だ……お前さえいなければ僕は……逃れる術くらい、いくらでも……」
不意に夜神はニヤリと笑いながら、拘束されて項垂れている魅上を見た。
「魅上!メロの本名を言え!僕が必ず助けてやるっ」
「――ッ?!」
その言葉にハッとした瞬間、今まで呆然としていた魅上がゆっくりと顔を上げた。
「か……神……」
「そうだ!僕が神だ!これから新世界の神になる!だから今すぐ僕に銃を向けるこの男の名前を――」
「ミ……ミハエル……ケール……つ、綴りは……M・I・H・A……」
「クソ……!」
俺の名を読み上げていく魅上に銃を向ける。
「メロ!」
その時、ニアが叫び、俺は反射的に夜神の方へ視線を戻した。
「血……自分の血で――!」
相沢が声を上げた。夜神は自らの血でデスノートの切れ端に俺の名前を書こうとしている。
「やめるんだ、ライトくん!!」
松田の声が耳に響いた瞬間、俺は夜神に向かって引き金を引いた。
いや……引いた、つもりだった――。
ガシャンっという派手な音が室内に響いた。
「あーあ……」
手から滑り落ちた写真立てが足元で砕けて、私は慌ててそれに手を伸ばした。
「あ~危ないって!俺がやるから」
「あ、ありがと、マット」
ガラスの破片を一つ一つ拾ってくれているマットに声をかけると、私は飾ろうとしていた写真に視線を戻した。
まだ私がここにいた頃、皆で撮ったものだ。
私の隣にはLが寄り添うように映っていて、その反対側にはメロが少し照れ臭そうに映っている。
写真嫌いなメロを、私が無理やり引っ張って来た時に撮った写真だ。
(何か……あったわけじゃないよね……メロ……)
割れた写真立てを見た時、嫌な予感がしてふと不安になる。
そんな私に気づいたのか。ガラスを片付けてくれていたマットが苦笑交じりで立ち上がった。
「なーに不安そうな顔してんの」
「……うん」
「メロなら今頃ニアと一緒にキラを捕まえて、こっちに向かってる途中だよ」
「……そう、だね」
「心配なのはメロがキラと対峙した時に気が変わって撃ち殺さないかってことだけだろ」
「マットったらまたそんなこと言って……」
大げさに溜息をつくマットに、今度は私が苦笑する番だ。
でも、言われてみればメロはキラを殺すために自分の人生を犠牲にしてきた。
実際、あの男を目の前にしたらどう感じるかは、私にだって分からない。
以前の私もあの男の死を望んだこともある。でもそれをメロに託すのは嫌だと思った。
これ以上、メロに自分自身を傷つけて欲しくない。心からそう思った。
きっと大丈夫……メロは絶対に帰ってくる。
もう一度、ここから始めるの。幸せだった頃の思い出がいっぱいつまった、私達の故郷から。
「あれ、どこ行くの」
「ちょっと散歩してくる。夕飯の支度までには戻るわ」
「OK。ああ、外、寒くなってきたしあったかい格好してけよ?」
マットはそう言うと笑顔で片手を上げ、廊下を歩いて行った。
それを見送ると、言われたとおりショールを羽織って裏口から庭先へと出る。空を見上げれば、すでに太陽が傾き始めていた。
少し風も出てきたのを感じながらゆっくりと歩いていけば、ハウスの子達が帰ってくるのが見えた。
「お帰りなさい」
「ただいま!はどこ行くの?」
「ちょっと散歩。もうすぐ夕飯だから手を洗って宿題しちゃいなさい」
「はーい」
素直に返事をすると、子供達は元気に走っていく。その後姿を見ていると、不意に昔のメロとだぶって見えて笑みが零れた。
昔もこんな風にメロやマットに接していたんだと思うと、少し変な気持ちになる。
あの頃はLに恋をして、毎日が輝いて見えてた。
Lに愛されたこと。ケンカをしたこと。仲直りをしたこと。いっぱい笑いあったこと……。
その周りにはいつもメロたちがいて、私とLを見守ってくれていた。
今でも心から言える。私は本当に幸せだったと……そして今も、幸せだと。
歩くたび。カサっと音を立てる枯葉が風に吹かれて舞う。遠くで教会の鐘が鳴り響く。
セピア色に染まった小道をゆっくり歩いていると、懐かしい香りが故郷へ帰ってきたのだと実感させてくれた。
マットと共にハウスへと戻ってきた時、ロジャーは昔と同じように優しい笑顔で出迎えてくれた。
少しだけ白髪の増えたロジャーの「お帰り、」という言葉を聞いた時、それまで堪えていた涙が一気に溢れて。
私は子供に戻ったように、ロジャーにしがみついて泣いた。
黙って泣かせてくれたロジャーの目にも涙が光っていたと、後でマットがコッソリ教えてくれたっけ。
「久しぶりにの焼いたアップルパイが食べたいね。昔、Lと最後の一つを奪い合って私が負けてしまったからね」
そう言って微笑むロジャーは昔と変わらずに、再び私に居場所を与えてくれた。
「ちっとも変わってない……」
懐かしい風景を眺めがら少し歩くと、白い塀が見えてきた。
その奥には枯葉に包まれた墓標が見える。それを見た瞬間、少しだけ足が震えた。
一歩、一歩、ゆっくりと。確実に近づいていく。戻ってきてから初めてここへ来た。
「……ただいま、L」
膝をついて枯葉を避けると、そこに彼の名が刻まれた墓標が現れた。そして隣のキルシュにも、「ただいま」と声をかけ、手で枯葉を払う。
「……遅くなって……ごめんね……」
Lの名が刻まれた場所に口付けると、自然と涙が頬をつたっていった。
二つのお墓に飾られているのはハウスの庭先に植えてある花だ。毎朝子供達がここへ供えにくるという。
その中に柊もあった。寒い季節の中、凛と咲く白い小さな花。
Lが捜査に出かける前、必ずくれた私の守り神。
私も大好きだった花だ。
「……今はLが……皆に守られてるのね……」
零れ落ちる涙を拭いながら、ふと笑みが零れる。
その時、Lが微笑んでくれたような気がした――。
「どうした、マット。それは?」
「ああ、ロジャー。あ、これちょっと割っちゃって」
そう言いながら割れたガラスを新聞紙にくるむと、それを更に紙袋へと入れてから捨てた。
ロジャーは訝しげな顔をしながらも、ふと窓の方へ視線を向ける。
「は部屋かな?」
「ああ……ならちょっと散歩だって」
「そうか」
「もしかしたら……Lとキルシュに会いに行ったのかもな」
マットがそう呟くと、ロジャーは目を細めて微笑んだ。
「二人とも、の帰りを首を長くして待ってたからね」
ロジャーはそう言いながら壁にかけてある柱時計に目を向けた。
「そろそろ夕飯の用意をしないと……を呼んで来てくれるか?」
「了解」
咥えた煙草に火をつけながら、マットは玄関へと急ぐ。
だがその瞬間、廊下にあった電話がジリジリというけたたましい音で鳴り出し、びくりと肩が跳ねた。
「ったく…ビックリさせんなよ……」
かなりアンティークなその電話は、レトロな見た目とは比例して心臓に悪い音を出す。
ヨーロッパ調のデザインを気に入ったキルシュが、仕事で行った国でコレを見つけて買ってきたのだが、マットはこの電話の音が苦手だった。
「つか、レトロなのもいいけど、そろそろプッシュフォンに買い換えろっつーの……。オレはやっぱ可愛くプルルルとか鳴る電話がいい」
ブツブツ文句を言いながら、それでもそのダイヤル式電話のレトロな受話器を持ち上げる。
「Hello?こちら"ワイミーズハウス"ですけど、どちら様?」
電話への不満がついふざけた口調で現れる。しかし次の瞬間、マットの顔から笑みが消えた。
「――え?」
予期せぬその連絡に目を見開くと、マットは受話器をたたきつけ、勢い良く外へと飛び出して行った。
どれくらい、そうしていたのか。
気づけばオレンジ色に染まった太陽が半分だけ姿を隠していた。
「いけない……帰って夕飯の支度しなくちゃ……」
Lやキルシュに報告することがありすぎて、時間の経つのを忘れてしまっていた。
最後にもう一度だけLに触れると、「また来るね」とその名をなぞる。
もう、涙は出てこなかった。
立ち上がりスカートについた枯葉を払うと、ショールを羽織りなおして軽く息を吐く。
日本にいる時も寒かったけど、イギリスの冬もそれなりに寒い。
かすかに白い息が漏れて、真っ赤に染まった空を見上げた。
「今夜は冷えそう……」
オレンジ色の夕焼けを見ながらふと呟く。そして夕飯の献立は何にしようかと考えた。
その時、カサ……っと枯葉を踏む音がした気がして僅かに肩が跳ねる。
ここはキルシュが所有してる私有地だ。関係者以外、立ち入ることはない。
「マット……?」
遅くなったからマットが迎えに来たのかと思った私は、ゆっくり振り向いた。
「――ただいま、」
笑顔のまま振り向いた彼女に優しく微笑みかければ、大きな瞳が更に大きくなっていく。
そんな彼女に、つい苦笑が漏れた。
「メロ……?」
幽霊でも見るような顔。彼女にゆっくりと近づいて、目の前に来た時には思い切り抱きしめていた。
「ただいま」
強く抱きしめながら、もう一度その言葉を口にすると、彼女は涙を溜めた瞳で見上げてくる。
「お、お帰りなさい……」
「マットに聞いたら多分ここだろうって言うから迎えに来た。それに――」
そう言って視線の先にある二つの墓を見る。
「……二人にも報告したかったしな」
「……え?」
俺の言葉を聞いて、はドキっとしたように目を見開いた。
「……終わったよ」
「……ッ」
「何もかも。全て……終わった」
それだけ言えば、の瞳に涙が溢れていく。俺のこの言葉をずっと待っていたに違いない。
言葉を失った彼女の手を引いて、俺はLとキルシュの墓の前に座った。
「やっと……来れた」
二人の前に座ると、何故か感傷的な気分になる。
ガキの頃、ここを飛び出してからは、キラを殺すまで戻らないと決めた。
ここへ来るとあの雨の日の思いが蘇り、じゃないけど涙が溢れそうだ。
あの時――夜神ライトが自分の血で俺の名前を書こうとしたその時。
俺はあいつを撃てなかった。
殺したって構わないと思っていたはずなのに、いざ銃を構えてみれば、やLの顔が過ぎって引き金を引けなかったのだ。
を探し出すまでは自分の手を血で汚そうと構わない。
そう思ってたはずなのに……あの時、俺は確かにあの男を殺すことを躊躇したのだ。
「やめるんだ、ライトくん!!」
松田という刑事の叫び声だけは覚えてる。
でも気づけば、夜神ライト……いや、キラは血にまみれ、床の上に倒れていた。
そして俺の視線の先には、涙を流しながら銃を構える松田の姿があった。
「魅上……お前が……書け……!」
キラは最後まであがいていた。数発もの銃弾をその身体に受け、血まみれになりながらも必死で叫んでいた。
だが唯一、彼を慕っていた魅上も、その姿を見て「あんたなんか神じゃないっ」と最後の最後でキラを見捨てたのだ。
キラは錯乱状態に陥り弥や高田の名前を叫んでいた。そして最後には死神に手を伸ばし、「お前のノートにこいつらの名前を書け!」と言い出した。
一瞬ヒヤリとしたが、ニアは表情一つ動かさず、その様子を見守っていた。
「ああ……書こう」
死神の姿が見えない俺には状況が分からずじまいで。俺もノートに触れてからキラを見れば、そこには恐ろしい姿をした死神の姿があった。あとからニアが言っていたが、その黒い死神は夜神をキラに変えるキッカケを作った最初の死神じゃないかということだった。
そして、その全ての元凶ともいえる死神が自分のノートに書いた名は……。
「そう……夜神ライトは……デスノートで死んだのね……」
「ああ。死神は夜神ライトをアッサリ見限った。死神に殺されるなんてキラの最期にふさわしい」
「そうね……それに――」
はそこで言葉を切ると。そっとLの墓標へ触れた。
愛しむように彼の名を撫でる彼女を見ていると、かすかに胸が痛む。
「Lと同じ苦しみを与えることが出来た……」
そう呟いた横顔は、Lを愛してた頃の彼女の面影と重なって見える。
でもは不意に俺を見ると、涙に濡れた瞳で見上げてきた。
「ありがとう……メロ……」
「……俺は何もしてない」
「してくれたよ。ニアを……守ってくれた」
「あれは……」
「メロが撃ってくれなかったら……きっとニアは名前を書かれてたと思う……」
「ああ……俺も間一髪だったしな」
そう言って苦笑すると、が心配そうな顔をしたが、そのまま強く抱き寄せる。
あの時、松田が撃ってくれなければ俺は確実に殺されていた。
後で床に落ちていたデスノートの切れ端には、最後の文字を残した俺の本名が書かれていたのだ。
「危ないところでしたね」
それを見てさすがのニアも苦笑いを零していたが、隣にはあいつの名前も半分だけ書かれていて。
もう少しで同じ運命だったかもしれない。きっと俺もニアも殺したいという強い思いが、逆に夜神を迷わせたんだろう。どっちにしろ運が良かった。
「ニアは?」
「一度アメリカに帰ると言ってた。ここに来るのはもう少ししてからだろうな」
「そう……でも二人とも無事で良かった。さっき写真立て割っちゃったから少し不安だったの……」
俺の胸に顔を埋めながらそう呟くの額に、そっと口付ける。
「それ、マットにも同じこと言われたよ」
「え……?」
「いや、さっき駅まで迎えに来いって電話したら慌てたように車ですっ飛んできて……そんなようなこと言ってたから」
「あ、そうだったんだ……」
「早くに無事な顔を見せてやれって、怒られたよ。戻るならもっと早く連絡しろって」
そう教えたらは軽く吹き出し「私も怒ってたの思い出した」と言った。それが何を意味するのか、すぐに気づく。
「悪い……あの時はああするしか――」
「もういいの。こうして無事に戻ってきてくれたから……」
はそう言って再び俺の胸に顔を埋めた。そんな彼女を抱きしめながら、Lの墓へ視線を向ける。
ここへ戻ってきたら真っ先に来ようと思っていた場所だ。
ただいま、L……。
やっと帰ってこれた。
――お帰りなさい。メロ。
そう言われた気がして軽く微笑む。腕の中にいる彼女を抱きしめ、そっと目を瞑った。
彼女は必ず幸せにするから――だから許してくれよな。
やっと手に入れた大切な存在のことを、Lに報告したかった。
彼女を探しながら色んな国を歩き回ったことも、どんな思いで探し当てたのかも、全てLに報告したかった。
諦めていた初恋が、今、本当に叶ったのだ、と。
たぶん、これが永久の恋だった――。
「そろそろ戻ろうか……皆が心配する」
「……うん」
そう言っての手を繋ぎ、ゆっくりと立ち上がる。
また来るね、と二人に告げている彼女の肩を抱き寄せ、沈んでいく夕日を見上げた。
「ハウスがオレンジ色に染まってる」
「ああ……綺麗だな」
ハウスの向こうへ沈んでいく太陽を見て思わず微笑む。隣にいる愛しい存在と、懐かしい故郷の風景に。
本当の意味で帰ってきた、と実感することが出来た。
今日から俺は、彼女とこの地で生きていく。
「ね、メロは夕飯、何がいい?」
「何でもいーよ。の作るもんなら」
そう言って彼女の頬にキスを落とせば、恥ずかしそうに微笑んでくれる。
その笑顔が、今も昔も、大好きだった。
君と出会えてなかったら、こんな想いを知らずに生きていた。
「……愛してる」
夕日に向かって歩き出しながら、切ないくらいの想いを言葉に乗せた。
彼女はやっぱり照れ臭そうに目を伏せて、それでも幸せそうに微笑んでくれる。
「今度……アネットに会いに行こうね……」
「ああ」
「あ、マットがアネットのこと紹介しろしろってうるさいの」
「へぇ。まあお似合いなんじゃないか」
照れ臭いのか、話題を変える彼女に内心苦笑しながらも、その話に付き合った。
「もう、人事みたいに……」
「人事だろ。マットの女事情なんて」
「またそんなこと言って。ホントにメロは――」
昔を思い出させるような小言を聞きながら、こんな他愛もない話も呆れるくらいに幸せだと感じる。
こんな風にもまた、幸せと感じてくれてるといい。
眠れない日は、もう二度と来ないから――。
どうかきみにこの世界全ての幸せが集まりますように。
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