弥ミサの監視を続けながら、何度かマットと連絡を取った。
相沢達の方も大した動きはないようだ、とマットはボヤいていたが、それはこっちも同じだ。
動きがないと、自然に考えるのはのこと。
今頃、ニアの元で何をしているだろう。
まさか、あのニアがそんな強引な手で出てくるとは、俺も思わなかった。

――キラから手を引いてください。

そんなことを言われるとも思っていなかった。
ただ、ニアがそう言ってきた理由に、俺は薄々だが気づいていたんだ。
施設にいた頃、もしかしたらニアもに何か特別な感情を抱いてるんじゃないか、と思ったことがある。
普段から感情を顔に出すことのないニアが、の前でだけ見せる顔がある。
それに気づいた時、もしかしたらと考えた。でもすぐ「あのニアに限って」と小さな違和感を打ち消していた。
とLが日本に経った後も、それほど変わりないように見えていたし、特に心配している様子もなかったからだ。
でも今、思えば、ニアも心の中で口に出せない想いを一人抱えていたのかもしれない。

俺が施設を飛び出す日の前夜、珍しくニアが話しかけてきた。
ロジャーにLのことを聞いたすぐあとだったから、俺はてっきり後継者の件かと思った。
俺がニアに譲る、と言ったことで、何か言いたいことがあるのかと、そう思ったのだ。
だが、ニアはその件には触れず、ただ一言……

を……探します。メロも手伝ってくれませんか」

正直、意外だった。
ニアの口からそんな言葉を聞くなんて思いもしなかった。俺ならきっとライバルに助けを求めるなんてしなかっただろう。
それにニアもああ見えてプライドは高い。元々仲が良かったわけでもない俺に「手伝ってくれ」と言うのだから、相当の想いがあったんだろう、と今なら分かる。
けど、その時の俺は自分一人でを探す決心をしていたし、ニアの手を借りるのも自分が貸すのも嫌だった。

「俺は自分のやり方でを探す。お前も勝手にしろよ」

俺はあっさりニアの申し出を断った。ニアもそれ以上、何も言わなかった。
そのすぐあとに俺は施設を出たから、アイツがどう動いたのかは施設に残っていたマットに少しだけ聞いた程度で、詳しいことは知らない。
ただ俺と同じように必死でを探していたんだろうということは分かった。それほどニアものことを想っていたのだ。そして今回のこと……。

ニアはの幸せだけを望んでいる。
俺にキラの件から手を引け、と言って来た本当の理由は――のためだ。
俺に捜査をかき回されたとか御託を並べていたが、本当のところはそうじゃない。
ニアは俺が感じている恐怖と同じものを感じている。だからこそ、こんなに強引な手段に打って出た。
言い出したら後に引けない俺の性格を、ニアはよく分かっている。

「クソ……」

答えは分かっているのにどうしていいのか分からない。
ここまで来たんだ。もう後には引けない、という気持ちもある。
だがの事を思うと……。

もうあと一歩のところなんだ。あと少しでキラに手が届きそうなんだ。
そんな思いが行ったりきたり。未だ答えが出ない。
あれから何度かニアに連絡を入れたが、返って来る言葉は同じだった。アイツも手を引く気はないようだ。
と話したかったが、それすらも許してくれず、俺のイライラは頂点に達してきていた。

弥ミサの尾行をしている時、不意に携帯の着信音が鳴り響いた。
いつの間にか、ボーっとしていたらしく、その音で一瞬、気持ちが引き締まる。
相手マットで、相沢と模木が外で立ち話をしている、という報告だった。

『何を話してるのか分からないが、外で話すのには不自然なくらい真剣な顔つきだ』
「分かった……とにかく目を離すな」
『……了解。ところで……大丈夫か?メロ』
「何がだ……?」

ショッピングセンターをウロウロしている弥を目で追いながらチョコを咥える。マットの言っている意味は分かっていたが、敢えて口にしたくなかった。

『……いや、だから……のことだよ』
「……余計な心配はするな。俺とニアで話をつける」
『ならいいけど……あまりカッカするなよ。あのニアが相手なんだし』
「分かってる……。無駄話してる暇はないから切るぞ」

それだけ言って通話を終わらせる。マットなりに心配してくれてるのは分かるが、今は考える時間が欲しかった。
このまま必死で追いかけてきたキラを諦めるかどうか。簡単に答えが出せない所まできている。
正直、俺はどうしたらいいのか、分からなかった。



⌘ ⌘ ⌘



ニアの元へ来て数日が経った。帰してくれと頼んでも、相変わらずニアは「ダメです」としか言ってくれない。
それでも部屋を居心地のいいようにしてくれたり、料理も私の好きなものばかり用意してくれたりと、ニアなりに気を遣ってくれてるようだった。
ニアはLと同じように殆どの時間を大量のモニター前で過ごす。そして気が遠くなるほどの資料を読みふけったり、ビデオの確認をしたり、と捜査を進めているようだ。
その間、私は特に閉じ込められることもなく。与えられた部屋で用意してもらった本を読んだり、映画を観たり、時々はニアの捜査の様子を眺めたりして過ごしていた。
要はこの建物から出なければ自由にしてていい、という感じだ。
入り口には鍵がかけられていて、そのカードキーはSPKの人しか持っていないようだし、ドアを中から開ける時も同じキーが必要。
私がここから逃げることは不可能だった。
と言って帰ることを諦めたわけではなく。何度となくニアに頼んではみるけれど、返って来る応えは同じ。
きっとメロがニアの出した条件を飲まない限り、私を帰す気はないんだろう。

でも……どうしてニアは今更メロに手を引け、と言うんだろう。
確かにメロはとんでもない事件を起こしてニアの捜査の妨げになったかもしれない。
でもそのおかげで得た情報だってあったはずだ。
それに今のメロはマフィアとして動いてるわけでもないし、仲間はマット以外いないから前ほど無茶は出来ない。
なのに私を監禁してまでメロを止めたい理由って何なんだろう。

あれこれ考えていると、不意に開け放したドアから男性が顔を出した。
ここへ来る時に私を迎えに来たニアの部下で、ジェバンニと名乗った人だ。

「お腹空きました?」
「いいえ……大丈夫です」
「そうですか。ではお茶を淹れましょう」

そう言って部屋の中に入って来たジェバンニは、慣れた手つきで美味しい紅茶を用意してくれた。
私は紅茶が大好きだ。この香りを嗅ぐと、懐かしいあの施設を思い出す。
カップを受け取り「ありがとう」とジェバンニに微笑んだ。

「いえ……これくらいしか出来ないですからね。一度集中するとニアはあの場から動かないし」

ジェバンニは苦笑気味に本部の方へ振り返る。私のところからはよく見えないけど、ニアはまたオモチャをいじりながら大量のモニターを見て何かを探しているようだ。

「ジェバンニはずっとニアと?」

ふと気になって尋ねると、彼は人懐っこい笑顔で頷いた。
最初は怖い印象だったけど、こうして見るとなかなか好青年だし全体的に柔らかい雰囲気を持っている。

「もっと仲間はいたんですが……メロに殺されました」
「……えっ?」
「あ、いえ……すみません。正しくは……メロが属してたマフィア達、なんですけど」
「それって……」
「ええ。あのノートを使ったようで……スパイに名前と顔がバレていた者は全員やられました」
「そう……ですか……」

その話を聞いてメロの裏の顔を見たような気がした。私を探すためにメロがどれだけの犠牲を払ったのか。
メロはそういう話はしないけれど、今なら分かる。

「あ、すみません……こんな話して。あなたはメロの……恋人なんですよね」
「……いいんです。メロがマフィアにいてどんなことをしてたのか……だいたいは想像がつきますから」

私がそう応えるとジェバンニは困ったように頭をかいた。本来なら仲間を殺されたのだからメロを悪く言ってもおかしくないのに、私に気を遣ってくれている。きっと凄く優しい人なんだろう。

「あの……メロがキラの件から手を引きさえすれば……すぐに帰れますから」

彼のその一言に小さく頷き、ゆっくりと紅茶を口へ運ぶ。やっぱりメロがそれを承諾しない限り帰れないらしい。

「でもニアはどうして急にそんなこと言い出したのかな……そんなにメロが邪魔なのかな」

誰に対する言葉でもなく独り言のように呟くと、ジェバンニはハッとしたように顔を上げた。

「いえ……邪魔というわけじゃ……ないんです」
「……どういう意味?ニアはメロが捜査の邪魔をするからって……」

ジェバンニはチラチラとニアのいる本部に視線を送り、困ったように溜息を吐く。何となく違和感を覚えて、私はもう一度「他に何か理由でも?」と尋ねた。
すると彼は少し迷った顔をしながらも私の方へ歩いてくると、静かに隣に座った。

「これは……直接聞いたわけじゃないんですけど……」
「……何を、ですか?」

声を潜めて話し出す彼を見て、私も少しだけ身を乗り出す。
ジェバンニはどう伝えたらいいのか考えるように天井を仰ぎながら、静かに話し出した。

「……ニアはメロが邪魔だからキラから手を引けと言ってるわけじゃないんです。あなたにはそう言ったかもしれませんが」
「はい……」
「………でも多分ニアは……心配なんです」
「心配……?」
「ええ。もしメロが今後も無茶なやり方でキラを追っていくなら……更に危険が増すでしょう」
「え……じゃあニアはメロの心配をして――」
「いえ……この場合、少し違います。そういう気持ちも多少はあると思いますが……」
「じゃあ……ニアは何の心配をしてるの?」

言葉を濁すジェバンニに詰め寄った。出来ればニアの本心を知りたい一心で。
すると彼は私を黙って見つめて、柔らかい笑みを浮かべた。

「……あなたのことですよ」
「私?」
「はい。ニアが一番心配しているのは……あなたのことです、さん」
「どういう意味……?メロがキラから手を引くことと私の何の関係が……」
「もし……メロがこのままキラを追っていけば更に危険が増す、と先ほど言いましたよね」
「……ええ」
「そして……これは仮定の話、ですが。万が一メロがキラの手にかかったとして……そうなれば誰が一番悲しむんです?」
「――ッ」

その一言に後頭部を殴られたような衝撃を感じた。言葉を失う私を見ながら、彼は「あなた、ですよね」と一言呟く。

「あなたは一度最愛の人を亡くしてる。次にまた大切な人を失ったら……今度こそあなたは……。そう考えてニアはこんなことをしたんだと思います」
「……そ……んな……じゃあニアは私のために……?」
「……ええ。僕はそう思っています。でもあなたがメロを好きになったりしなければ……ここまではしなかったでしょう」

ジェバンニはそう言うと、ふと優しい笑みを浮かべた。

「ニアは……あなたにもう二度と。大切な人を失って欲しくないんだと思います」

涙が溢れてきた。まさかニアがそこまで考えてくれてたなんて思いもしなかった。

「……メロもきっと、今頃はニアの考えに気づいていると思います。あとはメロが答えを出すだけです」

そっと涙を拭う私に、彼はそう言って立ち上がった。

「出来れば……あなたからメロを説得してもらいたかったんですが」
「私は……」

そこで言葉が詰まる。私だってメロを失いたくなんかない。
メロがキラに関わることで危険があるのは知ってる。
だからこそ毎日、怖かった。
メロを好きになればなるほど、Lを失った時の恐怖が蘇るから。
なのに……言えなかった。
メロがどれほどの思いでキラを追っているか分かるから……。
私のためだけじゃなく……Lの為にもメロはキラを捕まえる、ううん、殺すことを目標として、今日まで必死に走って来た。
私を探すため、マフィアに身を置き、キラを捕まえるために罪を犯した。
それもこれも全て、私と、Lのため……。
だからこそ簡単に「やめて」と言えなかった。
そんな私の代わりに……ニアがメロを止めようとしてくれている。自分だけ悪者になって。
この事実は胸の奥を痛くさせるに十分過ぎた。

「――ジェバンニ!どこですか?ジェバンニ!」

ニアの声が聞こえてきて、私と彼はハッと顔を上げた。

「……ここで何してるんです?」

見ればニアが入り口に立っていて、怪訝そうな視線をジェバンニに向けている。
彼は慌てたように「彼女に食事のことを聞きに……」としどろもどろで説明してから、ちらりと私を見た。話を合わせてくれという意味だろう。
私もすぐ「そうなの」と応えると、ニアは憮然とした表情で部屋の中へ入って来た。

「……勝手にに近づかないで下さいね。サボってる暇があるならキラに新しく代弁者として指名された高田アナを調べて下さい」
「は、はい。すみません」

ジェバンニは慌てて本部の方に走っていく。そんな光景を見ていると、改めてニアがSPKという組織のトップなんだな、と実感する。同時にニアの成長を感じた。

「何か……ジェバンニが迷惑かけませんでしたか?」
「……え?あ……ううん。お茶を淹れてもらっただけ」
「そうですか。なら……いいんですが」

ニアは部屋の中へ入ってくると、私の隣に座った。彼の横顔は少し疲れてるように見える。

「大丈夫……?あまり休んでないんじゃないの?」
「大丈夫です。今、休んでる暇はありませんから」

顔を引き締めるニアを見て、先ほどジェバンニから聞いた話を思いだした。
ニアは私のためにメロを危険から遠ざけようとしてる。
そこまで考えてくれていたとも知らないで、メロを邪魔者扱いしてる、と勝手に腹を立てていた自分が恥ずかしくなった。

「ニア……」
「何ですか?頼まれてもメロの元へは――」
「違うの、そうじゃない……」
「……じゃあ何です?」

訝しげに見つめてくる彼を、私はそっと抱きしめた。その突然の行動にニアの身体がびくりと跳ねる。

「……あの……っ?」
「ありがとう……」
「っ……何を――」
「メロのこと……。私のために言ってくれたんでしょう……?」
「……っ」

私の一言でニアは驚いたように身を離した。顔には驚きと戸惑いといった表情が現れている。

「誰がそんなこと……」
「ジェバンニって人が教えてくれたの……ニアがメロにあんなことを言ったのは……私のことを考えてるからだろうって……」
「……っ」
「私がまた傷つかないようにって……そう思ってくれてるんでしょう?」

確かめるように尋ねると、ニアは視線を反らしてゆっくりと立ち上がった。
何も応えようとしないニアを見上げながら、私はもう一度「そうなんでしょ……?」と言葉をかける。
ニアは私に背を向けると、小さく息を吐いた。

「……ジェバンニが何を言ったのか知りませんが、私がメロに手を引くよう言ったのは本当に捜査の邪魔だったからで――」
「嘘言わないで。ニアはそんなことでメロに手を引けなんて言ったりしない……。本当のこと言って」

ニアの少し大きくなった背中を見つめながら静かに立ち上がった。
あの頃は小さかった身長も、今は私を越すくらいに伸びてる。この4年間、ニアもまたメロと同じようにつらい時間を越えながら今日まで生きてきた。
キラという巨大な敵を追いながら、私達は同じ思いを持ち続けてる同志みたいなものだ。
だからこそ、ニアだってメロに手を引けというのは辛かったはずなんだ。

ニアは深く溜息を吐くと、ゆっくりと私の方へ振り返った。

「……だったらメロを説得してくれますか?」
「……ニア」
「……ええ、の言うとおりです。私は……あなたにもう二度と、大切な人を失って欲しくない。もし……今度も失うようなことがあれば……きっとは――今度こそ……」

悲しげに、切なげに揺れるニアの瞳は、本心を訴えているように見えた。
ニアのいうその最悪のシナリオを、私は容易く想像することが出来る。
Lと同じようにもしメロを失えば……私は今度こそ、間違いなく。彼らの後を追うだろう。

「……そうね。きっと――」
「私は……!そうなって欲しくない!」

ニアは突然、声を荒げた。初めて感情を露にした姿を見て息を呑む。
怒っているのか。それとも悲しんでいるのか。
肩を震わせながら強く握り拳を固め、私を見つめている。こんなニアを、私は見たことがなかった。

「ニア……」
が絶望するくらいなら……メロのプライドを踏みにじるくらい、私にはなんてことないんです…っ。例え憎まれても……罵倒されても……の未来を奪うことだけは……」

声を震わせながら、ニアは強く唇を噛み締める。いつも感情を表に出さないニアだからこそ、その強い決意が伝わってきて、気づけばニアを抱きしめていた。
昔と同じように包むように抱きしめると、ニアはかすかに身体を震わせた。

「……?」
「……ごめんね、ニア。そんな風に思っててくれたなんて……知らなかった」
「……」

ニアは小さく首を振った。

「……昔は……に守られてましたから……。今度は私が守る番です」

声を震わせながらゆっくり顔を上げたニアの腕が、私の背中へそっとまわされ、今度はニアが優しく抱きしめてくれた。
昔はあんなに華奢だったのに、今では私の方がニアの腕にスッポリと包まれてしまう。
ニアからはあの頃の懐かしい匂いがした。陽だまりみたいな、暖かくて優しい匂いだ。

「……、私は――」

ニアが何かを言いかけた、その時。突然、「ニア!」と呼ぶ声と同時に綺麗な女の人が部屋へ顔を出した。
でも私達を見た瞬間、慌てたように背中を向けて「も……申し訳ありません!」と謝罪している。どうやら彼女もニアの部下らしい。
ニアは私から離れると、煩わしそうに「何ですか……?」といつものテンションで尋ねた。

「は、はい……日本へ飛んだレスター指揮官から連絡が入ってますが……」
「……分かりました。今、行きます」

ニアが応えると、その女性はチラっと私を見てから軽く会釈をして本部へ戻って行く。
もしかして……彼女がメロの情報提供者?

「あ、ねえ、ニア」
「メロのことは後ほど話しましょう。今は捜査があります」
「うん。それより今の人……」

そう言い澱む私を見たニアは不思議そうに振り返る。

「……今の、とはハルのことですか?」
「ハル……」

その名を聞いてメロが電話で話してた女性だとすぐに分かった。

「ハルがどうかしましたか?」
「あ……何でもない……ごめんね」

ニアは訝しげに眉を寄せつつ、そのまま部屋を出て行った。とりあえずドアを閉めるとベッドへ座る。
ここに連れてこられた時は彼女も席を外してたから会えなかったけど、ニアが呼び戻したんだろう。
いきなり顔を合わせて驚いた。

「はあ……マットの言ったとおり綺麗な人……」

頭の中で想像はしていた。でも実際に会ってしまうと少しは気になってくる。
彼女がメロと頻繁に連絡を取っていたのは情報交換のためだと聞かされても、未だにヤキモチを妬いてしまう自分に呆れた。

「ダメダメ……こんなことくらいで気にしてどうするの」

ベッドへ寝転がりながら強く目を瞑る。ふとメロの顔が浮かんで今、この瞬間。メロは何をしてるんだろう、と考えた。
ニアに手を引けと言われたくらいでメロがやめたとは思えない。
きっと今も日本捜査官の見張りをしてるんだろう。
何度かメロから連絡が入ったらしいけど、ニアの言うことに耳を貸さず、「私を電話に出せ」と怒るばかりだった、とニアが言っていた。

ニアの気持ちを考えたら……ううん、私の気持ちも同じで、メロには危険なことはして欲しくない。
ここはニアの言うようにメロを説得した方がいいんだろうか。
そしてメロと二人で、あの街へ帰って一緒に暮らす。キラのことも忘れて、二人で平和に暮らせたら……どんなにいいだろう。

出来れば……私だってそうしたい。でも……それで本当にいいの?という声がする。
たとえメロが了承して二人でイギリスへ戻ったとしても……キラの事件が終わるわけじゃない。
ニアにだけ危険な捜査をやらせ、私達は安全なところに逃げる……なんてことは出来るはずもない。
それにきっとメロだって最後まで戦わなかったこと、いつか後悔するはずだ。
どうしよう。どうしたら。
そんな言葉ばかりが頭の中をぐるぐると巡り、深い溜息を吐いた時、不意にノックの音がした。

……」
「あれ、ニア。捜査じゃ……」

部屋に入って来たのはニアだった。やっぱりメロのことで話に来たのかと思ったけれど、ニアは真剣な顔で私の前へ歩いて来た。

「どうしたの?
「……これから……日本に発つことになりました」
「……え?日本?」
「今から……準備をします」
「……日本って……」

ニアの言葉に唖然とした。何故このタイミングで日本へ発つんだろう。
私の疑問に気づいたニアは、「現在の状況を説明します」と言ってソファに座った。私も隣へ座ると、ニアは落ち着かないような顔で髪を指に巻きつけている。

「今……キラとして見ているのは"二代目L"。夜神ライトですが……現段階で裁きをしているのは彼でも、そして第二のキラ容疑がある弥ミサでもありません」
「……え?」
「最近の裁きはキラの代わりに選ばれた者の仕業と見ています。その者は十中八九、日本にいるでしょう」
「日本に……」
「はい。ですから……私も日本へ飛んで、そこで夜神ライトとの決着をつけようと思います」
「……っ」

夜神ライトとの決着……と聞いた瞬間、鼓動が早くなる。
私からLを奪った男……夜神ライト。
何度も悪夢の中に出てきては、私を苦しめ続けた男だ。
あの夜神ライトを遂に決着がつくかもしれない。そう思うだけで体が熱くなった。

「夜神ライトもすぐに日本へと戻るでしょう」
「……そう」
「そこで……にお願いがあります」
「……お願い?」

ふと顔を上げると、やんわりと手を握られてドキっとした。

「このまま私と一緒に……日本へ来てくれませんか」
「え、私が……?」
「はい」
「……な、何で私が……」

思い出すだけで身体が震える。私は4年前、あの国から逃げ出してきたのだ。
日本には私にとってつらい思い出が多すぎる……。

「本当なら危険ですし置いていこうかとも考えました。ですが……傍にいてもらった方が私も安心して捜査が出来ますし……は一度日本に行ってます。なので――」
「イ、イヤよ……。二度とあの国へは行きたくない。それにメロが――」
「日本の捜査官が動いた場合……メロも日本へ行くと思います」
「……っ」
「今の状態では……そうなると、にも分かるでしょう?」

私は何も言えなかった。確かにそうだ。キラに少しでも辿り着けるなら、メロは彼らを追って日本へ発つだろう。
そうなれば例えここに残ったとしても、私だって心配で仕方ない。

「……メロと……話をさせて」

決心のつかないまま、だけど意を決してニアにそう訴える。
ニアは少しの間思案していたけれど、数秒後「いいでしょう……」と言って立ち上がる。そしてポケットから私の携帯を取り出すと、黙ってそれを差し出した。

「ありがとう、ニア」

携帯を受け取り、すぐにメロの番号を表示する。この時点でもしメロが日本に行くと言えば、私もあの国へ再び行くことになるだろうと確信していた。



⌘ ⌘ ⌘



……――っ?」

目を覚ました瞬間、部屋の中を見渡した。でもそこに彼女の姿はない。
彼女がいなくなって一週間は過ぎたというのに、今も無意識のうちに彼女の姿を探してしまう自分に気づき、軽く苦笑が洩れる。傍においておかないと不安で、無事だと分かっているのに気分が落ち着かない。

弥を見張っているうちに寝落ちしてたようだ。飲みかけのコーヒーがすっかり温くなっているのを見て軽く息を吐いた。
だが、ふと盗聴器の方から何も話し声が聞こえてこないことに気づいた。
いつもなら弥ミサのやかましい話し声が延々と聞こえてくるはずなのに、今は静寂だけがそこにある。
慌てて双眼鏡を覗けば部屋の中には人の気配がなく。俺はすぐに部屋を飛び出した。
いつもは下らない日常を過ごしてるだけのくせに、俺が寝落ちした時に限って動く弥ミサが腹立たしいとさえ思う。
ただ建物を出て大通りに出ると、標的はあっけないくらいすぐに見つかった。

「Hey !タクシー」

向かいの交差点で車を探す弥ミサの姿を見つけて、ホっとしながら様子を伺う。
だが、それも一瞬。彼女の足元には大きなトランクが置いてあり、それを見て軽く舌打ちをした。
急いでバイクに跨り、タクシーに乗り込んだ弥を追いかける。行き先は容易に想像できた。
数分走ると思ったとおり、空港が見えてくる。弥を乗せたタクシーはその中へ消えて行き、出発ロビーの前で止まった。
急いでいるのか、弥はタクシーを下りるとトランクを押しながらロビーへ駆け込んでいく。
俺はバイクを端に止め、そのまま後を追った。

「モッチー!」
「――ッ?!」

弥が手を振る先を見て愕然とした。そこには模木が待っていて、ヤツもまた大きな荷物を持っている。

(模木……?マットからは模木が動いたという連絡は入ってない……)

そう思った瞬間、携帯が鳴り出した。

『メロ?!』
「何やってる、マット。模木がロスの空港にいるぞ」
『……クソ!やられた!昨日来た食料の宅配業者に金をつかませ、そのトラックで機材ごと出ている……』
「だから油断するなとあれほど言っただろう」
『……悪かったよ。で、どうする?』

マットの問いかけに応えることなく。俺は二人を目で追いながらロビーまで歩いていく。今は考えている時間も余裕もない。

「マット。俺は模木を追って日本へ行く。お前も後から来い」
『えっ日本……本気かよ?!』
「……ああ。荷物はそのままでいい。すぐに用意しろ」

二人から目を離すことなくカウンターまで走り、日本行きのチケットを買う。
この時期はガラガラで、すぐに二人と同じ便のチケットが取れた。

『おい、メロ!でも……はどうするんだ?このままロスに置いていく気か?』
「……はニアのところだ。心配はない。後で二アに連絡――」

そう言いかけた時。キャッチが入り、俺は言葉を切った。何ともいいタイミングだ。

「キャッチだ。いいか、マット。すぐに用意しろ」
『……了解』

その言葉を聞いたあと、弥と模木が搭乗口へ入っていくのを確認しながら、後を追いつつキャッチ電話に出る。

「もしもし……ニアか?」

マット以外でこの番号を知ってるのはとニアだけだ。
だからてっきりニアかと思い、そう言った。
でも受話器から聞こえてきたのは――。

『……メロ?』
「……っ?……かっ?」

思いがけない相手からの電話で、俺は思わず立ち止まった。

『うん……ニアが話していいって』
「そうか……大丈夫か?」
『私は平気。メロは……?』

この数日、聞きたくてたまらなかった声が耳に心地よく響く。無事と分かっていても元気そうな声に改めてホっとするのを感じた。

「俺は大丈夫だ。それより……俺はこれから模木を追って日本へ経つ」
『……っ』
……?」

受話器の向こうで僅かに息を呑む気配がする。

『メロ……日本に……行くの?』
「ああ。弥を追いかけてきたら模木と空港で落ち合った。二人はこれから帰国するようだしオレも後を追う。他の連中も全員、日本へ戻るはずだ」

傍にニアがいることは百も承知だ。多分ニアにもこの情報が入るだろう。それでも先に動けるのは俺の方だし、洩れても構わないと思った。

……?」

黙ったままの彼女の様子が気になり声をかける。すると小さく息を吐いたあと『やっぱり……行くのね』という声がした。

「やっぱり……?どういう意味だ?」
『ニアが言ってたから……メロも日本に行くはずだって』
「……ニアが?」

(チッ。何でもお見通しってわけか……)

内心舌打ちをしながら待合室のソファに座っている二人を見張る。もうあと10分ほどしたら搭乗手続きが始まるだろう。
その時、ふとの言葉を思い出した。

……俺も・・とは……どういうことだ?ニアも日本へ発ったのか?」
『……ううん、まだ。これから行くって言ってるの』
「……これから?じゃあ……」

まだ先を越されてはいないようだ。ホっとしながらも、ニアが日本へ向かった場合、はどうなるのかが気になった。
ニアの傍にいるからこそ多少安心もしていたが、ニアがいなくなるならアイツは彼女の監禁を解く気だろうか。

『メロ……』
「……ん?」

あれこれ考えていると、の声が聞こえた。あまり長く話してはいられない。
がどうなるのか、早く聞き出さないと……そう思った時、が口を開いた。

『メロ……どうしても……キラを追うの?』
「何……?」
『キラから……手を引く気はない……?』
……」

彼女の口から思いがけない言葉が飛び出し、俺はかなり戸惑った。

「ニアに……何を言われた?また俺を説得するよう頼まれたのか?」
『それもある……。でも私はメロが心配なの。このままキラを追って日本に行くなんて――』
……!俺だって色々考えてる。だけど答えが出ないんだ……だけは傷つけたくない……でもキラを見逃すことも……」

そこで言葉を切る。模木と弥が立ち上がり、搭乗手続きに向かうのが見えたのだ。

……その話はまた後で話そう。今は時間がないんだ」
『待って、メロ!私は――』
はそこにいろ。後で二アに連絡を入れる。分かったな?」
『メロ……!待って――』

の俺を呼ぶ声が聞こえた。でも乗務員に携帯を切って下さい、と言われて通話を終える。
彼女のことは心配だったが、ニアに任せておけば大丈夫だろう、という気持ちがどこかにあった。
ニアも日本へ来ようと、のことだけはちゃんとやってくれるはず。そんな信頼だけはあった。
そして俺自身。すぐに帰れると思ってたんだ……彼女の元へ。



⌘ ⌘ ⌘



「どうしました?」

携帯を持ったまま、呆然とするの瞳から涙が溢れていく。それを見た私は心配になり声をかけた。

「メロ……日本に行っちゃった……」
「……遅かったですか」

想像していた通りの展開で溜息しか出ない。
なりに迷いながらも説得を試みてくれたが、どうやらメロは聞いてくれなかったらしい。
でも、またそれも私には分かっていたのかもしれない。
誰がどんな言葉をかけても、メロは決して立ち止まらないことを――。

……行きましょう、日本へ」

溢れる涙を拭っている彼女をそっと抱きしめ、柔らかい髪を撫でた。
昔、Lが彼女にそうしていたように優しく、体を包むように抱きしめる。
子供の頃には決して叶うことのなかった、抱擁。
出来ればこのまま傍にいて欲しい、と、何度も思った。だけど彼女の心にあるのは何年経っても、私以外の、存在。

「……メロに……会いたい……」

小さな声で、震えるように呟くその一言が。私の身を切り裂くほどの威力があることを、彼女は知らない。
だから言えないんだ。

――私の傍にいてください。

そのたった一言が――。

「日本で……メロを止めましょう」

そう声をかければは僅かに顔をあげて小さく頷いた。まるで愛しい飼い主に置いて行かれた捨て猫のような表情。そんな彼女を見ていると、らしくなほどに胸の奥が軋む。彼女にこんな顔をさせるメロが、憎いと思った。
一人で生きてるのなら、どんな危険の中に身を置こうと構わない。
けど、彼女を傷つけることになるなら、メロはキラを追うべきじゃなかった。

メロはいつも感情で動く。
故に大事な物を見落としてしまう。

メロが昔から望んでいる「一番」を、私が何度この手にしようと。唯一のものが手に入れられないのなら何の意味もない。
私がどれだけ望んでも、手に入らない唯一の存在を手に入れたのは……メロだ。
それは「一番」なんかよりも、もっと大切でかけがえのないものなのに。
そんなことも分からないのなら、彼女の心を奪わなければ良かった。
それさえも気づけないのなら――。


過去に囚われて生きればいい

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