
賑やかな雑踏を見下ろしながらチョコを噛み砕いた。
聳え立つビルとビルの間に、またビルがある灰色の街、ニューヨーク。
こんな騒々しい街に住んでる奴の気が知れない。
生まれ育ったあの田舎町を、住んでる頃は一度も好きだと思ったことはなかった。
でもこの街を見ているとやたらと恋しくなるのは何故なんだろう。
を探しながら必死に走ってきたこの数年の間、全く思い出しもしなかったのに、と再会してからは無性に帰りたくなるなんて。
いつか……帰れるんだろうか。
と二人で、あの何もない田舎町へ――。
――俺に会いにNYに来ないか?
そう誘いをかけるとターゲットの模木は簡単に乗ってきた。
日本警察の仲間には何も言うな、とは言ったが、本当に言わなかったかどうかは分からない。
直接顔を合わせずにソイツを調べる方法を考えて、一つの答えが出た。
『ニックストリート駅、出口前についた』
双眼鏡で外を眺めていると駅前に模木の姿を確認した。
「よし、いいだろう。真向かいのビルに入れ」
携帯でそう告げると、模木は言われたとおりビルの中へ姿を消す。それを確認してから用意しておいたもう一つの携帯で、ハルの番号を押した。
『……はい』
「ハル、俺だ。ニアに代われ」
それだけ言うと、"ニア。メロです"と受話器の向こうで声が聞こえてくる。彼女は指示通りに動いたようだ。
『メロ……何ですか』
「ニア。今そこへ模木という日本捜査本部の一人が行く。身長190くらいのガタイのいい男だ」
『……ッ』
俺の説明を聞き、ニアは僅かに息を呑んだようだった。
「今度は俺がお前を使う番だ。中に入れ、聞きたいことを聞き出せ。しかしソイツの携帯は切らずにそれを通して会話を俺にも聞かせるんだ。Lがキラであるなら、そう納得できることを言わせてみろ。お前の得意とするところだろう。それが出来ればキラは俺が捕まえてやる」
一方的に俺が話すのをニアは無言のまま聞いていた。
そこへ受話器を通して"その者を中へ入れて下さい"というニアの声が聞こえてきて、自然と口元に笑みが浮かぶ。
『こんにちは。初めまして。ニアです』
模木が中へ入ったのだろう。ニアの話す声が聞こえてくる。
これでニアの協力を無視すれば、模木もキラに操られていることになる。俺はそう思っていた。
『……イエスかノーかだけでも構いません』
『……』
模木はニアの問いにも無言のまま通しているようだ。相変わらず無口で口の堅い男だ。
チョコを咥えながら苦笑していると、不意にニアが俺の名を呼んだ。
『……メロ。この捜査員はすでにキラに何も話せぬよう操られている可能性がありますね』
「そうだな、ニア。もし喋らなければ日本捜査本部にキラがいる。そう考えていいだろう。キラを捕まえる為の協力をしない理由なんてないんだ。それがノートでなくとも操られているのは確かだ」
この状況を楽しみながらチョコを噛み砕く。あのノートのルールを日本捜査本部の奴らはどこまで信じているのか。
「俺はあのノートを実際に人に使わせ、色々試してみたが……人の名前を書き込んだ人間が13日以上書き込まなくても死ななかった」
恐らく。この嘘ルールにヒントがあるはずだ。
そう考えてニアに伝えると、ニアはすぐに模木へ質問しているようだ。だが、またしても答えは帰って来ない。
(これは長丁場になるな……)
小さく溜息を吐き、ふとは今頃どうしているだろう、と考える。そこで一旦、ニアの方の電話を切った。
「ほら、!"自由の女神"だ」
「わ……凄い……大きい!」
海の向こうに颯爽と立っている女神に思わず溜息が洩れる。高く聳え立つさまは、さすがに世界で最も有名な建造物の一つだと思わせる。
「ああ、あとあの建物の向こうに"ワールドトレードセンター"跡地があるんだ。後で行ってみるか?」
「うん」
メロが出かけてから二日目。心配する私を元気付けようと、マットが観光に連れ出してくれた。
最初は気乗りしなかったものの。やっぱりテレビでしか知らない街や、こういった建物を目の前にすると少しばかり心が弾む。道行く人は陽気で、皆が垢抜けた人ばかり。マットも自然にこの街と馴染んでいるようだ。
「少し休もうか」
暫く見て回ったあと、マットはオープンカフェへ連れてきてくれた。店の周りに観葉植物を飾ってあるその店内は、かなり明るめで可愛らしい雰囲気だ。
私とマットは通りに面した席へ座り、目の前の高層ビルを眺めながら紅茶を飲む。
日差しが高くて久しぶりに気持ちのいい天気だ。
「はぁー結構、歩いたな」
「そう?そんなに言うほど歩いてないじゃない。マットってばすぐタクシー拾うんだから」
紅茶を口へ運びつつ苦笑すれば、マットが椅子へと凭れかかり肩を竦めた。
「だってニューヨークって見る場所いっぱいあるけど、徒歩でなんか移動できないって。広すぎだよ、ホント」
「そうだけど……でもホントに凄い人ね。東京も都会だなって思ったけど、ニューヨークと東京じゃ規模が違いすぎだわ」
「そりゃそうだろ。何て言ってもアメリカの首都なんだしさー」
「……マット。首都はニューヨークじゃなくてワシントン・DCだから」
「あ、そっか!」
私の突っ込みにマットが頭をかきながら楽しそうに笑っている。その笑顔は子供の頃と変わらず、妙に私をホっとさせてくれた。
「何か昔に戻ったみたい」
「え?そう?俺、少しは大人になったと思うんだけど」
おどけて言うマットについ笑みが零れる。確かに目の前の彼を見れば、あの頃よりは確実に大人びていた。
「それでも……やっぱり雰囲気が変わってない。マットは昔から明るくて施設内のムードメイカーだった」
「俺、人気者だったしねー。特に女の子には」
「あはは、そうなんだ」
「ひでぇー」
スネながら煙草に火をつけるとマットも苦笑いを零した。
「まあでも……あの頃はメロもよく笑ってたよなー。今なんか雰囲気変わりすぎちゃって驚きだよ、ホント」
「……そう、かな」
「まあ中身は変わってないとは思うけど……あいつも……色々背負い込みすぎたからな」
マットはそう言うと、風に吹かれていく煙を見上げた。その言葉に胸の奥がかすかに痛む。
メロに重たい荷物を背負わせたのは私だ。
現実から逃げて、メロやマットにまで心配かけたのは、この私。
メロから笑顔を奪ったのは――。
「おい」
「……え?」
不意に肩に手が乗せられる。驚いて顔を上げると、マットが意外なほど真剣な顔で言った。
「自分を責めるなよ。メロがああなったのはキラのせいだ。キラがLを殺したからだ。のせいじゃない」
「マット……」
「がそんな風に思ったら……メロが悲しむ」
「……ん。ありがとう。マット」
胸の奥が熱くなった。逃げ出した弱い自分は許せないけど……今の言葉に救われて目頭が熱くなる。
「お、おい……泣くなよ……」
「……ごめん」
マットは慌てふためきながら私の頭を何度も撫でつつ「ホント泣き虫だな、は」と憎まれ口を叩いた。でもそれはマットの照れ隠しだと分かっている。
その時だった。携帯の音が響いて、マットが急いで携帯を取り出した。
「お、噂をすれば、だ。メロだよ、」
「えっ?」
メロからと聞いた途端、鼓動が早まる。
「ハロハロ~?メロくんですかー?……って、いきなり舌打ちすんなよ……。で、今どこ?はぁ?まだ?へぇ……つかシブトイねー」
マットは電話で話しながら、チラっと私に視線を送った。
「ああ、今?観光中だよ。うん、あーも一緒……って、仕方ないだろー?そんな怒るなよ……ああ、ちょっと待って」
ドキドキしながら待っていると、マットが私に携帯をさしだした。
「ほら。怒りんぼのメロから」
「あ……うん」
苦笑気味のマットから携帯を受け取り、軽く深呼吸してから電話に出た。
「もしもし……」
『か?』
「うん……メロ、今どこ?……何してるの?」
『悪い。ちょっと見張ってる奴がいるんだ。もう少しかかりそうだから電話した』
「そう……」
メロの言葉を聞いて少し寂しくなった。
いつもメロは一人で考えて行動する。少しは私にも話して欲しい。
ほんの少しでいいから、メロの抱えてる荷物を持たせて欲しいのに。
『……今、観光してるって?』
「あ、うん。マットが気分転換にって連れて来てくれたの」
『……そっか。まあ……大丈夫だと思うけど、もしマットが変なことしようとしたら……構わず殴れ』
「……えっ?」
少しスネたように、しかもそんな言葉がメロの口から出るとは思わず驚いた。
「え、あの……」
『ったく……勝手に連れ歩きやがって……まあ危ないことはないと思うけど、あまり遅くなるなよ』
「う、うん……」
『じゃあ……また電話する』
「あ、メロっ」
『……ん?』
「あの……気をつけてね」
『……ああ。サンキュ』
メロは優しい声で答えると、そこで電話が切れた。それだけで寂しさが込み上げてきて軽く息をつく。
(結局、どこにいるのか教えてくれなかったな……)
ふとこの前マットが話してた女性のことが頭に浮かんだ。
(まさか……その人のところにいるなんてことは……ない、よね)
「どうした?メロは何だって?」
「……あまり遅くならないうちに帰れって」
「はぁ……全くメロも心配性だよなぁ。さっきもを勝手に連れ出すなとか怒り出すし」
「……え?」
さっき言われたことを思い出しドキっとした。
「まあ……今は何が起きてもおかしくないし……自分が傍にいれない分、心配なんだろうけどな……少しは俺を信用しろっての」
そう言って私の髪をクシャリと撫でる。その手の優しさについ笑みが零れた。
「心配、か。私だって心配してるのにな……」
「え……?」
「メロがどこかへ出かけるたびに……悪い想像ばかり浮かんじゃってこんなに苦しいのに」
「……」
「メロは……いつも一人で危険な場所に行っちゃうよね……」
思わず泣きそうになると、マットは何も言わずにそっと肩を抱き寄せてくれた。昔とは違う、大きな手だ。
「アイツは……を危険に曝したくないだけだよ」
マットの声を聞きながら小さく頷く。
ホントは気づいてる。メロが私を守ろうと一人で危険を冒していること。
だけど……私はもう大切な人を二度と失いたくないの。
「ごめん……愚痴って……」
「なーに言ってんの。そんなのいくらでも聞くから。昔、が俺達の愚痴を聞いてくれたみたいに」
そう言えば、昔は勉強に行き詰ると施設の子達がよく私のところへ来て悩みを打ち明けてくれたっけ。
「さ……じゃあ……ワールドトレードセンターに行こうか」
咥えた煙草に火をつけながらマットが立ち上がる。
その時だった。通りの向こうから大勢の人たちが一斉に走ってくるのが見えてギョっとする。
何かのイベントかと思った時、今度はうるさい音が近づいてきて思わず空を見上げた。
すると上空に数台のヘリが姿を現し、ある方向へ飛び去っていく。
それを追うように目の前に現れた群集達も一斉に同じ方向へ走っていった。あまりに不自然な光景で唖然としてしまう。
「マ、マット……」
「ああ……こりゃ尋常じゃねーな……」
群衆の手には鉄パイプやバットなど、武器になりえる物騒なものを握っている。あげく怒声を上げながら走っていく姿を見ていたら嫌な予感が過ぎった。
「まさか……メロが関係してるんじゃ……」
「いや……でも……アイツはこんな派手なことはしないよ。もしかしたら――」
マットがそこで言葉を切る。
(もしかしたら……キラ?)
マットはそう言いたかったのかもしれない。だけど、これにもメロが関わってるかもしれないと思うと心配になった。
「マット、教えて!メロは今どこにいるの?マットなら知ってるんでしょっ?」
「え?あ、いや……」
「お願い……!メロに何かあったかも……教えて、お願いよっ」
胸の奥がザワザワする。メロに何かあったかもしれないと思うだけで冷たいものが足元から這い上がってくるように、全身から血の気が引いていく。
あんな思いをするのは、もう――。
「マット……!」
「わ、分かったよ……」
マットは降参といったように両手を上げると、「メロは……ニアのアジトの向かいのビルにいる」とあっさり白状した。
「ニアの……アジト?場所は?!」
「確かニックストリート――あ、おい!」
私は場所を聞くと走り出していた。今、この瞬間、メロに危険が迫ってると思うと気が気じゃない。けど不意に腕を掴まれ、マットに抱きかかえられてしまった。
「離して、マット!!」
「ダメだ!もし今の奴らがそこへ向かったなら暴動になってるはずだ!そんな場所にをやれないっ」
「でもメロが危ないかもしれない!」
「アイツなら一人で何とか逃げ出せる!でも俺達が行けばかえって足手まといだよっ」
「――ッ」
マットにそう言われてハッとした。確かに行っても私じゃ何も出来ない。
逆にメロの計画の邪魔をしてしまうかもしれない。
「心配なら……電話してみよう。話はそれからだ」
「……うん」
大きく息を吐き出すと、マットは携帯でメロに電話をかけた。その様子を見ながら鼓動がどんどん早くなっていく。
「――あ、メロか?」
マットがチラっと私を見ながらもホっとしたように息をついた。
「いや……ちょっと心配になってさ。実は今、数台のヘリにくっついて大勢の武装した市民がそっちに走っていったから――ああ、やっぱり、そうか……」
マットの言葉にいちいち心臓が反応してしまう。でも彼の口調でメロは無事なんだと分かった。
「いや、それで……がメロの心配してるんだ。そっちに向かおうとして……ああ分かってる、それは何とか止めたよ……今代わるから」
マットはそだけ言うと私に再び携帯をさしだした。
「メロは無事だよ。狙われたのはニアだ」
「え……ニア?」
「……とりあえず話せよ。そしたら安心するだろ?」
「うん……」
メロが無事だと分かって心の底からホっとしつつ、マットから携帯を受け取った。
「もしもし?メロ?」
『ああ。俺なら大丈夫だ。でもは今すぐ帰れ。この辺一体でもうすぐ暴動が始まりそうだ』
こうして話してる間も、さっき以上の群集が目の前を駆け抜けていく。どの人間も理性を失ったように罵声を上げながら「キラ王国を汚す者には制裁を!」と口々に叫んでいた。そこで気づく。
この暴徒化した人間たちは、全てが「キラ崇拝者」だということを。
「……メロは?逃げられるの?」
『俺のいる場所はバレていない。騒ぎが収まったら帰る』
「ニアは?追い込まれてるんじゃ……」
『アイツなら何とか出きるだろ。どうせニアがキラを煽ったせいでこうなってるんだ』
「そう……」
『俺のことはいいからマットと一緒に帰っててくれ。そこにいるだけでも巻き込まれかねない』
メロの声からは本当に私を心配してるという思いが伝わってくる。これ以上、メロを困らせるようなことは出来ないと思った。
マットを見上げれば、彼もまた小さく頷いている。私は溜息をつくと「分かった」とだけ告げた。
「でも……メロも気をつけて。必ず戻ってきてね」
『ああ……分かってる。必ず戻るから』
そこで電話が切れた。
「さあ、、帰ろう。だんだん人が増えてきたし、ここも危険だ」
ポンと肩に手を乗せられて仕方なく頷いた。もう辺りは大勢の人でごった返している。確かにこれ以上、ここにいては危険だった。
それからマットと人ごみを抜け出し、やっとの思いで部屋へと戻ってきた。
テレビをつけるとある大きなビルが映り、その周りをあの大勢の人間が囲んで『出て来い!』と口々に叫んでいる。
そして、その光景をカメラに収め、中継してる男の顔には見覚えがあった。
「この人……さくらテレビの出目川……」
「知ってるのか?」
隣に座ったマットは煙草に火をつけながらテレビの前に身を乗り出した。
「知ってる……って言ってもテレビでだけど。日本にいた頃よく見た顔なの。キラからのメッセージをテレビで流したりしてたプロデューサーで」
「へぇ……何か頭の悪そうな顔のオッサンだな。キラもよくこんな奴にメッセージなんか送ったよ」
「自分の思うがままに動いてくれそうな人を選んだんじゃないかって当時Lが話してた。でもこんな所にまで来るなんて……」
膝の上で手を握り締めた。日本にいた頃の思い出が蘇り、胸の奥の傷が痛み出す。
「このビルの中にニアが……?」
「ああ、間違いない。メロもこの間、ここに行ったんだ」
「え?じゃあ……メロはニアと会ったの?」
「……っけね。言うなって言われてたんだ」
マットはそう言って頭をかいた。やっぱりメロは私に何も言わないよう、口止めしてるようだ。
「マット……何で隠すの?ちゃんと教えてよ。ニアとメロは何の話をしたの?」
「いや、だから……」
マットは言葉を濁して困ったように視線を反らす。
「別に大した話じゃないんだ。ちょっと情報の交換をしただけでさ」
「……何の情報?」
「だから……ノートの?」
「ノートって……メロがニアに情報を?」
「ああ。まあメロは自分が調べたことをニアに話して、少しは利用しようと思ったんだろうな。だから今も出かけてるんだ」
「……そう。そうなんだ。あのメロとニアが……」
「まあメロはそういったこと、に知られるのが嫌だったんだろうなぁ」
そう言ってマットは苦笑いしている。でも私はその話を聞いて嬉しく思った。
メロとニアは施設にいた頃から決して仲がいいとは言えない二人だった。
Lもそれを心配して、何かと二人を気にかけていたことを思い出す。
L……あなたの後継者になりたくて競ってた二人が……今は互いに協力しながらキラを捕まえようとしてる。
それを知ったら……あなたはどう思うのかな。
やっぱり……少し照れ臭そうに目を細めて、でも嬉しそうに微笑むんだろうな。
「……何でニヤついてんだよ」
「……何でもない」
「え~何だよ。教えろよ」
「……ぃ、いたた。もうーつねらないでよー」
マットは昔と同じようにジャレながら私の頬をつまみながら笑ってる。昔もこんな風に笑った穏やかな時間が、確かにあった。
「……紅茶淹れるね」
そう言ってキッチンに向かうと「俺、ミルクたっぷりね」と、あの頃と変わらない明るい声が部屋に響いた。
日も暮れて辺りが暗くなってきた頃。あの群集が囲んでいたビルの周りは、たくさんの死体と武器だけが転がっていた。
「終わったようだな……」
「うん……」
テレビ中継も終わり、それからは昼間の映像のVTRに切り替わった。
画面には沢山のドルが空から降りそそぎ、我先にとお金に群がる群衆が映っている。
あの出目川という男も撮影をそっちのけでお金を追え、と興奮したように指示を出していた。
「しっかしニアもやるねぇ~。金ばらまいてその隙にあそこから逃げ出したなんてさ。もったいねー」
「でも上手くいって良かった……。あのままだと本当に嬲り殺されてもおかしくなかったもの……」
「ああ……でもキラのせいでまた大勢の人間が犠牲になった」
マットはそう言うと軽く舌打ちをした。
あの群集を抑えようと、警官隊が出動して激突。そして騒ぎの後には沢山の死体だけが残っている。
これをキラが先導していたのは間違いない。あの出目川だけでニアのアジトを探し出すなんてあり得ないことだと私でも分かる。
「メロは……大丈夫かな」
あんな映像を見ると不安でたまらなくなる。
居場所がバレてないとは言っていたけど、もしそれすらもバレていたらメロも格好の餌食になってしまう。
キラはニアと同様、メロも邪魔だと思ってるはずだ。今この瞬間も彼らを殺したくてたまらないだろう。
「大丈夫だよ。アイツは殺したって死ぬような奴じゃ――」
マットがそう言いかけた時。鍵の開く音が聞こえて二人同時に息を呑んだ。
「はは……どうやら無事にご帰還のようだな」
そう言ってマットがソファから立ち上がると同時に、静かにドアが開いた。
「メロ……」
「ただいま」
疲れた顔で入って来たメロを見て胸がいっぱいになった。気づけば思い切り抱きついていて、勝手に涙が溢れてくる。
「お、おい……?どうしたんだよ……」
「……どうした……じゃない……凄く心配したんだから……」
嗚咽で言葉にならない言葉をぶつけると、メロの体が一瞬ピクリと動いた。
「ま、無事に帰ってきたっつーことで、俺は退散するよ」
「お、おい、マット……っ」
「まーを泣かせたのはメロだし……何とか慰めてやれよな?」
そう言いながら出て行くマットに、メロが慌てて声をかけている。けど無常にもドアは閉じられたようで、部屋の中は急に静かになった。
「チッ、マットの奴……。おい……泣くなって……」
「……メロのバカ」
「……バカって」
「私がどれだ……け……心配したと思ってるの……っ?」
メロの胸にぎゅっとしがみつくと、暖かい体温が伝わってくる。そんな当たり前のことでメロは生きてるんだ、と実感してホっとしている。そんな私の気持ちがメロに伝わってないのが悔しかった。
「何でも一人で進まないで……危険なことも一人で背負い込まないでよっ!」
「……?」
感情が昂ぶる。想いが込み上げる。それを全てメロにぶつけたくなった。
「私を一人にしないって約束したじゃない……」
「ああ……」
「だったら……今度から私に何でも話して……私も連れて行って……」
そう言いながら顔を上げると戸惑うようにメロの瞳が揺れていた。
「そんなこと……出来るわけないだろ」
「どうして?」
「俺は……を危険に曝したくない」
「そんなの……私だって同じだよっ!」
メロが息を呑んで驚いたように私を見つめた。
今日までの想いが爆発する。もうこれ以上、我慢することが出来なかった。
昼間に見た殺気に身を包んだ群集。殴られて血まみれになっている人たちが倒れこみ、その体を大勢の人間に足蹴にされている光景。
そんな場所にメロ一人を行かせたくない――。
「……メロを誰より大切に思ってる私の気持ちも分かって……」
私はメロの背中に腕を回した。
「……?」
動揺し、戸惑いの色を含んだ声が私を呼ぶ。
「メロに生きてて欲しいの……死なないで欲しいの……。これからも……ずっと傍にいて欲しい」
そう呟いた瞬間、また彼の体がびくりと跳ねる。メロの胸に顔を埋めると、甘く懐かしい香りがした。
「メロが好きだから……だから……これからも私の傍で生きていて欲しいの」
今、貴方を誰よりも……愛してるから。
静かな部屋の中で彼女の言葉だけが聞こえる。
なのに一瞬、何を言われているのか分からなかった。
あまりに突然すぎて心がついていかない。
ただ……背中に回されたの細い腕の感触が、心の奥に隠した想いを疼かせる。
それに反する、もう一つの思い――。
「何……言ってるんだ……にはLが――」
「もう言わないで……もういいの……Lは……私の中に生きてるから」
涙で濡れた顔を上げると、は俺の手を自分の胸へ置いた。
「私は……メロと生きていく。生きていたいの。そう思わせてくれたのは……メロなんだよ……?」
そう呟いたの涙が俺の腕にぽつりと落ちる。今、彼女は俺のために泣いてくれている。俺だけのために、俺に愛を伝えるために。
「……今、私は……メロだけを見てる。愛してるの……」
夢にまで見た言葉。なのに素直に受け止められないのは……これまで他人を傷つけてきた自分の罪のせいだ。
何度も見た夢。でもこの汚れた腕で彼女を抱きしめることすら叶わなかった。
「バカ言うな……俺は……にはふさわしくない」
「……っふさわしいって何?私だってそんなに立派な人間じゃない……!人を憎みもするし殺してやりたいって思ったこともある!」
「でも実際、そうじゃないだろう!自分の手が……他人の血で染まっていくのを見たわけじゃない!」
の両腕を掴んで必死に叫ぶ。
それでも揺らがない強い視線が俺を見つめていた――。
赤い液体が床を流れていく。それを黙って見つめながら俺は神に祈った。
いや、初めから神などいなかったんだ。
暗闇の中、胸に光るロザリオを握り締めた。
寒くて、手が震える。
捨ててやろうかと思ったが、止めておいた。
代わりに足元に転がっているものを無造作に掴んだ。
今日初めて会った人間は、もう話すことすら出来ずに俺の手の中で揺れている。
大切な人を探すため、キラを捕まえるため、今の俺なら何でも出来た。
「汚ねぇ……」
自分の手を見下ろしながら呟く。ぬるぬるとした血液が手に纏わりつくのがどうしようもなく気持ち悪かった。
――メロは手が大きいですね。これならどんな夢も掴み取れそうです。
ふと思い出した彼の言葉。
柔らかい笑顔。
明るい日差しの中、彼は優しい笑みを浮かべて俺に言った。
――心の中にある正義は自分自身で掴み取ってくださいね。
人間は誰でも道に迷う。
迷いながら前に進んでいく。
人と自分を比べながら、自分自身と戦っていくもの。
それでも心にある一つの揺るぎない思いがあれば、また還ってこれます。
自分の中にある正義を信じていてくださいね。
彼の言葉は温かかった。
今の俺を見たら彼は何て言うんだろう。
「クク……あははは……っ」
何故か涙が零れた。施設を飛び出して以来、初めての涙。
空しさと、悲しさと、恐怖に震える。
今日、初めて人を殺した。
この時、自分だけの正義を貫いて生きて行こうと決めたんだ。
例え、大切な人に二度と触れられなくなったとしても――。
あの夜から始まった俺の罪が、彼女の真っ白な心で洗い流されたらいいのに。
「何する……」
「大きな手……」
は俺の手を包んで微笑んだ。その手を自分の頬へ当てると、掌に優しく口づける。
「――」
「この手が……どれだけ血で汚れていたとしても……私には優しい手としか思わない」
「……っ」
「私を守ってくれたこの手は……少しも汚れてなんかいない……」
真っ直ぐに俺を見上げたの瞳に、嘘も迷いもなかった。封印した想いが揺らぐほどに、彼女の愛情が痛いほど伝わってくる。
「メロを愛してる……」
その言葉に軽い眩暈すら感じる。ふわりと甘い香りがした瞬間、唇と唇が重なり合う。
首に回された細い腕が震えていることに気づいた時、もう――限界だった。
覆いかぶさるように口付けて、彼女を強く抱きしめる。
今までの想いをぶつけるように、互いに求め合った。
彼女の中に今でもLはいるだろう。だけど――。
忘れさせてあげるから
忘れてくれると約束して
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