ふわふわと意識が彷徨う中、Lの笑顔が見えた。

――貴女は強い人ですね。

そう言って柔らかく微笑むLを、つい昨日のことのように覚えている。
いつまでも傍にいられると安心していた日々は、もう、ここにはないのに。



⌘ ⌘ ⌘




「……目が覚めましたか?」

ゆっくりと目を開ければ、そこには心配そうに覗き込むLの顔があって、私は自然に微笑んでいた。

「L……どうしたの?」

まだ夢の中にいるような感覚で、何故Lがそんな顔をしているのか分からず問いかける。
Lは困り顔で微笑んで、私の額にそっと手を置いた。いつも優しいその手は冷んやりとしていて心地がいい。

「どうした、じゃありません。あなた倒れたんですよ?覚えてないんですか?」
「……え、倒れたって――」
「ああ、ダメです」

起き上がろうとする私をLは慌てて止めて、再びベッドへと寝かせてくれた。

「まだ動いてはいけません。もう少し休まないと……」
「で、でも……今は何時……?」
「もう夜中の0時になります」
「え、夕飯の用意が――」
「それは皆で用意してちゃんと食べましたよ」

優しく何度も頭を撫でながら、Lはやっぱり困ったように笑う。
その顏を見上げながら自分が倒れた時の状況を思い出していた。

「えっと私……屋根裏部屋の掃除をしてて……」
「ええ。今週は何かと忙しかったから休めというのには働いてばかりで」
「だって……前々から気になってたから。屋根裏部屋にはLが使った事件の資料が凄いんだもの」

少しくらい言い返したくてチクリと嫌味を向ければ、Lも頭をかきながら苦笑した。

「そうですね。でもそれを散らかしたのはメロ達でしょう?」
「まあ……あそこで勝手に遊んでて。だからメロやマットにも手伝ってもらってて……あれ、二人は?」

私の問いにLはふっと口元を緩めた。薄暗い私室の中はベッド横のライトだけが照らしていて、静かな空間を作り出している。窓の外は真っ暗なのだからメロ達がすでに寝ているのは一目瞭然だ。

「とっくに部屋へ戻らせました」
「そう……ね。就寝時間も過ぎてるし」
「ええ。でも実はメロだけ先ほどまでいたんですけどね」
「え?」
が起きるまで傍にいる、ときかないものですから。でもキルシュが来て0時前に部屋へ連れ戻されました」
「そうだったの……心配かけちゃったかな……」
「そうですね。私のところに"が倒れた"と知らせに来たのもメロです。凄い慌てぶりで大騒ぎするものですから私も動揺して……椅子から落ちました」
「え、嘘……やだ……」

情けない顔で眉を下げるLを見て軽く吹き出す。普段は冷静なのに、時々ドジなところが彼らしい。

「笑い事じゃないですよ……。どれほど心配したと思ってるんです?」
「ご、ごめんね……最近は夜更かしもしてたから……」
「夜更かしって……は朝も早いのに?」

まるでキルシュのように怒るLに私は微笑んだ。

「来月はクリスマスでしょ?だから皆にプレゼントを作ってて……」
「クリスマスプレゼント……なるほど。らしいですね」

Lは優しく微笑むと、僅かに屈んで唇を重ねた。触れるだけの優しいキスは、私の疲れを癒してくれる。
でも僅かに唇を離したLは「それ……私にもありますか?」と不安げに尋ねてきた。それがプレゼントのことだとすぐに気づく。子供みたいに強請るLが可愛くて「もちろん。特大のを準備中」と答えれば、彼は嬉しそうに笑った。
その時、静かな部屋にコンコンというノックの音がして、Lが溜息交じりで顔を上げる。

「誰だろ」
「……さあ。どっちにしろお邪魔虫ですかね」
「もう、そんなこと言って……」

渋々といった様子で立ち上がるLを軽く睨むと、彼は苦笑交じりでドアの方へ歩いていく。
そして開けられたドアから顔を出したのは、心配そうな顔をしたメロだった。

「メロ……」
「あ、!」
「あ、こら」

Lが何かを言う前に、メロが部屋の中へと飛び込んできた。そしてベッドの脇へ膝をつく。

「大丈夫?」
「うん。心配かけてごめんね。ちょっと寝不足で貧血気味だったみたい。もう大丈夫だから」
「そっか……なら良かった」

私が笑顔を見せるとメロはホっと息をついて微笑んだ。でも一人だけ、後ろで仁王立ちしているLは「何も良くないですよ」と怖い顔をしている。メロの口元が僅かに引きつった。

「全く……寝ろと言われたのに部屋を抜け出してくるなんて……」
「だって……が心配で寝られないし」

頭を項垂れて呟くメロを見て、Lも小さく息を吐いた。

「仕方ないですね。では……私がに紅茶を淹れてくる間、傍についててくれますか?」
「……?うん、いるよっ」

パッと顔を上げてメロが頷くと、Lも微笑みつつ「では行って来ます」と部屋を出て行く。ドアが閉まると同時にメロは大きく息を吐いた。

「追い返されるかと思った」
「ホントなら起きてちゃいけない時間だから」
「もう13歳になるのに」
「それがここのルールだから仕方ないの。それより……さっきLを呼びに行ってくれたのメロなんだって?」
「そりゃ……いきなりが倒れて……呼んでも目を開けないし凄く驚いたから」
「そう……ごめんね」
「いいよ。元気になってくれればそれでいい」

メロは照れくさそうに頭を掻くと「明日一日は休んでろよな」と、少しだけ怖い顔をした。

「わ、生意気」
「うるさいな……。だいたいは働きすぎなんだよ。少しはLの言うこと聞いて体を休めないと」
「やだ、メロってばLみたいなこと言ってる」

小さく吹き出せば、メロは少しだけ頬を赤くして視線を反らした。

「当たり前だろ……。Lだって……俺だってが心配だから言ってるんだ」
「メロ……」
は……俺達にとっても、Lにとっても……大切な人だから」

照れくさそうに顔を背けるメロを見て、私は「ありがとう……」とだけ呟いた。
メロは少しだけ怒ったような顔でただ黙って傍にいてくれて。そんな彼を見ていると、いつの間に、こんなに大きくなったんだろう、と笑顔になる。
少し前まではLの後ばかりついて歩いている男の子だったのに、今はこうして大人びた顔を見せている。イタズラばかりして困らせてた少年が少しづつ大人になって、こうして私のことを本気で心配してくれてる事実に胸の奥が暖かくなった。

「ありがとう、メロ」

もう一度そう呟くと、メロは再び心配そうな顔をした。

「こんなんで……本当にLと日本へ行く気か?」
「うん、行くよ……もちろん」
「でも倒れたのに――」
「大丈夫。もう無茶はしない。今回は……Lと離れていたくないの……」
「……大げさだな。もう二度と会えないわけじゃないのにさ」

メロは私の言葉に苦笑を零しながら、そっと手を握ってくれた。

「じゃあ……日本のお土産いっぱい買って来てよ。俺、楽しみに待ってるし」
「そうね。メロの好きなチョコ、いーっぱい買ってきてあげる。日本のチョコは凄く美味しいんだって」
「やった!約束な」
「うん」

彼の手を握ると、メロも嬉しそうに微笑んでくれた。その時、部屋のドアが開いてLが戻ってきた。

「あ、メロ!私のですよ?手なんか握ったらダメですっ」
「あ~また始まった」

Lのヤキモチにメロが笑いながら手を離す。私も笑いながら、まだ手に残るメロの体温をいつまでも感じていた。

平和な時間がいつまでも傍にあると信じて疑わなかったあの頃。
あれから一ヵ月後、私とLは共に日本という、故郷からはあまりに遠い国へと旅立った。
まさかあんな結末が待っているなんて、思いもしないで――。



⌘ ⌘ ⌘



「メロ……」

懐かしい時間の中を彷徨いながら、がくんと頭が項垂れた瞬間。私は慌てて顔を上げた。
いつの間にかウトウトしてたらしい。

「夢、か……」

見知らぬ部屋を見渡して溜息を吐く。目の前には包帯で巻かれて傷らだけのメロが横たわっている。未だに意識が戻らない。強く握っていた手も力なくベッドの上に置かれたままだ。
そう言えば、施設にいた頃もこんな風にメロの手を握って傍についていたことがあったっけ。
あの頃のメロはよくこの時期に風邪を引くから、私が徹夜で看病することも多かった。
Lも仕事が終わると顔を出して、メロの熱が下がるまで一緒になって看病したことも。
あの頃の夢を見たせいか、ふとそんなことを思い出して胸が痛くなった。

「あ……さん。起きた?」

不意に声がして振り向けば、そこにはアネットがタオルと洗面器を持って立っていた。

「ごめん、寝ちゃったみたい……」
「いいよ。さんも怪我してるんだし、少しは休まないと……」

アネットはタオルをテーブルに置くと、ベッドの脇に座っている私の肩へ自分のジャケットをかけてくれた。

「ありがとう……。でもメロの意識が戻るまで傍にいたいの……」
「……そっか。そうだよね。でも怪我の方はどう?痛む?」
「私は大丈夫。少しヒリヒリするくらいで出血も止まったし……。でもメロは……」

そう言ってメロを見る。額には汗が浮かんでいて、それを水で濡らしたタオルで拭きながら熱を測った。

「熱が下がらないの……。やっぱり病院に行った方が――」
「でもそんなことをしたら警察に捕まっちゃう……。きっとロス中の病院に警察が張ってるよ」
「……そ、そうよね。もし捕まったら……」

メロは確実に殺されてしまう。あの正義の皮を被った悪魔に。
Lの権力を手に入れている今、キラに怖い物はないだろう。
メロの手を握りながら自分の額へとつける。その手さえも熱で熱く、怪我の具合が良くないと分かる。

「とにかく……ひたすら冷やしてあげないと……」
「あ、これ使って」

アネットは持ってきたタオルを水で濡らしてくれた。火傷を負っている頬にそれを起き、少しでも炎症を抑えられるように冷やしてあげる。

「でもホント隠れる場所があって良かった……」
「うん、そうね」

アネットの言葉に頷きながら再び部屋の中を見渡す。
相当大きな屋敷でもある無人の家を見つけたのは、別に偶然でも何でもなかった。
火傷を負ったメロを楽にするのに着ているものを脱がした時。一枚のメモとキーを見つけたのだ。
少し焼けただけのメモにはロス郊外の住所が書かれていて。キーはその家のものかもしれない、と半信半疑で来てみた。
まさか無人とは思わなかったけど、アネットが「もしかしたらボスが最近買った家かも」と言うので勝手に鍵を使って入らせてもらった。

「次のアジトにでもする気だったのかな。キッチンにも食料や飲みものとか必要な物は全て揃ってるし……」

そう言いながらメロの傷を冷やしていると、アネットが静かに隣に座った。

「ううん、多分、違うと思う」
「え……?じゃあ……ボスの家ってこと?」

そう尋ねるとアネットは首を振った。

「きっと……メロの家だと思う」
「……え?メロのって――」
「と言うか……もっと正確に言えばさんとメロの家だと思う」
「私とメロのって……どういう……こと?」

こんなお屋敷が私とメロの家なんて言われてかなり驚いた。ならメロが用意したということなんだろうか。でもそんな話は聞かされていない。
一人であれこれ考えていると、アネットはメロの寝顔を見ながらふっと笑みを浮かべた。

「ボスはね……メロに感謝してたの」
「感謝……?」
「うん。真意はどうであれ。メロが入って来たことで組織は大きくなってアメリカ一にまでのし上がれたから」
「……そう」
「だからボスはメロに何かお礼がしたいって言うようになって……。そんな時にメロがさんを見つけて来たの」

アネットは思い出すように天井を見上げながら椅子へと凭れかかった。

「あの時のメロは今でも覚えてる。大事そうにさんを抱いて、誰の目にも触れさせないようにしてた。その姿を見て、ああ……この人はメロの一番大切な人なんだって、そう思った。私なんかに振り向いてくれるはずないって……。ボスもきっとそんなメロを見てメロが何を望んでるのか分かったんだと思う。だからさんと住めるような家をってメロに……」

そこまで話すとアネットは私を見て微笑んだ。

「メロはキラと戦うためだけに生きてきたって言ってたけど……本当の望みはさんと二人で平和に暮らすことだと思うな」
「アネット……」
「だから……富にも名誉にも執着しないメロが……ボスからこの家のキーを受け取ったんだと思うの。さんと……二人で暮らしていきたいから」
「私と……二人で……」

再びメロに視線を戻すと涙が溢れてきた。私と平和に……そう思ってくれてたことが嬉しくて。
あの頃のようにまた笑いあいながら生きていけたら、どんなに幸せだろう。
随分と変わってしまった関係でも……叶うんだろうか。

さん……メロを……幸せにしてあげて」
「アネット……」
「キラに復讐を誓ったメロは……決して強いわけじゃない。だからこそさんの存在が必要なの」

アネットの気持ちが痛いくらいに伝わってきた。
私の知らないメロを見てきた彼女は、どれほどメロの弱さを見つけたんだろう。本当に強い人間なら過去のことは忘れて新しい人生を見つけられる。でもそれすら出来ずに過去に縛られ、キラを追い続ける私たちはきっと弱い人間で。
だから互いに互いを必要としなくては生きていけない。
私とメロは……最初から似た者同士だったんだ――。

「メロ……」

強く、強く彼の手を握り締めた。



⌘ ⌘ ⌘



あの頃の俺達はよく笑ってた。苦しいこともあったけど、そんな物を忘れてしまうくらい、平和で幸せな毎日。
未来に希望があって、大切な人が傍にいて。
それだけで何もかもが手に入る、なんて信じてた無邪気な子供だったあの頃。
出来れば……戻りたい。一番幸せだった、あの頃に――。

握られた手が凄く熱かったのを覚えている。
はいつも頑張り屋で。俺達の面倒を見ながら施設の雑用もこなして毎日動き回ってた。
なのに一度も大変そうな顔なんて見せたこともない。
皆が頼りにしてて、あのLだってがいなければ推理力も半減する、なんてボヤいてたくらいだ。

だから、そんなが倒れたのを目の前で見た時、凄く怖くなった。
それまで笑顔で、時には掃除をサボっている俺やマットを叱っていたのに、急に崩れるように床へ倒れた時、俺は悪い夢でも見てるんじゃないかって思った。
慌ててLの元へ向かった時も、情けないけど足が震えていて。に何かあったらどうしようって、そればかりが頭の中を回ってたっけ。
だからホっとしたんだ。
心配で眠れなくて、怒られるのを覚悟での部屋へ行った時。いつもと変わらない笑顔で俺の手を握ってくれたに、心の底から。
まさかLとの三人だけで過ごした時間が、最後になるなんて思いもしなかった――。

暖かい、と感じた。
過去や現在を彷徨いながら、俺は必死に逃げていて。
自分が殺した人間や、死んでいった仲間たちに追われながら暗闇の中を走りまわる。
怖くて、ただ怖くて。
キラという巨大な敵が、いつでも背後にいるような、そんな恐怖と戦いながら、俺は暗い海の底に沈んでいく。
その中で垣間見た、暖かい過去の映像。
あの頃の俺は凄く幸せで、いつも笑顔だった。
一つの光の中に見える幸せな世界で、もLも、そして俺やニアも、楽しそうに笑っていた気がする。
そこへ戻りたくて必死に光へと手を伸ばした。近づけば近づくほど離れていくのは、もう二度と手に入らないんだ、と言われてるような気がして。
だけど不意にその伸ばした手が暖かい温もりに包まれたのを感じた時。
俺は現実世界へ引き戻されていた。

「メロ……っ?」
「……っ」

聞き覚えのある優しい声。
この声に名前を呼ばれるたび、胸の奥が痛くなって。
その後に……必ず切なくなるんだ。

「気がついた……?」
「……つっ」

視界が暗闇から解放された瞬間、眩しい光が目に沁みたのと同時に体中に痛みが走った。

「……?」
「……メロっ」

ボヤけている視界の中に見えるのは、あの頃より少し痩せたの顔。
その頬には大きな涙がポロポロ零れ落ちていて、こんな状態なのに素直に綺麗だと思った。

……無事……か……?怪我は……」
「私なら大丈夫だよ……!良かった……メロ……っ」
「……ぃてっ」
「あ、ご、ごめ……」

泣き崩れたに抱きつかれ、俺は怪我の痛みでつい顔を顰めてしまった。体のあちこちが痛い。でもそれは同時に生きてる証でもある。どうやらあの爆発の中から無事に生還したらしい。

「メロ……どこか痛い?」
「……痛いとこだらけだ。は……?」
「私ならメロが守ってくれたし平気……。軽い擦り傷とかで済んだもの」
「そうか……良かった……」

それを聞いてやっと安心した。
あの時、追い詰められて爆破スイッチを押す時ものことだけが心配だった。
彼女の体を包み、壁際にあったテーブルで爆風からの直撃を避けつつ外へ吹き飛ばされた。
二階から落ちた痛みよりも爆風の熱さの方が酷く。何度も意識が飛びそうになった。でもなるべくアジトから離れなくては、とを抱えて必死に移動したのだ。

「メロ……お水飲んで?」
「ああ……悪い」

が背中にクッションを入れてくれて少しだけ体を起こす。でも水の入ったグラスを持つだけで痛みが走り、思わず顔を顰める。

「大丈夫……っ?」
「……ああ。こんな傷すぐ治る」

水を口に運び、それを一気に飲み干した。久しぶりに喉を潤せば少しだけ気分が落ち着いてくる。そこでやっと自分がベッドの上に寝かされているんだと気づいた。

「……ここは?誰の家だ?」
「あ……」

かなり豪華な屋敷に見えて少しだけ警戒した。俺達の他に誰かがいる可能性を考えたからだ。
そこへ「ここはメロの家じゃない」という明るい声が響く。視線を向ければ、よく知った顔が笑顔で歩いてきた。

「アネット……お前も無事だったのか」
「まーね。さんと私でメロをここに運んできたの。ここはボスがメロにってくれた例の家だよ」
「何……?」

を見ると、彼女も笑顔で頷く。
そこで思い出した。ロッドが死ぬ直前、俺に、とくれた家のキーと住所を書いたメモのことを。

「そうか……それで……」
「メロは血まみれで意識ないし、と言って病院に連れて行けばすぐに逮捕されちゃうでしょ?」
「ああ……悪かったな」
「別にいいよ。それより……怪我が酷いんだ。今更だけど病院に行ったら?もう警察だっていないんじゃない?」

アネットはそう言って煙草に火をつける。今はメイクもしないで、Tシャツにジーンズという格好だからか、歳相応に見えた。

「いや……病院には行かない。こんな怪我大したこと……――つっ」
「まだ動いちゃダメ。メロ、二日も意識がなかったんだよ?」
「そんなに……?クソ……日本の奴らは?」
「……知らない」
「そうか……」

ノートは奪われた。
俺がノートを奪われたことを、ニアは知ってるんだろうか。
ニアはまだノートのルールを知らない。これは俺にとっちゃ有利な情報だが、キラは多分一度でもノートを手にした俺をどうやってでも殺したいはずだ。
いや、夜神が死神の目を持っていたことから考えても俺を殺そうとしてたに違いない。
だがのおかげで本名を知られることはなかったし、顏も知られてはいないだろうから、まだもう少しは動けそうだ。
とにかく仲間を失った今、これからの情報はニアから引き出すしかない。
そう考えつつ、SPKの中に使えそうな女がいたことを思い出した。

(一か八か……。あの女に接触してみるか……)

「メロ……?どうしたの?まさか今すぐ動く気じゃ……」
「いや……」

考え事をしているとが不安げな顔で俺の顔を覗き込んできた。その顔を見てギクリとしたが、今は確かに無茶も出来ない。
もう少し体が自由にならなければ、ニアのいるニューヨークへも行けないだろう。

「メロ……無茶はしないで。今は怪我を治す事だけ考えて……お願い」
……」

涙を溜めた瞳で俺の手を握ってくるに、胸が痛む。いつでも笑顔でいて欲しいと思っているのに、今、彼女にこんな顔をさせてるのは間違いなく俺なんだ。
の手を軽く握り返し、素直に「分かった」と頷けば、後ろで気まずそうに立っているアネットへと視線を向けた。

「アネット……悪い。二人にしてくれ」
「……うん」

言わなくても分かっていたらしい。アネットは静かに部屋を出て行った。
はまだ不安そうな顔で俺を見ていて。今にも零れ落ちそうな涙が長い睫に光っている。そんな彼女に微笑み、そっと髪を撫でれば綺麗な雫が俺の手にポツリと落ちた。

「泣くなって……。にそんな顔されるのが一番こたえる」
「だって……」
「心配しなくてもこんな体じゃ今すぐには動けない」
「……うん」

俯くようにして頷くは、すぐに頬の涙を拭いた。

「傷の消毒するね」

そう言われてまた怪我のことを思い出した途端、体中が痛み出す。特に顔の左半分がひどく痛んだ。

「なあ、
「……ん?」
「俺の怪我……相当酷いのか?」
「……っ」

救急箱から消毒液を出していたの手がビクリと跳ねる。その様子を見る限り、顔半分は焼けどに覆われているんだろう、ということだけは分かった。
彼女は再び泣きそうな顔で戻ってくると、俺の手を両手で握り締めた。

「メロ……ごめんね……私を庇ったせいでこんな――」
「そんなことはいい。俺は男だしじゃなくて良かった……」
「メロ……」
「そんな顔するな。これは自分でしたことだ。まで巻き込んですまない」

彼女の体温に包まれた手を握られて顔を上げると、は泣くのを堪えながら何度も首を振っていた。きっと俺が目覚めるまで不安だったのかもしれない。
遠い意識の中で何度も彼女の声を聞いたような気がする。

――メロ……私を置いていかないで。

置いてなどいくもんか。やっと見つけたんだ。
そう何度も必死に叫んで立ち上がろうとしてた人間らしい自分が確かにいた。
を、彼女を守るためなら、俺は何度だって立ち上がってやる。
こんな傷など大したことじゃない。彼女を失う痛みに比べれば。

……笑ってくれよ。俺、の笑顔が一番好きなんだ」

昔のように素直に思ったことを口にしてみた。どこか照れくさいけれど、に泣かれるくらいなら我慢も出来る。
は溢れてくる涙を拭きながら何度も頷く。そして震える手で傷の消毒をしながら、他愛もない話をしてくれた
昔、俺が熱を出して寝込んでいた時と同じように、優しい声で。



⌘ ⌘ ⌘



数日後、俺はやっと一人で動けるようになった。近所に年寄りが一人でやっている個人病院があり、そこで傷の手当てもしてもらえばだいぶ楽になった。
包帯がとれたあと、初めて傷物になった自分の顔を見た時は苦笑しか出てこなかったものの、アネットなんかは「そっちの方がいい男じゃん」なんて明るく笑い飛ばしてくれた。
はやっぱり心配そうだったけど、俺にとってこの傷は今まで自分が犯してきた罪の罰のような、そんな気分だ。過去の罪を素直に受け止めるのも悪くない。
それに彼女を傷物になんかしたら、天国から見下ろしているであろうLに怒られそうだ。

「メロ、ちょっといい……?」

自室に使っている部屋のドアがノックをされたのは、11月18日の午後。ちょうど起きだした時だった。

「どうした?」

慌てたように入って来たを見て、俺は素肌にシャツだけ羽織りながらベッドへ腰をかけた。
彼女は「あ、ごめん……」と視線を反らして俺に背中を向けている。
そんな反応をされるとこっちが照れくさくなる。
「別に全裸ってわけじゃない」と苦笑すると、は気まずそうな顔で振り向いた。

「それよりどうした?またアネットが皿でも割ったか?」
「そ、そんなことじゃなくて……その……今テレビのニュースでやってたんだけど――」

そこまで言うとは困惑したような顔で目を伏せた。

「……アメリカの福大統領がキラを認めるって会見をしてて。それと……ニアのいるSPKも解散したってニュースが出回ってるみたいなの」
「何だって?」

アメリカがキラを認めた? 何てバカな結論を出したんだ。
あの副大統領には何ら期待はしてなかったが……。
それにしてもニアの率いるSPKが解散したとは……あのニアがそう簡単に手を引くはずはない。
アメリカの後押しがなくてもキラの捜査は続けてるだろう。
となれば……やはりニア側の情報を盗むか。
SPKのリドナーとかいう女にも連絡がついた。あの女はキラを捕まえることだけを重視しているようだったし、上手く行けば情報くらいは話してくれるかもしれない。
それにニアは俺の昔の写真も持っているというし、それも取り返さないと――。
そこまで考えた俺はシャツを脱ぎ捨てすぐに立ち上がった。

「メロ……?」
「俺は今からニューヨークへ飛ぶ。はアネットとここに残っててくれ」

クローゼットを開け、着替えを出しながらそう言うと、が驚いたように俺の手を止めた。

「待って!メロが行くなら私も行くっ」
「バカ言うな。連れて行けるわけないだろう?俺と出歩くなんて危険だ」
「でもメロだってまだ傷が――」
「もう何ともない。痛みも殆ど引いたし大丈夫だ」

そう言って彼女と向き合う。でもは納得してないといった顔で真っ直ぐに見上げてくる。

「嫌……!一緒に連れて行ってくれないなら行かせない……っ」
……」
「もう一人にしないって言ったじゃない……置いていかないでよ、メロ……!」
「……っ」

胸元にしがみ付いてくるにハッとさせられた。

――置いていかないで。

彼女の言葉が胸に突き刺さる。置いていくなんて気は元々ない。
でも彼女を危険にさらす気はもっとない。
なのに……掴まれた腕を放すことは出来なかった。

「私は……メロの傍にいたいの……」
「……?」
「どんなことがあってもメロの傍に……」
「……っ?」

真剣な顔でそんな言葉を呟くに、大きく鼓動が跳ねた。見上げてくる彼女の瞳は、俺が知ってる彼女とは少し違う気がして。

「死ぬかもしれないのに……?」
「メロは……死なないって言った」

強い意思が彼女の言葉から伝わってくる。
もう何を言っても無駄だと、この時気づいた。
なら遠く離れて心配するよりも、傍において自らの手で守る方が一番いい。

「どんな事があっても守るから。俺の傍から離れるな」

冷え切った心をもう一度温めてくれるのは彼女だけ。
こんな俺でも……彼女の為に何か出来ることがあるなら――。



寄り掛かってくればいい。
一人分なら空いてるから

ひとこと送る

メッセージは文字まで、同一IPアドレスからの送信は一日回まで