悪夢とはこういうことを言うんだ――。
たった今まで目の前で普通に息をしていた奴らが、今はただの肉の塊となって床に転がっている。
これまで散々、死体を目にしてきたし、殺した人間だっている。だがほんの数秒。血も流さず、しかも自分の手を汚さず人を殺せるんだという事実を目の当たりにして、やはりキラは放っておけない存在だと再確認した気分だった。

「ぁわわ……な、何だよ、これ……」

生き残った数人の仲間が目の前の状況に驚愕して震えている。モニターには完全防備した警察が建物を囲み、今にも中へ突入しようとしているのが映っていた。

(チッ……シドウめ……使えない奴だ)

俺は倒れたロッドの腹の下に例の殺人ノートが落ちているのを見つけ、未だ震えている奴らに声をかけた。

「ロイ、スキア。ノートを取られるな。モニター室に持ってこい」

それだけ言い残し、モニター室に向かいながらに電話をかける。
彼女だけでも建物の外へ逃がさなければ、これから俺がやろうとしている計画を実行出来ない。
手の中にあるロッドからもらった家の鍵と住所が書かれたメモをポケットへ突っ込み、が出るのを待つ。

「……クソッ。何で出ない?」

何度鳴らしても空しいコール音が鳴り響く。もしかしたら……まだ怒っているのかもしれない。
ならば、と今度はアネットの携帯に電話をかけた。彼女に頼んでを連れ出してもらおうと思ったのだ。
一回、二回、三回……。
コールが続く中、俺はモニター室へと飛び込んだ。



⌘ ⌘ ⌘



プルルルル……静かな部屋に携帯の音が鳴り響く。それがメロからだと分かっていた。
けど動くことも出来ず、私はただ目の前で起きた惨状に呆然としていた。

(何……何が起きたの……?)

たった今まで興奮した顔で覆いかぶさってきた男が床に転がっているのを見て頭が混乱していた。
私を襲おうとしていた男の動きが急に止まったかと思えば、次の瞬間には苦しげに顔を歪めて胸を掻きむしった。そして突然、糸が切れた人形みたいにゴロリとベッドの下へ転がったのだ。

「まさか――」

人が突然倒れいく様は見覚えがある。数年前、愛しい恋人も同じように倒れこみ床に転がった。思い出したくもない、恐ろしいあの光景が脳裏に過ぎる。

「L……」

何かが起きている。私の中の何かがそう告げていた。
慌てて起きようとして手足の痺れが薄れていることに気づく。これなら数分で動けるようになるかもしれない。
そう思った時、今度はアネットの携帯が鳴り出し、ハッと息を呑む。
彼女は先ほどグレンに蹴られて気を失ったまま床に倒れている。

(この電話もメロからかもしれない――)

そこで正気に戻った私は「アネット!」と彼女を呼んだ。

「アネット……気がついて!アネット……!」

僅かに動く体を移動させながら、何か彼女に向かって投げるものはないかと視線を走らせる。
その時、指先に何か硬いものが触れて握ってみると、それは死んだ男の物なのか、ジャラジャラと沢山の鍵がついた束だった。それを力の入る限り握りしめてみれば、僅かながら指先にも力が戻ってくる感覚があった。
まだ強く握ることは出来ないけれど、アネットのところまでなら投げられそうだ。

彼女の体のどこでもいいから当たって――!

そう願いながら手にした鍵をアネットに向けて投げる。弱々しいながらも飛んだ鍵は運良くアネットの胸元へと落ちて、その刺激で彼女の顔が僅かに動いた気がした。

「アネット?!」
「……ん、」

かすかに目を開けてゆっくりと視線を彷徨わせたアネットは、目の前で倒れている男を見て「きゃっ」と短い声を上げた。

「な、何……グレン……?」
「アネット!お願い、電話に出てっ」
「あ……さん……?もしかしてさんがグレンを――?」
「後で説明するから電話!メロからかもしれないっ」
「え?あ……!」

さっきから切れては何度も鳴る携帯にアネットも気づく。彼女は痛みを堪えてすぐに体を起こすと慌てて通話ボタンを押した。

「もしも……あ、メロ?!あの私、とんでもないこと――え……?嘘……でしょ?」

電話に出たアネットは驚いた顔で私を見た。

「う、うん……分かった。すぐ出るわ。今、ちょうどさんと一緒なの。任せて」

アネットはそれだけ言うとすぐに電話を切って私の方へ歩いて来た。

「どうしたの?何があったの?」
「警察が突入してきたみたいなの。今、一階の方を固めてるからメロがさんを連れて、ここから逃げろって」
「え、また警察……?何でこんなに早く居場所が……」
「それは分からないけど……でも早く逃げないと……さん、動ける?」
「う、うん……もう大丈夫みたい」

軽く指を握り込んでみると、さっきよりも手足の感覚がはっきりと伝わってくる。これなら動けそうだ、と私はベッドから何とか起き上がった。
それを見たアネットがつかさず自分の着ていたパーカーを私の肩にかけてくれる。

「これ着てて。ごめんね……こんな目に合わせて……」

あの男に引き裂かれ半裸状態だった私は、素直にそれを借りてジッパーを首まで上げた。

「いいの。あの男にも何もされてないし……急に死んじゃったから」
「もしかして……キラ……?」
「ええ、多分。あの死に方は心臓麻痺だったと思う」
「そう……でもコイツは自業自得ね」

アネットはそう言うと床に倒れている男を睨みつけた。

「それより急ごう、さん。警察がここまで来る前に」
「で、でもメロは?」
「先に逃げろって。メロはやることがあるみたいで」
「そんな……メロだけ残して逃げられない……!」

私が必死にそう言うと、アネットは軽く目を伏せた。

「メロは……この建物を爆破する気よ。ここにいたら巻き込まれるだけ。メロは上手く逃げるってば……ね?」

爆破、と聞いて言葉を詰まらせる私に「……歩ける?」とアネットは肩を貸してくれた。

「メロが車に乗って待っててくれって。すぐ脱出するからって言ってたから大丈夫よ」
「うん……」

動くようになった足で部屋を出る。メロは無事みたいだけど他の皆はどうしたんだろう?
あのグレンとか言う男が死んだのだから、きっと他にも死んだ者がいるのかもしれない。
どんな手を使ったのかは分からないけど、組織の人間の顔写真や名前をキラは入手したに違いない。ただ本名が分からない人間がいれば多少は生き残ってる可能性もあるけど――。

「やっぱりあんなノート持たなきゃ良かったんだ」
「……え?」

不意にアネットが呟いた言葉にドキっとした。

「ノート……?」
「うん……メロはさんに言えなかったみたいだけど……キラが使ってるのと同じノートを手に入れて、それで人を殺せるって言ってた……」
「……な……どこからあれをっ?」
「え、っと……日本警察の夜神って人の娘を浚って、その子と日本警察が持ってたノートを交換したって聞いてるけど……」
「――ッ?」

その言葉に私は思わず息を呑んだ。
夜神。そして人を殺せるノート……。
そんなもの、あのノート以外にない。
Lがヒグチから奪い、日本警察で保管していたもの。
そしてLを死に追いやった死神のノート……
あれをメロが――?

そう思うだけで心臓がどくんと大きく波打つ。
それで納得がいった。メロが妙に忙しそうにしてたことも、私に何か言いたそうにしていたことも、居場所がすぐバレてしまうことも、皆が殺されたことも何もかも――。
そしてやはり……あの男がキラだと確信する。

夜神ライト……。
二代目Lを名乗り、警察に身を置くあの男なら……メロと一緒に行動している者達を調べるなんて簡単だろう。彼らは大きな組織だったらしいし、FBIの資料から探せば顔と名前が分かるはずだ。
そしてノートの持ち主が誰であるかも突き止めた……。
まずその人物を操り、仲間の居場所を報告させ、そして名前を書いて殺す。
メロの周りにいる邪魔な仲間たちも、顔と名前が分かる人間全てをノートに書いたに違いない。
その後に突入……そんな計画だったんだろう。
でもあの男の真の目的はアメリカ最大のマフィアを壊滅させることではなく。
ノートの奪還と、全てを知りすぎているメロの命――。

メロがノートを奪う為に大きく動いていたなら、そしてメロが実際にノートを手にして何を知ったのか、それをキラは恐れているはずだ。Lがもう少しで手が届くはずだった真実を知られていないか、と。
今、メロを殺したくて仕方ないだろう。でも出来るはずがない。
私でさえ知らないメロの本名。そしてキラはメロの顔すら知らないはずなのだから。

(でも……だからこんな無茶をしてまで突入を――?)

ぞくりと寒気が走り、とてつもなく嫌な予感がした。

「メロが……危ない」
「え?」
「もし警察の中にキラと繋がってる奴がいたとして、その人物が死神の目を持った人物だったならメロの本名がバレてしまう!」
「えぇ?!死神の目?って……ジャックが取引したとかいうアレ?って言うかメロって本名じゃないんだ……」

アネットは驚いたように目を丸くした。

「アネット……ごめん、私行かなくちゃ……!」
「えっ?ど、どこに――」
「メロのとこ!もう体は動くから大丈夫よ」
「で、でも危ないよっ」
「大丈夫!奴らにメロの姿を見せるわけには行かないの!メロはどこにいるの?」
「え、ちょっと待って……姿見られちゃいけないって……でも相手はキラじゃなくて日本の警察なのに――」
「そう。でも彼らの中にキラはいる……だから万が一のことを考えて顔は見せない方がいい。お願い、メロがどこにいるか教えて!」

必死に訴えると私をアネットは驚いたような顔で見つめた。今は何が最善かを考えてるんだろう。

「モ、モニター室……。奥の階段を下りて向かって右奥の部屋……」
「ありがと!アネットは先に車に乗ってエンジンをかけて待ってて!」

それだけ言うと、私は廊下を走り出した。完全に手足の感覚は戻っている。痺れも感じられない。
メロに言わなくちゃ。私の知ってること全部。
じゃないとメロは真実を知るまでこの危険なゲームを終わらせようとはしない。
Lは自分の直感よりも証拠を優先させた。結果、キラ=夜神ライトに辿り付く前にあんなことに……。
でもメロなら……証拠を固め、キラを追い込むという方法は取らず直接キラを叩くだろう。
証拠だとか、13日のルールのアリバイだとか、そんなものはどうでもいい。
どれが嘘で、どれが真実なのか。全てを暴く時間はない。
これ以上、キラを野放しにしておくことはメロをも危険にさらすだけだ。

私は怖かった。あの死神のことを思い出すのが凄く怖かった。
ハッキリ言えば今でも怖い。だけどメロを失うことがそれ以上に怖いのだ。
大切な人を目の前で殺された痛みは、今もこの胸にあるから――。

一気に階段を駆け下り、廊下を右に曲がる。その時足音がして振り向いた先には銃を持った全身黒づくめの部隊がいて。驚きで思わず息を呑む。

「おい、止まれ!!」

静止の声を振り切り、そのまま奥の部屋まで走っていく。その時、モニター室のドアが突然開いた。

、こっちだ!」
「メロ……?!」

中から腕が伸びてきたと思った瞬間、メロは私を勢いよく中へ引き込んだ。

「何でここに……何しに来た?!」
「メロ……」

私の腕を掴んだままメロは怖い顔で怒鳴った。きっとモニターで私の姿を確認し、ドアを開けてくれたんだろう。中に入ると数人の死体が転がっていて思わず目を背けた。
ここで見張りについていた組織の人間に違いない。さっきグレンが死んだように、彼らもキラに殺されたのかもしれない。

「アネットと先に車に乗ってろって言っただろっ」
「……ごめん!でもメロが心配で――」
「俺なら大丈夫だ。今からこれを使って奴らを威嚇する。だから――」
「待って!聞いて、メロ!奴らに顔を見せちゃダメ……!もしあの中に"目を持つ者"がいたら――」
……?!」

私の言葉を聞いたメロは驚いたように振り返った。私が"死神の目"のことを知っているのが意外という顔だ。

「もう分かってるんでしょ……?アネットに聞いた。ノートを手に入れたって……」
「……」
「私も……知ってるの…。死神の存在も……"死神の目"を持っていれば顔を見るだけでその人の本名が見えてしまうことも……」
……」
「ごめんなさい……今まで黙ってて。でも思い出すのが怖くて――」

そこまで言った時、メロが突然私を抱きしめた。

「いい……分かってる」
「メロ……」
「今は話してる時間がない。ドアの向こうには警察がわんさといる」
「うん……」
「心配するな。絶対に捕まらない」

メロはそう言って笑みを浮かべた。その言葉だけで安心するなんて私もゲンキンだなと思う。

(ただ、さっきの声……)

ここへ入る前。「止まれ」と制止してきた声には聞き覚えがあった。あれは多分――。

「メロ……今、外にいるのは――」
「ああ。夜神だろ?分かってる」
「あ……そっか、メロ、夜神さんの娘を浚ったって……」
「チッ……アネットの奴、ホントおしゃべりだな……」

メロは軽く舌打ちして、チョコを噛み砕いた。でも改めて私の格好を見た瞬間、急に怖い顔を見せる。

「どうした?その格好……」
「あ、こ、これは……」
「このパーカーアネットのだろ……?」
「い、色々と事情があって……後で話すから……」

メロは怪訝そうな顔をしていたけど「分かった」とだけ言ってモニターに目を移した。メロも今は警察に集中したいはずだ。だからグレンのことを話す必要はない。そもそも本人はすでに死んでしまっている。

小さく息を吐きながら、無意識にパーカーの前をぎゅっと合わせた。
あんなことにならなければ私はきっとあの男に襲われて殺されていただろう。
その恐怖がかすかに残っている。

「クソ……ノートが……」
「え……?」

モニターを見れば仲間の二人が確保されるところが映っている。彼らが持っていた例のノートは警察に奪われてしまったようだ。

「後は俺だけか……」

メロはそう呟くと手に持っていた黒いリモコンのようなものを握り締めた。

「今から入り口を爆破する」

そう言ってスイッチを押した瞬間、ドォォンという爆破音が響いて建物が僅かに揺れる。
廊下にいる警察達も今の爆破で隊が崩れ、数人が瓦礫の下になったようだ。
それを見ながらメロはマイクを入れた。建物内にはいくつもスピーカーが設置されていたことを思い出す。

「二つある出入り口は爆破した。もうお前たちは簡単にここから出られない」

廊下にいる数人はメロの声に反応し、辺りをキョロキョロしている。

「今のは脅しだが次はアジト全体を爆破する。お前たちの動きはモニターで観ている。爆破されたくなければこっちの指示に従え」

そこまで言ってメロはチョコを咥えると「第一の指示だ。全員マスクについているカメラを壊せ。全ての武器も下に落とせ」と指示した。
メロの言葉どおり警察はカメラを壊し、武器を床へ投げ捨てていく。
それを見ていても何となく不安でメロの服を引っ張ると、彼は大丈夫だという顔で頷いて見せた。

「よし。一人がノートを持ち、他の者は後ろに下がれ。ノートを持った者はドアの前に来てマスクを取れ」

その指示に一人の男がノートを手にドアの前へ立つ。そしてゆっくりマスクを外した。

「……っ」

その男の顔を見て小さく息を呑む。私からすれば、とても懐かしい顔がそこにはあった。

「ははは……やっぱりまた夜神か……。殺しておくべきだったか?だが、またお前と二度までもノートの取引をすることになるとは面白い」

夜神さんの顔を確認してメロが笑った。だけど私は嫌な予感がしてメロに首を振ってみせた。

「ダメ。夜神さんは慎重な人よ。何か企んでるのかも……」
「……大丈夫だ。ノートを取り返せばすぐ脱出する」

そう言ってメロは再びマイクに向かった。

「中に持って入るのはノートとマスクだ。さぁ、入って来い」

メロの言葉を受け、夜神さんが一歩前に出たのを見て私は咄嗟にドアまで走った。そして今まさに夜神さんが開けようとしているドアのノブを押さえる。

「おい、何して――」
「夜神さん!入る前にマスクをこちらへ!」
「……っ?」

私がドア越しにそう叫ぶと「……君は?」という声が返ってきた。

「すぐに分かる。いいから言ったとおりに」
、何してる……っ」

私の行動に驚いたメロがこっちへ歩いて来ようとした。

「来ないで!まだダメっ」
「……っ?」
「どんな相手だろうと誰にもメロの顔を見せないで。彼らの中に"死神の目"を持った人がいるかもしれない」
「何だって……?」

メロが驚いたように足を止めた。私は小さく頷き、ドアを少しだけ開ける。

「少しでもおかしなことをしたらすぐに爆破する。早くマスクをこっちへ」
「……分かった」

傍で聞こえる夜神局長の声は戸惑っているようだった。ノートを欲しがっているはずが先にマスクを渡せと言ったのをおかしく思っているのだろうか。
少し間があったけどドア越しにマスクを渡され、それを受け取ると一度ドアを閉めて鍵をかける。
そしてマスクをメロの方へ渡した。

「これ付けて」
「……俺だけか?は――」
「私は大丈夫。彼らとは前にも会ってるし、もう本名を知られてる」
「でも――」
「お願い。もう誰も失いたくないの……」
「……

真剣に訴えるとメロは軽く目を伏せたあと小さく頷いてくれた。メロがマスクを付けたところで、もう一度ドアを開ける。
「入って」と夜神局長を促すと「はこっちへ来い」とメロに腕を引っ張られた。

「奴が少しでもおかしな動きをしたらこれを押す。俺の傍にいろ」
「う、うん……」

その時、静かに夜神局長が中へと入って来た。両腕を上げ、左手にはあのノートを持っている。

「ノートをここへ持って来い。そしてお前は人質だ」

メロの声に夜神局長がゆっくりと顔を上げる。そして私の顔を見た時、ハッと息を呑んで瞳を見開いた。こうして顔を合わせるのは数年ぶりだ。

……ちゃんか……?」
「お久しぶりです。夜神局長……」

真っ直ぐに彼を見据えると、夜神局長は腕を静かに下ろして深く息を吐き出した。

「生きて……いたのか……」
「はい……勝手にいなくなってすみません」
「いや……分かってる。竜崎とワタリの遺体を……ワイミーズハウスへ搬送した時に君のことを探したが日本から出た後だった……」
「そう……ですか……」

Lとキルシュがワイミーズへ戻った事実を知って心の底からホっとした。
やはりあの場所は皆にとっての故郷なのだ。
私と、メロにとっても――。

「しかし……何故君が彼と……?」
「……彼ともワイミーズで一緒でしたから」
「だが彼は犯罪者だ。何故マスクをつけさせ、守る必要がある」
「夜神……おしゃべりはそれくらいにしてノートを渡せ」

メロがスイッチを翳しながら一歩、前へと出た。でも夜神局長はノートを隠し、「もう諦めるんだ……周りは包囲している。逃げられん」と首を振る。やはり最初から交渉する気などなかったのだ。

「大人しく捕まれば殺しはしない」
「はっ!信じられるか……。いいからノートをよこせ」

そう言いながらメロが手を差し出すと、夜神局長は僅かに眉を寄せながら私を見た。

ちゃん……彼を説得してくれ。こんなことをしたって――」
「彼女に構うな」
「……よほど彼女が大事と見えるな」
「うるさい。余計な事はいいからノートを――」
「では……彼女の名前をノートに書く、と言ったら?」
「――ッ?」

夜神局長の言葉にメロの動きが止まった。

「君が捕まる気がないのなら……不本意だが彼女の名前を書く」
「……脅しのつもりか?書く前に爆破することくらい簡単だ」
「……どうかな」

夜神局長はゆっくりとノートを開き、ペンを持つ。それを見たメロが僅かにスイッチを握り締めたのを見て、慌てて彼を止めた。

「やめて下さい、夜神さん。そんなことをしても無駄です」
「私は本気だ……。君には悪いが彼に手を貸してるのなら共犯者として扱わせてもらう。どうやら君は本名のようだ・・・・・・・・
「……っ?」

その言葉にハッとした。確かに私は本名だ。
だけどLが彼らと合流する際、Lやキルシュが偽名を使うに当たって、私の名は敢えて本名だ、と彼らに告げてはいない・・・・・・・・・・
なのに何故、夜神局長は私が本名だと気づいたのか。
答えは一つしかない。

「夜神さん……あなた……死神と取引しましたね」
「……っ?」

彼の返事を待つまでもなく。表情を見ればそれは明らかだった。

(良かった……メロにマスクを渡したのは間違ってなかったんだ……)

半信半疑だったものの、それが当たっていたと知って心の底からホっとした。
それと同時に、夜神局長までが何故?という疑問が残る。あの男は実の父親でさえ利用しているということだろうか。
私の言葉にメロも驚いたように後ずさった。もし顔を見られていたら今頃メロの本名がバレていただろう。

「夜神……お前まさかキラと……?」
「そんなことはどうでもいい……!彼女を殺されたくなかったら大人しく降参しろっ」

夜神局長の額には汗が滲んでいる。本気なんだろうけど、まだ迷いがあるのか、ペンをかすかに走らせてはいるけど、本当に書いているのかは分からない。
その時、メロが「やめろ!それ以上ペンを動かせばこれを押すぞ?」とスイッチを翳す。

「やりたければやれ」
「――ッ?」
「私はもう命など惜しくはない。ここでお前と一緒に死ぬなら本望だ」
「……カッコつけるなよ、夜神。お前が良くても他の隊員はどうなる?犠牲にしていいのか?」
「私の部下だ。皆、覚悟は出来ている」
「……」
「それに爆破しても完全武装している私達の方が生き延びる確率はある。だがお前と彼女はどうだ?助かりたいなら捕まるしかない」
「……なら私の名前を書いて下さい」
「……っ?」
――!」

メロの前に立ち、そう言い放つと夜神局長の手がピクリと動いた。

「もう途中まで書いてるんでしょう?なら最後まで書いて」
、何を言ってる……!」
「……」
「私はメロの足手まといにはなりたくないの」
「そんなこと思ってない!」
「いいの。――夜神さん……あなたは何も分かってない」

真っ直ぐ彼を見つめると、夜神局長は僅かに眉を寄せた。
私は知っている。彼は正義感の強い、良い刑事だ。だけど自分の息子の本質を何一つ見抜けなかった。

「分かって……ない?」
「……どうせ二代目Lとかいう男に指示されて動いてるんでしょう?それすら間違えてる」
「……何っ?」
「でも夜神さんに何を言っても無駄だっていうのも分かってる。だからここで殺されてあげる。Lと同じ方法で死ぬなら本望よ」
……!」

メロに腕を掴まれ、その痛さに顔を顰めた。

「バカなこと言うな……!は俺が助ける――」

そこで言葉が切れた。メロの視線は私にではなく、夜神局長の背後・・へと向かっていた。
てっきり死んでいるものだとばかり思っていたのに、床に倒れていた組織の男がゆっくりと起き上がる。そして男が夜神局長の背中へ銃を向けるのを、まるでスローモーションのように見ていた。

「夜神さん……!!」

そう叫んだのと同時に激しい銃声が部屋の中に響いて、私は思わず耳を塞いだ。同時にドアの方でも銃声がして、メロが私の腕を引き寄せる。

「ホセ!ノートを!」
「ダメだ!コイツ、ノートを放さない!生きてるのか?!」

床に倒れている夜神局長はピクリともしない。それを見ていた私は足が震えてメロの腕にしがみ付いた。

「すまない、……。こんな所を見せる気は――」
「……夜神さん。私の名前を書く気なんてなかった……」
「え……?」
「そういう人なのよ……」

そう呟いた時、ホセという男がノートを放さない夜神局長の頭に銃を向けるのが見えた。

「待って……やめて――!」

その時だった。ドアが勢いよく開けられ、中に武装した警察官達がなだれ込んでくる。そして銃を持つホセという男を一瞬で撃ち殺すと、今度はこっちへ銃口を向けてくる。メロは私を腕の中に隠し、スイッチを彼らへと翳した。

「観念しろ、メロ!スイッチを捨てるんだ!」

制止の声を聞いた時、メロが私を包むように抱きしめた。

……俺にしがみ付いてろ。スイッチを押す」

耳元で聞えた声に小さく頷き、ギュっとメロの胸に顔を押し付ける。
メロは椅子にかかっていたジャンパーを取ると、それを私の頭の上からスッポリかぶせた。そして大きく息を吸い込み、スイッチのボタンを躊躇うことなく押した――。



⌘ ⌘ ⌘



一瞬、何が起きたのか分からなかった。凄まじい爆音と共に舞い上がる熱風と煙。視界が遮られて何も見えない中、耳鳴りまでして聴覚を脅かす。それでも私を抱く腕の強さだけはハッキリと覚えていた。

「……ゴホッ……」

口から肺まで一気に空気が入り込んで咳が出る。僅かに動く両手の感覚にホっとしながら、ゆっくりと瞼を開けた。明け方前なのに辺りは真っ赤に染まり、まるで昼間のように明るい。

「メ、メロ……」

どうやら雑草の中に倒れているようだ。チクチクとした痛みを頬に感じて手で払う。
節々が痛むけど、ここにいるわけにはいかない。どうにか体を動かしながら起き上がる。でもそこで息を呑んだ。

「メロ……?」

視線を動かすと私の隣にはメロが倒れていた。顔中血まみれで頬半分は焼け爛れているように真っ赤に染まっている。
その姿を見た瞬間、心臓が嫌な音を立てた。

「嘘……やだ……メロ!メロ!起きて!」

こんな状態でも、まるで私を守るように抱きしめているメロを思い切り揺さぶった。見れば少し離れた場所が真っ赤に燃えていて、遠くから大きな声が聞こえてくる。
きっとメロはここまで私を運び、意識を失ったんだろう。

「待ってて……メロ……。今度は私が助けるから」

強く抱きしめたままの彼の腕を放し、痛む足を動かす。

「ぁ……っ」

少し動いただけでも腕や足に激痛が走り、私はその場に倒れこんだ。

「痛……」

見れば私も傷だらけで、手足は火傷や切り傷で血まみれだった。でも両目は見えていることに少しだけホっとする。

(幸い骨折はしてない……火傷くらいなら何とか動ける……大丈夫……)

「く……っ」

無理やり痛む体を動かして、意識を失っているメロを抱き起こす。
近くで見ると彼の傷は相当深いようだ。

「死なないで……メロ……」

必死に涙を堪えて名前を呼ぶ。
これまで何度もメロに助けてもらった。今度は私の番だ。
もう一度アジトの方へ目を向けると、声は次第に多くなって警察官達がウロウロしている気配がする。この状態ではアネットも捕まっているかもしれない。
ならば、どこかで車を手に入れ逃げるしか――。

「誰……?そこに誰かいる……?」
「――ッ?」

いきなりアジトとは反対の方から声が聞こえてビクリとした。でも今の声は……と顔をあげて「アネット……!」と小声で呼んでみる。するとガサガサ、と音がしてアネットが顔を出した。

さん!メロ……!」
「アネット……良かった……無事だったのね!」
「それはこっちの台詞!凄い傷じゃない……!」

真っ青な顔で駆け寄ってきたアネットは私の腕の中でグッタリしているメロを見て更に泣きそうな顔になる。

「と、とにかく車で運びましょ?!向こうに止めてあるからっ」
「う、うん。じゃあ手を貸して……」
「OK……!」

アネットはメロの肩を担ぎ、私ももう一方の肩を何とか担いだ。動くたびに傷が痛み、力が抜けそうになるのを何とか堪えて車の止められるスペースまでメロを運ぶ。

「ちょっと待ってて!今すぐ車、持って来るから」

アネットは一気に走ると、すぐに目の前まで乗り付けてくれた。また二人でメロを抱え、後部座席へと寝かせる。私も一緒に後ろへと乗り込むと、メロの頭を膝の上に固定させた。
それからハンカチで血を拭いつつ、マスクの破片を取っていく。

「早く傷の手当てしないと……」
「でも病院に行けば、すぐ足がついちゃうよ?どうする?」
「とにかく車出して。ここから離れなきゃ……」
「そ、そうね!」

アネットはそう言うと、すぐに車を発車させ、「とりあえずロス郊外に逃げましょ」と夜の道を走らせた。

「何か冷やす物がいる。もし途中で店があったら止めてくれる?」
「了解……!」

そう返事をしながら、アネットはどんどんスピードを上げていく。後ろを振り返れば真っ赤な炎が少しづつ遠くになり、やがて見えなくなった。

結局ノートは取り返せなかった。でも……夜神局長が死神と取引をしてたことは明白で、彼らにはキラがついてると分かった。
と言っても、きっと夜神さんもまさか息子がキラとは思わず動いてたんだろう。
どうやったのかは知らない。でも分かる。夜神ライトは自分の父親すら利用する、ただの人殺しだということも。

(何が正義よ……。あんなやり方が正しいはずない……)

唇を噛み締めながら、メロの爛れた髪を撫でる。あんなにサラサラだったのに、今は焼けて毛先がボサボサになってしまっていた。
マスクをしていてもこれほどの怪我を負っているのに、何故私は……。
ううん、考えるまでもない。
メロが私を守るために自分の体で私を庇ってくれてたんだ。
そう思ったら涙が溢れてきた。
再会してからずっと、メロはこんな風に私を守ってくれてた。
Lを失い、気力まで失った私を必死に探し出し、守ると約束してくれた。
なのに……どうしてメロの気持ちを疑ったりしたんだろう――。

さっきの出来事を思い出して涙が頬を伝っていくと、メロの唇に落ちる。
それを指で拭いながら、そこへ触れるだけのキスをした。

「ごめんね、メロ……」

あのキスは、愛情は、間違いなく私へのものだったと、今なら確信できる。

「メロ……お願い……私を置いていかないで……」



許されるなら、まだ傍に

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