夢を見たんだ。彼女と仲良く暮らしてる、そんな甘い夢を。
その世界はキラなんてものも存在しなくて、暖かくて、平和そのものだった。
朝には彼女の笑顔で起こされ、夜には彼女を抱きしめ眠りにつく。
そんな淡い、儚い夢を。
だから熱い体も、柔らかい唇も、全て夢の続きだと思った。
現実には起こりえない、ありえないことだったから。

触れ合う唇が熱い。
絡み合う舌が熱い。

何度も、何度も何度も求めては、あまりにリアリティのないキスに酔いしれる。

「……ん、メロ……」

僅かながら唇が離れた時、かすかにの声が耳に届く。そこで――唐突に頭が覚醒した。

「――っ」

暗い部屋の中、ベッドの上。目の前には浅く呼吸を繰り返すの潤んだ瞳。
夢ではない確かな鼓動と、熱い体温。思わず上半身を起こした。

「メロ……?」

彼女が少し驚いたように小さな声で俺の名を呼ぶ。一瞬で頭が真っ白になった。
俺は……今何を――?
まだ温もりの残る自分の唇をそっと指で触れてみると、そこはしっとりと濡れていて。
今まで求め合っていたことが夢じゃないんだと思い知る。顔が一気に熱くなった。

「悪い、俺――」

「――わああぁぁっ!」

口を開きかけた時。外から悲鳴が上がり、ビクリと体が跳ねた。次の瞬間、俺の携帯が鳴り響き、慌ててベッドから飛び出し通話ボタンを押す。
が心配そうな顔で息を呑む気配を感じたが、今はかける言葉も見つからない。

「ロッドか?何があった……何?ああ、分かった……すぐ行く!」

とうとう来たか。しかし何故、ここが――?
20人ほどの完全武装した隊が来たとロッドから報告され、俺は軽く舌打ちをした。あの死神を見張りに立てておいて良かったようだ。

「メロ……何があったの?」

後ろから不安げな声が聞こえてドキリとした。さっきの自分の行動を思い出し、再び鼓動が早まる。だが今は落ち着いて話してる場合じゃない。

「……どうやら敵が動いたらしい」
「え……?」
「ここもすぐ出て行くことになると思う。荷物をまとめておいてくれ」

それだけ言って振り向くと、はひどく怯えた顔をして立ち上がった。

「メロ、大丈夫……?」
「ああ……何も心配することはない。俺が戻るまでにここを出る準備だけしておいてくれないか?」
「うん……分かった……」

彼女が素直に頷いてくれたことでホっとした俺は、そのままドアに向かって歩き出す。だが「待ってメロ」とが俺の服を掴んだ。

「気をつけて……」
「……ああ」

彼女の方を見ないまま頷き、ドアを開けて出て行こうとした。けれど先ほどの自分の行動を思い出し、ふと足を止める。

「メロ……?」
「さっきは……悪かった……」
「……っ」

俺の言葉にが息を呑んだのが分かったものの、他にかける言葉も見つからない。そのまま背中越しにドアを閉めて深く息を吐き出す。

本当なら触れてはいけない人だった。寝ぼけていたとか、夢だと思ったなんて言い訳は通用しない。
夢で見たは優しく笑っていて、彼女から口付けてきた気もする。
夢の中の俺を阻むものもなく、気持ちを抑制されることもなく。ただ彼女を愛していて。だから素直にそれを受け入れた。
なのに……まさか現実だったなんて――。

「……クソッ」

自分で自分に腹が立ち、怒りを吐き出す。

「うわあぁぁぁっ!」
「な、何だ……わぁぁっ!」

外からは未だ悲鳴が上がっている。それを聞きながら俺はすぐにロッドの元へ向かった。
後でもう一度に謝ろうと思いながら。



⌘ ⌘ ⌘



『ボス、ダメです。歯に毒を仕込んでいたらしく、誰の命令か吐かせる間もなく自害を――』
「……チッ。また自殺だとよ」

ロッドは忌々しげに呟くと部下からの電話を切った。
あれから死神のおかげで敵を一網打尽にした俺達は、速やかにアジトを後にした。
今は車で次のアジトへ移動してるところだ。
その際一人だけ殺さず連れて来たが、それも自殺という結果で無駄足に終わったようだ。

「しかし……思ったより早かったな……。何故あの場所がバレたんだ?」
「さあな。しかし、あの死神もなかなか役に立つじゃないか」

言いながらチョコを噛み砕くと、隣にいるロッドは巨体を揺らして笑った。

「ああ。撃たれても死なないし見張りにちょうどいいぜ。それより……彼女はどうした?」
「……アネットの車に乗せた」
「何?しかし……アネットとお前は確か――」

ロッドは俺に視線を向けながらニヤリと笑った。どうせアネットと前に関係を持ったことを言ってるんだろう。

「もう終わった話だ」
「まあ、そうだろうな。でもいいのか?そんな女に大切な女を預けて」
「良くはないが……今回は仕方ないさ。俺のそばにいない方が安全な時もある」

そう言ってチョコをかじると、ロッドは苦笑を零しながら「お前がいいならかまわねえよ」と肩を竦めた。

「それより大統領に電話を」
「ああ」

ロッドはすぐに大統領へと電話をかけた。

「いくらコールしても出ない」
「特殊部隊を突入させたが失敗……それで自分が操られることを恐れ、核のボタンを押す前に自殺……だったら随分と立派な大統領だな」
「まさか……出ないだけだろ?」

運転している男が慌てたように口を挟んだものの「どうだかな」とロッドが苦笑した。
大統領と一部隊だけで、SPKも分かっていなかった俺達の居場所をつかめたとは思えない。
SPKか……Lの方・・・か……それとも――。

「つきました」

車が静かに停車した。近くには古い建物が見える。そのまま車を降りると後方からついて来ていた車が次々に到着するのが見えた。

「ロッド、先に入っててくれ。俺はを連れて行く」
「ああ、分かった」

二番目の車からグレンが降りてきた。相変わらず敵意剥き出しの目で睨まれたが、軽く無視して最後尾に停車している車の後部座席を覗く。
俺を見るとはホっとしたように微笑んでからドアを開けた。

「荷物貸して」
「あ、うん……」

彼女の持つ大きなバッグを受けとり腕を引っ張ると、運転席に居たアネットがニヤニヤしながら降りてきた。

「わー優しいんだね~、メロってば」
「……うるさい。お前は他の女達と地下に潜ってろ」
「……分かってるわよ。じゃあさん、またね」

アネットはにだけ笑顔を見せると、俺に舌を出してグレンの後から建物へと入って行った。他の仲間たちは車から次々に荷物を降ろし、パソコンやカメラといったものを中へ運んでいく。
俺はの手を引いて、正面玄関ではなく建物の横に位置する非常階段を上っていった。

「メ、メロ……?どこに行くの?」
「俺達の部屋は上だ。前に下見した時から決めてある」

こういう事態に陥った時の為、組織のアジトになりそうな建物は前もって用意してある。
を連れて中へ入ると、少し埃臭い匂いが鼻をついた。

「ここは前のと違って廃墟だし少し汚いけど我慢してくれ」
「そ、それはいいけど……もう大丈夫なの……?」

さっきの襲撃に不安になったらしい。は繋いでいる手をぎゅっと握ってきた。その体温に鼓動が僅かに跳ねたものの、返事をすることなく黙って暗い廊下を進み、空いた部屋へと入る。

「メロ……?」
「ここを使っててくれ。奴らがまだ諦めてないなら狙撃してくる可能性もあるから窓とカーテンは開けるな。食料や飲み物は後で買いに行かせる」

荷物を置き、カーテンを閉めようと歩き出そうとした。その時、突然手を引っ張られて振りむけば、はスネたような顔で俺を見上げていた。何か言いたげだ。

「メロ……危険なことは――」
「大丈夫だ。そんなに心配するな」
「でも……」
「言っただろ?俺は死なないって」

そう言って彼女の頭を撫でると、の瞳がかすかに揺れた。その瞳を見ていたら夕べのキスを思い出す。心の奥に重たい十字架を背負ったような気がして、つい彼女から視線を反らした。

触れたい。触れてはいけない。
そんな二つの想いが交差して、まともにの顔を見れない。彼女が夕べの行為をどう思ったのか、そのことについて口に出されるのが怖い。
情けない、と思いながら俺は彼女に背を向けた。

「あのメロ……夕べの――」
「悪い……」
「え……?」
「あの時の俺は……どうかしてたんだ」
「メロ……?」

の声が震えてる。本当ならこのまま抱きしめてしまいたい。
でも今それをするべきじゃないということくらいは分かってる。
いや、分かってたはずだったのに――最低だ、俺は。

「ちょっと疲れてて……アネットと見間違えた……」

本当に最低だ。あんなことをしてしまった俺も、誰よりも大切な人にこんな嘘を吐かなきゃいけない現状も。

「……ひどい」

声の震え方でが泣いてしまうと思った。

「ひどいよ、メロ……」
「悪い……。もう二度としない。だから……今は大人しくここにいてくれ」

それだけ告げて静かに部屋を出る。裂かれそうな痛みが胸を走っても振り返らずに。
俺にはまだやるべきことがある。を本当の意味で安心させたいからこそ、今は彼女の傍にだけいるわけにはいかない。
外に出ると少しづつ空が白み始め、11月10日の朝を迎えようとしていた――。



⌘ ⌘ ⌘



「え、今夜……?」
「ああ、今夜だ」

グレンはニヤリと笑って顎を撫でた。だがアネットが青い顔をして俯いてるのに気づき、グレンは凄い力で彼女を壁に押し付け首を手で締め上げる。

「……ぅ……っゃ……」
「今更ヤダって言ってもダメだぜ?」
「は……なして……苦し……」

本気で首を絞めてくるグレンが怖くなり、アネットは必死で哀願した。本気で殺す気はないのだろう。手を外したグレンはゲホゲホと咽ながら床へ崩れ落ちるアネットを冷たい目で見下ろす。

「ゴタゴタしてる今が丁度いい。メロも今夜は部屋に戻らないだろう。いつまた特殊部隊が乗り込んでくるか分からねーからな」
「ゴホッ……」

アネットが首を擦りながら見上げると、グレンは巨体を屈めて目の前にしゃがんだ。

「いいか?もしやらないと言ったり、この件を誰かにチクれば俺がお前を殺してやる。ボスにはお前が逃げたと言えばいいだけだ」
「わ、分かってる……。何を……すればいいの……?」

グレンは本気だ。それを肌で感じたアネットは震えながら尋ねた。
素直に怯えるアネットに気を良くしたらしい。グレンは口元に笑みを浮かべると、小さなビンをポケットから取り出し、それをアネットの手に握らせる。

「これを女に飲ませろ。コーヒーにでも入れちまえば味は分からねぇ。あの女、お前のことは部屋に入れるんだろう?」
「う、うん……でも……これ何……?」

ビンに入った透明の液体を見てアネットは不安げな顔をした。

「心配すんな。毒じゃねぇよ。ただちょっと体が痺れるだけだ」
「し、痺れるって……」
「睡眠薬じゃお楽しみの時につまんねぇだろ?多少は反応してくれなきゃよ。これは少しの間、手足の自由を奪うだけで意識はハッキリしてるから楽しめるんだ」
「ど、どれくらい入れれば……」
「そうだな。終わるまで暴れられても困るし……5滴以上は入れておけ。薬の効果はすぐに現れる。いいか?俺が部屋に入れるよう鍵は外しておけよ?」
「わ、分かった……」
「クックック……楽しみだぜ。アイツの女を犯して、その後は自殺に見せかけ殺してやる。どうせ最近まで死んだような生活をしてた女だ。自ら死んだっておかしくはねぇ」

グレンはニヤリと笑ってアネットの体を抱え上げた。

「ちょ、何する――」
「その前にまずはお前を可愛がってやるよ」

グレンはギラついた目で彼女を見下ろすと、アネットをベッドの上へ強引に押し倒した。



⌘ ⌘ ⌘



「はぁ……」

部屋に一人残されたあと、何度目かの溜息をついた。今朝のメロの言葉が頭から離れない。結局は眠れないまま、また夜を迎えてしまった。
疲れてるはずのなのに頭が冴えてちっとも眠くない。

「何よ……メロのバカ……最低……」

悔しくて、また涙が浮かんでくる。あの時、あのキスで心が通じたと思っていたのは私だけだったことがひどくショックだった。
そこで、ふと不安になる。メロは本当に私のことを好きなんだろうか。
前にアネットがそう教えてくれたけど、もしかしたら違うのかもしれないと思った。
アネットの言葉、そして今日までのメロの言動で、私は勝手にそう思い込んでたのかもしれない。本当はLの恋人だった私を守りたいだけで、他に特別な感情などないのかもしれない、と。
アネットもメロのそういった言動を勘違いしてるだけで、メロが本当に好きなのも実はアネットなんじゃ……とふと思う。
あのキスは確かに愛情を感じるものだった。現にメロは私とアネットを見間違えたと言っていた。
もし……そうだったら?
メロがアネットに冷たくしてるのも、意地っ張りなメロが素直になれないだけなのだとしたら?

「バカみたいじゃない……私」

すぐに分かりそうなことなのに、メロを好きになってから気づくなんて――。
コンコン、とドアをノックする音がして、ふと我に返る。同時に涙が頬を伝い落ちて慌ててそれを拭った。
こんな風にノックをするのはアネットだけだ。でもメロに言われているからドアの前で「誰?」と一応、声をかける。

「私、アネット」
「あ、今あけるね」

アネットの声にホっと息をついて鍵を開けると、すぐにドアが開いて明るい笑顔を浮かべた彼女がひょこっと顔を出した。

「今、食料とか届いたから持って来たの。入ってもいい?」
「あ、うん。どうぞ?」

そう言って中へ促すと、アネットは後ろ手にドアを閉めて、私の方へと歩いて来た。

「メロはまだ戻って来てないんだ」
「あ……うん。あんなことがあった後だし時間かかってるのかも」
「そっか。じゃあさんも寂しいね。まあメロもだろうけど」

アネットは無邪気に笑うと私に缶コーヒーをくれた。ありがとう、とそれを受け取って一口飲むと、缶コーヒー独特の苦さが口内に広がっていく。
この部屋にキッチンはついてないし、美味しい紅茶など淹れられないから今はこれで我慢するしかない。

「メロは……寂しいなんて思ってないよ……」
「え?」

ついそんな言葉を呟くと、アネットは驚いたように顔を上げる。その表情がいつもより緊張していてるように感じたけど、この時の私にはそれを怪しむ余裕なんてなかった。
訝しげな顔をする彼女にちょっと微笑んで軽く息を吐く。

「メロが私を好きだなんて嘘。きっとメロが本当に好きなのはアネットだよ」
「……えっ?な、何で?」

思った以上に動揺するアネットを見て少しだけ目を伏せた。夕べのことを話すべきか迷ったのだ。
アネットはメロのことを好きなのだから、キスをしたと言うのはやはり躊躇われる。

さん……?」
「あ、ご、ごめんね……。ちょっと……そう思っただけ」
「そんな……そんなことないよ……」
「え……?」

コーヒーを飲もうとした時、アネットは小さく首を振った。

「メロが本当に心から好きなのは……私なんかじゃない……」
「アネット……?」
「メロが心の底から大切にしたいと思ってるのも……私じゃないよ」
「……ど、どうしたの?」

少し様子のおかしい彼女の顔を覗き込むと、アネットは悲しそうな目で私を見つめた。

「メロがいつも見てるのは……さんだけ。それは出逢った頃から変わらない。それが私は凄く羨ましかった……」
「アネット……」
「セックスして気持ちいいと思ったのはメロだけで、でもそれは私がメロのことを好きだからなんだって気づいた……」

悲しげな笑みを浮かべたアネットに、私は何も言えなかった。

「私は……さんになりたかったよ……。メロに愛される……女になりたかった」
「何言ってるの……?メロは私のことなんか好きじゃないのよ」

そう言って視線を反らすと、缶コーヒーを口に運ぶ。

「あ……もう飲んじゃダメ……!」
「きゃ……っ」

突然アネットが立ち上がり、私の手から缶コーヒーを叩き落とす。ゴトッという音と共に缶が床に転がり、じわじわと茶色いシミを作っていった。

「アネット……ど、どうしたの?」
「ダメ……やっぱり私できない……」
「え……?」
「メロの大切な人を傷つけるなんて――」
「アネットっ?」

アネットはそう呟くと慌てたようにドアの方へ走って行く。そして閉めたと思っていた鍵を回そうとしている。その行動に驚いて「どうしたの?」と声をかけた、その時――。
バンッっという音と共に勢いよくドアが開いた。

「きゃぁっ」
「アネット!」

いきなりのことで唖然とした。ドアの前にいたアネットが弾き飛ばされ、床に転がるのを信じられない思いで見ていた。
けど次の瞬間、部屋に入って来たのは体の大きな怖い顔をした男――確かグレンといった――だった。

「あ、あなた……」
「チッ。クソ女、やっぱり裏切ろうとしたなっ?」
「……うっ!」
「やめて!」

グレンは倒れているアネットのお腹を思い切り蹴りあげ、血の気が引く。アネットは低く呻いて苦しそうな声を漏らした。それを見た私が慌てて彼女へ駆け寄ろうとした時、足の感覚がないことに気づき、視界がぐるりと回った。

「……きゃっ」

気を失ったアネットの隣に倒れこむ私に、グレンがニヤニヤした顔で近づいてくる。その顏を見た時、背筋がぞくりと寒くなった。
さっきのアネットの言葉。そしてグレンの行動。
どう考えてもこの状況は危険だ。

「へへへ……薬も効いてきたみたいだな?」
「……薬っ?!」

私の顔の前にしゃがむと、グレンは大きな手で私の頬から首にかけて、ゆっくりと撫でていく。
その感触に鳥肌が立った。

「あんたが飲んだコーヒーには薬が入ってたんだよ。手足が痺れてんだろ?」
「な……」

そう言われて驚いた。でも確かに手も冷たく、血が通ってない気さえする。動かそうとしてみても全くと言っていいほど動かない。
私は一瞬で恐怖に支配された。


「や……いやっ!来ないで……っ」
「うるせぇなぁ。すぐ気持ちよくしてやっから」
「や……放してっ」

いきなり体ごと抱えられ、ベッドの上に放り投げられる。怖くて逃げたくても手足が痺れていて動くことすら出来ない。男はそんな私を見て楽しそうに舌なめずりをした。

「へぇ……近くで見ると思った以上にいい女だ。アンタみたいな女、頂けるなんて俺はついてるぜ。あの売女の体にゃ飽きてたトコでね」
「……アネットのことそんな風に言わないでっ!」
「けっ。女の友情って奴か?アンタに薬をもったのはあの女だぜ?」
「それはアンタが脅してやらせたんでしょう?!卑怯者っ」

怒りのまま叫ぶとグレンは怖い顔で私の髪を引っ張った。その痛みに思わず涙が浮かぶ。

「てめぇ、口の利き方に気をつけな。体のあちこちに傷作りたくねぇだろ?」
「痛……や…ぁ…っ」
「気の強いトコはメロにソックリだな。まあいい。アイツもアンタには手を出してないんだろ?俺が先に味見してやるよ」
「ぃやぁっ!」

グレンはワンピースの胸元へ手をかけ、それを左右に思い切り引き裂いた。ぶちぶちと布が裂ける音に思わず目を瞑る。
グレンは私の下着を剥ぎ取ると、興奮したような顔で見下ろしてきた。

「細っこいが、色白でいい体だ……こりゃ楽しめそうだぜ」
「やぁ……っ触らないでっいやぁ!」

息を荒くしながら覆いかぶさってくる男から逃れようと必死で身を捩ったつもりでも、実際には殆ど動くことは出来なかった。あっさり拘束され、胸元をベロリと舐められる。そのおぞましい感触に全身が総毛立ち、唯一動く首を左右に振った。
だけど何の抵抗にもならない。男は私の体を好きなように弄り、息を荒くしていく。
いっそ舌を噛んでしまいたい、と歯を食いしばる。だけど脳裏にL、そしてメロの優しい笑顔が過ぎって涙が溢れてきた。

「ぃや……っやだっ!L……!……メロ!助けて――」

体を汚されていくのと同時に、二人への想いまで汚されていく気がして、私は必死に声を上げた。



⌘ ⌘ ⌘



「――っ?」
「どうした?メロ」
「いや……別に」

ふと顔を上げた俺を見てロッドが訝しげな顔をする。一瞬、が呼んでるような気がしたのだ。でも今は何も聞えない。
幻聴か……だいぶ重症だ。

「それより……静かだな、今夜は」
「もう大丈夫ってことかもな。このアジトは誰も知らないだろう」
「いや……油断は出来ない。何故あそこがバレたのかも分かってないんだ」

俺が慎重に意見すれば、ロッドは「それもそうだな……ラットがいる可能性もある」と不安げな顔をしてソファへ凭れかかる。仲間に裏切者がいない限り、アジトはバレないはずだと思っているようだった。
その時、外の監視モニターをチェックしていた男が目を細めて画面を覗き込んだ。

「ん?何か言ったか?シドウ」
『あ、はい。異常ありません』
「さっきも寝言言ってたみたいだが、ちゃんと見張ってろよ?」

そんなやり取りを聞きつつ俺がチョコを咥えると、ロッドは何かを思い出した様子で少しだけ身を乗り出し「そう言えば……」と笑みを浮かべた。

「何だ?」
「これ、やるよ」
「ん?」

ロッドがテーブルの上に何かを置いた。

「これは……?」
「やっと用意できたんだ。前にも言ったろう?その家の鍵さ」
「家の鍵……?」

あまりに驚いて言葉を失っているとロッドは照れくさそうに笑った。

「何だ?嘘だと思ってたのか?」
「……」
「まあ……こんな裏世界でやってきた俺を信用しろって言うのも無理かもしれねぇが……受け取ってくれ。俺の気持ちだ」

ロッドはそう言ってウイスキーを煽る。俺は目の前に置かれた真新しい鍵を手に取り、マジマジと眺めた。

「これが住所だ。ロスの郊外にある。ここは死んだ浮浪者の名義で買ったもんだし足はつかねぇはずだ。」
「いや、しかし……」
「遠慮すんな。メロ、お前が組織に多大な利益をもたらしてくれたんだ。そんな家の一つじゃ全然足りねえが……。ま、もう少し落ち着いたら彼女を連れて行ってやれ。二人でのんびり過ごして来い」

ロッドの言葉にガラにもなく笑みが零れる。最低な人間が最低な人間に感謝をして、こんなことまでしてくれる事実に不思議な気持ちになった。けど……。

「そうしたいのは山々だが……彼女は俺と一緒になんて住みたくないかもしれないな」
「は?何でだ?いや、恋人を失ったのは聞いてるが……彼女を必死で探して助けたのはお前だろう?女なら誰でも絆されるさ」
「いや……最低なこと、しちまったしな」

僅かに苦笑いを零すと、ロッドは不思議そうな顔をしている。

「何だよ……ケンカでもしたのか?」
「……ケンカ、か。昔のように何でも言い合えたら……それも出来たかもな」

そう言って窓の外を眺めると、星の見えない夜空に青い月がぽっかり浮かんで青白い光を放っている。その綺麗な光を眺めていると、に言われた言葉が脳裏を掠めた。

――ひどいよ、メロ。

そうだよな……ヒドイよな。でも俺は元々そんな男なんだ。
好きでもない女を抱いて、傷つけて、泣かせたこともある。
名前しか知らない人間を殺して、路地に捨てたこともある。
昔とは違うんだよ。
、そしてキラを探すため。何もかも犠牲にして前だけを見て走ってきた結果がこれだ。
今の俺は骨の髄まで汚れてしまって、だから尚更、に触れちゃいけなかったんだよ。
それでも……に男として見て欲しくて、そんなバカみたいな夢を見ながら必死で生きてきたんだ――。

彼女は俺にどういう男でいて欲しいと思ってるんだろう。
俺は……が傍にいてくれるだけで……きっと一生、優しい男でいられるのに。

彼女の泣き顔が浮かび、軽く首を振る。ロッドがそんな俺を見て苦笑いを零し、「おい、メロ――」と言ったその時、異変が起きた。
目の前にいたロッドも、近くにいた部下数人も、同時に「う……っ」という呻き声を上げて胸を押さえている。

「おい……ロッド……?」

一瞬、何が起きてる?と思った瞬間――気づいた。

「……キラ!」

その名を叫んだ時、すでに仲間たちは息絶え、冷たい床に転がっていた。
今の今まで楽しそうにカードをしてた奴らも、俺に優しい笑顔を向けていたロッドも、 一瞬で消え去ってしまった。



麻痺した心は深く突き刺さった刃にも気が付かなかった

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