
『ノートに名前を書かれた人間は死ぬ』
最初にそれを知った時。「そんな物で人が殺せるか」と笑った覚えがある。
だが調べていくうちに日本警察が隠し持っているノートの存在が明らかになり、俺はどうしてもその殺人ノートを手に入れなくては、と思った。
キラに対抗するには、キラと同じ武器を手に入れなくては。
そう。必ずニアよりも先に――と。
俺が仕掛けたゲームに日本警察は簡単に踊らされ、その殺人ノートを交換の手段にした。
「――メロ。ほらノートだ」
ロッドが部下に運ばせた真っ黒なノート。
これがこのゲームの切り札。
やっと……手に入れた。
最後のカードは切られ、俺は遂にノートを手にした。
ニアよりも先に――。
「こんなもので……本当に殺せるとはな……」
ペラペラとノートを捲りながら軽く舌打ちをする。このノートの力は手に入れた際に裏切り者を始末するので試して実証済みだ。
これに顔を知っている人間の名前を書くだけであれほど簡単に人を殺せるなら、キラも楽な作業だったろう。
「で……まずはどうする?メロ」
「そうだな……手始めに……ニアが率いているSPKのメンバーを殺っとくか。スパイさせてた奴に写真と名前をもらってある」
「……まずは敵さんの戦力を奪うと言うわけか。よし。おいジャック!お前、そいつらの名前をこれに書け」
「え、お、俺がですか……」
「何だ……嫌なのか……?」
「だ、だってそれにはルールが……」
「ああ……"名前を書き込んだ人間は13日以内に次の名前を書かないと死ぬ"だったな……。だったら書いていけばいいじゃねぇか」
ロッドはそう言うと俺からノートを受け取り、ジャックに持たせた。
「どうせこれを刻んだり焼いたりしたらノートに触れた者は全員死ぬんだ。もう怖いもんなんかねぇだろ?」
「は、はい……」
ロッドの言葉を受け、ジャックは情けない顔で頷くと、渋々といった顔で俺が差し出した数枚の写真を見た。
「その写真の裏に映ってる奴の名前が書いてある」
「わ、分かりました」
「じゃあ、そっちでとっとと終わらせちまえ。SPKなんてウザったいだけだ」
ロッドがそう言うと、ジャックは後ろの椅子に座り溜息をつきながら作業を始めた。
これでニアの部下は半分以上いなくなるだろう……少しは悔しがればいい。
自分より先に俺にノートを奪われたことをな。
いつも無表情でパズルに興じていたニアの姿が頭に浮かぶ。
アイツはどういうやり方でこの事件のパズルを解いていくんだろう。
俺が送った信号は、お前に届いているか?ニア……。
「ところでメロ……日本警察にいる今のL……誰だと思う?」
ロッドは葉巻を吹かしながらソファにその巨体を沈めた。
「……さあ、な。今回の件で思った以上にマヌケだったところを見ると……今までキラを捕まえられなかったのも頷けるが……夜神ではない誰かってとこだろ」
「じゃあアイツの部下か……?夜神は泳がせるんだったな。とりあえず……後で電話して聞きだしてみるか」
「ああ……ニアの部下の始末が済んだら俺がかける。終わったら携帯を鳴らしてくれ」
そう言って立ち上がると、ロッドはニヤリと笑いながら「彼女のとこに戻るのか?」と訊いてきた。
ああ、とだけ応えると「まあ、ここんとこノートの件で動いてたし顔見てねぇんだったな。早く戻ってやれ」と苦笑いを浮かべている。
「……余計なお世話だ」
他の部下も笑い出したのを見て軽く睨みつけると、俺は早々に部屋を出て廊下を歩いて行った。
「ったく……」
からかわれたことへの苛立ちで小さく舌打ちすると、チョコを思い切り噛み砕く。
利用するためだけに組織へ入ったのに、どうも最近、馴れ合いが多い。
ロッドも何だかんだと世話を焼いてくれるのはのことを考えてだろうが、こんな関係に慣れていない俺としては少々居心地が悪い。
そう……どうせキラを殺した後には二度と会わない連中だ。
もアネットと仲がいいようだが、また少し忠告しておかないと。
少なからずアネットの仕事のことに関しては同情してるようだし、優しいのことだ。ここを出て行く時にアネットも一緒に……なんて言い出しかねない。
「……チッ。女は面倒だ」
「――それって誰のこと?」
「――ッ?」
階段を上がろうとした時、人の気配がしてハッと足を止める。
「アネット……」
階段の踊り場からひょいっと顔を出したのは、たった今、頭の中に浮かんだ女だった。こいつの部屋はこの上にないから、また俺の部屋へ行ってたんだろう。
「何してる……。またのところへ行ってきたのか?」
「そうよ。さんがメロにバレちゃったって言ってたから言い訳しに来たんだけど……」
「別にいい。それよりお前……色々とバラしてくれたそうだな……」
先日聞いたことを思い出して軽く睨むと、アネットは顔を引きつらせて一歩後ろへと下がった。
「……ごめん。まさか知らないとは思わなくて……」
「アイツはお前とは違う。あまり変な話はするな。まともに受け取る」
「私は嘘なんて言ってないもん……」
そう言って口を尖らすアネットに思い切り溜息が出る。
「もうこれ以上、に関わるな。いいか?」
「何よ、それ……。さんはまた来ていいって言ってくれてるもん」
「……アイツは優しいんだよ。だからこそお前に言ってるんだ。お前が行かなきゃいい話だろ」
「……」
階段を上がって目の前に行くと、アネットは明らかに不満げな顔をした。
「どうして私がさんと仲良くなったらいけないの……?」
「お前とは住む世界の違う人間だ」
「……そんなの分かってる!でも可哀想じゃない。毎日あんな風に部屋から出れないなんて……だから私が話し相手に――」
「余計なお世話だ。これからは俺が傍にいる」
そう言って階段を上がりかけると腕を掴まれた。
「放せ」
「さん、心配してる」
「……何?」
腕を振り払おうとした時、アネットが呟いた。振り向くとアネットは責めるような目つきで俺を見上げている。
「メロが今してること……彼女は何も知らないんだね」
「お前……!まさかに――」
「言ってないよ……。メロが夜神の娘を浚ったことは……。もちろんそれで手にした物のことも」
「……」
アネットは言いながら俺に抱きついてきた。
「おい――」
「私も……心配してるんだから……」
「……それこそ余計なお世話だ。お前はグレンの女だろう?アイツの心配でもしとけ」
アネットを引き離すと「二度と俺の部屋には近づくな」と言って階段を上がっていく。後ろからは「メロのバカ!大嫌い!」という声が飛んできて、アネットの足音が遠ざかっていった。
そう。それでいいんだ。こんなヤツを好きになったって応えてやることはできない。
俺の心を占めているのは……今も昔もだけだから。
「すまない、アネット……」
小さく零れた慣れない言葉にふと失笑が洩れて、俺はそのままの元へと歩き出した。
「あ、メロ!お帰りなさい」
ドアを開けた途端、ホっとしたような顔でが俺を出迎えてくれた。何も知らないとはいえ、俺が動き出したことは感づいてるんだろうし、アネットが言ってたように心配してくれてるのかもしれない。
「時間が出来たからちょっと様子見に来た」
そう言って目の前に来たを見下ろすと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。この笑顔だけで疲れた心も癒される。
「お腹空いてない?何か作ろうか」
「いや、下で食ってきた。は……ああ、もう食べたのか」
テーブルの上に並んでいる皿を見ると、は気まずそうな顔で「アネットに付き合ってもらって……」と呟く。まあ、一人で食べるのも寂しいだろうし、そのことについては文句も言えない。
「今、下で会った」
「そう……。何か……言ってた?」
「いや別に。何でだ?」
「ううん……何でもない」
首を傾げると彼女は誤魔化すように笑った。何となく気になって「何だよ」と彼女の腕を掴み、ソファへと座らせる。そう言えば……とアネットの言葉を思い出した。
――さん、心配してるよ?
最近、前のように傍にいれないことで、彼女も何かを感じているんだろうか。
「どうした?」
少し困ったように俯くに、俺は身を屈めて顔を覗き込んだ。はで、俺を見ようとはせず、ますます下を向いていく。
「何でもないってば」
「嘘つけ。何だよ、言いたいことがあるなら言え。気になるだろ……?」
の頬を両手で包んで顔を上げさせると、かすかに体が跳ねる。その反応にこっちがドキっとさせられた。
「な、何だよ……」
「何でもない……」
少し照れたように視線を反らす彼女を見たら俺の方が照れてしまいそうで軽く咳払いをした。
あまり意識すると何をしでかすか自分でも分からない。
少しだけ体を離し、ソファへ凭れかかった。するとは思い切ったように顔を上げ、俺の方へ体を向けると真剣な目で見上げてくる。
「やっぱり……ちょっと聞いてもいい?」
「何だよ……」
やっと言う気になったか、となるべく普通に聞き返す。
は膝の上でぎゅっと手を握り合わせると、小さく息を吐き出してから思い切ったように口を開いた。
「メロ……最近、忙しいみたいだけど仲間の人たちと……何してるの?」
心配そうに見つめてくるはいつもより真剣だ。上手く誤魔化そうにも言葉が出てこない。
何て言おうか考えていると、は小さく息を吐き出した。
「私にキラのことを話してくれないのは……気を遣ってるから?」
「……」
「だったら尚更訊きたいの……。メロが心配だから……」
の瞳は悲しげに揺れている。彼女にそんな顔をさせてるのが自分だと思うと胸が苦しくなった。
昔の笑顔を取り戻して欲しいと願いながらこんな状況に身を置かせてるのも俺で、その現実が更に気持ちを焦らせる。早く、早くをこんな場所から連れ出して日の当たる暮らしをさせてあげたいと思うからこそ、手段も選ばず強引にノートを奪った。
でもそのせいでに心配かけてる俺は、やっぱりLの代わりになんてなれないんだろうか。
「メロ……応えて……?お願いだから」
俺の腕に縋りつきながら瞳を揺らす彼女に軽い眩暈すら感じる。胸の痛みと共に鼓動が一気に加速していく。
彼女が日本にいる時、きっとLと共に毎日一緒にいたであろう夜神の娘を浚い、殺人ノートと交換したと言えば彼女は何て言うんだろう。
それこそ俺を軽蔑するんじゃないか、と恐怖にすら近い不安を感じてしまう。それでも実際ノートを手に入れた今となっては、何もかも隠して行動するのもキツイかもしれない。
ならば……方法だけは隠してノートを手に入れたと話すべきか。
はキラの殺しの方法があの殺人ノートだということは知ってるだろう。あのノートは元々Lが死ぬ間際にヨツバのヒグチを追い詰めて手にしたノートだ。
だって知っていてもおかしくはない。
「メロ……?」
黙ったままの俺を不安げに見上げるに胸が痛んだ。
ノートのことを話せば、また思い出させてしまうだろうか。
Lの……最期の姿を――。
「……実は――」
覚悟を決めて口を開いた瞬間。俺の携帯が静かな部屋に鳴り響く。はハッとした顔で俺から腕を放した。
「悪い。ボスからだ」
それだけ言って立ち上がると、彼女へ背中を向けて通話ボタンを押した。
「何だ。ああ、そうか。今すぐ戻る」
それだけ言って電話を切った。内容はニアの部下を殺ったというロッドからの報告。
そうとなれば俺はこれからやらないといけないことがある。
軽く息をついて振り返ると、も気づいたのか僅かに笑顔を見せてくれた。
「また行かなくちゃいけないんでしょ?」
「ああ……悪い」
「ううん、いいよ。メロにはやるべきことがあるんだから。でも……気をつけてね」
「……分かった」
無理に笑顔を見せて立ち上がるに、胸の痛みが増していく。何も知らされなければ誰だって不安になるに決まってるのに。
タイミングを逃した言葉は喉の奥で苦い固まりとなっている。
俺はまた彼女を不安にさせてるんじゃないか、と心配になった。
「じゃあ……下にいるから何かあれば携帯に――」
「うん。分かってる」
「じゃ……待ってなくていいから早く寝ろよ?」
「……やだ。その台詞、昔は私がメロやニアに言ってたのに」
軽く吹き出すを見て笑みを返し、申し訳なく思いながらもドアの方へ歩いて行く。
きっとまた明日の朝まで戻っては来られないだろう。
本当ならを一人にしたくないが、まさか目の前で夜神や大統領といった奴らに電話をかけるわけにもいかない。
軽く息を吐いてドアノブを回したその時、いきなり背中にトン、と何かが当たり、腰の辺りに細い腕が巻きついてきた。ギョっとして慌てて振り返れば、が俺の背中に抱きついている。
「な……何してる」
の体から伝わってくる体温に一気に顔の熱が上がった気がした。今までの方からこんな風に抱きついてきたことは一度もない。
「……?おい――」
「……メロ」
「何だよ?どうした……?」
なるべく普通に話そうと思うのに、背中から伝わる全ての感覚に神経が向いて鼓動がうるさいくらいに早くなっていく。このままだと抱きしめ返してしまいそうだ、と彼女の腕を放そうとした。
その時、の小さな声が俺の耳に届いた。
「危ないことはしないで……」
「……え?」
「一人で無茶しないで」
「……」
「お願いだから――死なないで……」
震える声。少しづつ強くなっていく腕の力。それら全てにの思いを感じる。
「―――ッ」
たまらなくて、気づけばの腕を掴んで正面から強く抱きしめていた。
「メ、メロ……?」
「俺は……死なない……」
「……っ」
「だから……そんな顔すんな……心配で行けないだろ」
「ん……うん……ごめ……ん」
俺の言葉には何度も頷いた。震える手でしがみ付いてくるが愛しくて、彼女の頬に触れるだけのキスを落とし、俺はそのまま部屋を出た。
限界だった。
自分の想いを殺すことが苦し過ぎて。
メロが出て行ってから暫くの間、力が抜けてその場にへたり込んでいた。ふと時計を見ればあれから一時間は経っていて、慌てて夕食の後片付けにかかる。
その間も何度か手が止まり、さっきの自分の行動を思い出しては顔が赤くなった。
何も話してくれないから心配でたまらなかった。
メロまでがいなくなってしまったら、と思うと息苦しくて胸が張り裂けそうになる。
さっきメロが出ていこうとした時。メロの背中を見ていたら無償に怖くなった。どこか遠くへ行ってしまうような気がして。
だからついあんなことを言ってしまった。
Lが夢に現れる時、最後は必ず私に背を向ける。悲しくて、何度も彼の名前を呼ぶのに、その背中はどんどん離れて行く。手を伸ばしても決して届かない。
さっき夢の中のLと、メロの背中が重なって見えて本気で怖くなったのだ。
もう大切な人の去っていく姿なんて見たくない――。
メロはどう思ったんだろう。酷く驚いてたような気がする。
自分のしたことを思い出して改めて顔が赤くなった。アネットからメロの気持ちは聞いたけど、それが本当なのかも分からないし、本人に何かを言われたわけじゃない。
(でも……)
そっと火照った頬へ触れてみる。メロにキスをされた頬が熱い。
窓を開けると外から冷たい秋風が吹いて、火照った頬を冷やしていく。
空を見上げれば青白く光る月。
――そんなに月が好きなら……いつかにプレゼントしますよ。
遠い昔、Lが私にしてくれた嘘のような約束。
――なんなら……月で結婚式でも挙げましょうか。
貴方がくれた沢山の約束は、今でも私を苦しめる――。
「ねぇ……L。貴方以外の人を――好きになってもいい?」
ずっと、ずっと、ずっと、ずっと……貴方の隣にいたかった。
でも私は"そこ"へはまだ行けないから。
「――ごめんね、L……」
そう言って月を見上げると、遠くに輝く星が一瞬だけ強く光ったように見えた。
君の生きてる姿が好きだよ、と言って貴方は笑った。
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