太陽の熱が姿を隠して冷たい風が吹く。季節は巡り、秋の香りが漂う。
Lを失くした季節が、またやって来る――。



最近のメロは忙しいのか、昼間は殆どいない。それでも夜はちゃんと帰って来てくれるし、私の傍にもいてくれる。必要なものは全て揃えてくれるから何も不自由はなかった。
ただ一人で静かな部屋にいると嫌でも悪いことばかり考えてしまって、得体の知れない恐怖に襲われるのだ。
この季節は嫌いだ。あの悪夢を思い出すから。
Lがいなくなってから、5度目の秋が訪れようとしていた。



⌘ ⌘ ⌘



さん、美味しいケーキ買ってきたの。一緒に食べない?」

そう言って部屋を訪ねて来たのはアネットという少女だ。最近、彼女はメロのいない時によく顔を見せるようになった。彼女と交流することをメロはあまりいい顔はしない。だけど私も昼間は一人が多いし、やっぱり誰かと話すと気が紛れる。だからメロには内緒で時々彼女を部屋に入れていた。

「どうぞ」

ドアを開けて中へ促すとアネットは嬉しそうに微笑んで部屋の中に入って来た。

「これね、近所で有名な店のケーキなの。さん、ケーキ好き?」

キッチンでお皿を用意してると無邪気に聞いてくる。

「うん。大好きよ」
「ホント?良かった!あ、これ!このショートケーキが美味しいの!」

彼女は箱を開けて早速ケーキを取り出す。私は淹れたての紅茶をカップに注いだ。
ケーキ独特の甘い香りが部屋に漂い、その香りと共に今も胸を痛くする記憶が鮮明に蘇ってくる。

――甘いものは脳を活発にしてくれますから。

そんなことを言いながらLもケーキを好んでよく食べていた。

(その中でもLは苺のショートケーキが好きだったっけ……)

ケーキをお皿に乗せながら、ふと大好きな苺を最後に食べていたLを思い出して笑みが零れる。

「あー何笑ってるの?思い出し笑い?」

アネットが笑いながら私の顔を覗き込んできた。

「そう……かな?」
「ふーん。あ、もしかして夕べのこと思い出して笑ってたとか?」
「え?夕べって……?」

いきなり怪しい笑みを浮かべるアネットに首をかしげると、彼女はニヤリと笑って私の腰を肘で突付いた。

「夕べはメロが激しかったんじゃないのって話よ」
「……え?」

一体、何のことかと目を丸くすれば、アネットは楽しそうに笑い出した。

「まーたトボケちゃってぇ~!セックスよ、セックス!」
「……は?!な、何を言って……!わ、私とメロはそんな関係じゃないの」

彼女の言葉にビックリしたのと同時に顔が真っ赤になるのが自分でも分かった。
アネットは口を開けて驚いたように私を見ている。

「え、嘘でしょ……?やっぱ何もないってわけ……?あのメロ・・・・と……?」
「な、ないも何も……もともと私とメロは家族同然って言うか……弟みたいな感じで――」
「そう、なんだ。まあ……恋人じゃないってのは聞いてたけど……メロのことだからもうヤっちゃったのかと思ってた」
「ま、まさか……!(って言うかメロのことだから……って何?!)」

ズバズバとものを言うアネットに年上の私の方がドキドキしてしまう。特に最近はメロを一人の男として見るようになってから、一緒の部屋で寝るのも意識してる自分がいるから。
でもメロは当たり前のように何もしてはこないし、私だけが変に意識をしているようで恥ずかしいんだけど……なんて思いながらもすぐに話題を変えようと軽く咳払いをした。

「そ、それより……アネットの恋人はどの人なの?」
「え……?」
「最初はメロの恋人かと思ったんだけどメロは違うって言うし……この組織にいるなら誰かの恋人なんでしょ?」

前から気になっていたことを尋ねると、途端にアネットの顔から笑みが消えて困り顔のまま俯いてしまった。何か訳アリなんだろうか。

「アネット……?」
「そっか……さん聞いてないんだね、私のこと」
「え……?」

心配になって顔を覗き込むと、アネットは思い切ったように顔を上げて私に微笑んだ。

「あのね。私は誰の女でもないの」
「どういう……意味?」

笑顔なのにどこか悲しげに見える。彼女は軽く息をついて肩を竦めた。

「私は組織に雇われてる売春婦だよ、さん」
「え……っ?」

アッサリと言われて私は言葉を失った。
まさか。だって彼女はまだ17、18歳だってメロが言ってたのに。

「私は子供の頃からスラム街で暮らしてて……今のボスに15の時に買われたの。それで気に入られて組織で雇ってもらったんだ。毎日2人以上は客をとって、それで稼いだ金は半分以上、組織に回る。時々は組織の男達にお小遣いをもらって相手をすることもあるし、無理やりヤラれることもあるけど、生きていくには組織に属してた方が楽なの」

全てを諦めたようにアネットはサバサバした顔でツラいことを話してくれている。それを黙って聞いていたけど、輝きを失った彼女の瞳が潤んでいることに気付いて私は息を呑んだ。

「だから誰の女でもない……。そうねぇ……言ってみれば私は皆の所有物ってとこかな?」

それでも明るく言葉を続けるアネットに胸が痛んで、思わず彼女を強く抱きしめた。

「え、……さん……?」

アネットはかすかに声を震わせた。抱きしめる腕に力を入れて、彼女のふわふわの髪をそっと撫でる。

「……もういいよ。ごめんね。そんな話させちゃって……何も知らなくて」
さん……」

彼女が生きていくにはこうするしかなかったんだろう。
誰も救ってくれる人なんていなかったんだろう。
そう思ったらたまらなく胸が痛んだ。
まだ十代という若さで生きるために体を売らなきゃいけなかったアネットは、どれだけ汚いものを見てきたのか。
私が彼女の歳の頃にはすでに両親がいなかったけど、でもそれなりに守られてたはずだ。
私はキルシュに拾われて救ってもらった。手を差し伸べる相手が違うだけで、こうも違ってしまうものなのか、と涙が零れた。

「な、泣かないでよ、さん……私なら平気だよ……?」
「ん、ごめん……」

慰めるつもりが何故か彼女の方に慰められて腕を放す。でも今度はアネットが涙を浮かべた顔で微笑んで「優しいんだね……」と私の手を握った。

「さすがメロが大切にしてる人なだけあるよ……」
「……え?」
「こんな風に私を優しく抱きしめてくれた人は……初めてよ?」

アネットはそう言って、やっぱり泣きそうな顔で微笑む。

「男なんてヤるだけヤったら後は金を払うだけ。抱きしめてもくれないからさ」
「アネット……もういいから」

つらくなって首を振ると彼女はそれでも嬉しそうな笑顔を見せた。

「あ、でもね。メロは違ったの」
「……え?」

その言葉にドキっとして顔を上げると、アネットは頬を赤くしながら目を伏せた。

「メロは……組織に入って来た時から皆と違う雰囲気持ってて……気になってたんだ。で、誘われてもいないのに無理やり私から押し倒しちゃったの」

明るくそう話すアネットの言葉に、何故か胸が痛んだ。恋人じゃないとは言ってたけど、どうやら体の関係はあったらしい。

「じゃあ……メロとも?」
「うん。あ、でもメロは他の男と違ってヤった後も凄く優しいんだよ?言葉とか素っ気ないんだけど……必ず最後にキスをしてくれるの」
「そう、なんだ……」

自分でも顔が強張るのを感じた。メロが彼女と……と思うだけで胸の奥が焼け付くような痛みが走る。

「だから……気付けばメロのこと……好きになってた」
「……っ?」
「でもいつも誘うのは私の方からだったし、メロにはずっと忘れられない人がいるって分かってたから……」

アネットはそう言って顔を上げると、寂しそうな笑顔を見せた。

「まあ、もともと娼婦の私が人を好きになることじたい間違ってるんだけどね!メロに好かれるはずないって分かってるのに……」
「アネット……」

いつもは明るい彼女が寂しげに唇を噛み締めるのを見ていたら、ああ、本当にメロのことが好きなんだな、と思った。言葉は強がってるのに今にも泣きそうな顔をするアネットを見て、私はもう一度彼女を抱きしめた。
メロは好きでもない女の子を抱いたりするはずがない。
きっと少しは彼女に気持ちがあったはずだ。

「メロは……昔から優しい子だったの。だからアネットのことだって軽い気持ちじゃ――」
「ううん……メロの気持ちは……知ってるんだ、私」
「……え?」

その言葉にドキっとして体を離すと、アネットはかすかに微笑んだ。

「メロの気持ちは最初から一つしかないの。その人にしか向かってない。何度メロが私を抱いたって、私はその人に絶対に敵わないの」
「アネット……?」

(どういう、意味……?メロの気持ちって……メロに好きな人がいるとでも言いたいんだろうか。でもそんな話は――)

真っ直ぐに私を見つめてくる彼女を見ていたら、何かが頭の中で弾けた気がした。
アネットがふっと笑みをこぼす。

「メロってば大切な人に肝心なことは何も言ってないみたいね」
「何の……話……?」
「メロの好きな人の話。ずっと前から好きだった人の話……。もう随分と前からのね」

アネットの言葉が頭の中でぐるぐると回ってる。だけど、そのうち一つの答えを導き出した。

「じゃあ……メロの好きな人って……」
さんだよ…」

そう、アネットが小さく呟いた。



⌘ ⌘ ⌘



静かにドアを閉めてアネットは廊下へ出た。そして一人になった瞬間、大きく息を吐き出す。
結局あの後はも考え込むことが多くなり、それほど話も出来なかった。

「ごめんね……さん……」

本来なら他人が言うべきことじゃない話を伝えてしまい、アネットは少しだけ後悔していた。
しかしメロのことを弟としか見ていない彼女がメロの気持ちを知ったら。
メロの傍からいなくなってくれるかと僅かな期待を持ったのだ。それに彼女がここからいなくなれば、あの蛇のように執念深い男も諦めるだろう、と――。
ふと先ほどに抱きしめてもらった時の温もりを思い出し、アネットは軽く唇を噛み締めた。

「ごめんなさい……」

もう一度呟くと、アネットはゆっくりと歩き出した。

「――おう、どうだった?」

部屋へ入るなりグレンはニヤニヤしながらアネットをベッドに押し倒す。それに抵抗するでもなく、アネットは無表情でグレンを見上げた。

「別に……今日も普通に話してきただけ」
「そうか。まあ今のうちに仲良くなっておけ。お前にはやってもらわないといけない仕事があるからな」

獣のように舌なめずりをするグレンを見上げながら、の優しい笑顔を思い出して胸が痛んだ。
このままグレンに協力すれば、は傷つけられて殺されてしまうだろう。その時、嘆き悲しむメロを、グレンは陰で笑うつもりなのだ。

「メロの奴、ボスに頼んで自分の部屋には男を近づけさせないようにしてやがるからな……女のお前に手伝ってもらわねえと。メロの女に心を開かせて部屋からいつでも連れ出せるようにしとけよ?いいな?」

グレンはアネットの首すじを舐めながら、厭らしい手つきで胸の膨らみを弄る。それに何の反応も示さず、アネットは黙って天井を見つめていた。

「おい……つまんねえから声くらい出せよ」
「……ねぇ、グレン」
「……あ?」

不意に口を開いたアネットに、グレンは手を止め顔を上げた。

「どうしても……やらなくちゃダメ……?」
「何だと?まさかお前……今更やめたいって言うんじゃねえだろうな」

アネットの言葉にグレンの目つきが変わった。その凶器に満ちた目を見たアネットは慌てて首を振る。

「そ、そうじゃないけど……彼女をどうする気?」

恐る恐る尋ねると、グレンは口端を上げてニヤリと笑った。

「そりゃもちろん腰が立たなくなるまで思う存分犯して……その後は――」
「その後……は?」
「そうされたことが分かるように殺してメロの前に捨ててやるさ」
「……っ」

その時のことを想像して興奮してきたのか、グレンはアネットの服をいきなり引き裂き、その滑らかな肌にしゃぶりついた。

「ぁ……っ」
「ククク……その前にまずお前を可愛がってやるよ」

怖いくらいの不気味な笑みを浮かべるグレンに、アネットは抵抗する気も失せ、強く、強く目を瞑る。体を好き勝手に弄られながらも頭に浮かぶのは、暖かいの腕の温もりと、たまに見せるメロの優しい笑顔だった。



⌘ ⌘ ⌘




夜になり、アジトでロッドと話している際、後ろからドタドタ走る音が聞こえてきた。チョコをかじりながら視線を向けると、部下の一人が青ざめた顔で走り込んでくる。

「ボ、ボス!!」
「何だ?静かにしろ」

いつものようにソファで女と寛いでいたロッドは、目の前に走りこんできた部下を見て顔を顰めた。

「すみません!ついエディと二人でウトウトしちまって、その隙に……タキムラがネクタイで自殺を――」
「ああっ?バカヤロウ!人質が死んじまったら何にもならんだろーが!」

最悪の報告を受け、ロッドは腹立たしげに怒鳴った。だが俺は「いや、それでいい……」と呟く。

「……あ?」

思わず口元に弧を描いた俺を見て、ロッドは怪訝そうに眉根を寄せた。

ヒグチ……キラの能力を持っていた男。そしてヨツバグループの躍進に伴う、様々な不自然な死。
もしキラが人質となったタキムラを殺ったんだとしたら……キラは顔も名前も分からぬ我々には手出しができず、口封じのためにタキムラの方を……?
ならば、キラはこの誘拐を知ってた者。
しかし……もちろん本当の自殺の可能性もあるが――。

「おい、メロ……いいってどういうことだ?」

様々な可能性を考えていると、ロッドが説明しろと言わんばかりに俺を見上げている。
俺はパキッとチョコを噛み砕いた。

「次は夜神総一郎の娘、夜神粧裕をさらえ」

そう言った俺を見てロッドは呆気にとられた顔をしている。この計画は全て俺が仕切ることになっているからか、特に反対する素振りもない。

「しかし……キラも殺せなかったマフィアのボスの首を土産に入って来たほどの奴が、何故そこまでノートに拘るんだ?」

部下の一人が俺に問いかけてくる。ソファで拳銃の手入れをしていたグレンがこっちを見てふっと笑みを浮かべた。
それを無視してチョコを噛み砕くと「ノートだけじゃない」とだけ応えておく。

「どういう意味だ?」
「キラの首……そしてキラに関わらず邪魔な者は殺し、一番になる」

俺のその言葉にロッドだけが楽しげに笑うとウイスキーを一気に飲み干した。

「ああ、メロの言うとおりだ。キラは邪魔だ。たとえ我々が組織として一番だろうと、キラがいる限り二番でしかない。キラを殺るにはキラを知る。キラの殺しの道具と同じ物があるなら、まずそこからだ」

ボスが俺と同じ考えを口にすると、グレンだけは面白くないといった顔で俺を睨んでくる。
それに気付いたロッドは鼻で笑うと、部下の顔を見渡した。

「メロの言うとおりにやっていれば間違いはないんだ。メロが来てから一度でも間違ったことがあるか?」

ボスの言葉に皆は急に押し黙り、互いの顔を見合わせている。そんな奴らに苦笑すると、俺はもう一度「夜神の娘をさらえ」とだけ告げて、そのまま自分の部屋へと向かった。

「……いよいよ大詰めだな」

独り言ちながら軽く息を吐く。仲間の前じゃ気を張っているせいか気づかないが、こうして一人になると緊張が解れて睡魔がじわじわと近づいてくる。
それにここ最近は自ら動いているためとあまり話せていない。
そう思って今日は早めに戻ってきたが、すでに夜中の12時をまわろうとしている。
彼女もとっくに寝てしまったかもしれないと思いながら、静かに部屋のドアを開けた。

「あ、おかえりなさい……」

中へ入ると意外にも明かりがついていてがソファから立ち上がった。
パジャマは着ているが本を読んでいたらしい。読みかけのそれをソファに置いて俺の方に歩いてくる。

「起きてたのか」
「うん。遅かったね」
「ああ……悪い。ちょっと遠出してたから」

そう言いながらジャケットを脱ぐと、がそれを受け取りクローゼットへしまってくれる。その様子を見ながら、何となくいつもと違う雰囲気を感じて首をかしげた。

「あ、そうだ……メロ、ご飯食べた?」
「ああ……外で食ってきたけど……」
「そ、そう……じゃあ紅茶でも淹れるね」
「あ、おい……」

はそう言うと俺の横をせわしなく通り過ぎ、キッチンへと向かう。やっぱり少し変だ、とは思ったが、昼間はずっと一人なんだし、俺という話し相手が出来てテンションが上がってるだけなのかもしれない、と思い直した。

「あのさ……俺、もう少ししたら――って、これ……どうした?」
「え?」

冷蔵庫を開けると買った覚えのないケーキの箱を見つけて尋ねた。
振り返ると彼女はハっと息を呑み、慌てたように視線を反らす。その様子に嫌な予感がしての方へ歩いていった。

……部屋から出て外に行ったのか?」

には危ないから部屋から出るなと言ってある。だがは俺の言葉に首を振ると「い、行ってない……」とだけ応えた。

「じゃあ……これは?」

僅かに目を細めてケーキの箱を持ち上げてみせると、彼女は観念したように口を開いた。

「それは……アネットがくれたの」
「……は?」

予想外の名前が飛び出してドキっとした。出来れば男以外でになるべく関わって欲しくない相手だ。

「アネットって……アイツがここに来たのか?」
「うん……」

は叱られた子供のように上目遣いで俺を見て頷いた。その可愛い表情にドキリとさせられたものの、ホントに年上なのか?と突っ込みたくなる。いや、その前にアネットが何の用でに会いに来たのかが気になった。

「で……部屋に入れたのか?」
「だ、だって……」
「誰が来てもドア開けるなって言ってあっただろ」

溜息交じりでそう言えば、は僅かに唇を尖らせ顔を上げた。
その顔も確かに可愛いけど、何となく地雷を踏んだようで怖くなり、一歩後ろへ後ずさる。

「な、何だよ、その顔……」
「メロはいいよね。好きに出かけてくんだから……」
「……え?」
「でも私はずっと一人で凄く暇だし寂しいの。だからアネットが来て話し相手になってくれてるだけだもの」

は頬まで膨らませて俺を睨んでいる。そんな顔で怒られてもハッキリ言って可愛いだけで怖くも何ともない……が。に怒られるのは昔から苦手だった。

「それは分かるけど……だいたいアイツと何を話すことがある?とアイツじゃ話なんて合わないだろ?」
「何それ。それって私が彼女よりオバサンだからって言いたいわけ?」
「は?違うって!そんな意味じゃ……」

ますます目を細めて唇を尖らせるを見ているうち、俺はガラにもなく焦ってきた。他の女なら怒鳴って終わりだが、にだけはそんなこと出来るはずもない。

「俺が言ってるのはそう言うことじゃない。そんなに怒るなよ……」
「怒ってないもん……」
「怒ってるだろ?もういいよ……」

溜息を吐きつつケーキの箱を冷蔵庫に戻そうとドアを開けた。

「で……アイツと何を話した?」

に背中を向けたまま何気なく問いかけた。一瞬の沈黙の後、がポツリと「彼女の生い立ちや仕事のこと……」と呟くのを聞いて、うっかり箱から手を離してしまった。ボコっと嫌な音が鳴る。

「ああ!」
「あ……」

ケーキの箱が床へ落ちたのを見たが悲しげな顔で俺を見た。

「ま、まだ3つも残ってたのに……っ」
「わ、悪い……」

慌てて箱を拾い、すぐに中身を確認してみたが、案の定ケーキは倒れ、無残にも形が崩れてしまっている。

「あぁ……」
「わ、悪かったって……」

の悲しそうな顔を見て頭をかくと、彼女は俺の手から箱を奪い「私の苺のケーキが……」と呟いている。その表情があの人・・・と重なった。
思わず吹き出しそうになったものの、ここで笑えばまた怒られる。そこは必死に堪えた。

「明日俺が買って来てやるよ」

瞳を潤ませながら俺を見上げるに、そう言って謝った。彼女も彼と同じで昔から甘い物に目がないのはよく知っている。
そう。は何から何まで、Lと似通っていた。

「もういい……アネットにはメロが謝ってよね」
「何で俺がアイツに――」
「……何?」
「い、いや……分かった」

ジロっと睨みながら振り返る彼女を見て素直に頷いておく。ここで逆らえば説教が長引くのも、よく分かっているからだ。ただ――何だろう。今日はちょっと機嫌が悪いようだ。部屋にこもっているから、そろそろストレスが溜まってきたのかもしれない。

少しの心配をしながら、悲しそうにケーキの箱を冷蔵庫に戻しているを見た。
心配しすぎだとは分かってはいるが、やはり一人で残すのが心配で大げさなほどに彼女を皆から遠ざけている。確かにアネットみたいな同姓なら部屋で話すくらい許してもいいが――。
アネットとの関係はにバレたくない、と勝手なことを思ってしまうのも事実。
だからこそ必要以上にアネットはから遠ざけたい存在でもあった。でもアイツの仕事の話を聞いたなら、もうバレてる可能性も――。

「ねぇ。メロ……」
「ん?」

少し動揺して頭の中であれこれ考えていると、が不意に立ち上がり俺を見上げた。
彼女の瞳は何となく真剣でドキっとする。

「……メロはアネットのこと……どう思ってる?」
「……あ?どうって別に……」
「ホントに?可愛いなぁ……とかくらいは思ってるんでしょ?」
「……はあ?何言ってんだ。そんな風に思ったことなんかない」

の様子に鼓動が早まる。何でこんな質問をしてくるのかよく分からなかった。やっぱりアイツに俺との関係を聞いたのかもしれない。

「何でそんなことを訊く?アイツに……何か言われたのか?」

そう尋ねながらチョコを咥えてソファへ座ると、彼女は何か言いたげな顔で隣に座った。

「だから……ほら……アネットとメロはその……」
「……何だよ」

一気に鼓動が早まっていく。やはり、この様子だと聞いたのかもしれない。
なかなか言い出せないのか、彼女は視線を泳がせてモゴモゴと口の中で呟くだけだ。

……?」

顔を覗き込むと、至近距離で目が合った。一瞬、ドキっとしたが、の方も同じような顔をして慌てて体を離す。

「何だよ……」
「だ、だから……メロはアネットと……そういう……関係、なんでしょ……?」
「……」

今度は俺が視線を泳がせる番だった。内心、舌打ちをしながらペラペラと喋ったアネットの口の軽さに多少なりとも苛立ってくる。
勝手かもしれないが、やっぱりには俺が遊びで女と寝るような男だなんて思われたくない。
いや、実際のところ彼女に会う前の俺はそうだったのかもしれないが。

「好き……とか思ったりしないの?」

はまだそんなことを聞いてくる。いったいアネットから何を聞いたんだろう、と不安になってきた。

「なるかよ……。アイツの仕事聞いたんだろ?その一環でそうなっただけで俺は別に……」

いつもより口数が多いのが自分でもよく分かる。ペラペラと口が回るのはやはり動揺してる証拠だろう。そんな俺をは怖い顔で見上げた。

「お金で……ってこと?」
「……ああ」
「少しも好きとか思ったりは……?」
「一度もない」

少し素っ気ない言葉になるのは早くこの話題から逃れたいせいだ。それにが何故そんなことを気にするのかが分からない。
好きで抱くのと金で抱くのとじゃかなり違うし、は俺に金で女を抱くような男になって欲しくなかった、と責めているんだろうか。

「アネットに何を聞いたか知らないが……俺に特別な感情はなかったよ」
「……メロ」
「軽蔑……したか?」

スッパリ認めたくせに嫌われるのが怖くて、ついそう問いかけていた。
でもは目を伏せて小さく首を振る。それには心の底からホッとした。

「でも……何でそんなにアネットの事を気にするんだ?」

ホっとしたのと同時に疑問も浮かんでくる。そもそも俺が誰と寝ようが、にとっては関係のない話だろうし、まして嫉妬するはずもない。
でも……少しは妬いて欲しい、なんて。俺の我がままなんだろうな。

「アネットは……メロのこと好きだって……」
「……え?」

いきなり言われてドキっとした。そういや、この前アネットがそんなことを言ってきたな、と思い出す。

「だから……もしメロも同じ気持ちならって思っただけ!」
「あ、おい――」

はそう言うと徐にソファから立ち上がり、キッチンへ歩いていく。その様子が少しイライラしてるように見えて俺も立ち上がった。

「おい……?」
「……何?」
「……怒ってんのか?」
「べ、別に怒る理由がないもの」
「でも声が怒ってる……」

彼女は素直だから何でも感情が表に出る。だから機嫌が悪いのは間違いない。
の隣に立ち、顔を覗き込んでも視線を合わせてくれず、彼女は黙々と紅茶葉にお湯を落としている。やはりいつもの彼女じゃない。
だからつい「ああ、もしかしてヤキモチ妬いてんのか?」なんて、軽くおどけてみた。
もちろん本気でそう思ってたわけじゃない。少しでも空気が和めばと思っただけだ。
それなのに俺の一言での頬がかすかに赤くなった。

「そ、そんなはずないでしょ?はい、紅茶!」
「え、ああ……」

熱いカップを胸に押し付けられ、慌ててそれを受け取った。はといえば俺に背を向けて黙って紅茶を飲んでいる。その後ろ姿が何となく照れているような気がして声をかけられなかった。

――メロも男なんだなって実感しただけ。

ふとこの前、に言われた事を思い出して胸の奥がかすかに鳴った。
もし、少しでもが俺のことを意識してくれるんだったら……それほど嬉しいことはないのに。
もし、君をこの腕に抱くことが出来るなら――。



空が怖くても、花が枯れても、僕は歩き続けるだろう

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