
夢がある。今の俺が叶えられるのかどうかも分からないけれど、それでも許されるなら。
を連れて、あのウィンチェスターの田舎町に帰りたい。
皆で無邪気に笑いあったあの場所へ――。
新しく移動したビルはロッドが持つマンションのうちの一つだった。そこには幹部の者だけが入り、下っぱは近くの廃墟ビルで待機している。
「……?」
移動してすぐロッド達と念密な計画を立て、一夜を明かした。その後に彼女と二人だけで過ごすために与えられた部屋に戻れば、彼女は大きな窓から外のネオンを見つめていた。
「あ、メロ。終わったの?」
「ああ。それより休んでろよ。疲れただろ?」
ジャケットを脱いでソファに座れば、が隣にやって来た。
「眠れなくて……ここは夜も明るいのね」
「……そりゃ都会だからな。前のトコよりは賑やかだろ」
本来なら日の当たる場所が似合う彼女。
なのに今は俺の都合で人目を避けるような暮らしをさせてしまっている。それがひどく辛かった。
「ねぇ……メロは何をする気なの……?」
不意には不安げな目で俺を見た。彼女に計画のことは詳しく話していない。
きっと心配するだろうし、真っ当な方法ではないからだ。
「は何も心配しないでノンビリしてればいいさ」
「でも……」
「大丈夫だ。俺がを守るから」
そう言って彼女の頭に軽く手を置いた。でもは目を伏せると、「そうじゃなくて……」と呟いた。
「私はメロが心配なの。何か危ないことをしようとしてるって私だって分かる。私は……」
はそこで言葉を切った。そして小さく息を吐き出すと真剣な眼差しで俺を捕らえる。
「私はメロまで失いたくないの……」
彼女の言葉が、その一言が、今の俺にはどんな言葉よりも一番嬉しかったかもしれない。
「俺は……を置いて死なない。言ったろ?」
気の利いた台詞なんて出てきやしないけど、それでも今の自分の気持ちを伝えた。Lの代わりになんてなれない。けど、少しでも彼女が寂しくないように、また孤独の海に投げ出されないように。
俺はこの先も生きていかなくちゃならない。
それは汚いことにまで手を染めた俺の、唯一の救いでもある気がした。そのためのゴールはすぐそこまで来ている。
「少し寝ろよ。寝るまで傍にいるから」
「寝たら……またどこかへ行っちゃうんでしょ」
「行かない。ここにいる」
そう言って彼女の細い手を握る。両手で包み、安心させるように。
その時、はハっとしたように顔を上げて僅かに瞳を揺らした。
「……何だよ?」
その反応にドキリとして僅かに手の力を緩めると、彼女は小さく笑みをこぼした。
「何か……メロじゃないみたい」
「え?」
「ホントに……あの頃とは違うんだね」
は遠くを見るような目で少しだけ微笑むと、静かに立ち上がりベッドへ向かった。
「……?どうした?」
その様子を見て怪訝そうに眉を顰めれば、はベッドに横になりながら俺の方へ振り向いた。
「何でもない。ただ……もう私の知ってるメロじゃないんだなって思っただけ」
「……どういう、意味だよ」
その言葉で何となく不安になった。ベッドの端へ腰をかけ、彼女の顔を覗きこむ。
はそんな俺を見て意外にも少し照れくさそうな顔をした。
「だ、だから……メロも男なんだな、って実感しただけ」
「……っ」
いきなりそんなことを言われて俺の方が照れくさくなった。やっぱり今までは彼女の中で俺は少年の頃のままだったんだろう。
「だからこの前も言ったろ……。あの頃と違うって」
照れ隠しで素っ気なくそう言えば、は軽く唇を尖らせた。
「だって……仕方ないじゃない。私の記憶の中でメロは14歳のままだったんだから」
「もう19だよ」
「……うん」
は頷くと自分の手をベッドに置いたままの俺の手にそっと重ねた。
その体温にドキっとして手を引くと、彼女もまた驚いたように俺を見上げる。
「あ、ごめんね……」
「いや……いいから寝ろよ。もう夜中だ。俺はここにいるから」
彼女の肩までタオルケットをかけてやると、「メロは寝ないの?」と目を伏せた。
その顔が寂しそうで、どこか幼い子供みたいだ。
「俺は仲間からいつ連絡が来てもいいように起きてなくちゃならない」
「……そう。もし連絡きたらどこかに行っちゃうの……?」
「まあ……内容によってはな。でも今すぐってわけじゃないと思うし、心配するな」
安心させるように頭を撫でると、はやっと頷いてくれた。
「お休み、メロ」
「ああ、お休み」
はゆっくり瞳を閉じて、少しすると小さな寝息を立て始めた。彼女の寝顔を見ていると胸の奥が痛くなる。いくら男として見られても、きっとその先はない。
傍にいてやることは出来ても、それ以上は叶わない。
無邪気に頼ってくるを見ているとそれが少しだけ辛かった。
どれくらい、そうしていたんだろう。気付けばポケットの中にある携帯が振動していて、俺は慌ててベッドから立ち上がった。
もう済んだのか……思ったより早かったな。
「何だ?」
小声で電話に出れば思ったとおりの報告が俺の耳に届いた。
「すぐ行く」
それだけ言うと電話を切ってジャケットとコートを羽織る。そのまま部屋を出ようとしたが、ふと振り返っての寝顔を見た。
俺が戻るまで目を覚まさない欲しい。そう願いながら静かに部屋を出た。
ドアの閉じる音と共にゆっくりと目を開けた。一瞬だけ眠りに落ちたけど、メロが電話に出る気配で目が覚めたのだ。どこか緊張した声で話すメロに声をかけづらくて、寝たフリをしてしまったけれど。
「……やっぱり行くんじゃない」
再び一人になった部屋はどこか寂しくて、私一人だけが置いてきぼりをくらったような気持ちになる。
小さく息をついてベッドから起き上がると、そのまま窓際に向かってネオンが光る街並みを眺めた。メロはこんな時間からどこへ……ううん。何をしに行くんだろう。
「嘘つき……」
そう呟いて唇を噛み締める。さっきまで繋がれていた手の温もりを思い出すように、その手を胸に当てる。自分がこれほどまでに寂しがり屋だなんて思いもしなかった。
前はもっと強かったはずなのに―――。
今はメロが傍にいないだけでこんなに不安になるなんて。
ふと先ほど手を振りほどかれたことを思い出したら、ちくりと胸が痛んだ。
メロは私のことが心配で傍に置いてくれてるだけ。
幸せだった頃、一緒に過ごした"施設のお姉さん"を守ってくれてるだけなんだ。
姉のような存在で、メロが最も尊敬する"Lの恋人"としての私を――。
私たちの関係はそれ以上でも以下でもなくて。だからあまり甘えすぎちゃいけないんだ。
メロにはメロの世界がある。私の知らないメロの4年間が。
でも――あまりに優しくしてくれるから時々、勘違いしてしまいそうになる。
Lを失い、ポッカリと空いた大きな心の穴にメロが自然に入り込んできてしまうから。
気付けば傍にいてくれて、私に無償の優しさをくれるメロが、今は弟みたいな存在から男という存在へ変わりつつあった。
それは自分でも驚くほどで、だから余計に意識してしまう自分がいる。そして危険な場所に身を置き、今また何かをしようとしているメロを見てひどく心配になったのだ。
私の知らないところで仲間と密かに動いていることを知って、どうしようもなく怖くなった。
メロまで失いたくない――。
さっきメロに言った言葉に嘘はない。自然と心に溢れて口から出てしまった。
あの時、私は弟のように思っていたメロに惹かれていることを実感したのだ。
「L……見てる?」
夜空に光る星を見上げながら独り言のように問いかける。
「あの頃はLの後ばかり追いかけてたメロが……今は私を守ってくれてるんだよ。Lの代わりに……私の傍にいてくれてるの」
施設を飛び出し、必死で私を探し出してくれたことが素直に嬉しい。
「もしあの時メロに見つけてもらえなかったら……私はきっと貴方の後を追いかけてたかもしれないね……」
そんなこと、Lは絶対に望まない。そう思いながらも貴方を失った心は時間が経つにつれ壊れていって、私は何度も自分自身を殺そうとした。
でもそのたびにL……貴方の顔が浮かんで……どうしても死にきれなくて。
"……貴女だけは生きていて下さい"
そんなLの声が聞こえてくる気がして。
貴方への想いが私を躊躇させた。
ただ、それでも心だけがどんどん破壊されて、私は正気を失っていた。
そんな時、メロと再会して久しぶりに自分以外の体温を感じた。人はこんなに温かかったのかと気付いた時、私はこっちの世界へ戻ってこれたの。
息をしてるだけの、死んだも同然の生活から抜け出すことが出来たの。
メロは私と同じように傷つき、そして私と同じように貴方の死を悲しんでた。
昔、Lが私に言ったことがある。
――メロは一番人間らしいから苦労するんでしょうね。
施設でどうしても一番になれないメロを見て、Lが私にそう言ったのだ。
いつも淡々としていて感情を表に出さないニアと違い、メロは確かにあの中でも喜怒哀楽の激しい子だった。
でも、だからこそLも、そして私も、そんなメロを可愛がった。
尋常ではないことを学びながらも、人間らしさを失わないメロがとても好きだったのだ。
そしてLにいたっては、そんなメロをとても羨ましいと言っていたのを覚えている。
あのLが他人を羨むなんて初めてだった。
――私はこの能力のせいで人間らしさを失いました。常に冷静に物事を判断しないといけないからです。でも……いつかメロにその冷静さが備わったとしても……今の彼の良さは失って欲しくありません。
一番になれなくて落ち込んでいるメロを見た時、ついそのことを教えてあげたくなった。でも感情が入ってしまうと勉強の妨げになるかもしれない、と黙っていたのだ。
もしあの時、貴方の言葉をメロに伝えていたら……今のような無茶はしなかったんだろうか。
15歳の少年が裏の世界へ入ってマフィアに身をおくには、それなりのことをしてきたんだろう、と容易く想像できる。
でも、それでも私はメロを責める気持ちにはなれなかった。
メロは今、Lがかつて戦った"敵"を捕まえようとしている。たとえ、それが間違った方法でも、私に止める術はない。
「あの頃……貴方に認められたくて必死になってたメロが……今は自分のやり方で一番になろうとしてるんだよ」
だから……見守っていて。
両手を握り締め、そう願った。
それはLを失った後、神の存在を否定し続けてきた私の、初めての祈りだった。
カン、カン、カン。
暗い地下室へ続く階段を下りていく。前を行くロッドもいつになく神妙な面持ちだ。
その時、携帯が振動して仲間からの報告が入った。
「ああ……分かった。Y320、また報告しろ」
簡単な報告だけを聞き、すぐに電話を切る。そして目の前の錆付いた扉を開けると、薄暗い地下の奥に部下、他には椅子にくくりつけられた日本人の男がグッタリ項垂れているのが見えた。
「何か喋ったか?」
「日本警察はキラに逃げ腰になり、実際にLと動いていたのは夜神総一郎。模木完造。松田桃太のみ。そうだな?」
ロッドの問いに部下が答え、更に椅子に繋がれた男に尋ねる。男は顔も上げないまま弱々しく頷いた。
「ああ……宇生田という部下も死んだ……」
「で、警察庁長官であるお前がノートの存在を知らなかったわけか」
「はははっ。なってねーな、日本警察」
部下たちがバカにしたように笑う。でもそれも仕方のないことだろう。
Lは日本警察を信用していなかったはずだ。
少しでも疑わしければ、例え警察庁長官だろうと捜査内容を報告しなかっただろう。
(ならば……Lのいない今。夜神総一郎、模木完造、松田桃太の三人……)
俺はある想定をして男の方へ歩いていった。
「その中で一番、地位の高いのは本部を指揮し、刑事局長だった、今は次長の夜神だな?」
「ああ……」
「……」
(ならば……どんな手を使ってもニアより先に――)
パキッとチョコを噛み砕き、男の前に立った。
「いいか。アメリカも殺しのノートの存在を知り、キラを捕まえること……ノートを押さえることに本気で行動を開始した。先を越されれば何もかも終わりだ。俺の考えではノートは二冊。一冊はキラ、一冊は日本警察……。二冊とも我々が取る」
そこへロッドも歩いてきた。俺の肩に手を置き、大きく頷いてみせる。
「そうだ。メロの言う通り、一冊得れば殺しは簡単に……二冊得れば我々が殺される心配もなくなる。二冊取るんだ」
「お前にはそのための交渉の道具になってもらう」
俺がそう言うと男はうつろな目で顔を上げた。
「エディ。日本警察から返事が来るまでソイツを見張ってろ」
「分かった」
ロッドと二人で部屋を出ると、外に配置した部下たちの間をゆっくり歩いていく。
「これで日本警察がどう動くかだな」
「……日本人はアメリカと違い人質を優先する。必ず動くさ。それより……グレンの姿が見えない。どうした?」
「ん?さっきまでいたんだがな……。どうせ、また女のとこだろう」
「この大事な時に……」
軽く舌打ちして再び階段を上がっていく。大方、俺の指示で動くのが嫌なんだろう。
まあ逆に邪魔をしないでくれるならいない方がやりやすい。
「彼女はどうしてる?」
廃墟ビルから出るのと同時にロッドが口を開く。俺はビルの後ろにある高層マンションを見上げて「眠ってる」とだけ応えた。
「計画のことは知ってるのか?」
「いや……」
「そうか。まあ心配かけるだけだしな。なるべく傍にいてやれ」
「ああ」
散々、女を泣かせてきたような男にそう言われて内心苦笑したが、のことで親身になってくれるのはありがたい。
「ところで……前々から聞こうと思っていたんだが……」
「何を?」
月明かりの下、二人でマンションの方に歩き出す。
「あの子は恋人じゃないなら……どういう子なんだ?一見、お前さんには縁のないようなお嬢さんにも見えるが」
ロッドの言葉に思わず苦笑した。確かに今の俺の生きる世界とは無関係のような存在だ。
「オレが唯一尊敬する人の……恋人だった」
「……何?」
別に話そうとも思っていなかったのに、つい口から出てしまった。
「尊敬する人、というのは……」
「彼には色々なことを教わった。時に家族のような存在でもあり……俺の……師みたいな存在だ」
独り言のような俺の言葉をロッドは黙って聞いていた。いつになくおしゃべりなのは、一人で抱えるには苦しすぎる想いをガラにもなく誰かに聞いて欲しくなったからかもしれない。
「その男は……」
「……キラに殺された」
「そうか……。まあ……最初に会った時の彼女の様子を見れば何となく想像はつく。彼女は……何度も自殺未遂してたみたいだな」
「……」
体のあちこちに無数の切り傷。あの傷の数は尋常じゃない。
今でも時々ボーっと遠くを見ている彼女。それを見ていると怖くなるくらいに。
もう少し見つけるのが遅ければどうなっていたのか。
キラはLだけじゃなく、俺から彼女も奪っていたかもしれない。
「じゃあお前は……復讐のためにキラを探してるのか?」
ロッドの質問には答えなかった。もうそんな簡単な言葉で済まされないほどのところまで来ている。今はアメリカが作った組織で、ニアが率いるSPKよりも先に死のノートを手に入れる。
俺が一番になる方法はそれしかない。そしてに平和な日々が訪れるのも……。
この手でキラを殺し、を心の底から安心させてやりたい。
もう"死にたい"なんて思わないくらい、幸せにしてやりたいんだ。
「彼女に……伝えないのか?」
ポッカリと浮かぶ青白い月を見上げ、胸の痛みを誤魔化すように失笑した。
強く惹かれたのはそれが罪だと知っていたから――?
この気持ちが本物でも偽物でも、叫びたいことが確かにあるんだ
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