
静かな部屋に時計の音だけが響いてる。俺はかすかに覚醒して、その音を漠然と聞いてきた。
何か予感があったのか――。
その静寂な空気を彼女の悲痛な叫びが切り裂いた。
「いやぁぁぁ……っ!!」
「……!」
その声でソファから飛び起きると、ベッドで眠っていたが何か恐ろしいものを見たような顔で起き上がっている。その尋常じゃない姿に驚いて彼女の方へ歩いていった。
「おい、?どうした?」
「……L……Lが――」
「……?!」
「Lが連れて行かれる……あの死神に!!」
――死神?
「おい、!しっかりしろ!」
ダメだ。錯乱している。現にの瞳は何も見ていなかった。目の前の、俺でさえ。
少し乱暴だとも思ったが彼女の頬を軽く叩く。パンっという音と共に彼女はハっと我に返ったように視線を彷徨わせた。ゆっくりと瞳を動かし、俺の方を見るの頬に涙が伝っていくのを見て、それを指で拭ってやると、彼女の瞳は生気を取り戻したように見えた。
「メロ……」
「大丈夫か?」
酷く心配で、俺は彼女の頬を両手で包んだ。そうすることでも少しは落ち着いたらしい。ホっとしたような顔で俺を見つめている。
「どうした……?怖い夢でも見たか?」
「メロ……」
彼女の瞳に一気に涙が溢れた。それと同時に力が抜けたのか、俺の腕の中に崩れ落ちた。
「おい、……っ」
グッタリとしたを慌てて抱きとめ、そのままベッドへ寝かせてやった。
「どこか具合悪いのか?酷い汗だ……」
「メロ……」
優しく頭を撫でてやるとは縋るように力のない手をそっと差し伸べてくる。その仕草に少し驚いたが、細い頼りなげな手を壊れ物を扱うように優しく包む。そうすることで落ち着くかと思ったが、彼女は酷く怯えたような目を俺に向けた。
「傍にいて……」
「いるだろ?俺はここにいる」
きちんとの目を見て伝えると、彼女は子供のように首を振った。
「もっと……傍に来て……」
「……?」
「もっと……」
「どうしたんだよ……変だぞ?」
彼女の言葉に一瞬、鼓動が跳ね上がる。
「いいから……強く抱きしめて……」
安易に触れられない俺の気持ちなんか知りもしないは、ポロポロと涙を零しながらとんでもないことを言ってくる。けど哀願するように彼女は泣きじゃくりながら俺の手をギュっと握り締めた。
「お願い、メロ……これが夢なのか現実なのか私に教えてよ……っ」
その言葉に一瞬ビクっとしてを見つめた。何の夢を見たのか想像がつく。
俺は静かにベッドの端に座ると、彼女の方へ"おいで"というように腕を伸ばした。その瞬間、吸い込まれるように彼女の体が腕の中へと収まる。そうするだけで体が一気に熱を持ち、どうしていいのか分からなくなった。
それでも傷つけないよう壊れものを扱うみたいに華奢な体を包み込めば、彼女はまた困るようなことを口にした。
「もっと……強く抱きしめて……」
「……どうしたんだよ」
「お願いだから」
は俺の気持ちを揺さぶることばかり言ってくる。こうしてるだけで心臓が壊れそうなほど早くなっていくというのに。
これ以上、抱きしめていたら自分の気持ちを抑えられるか分からない。だが躊躇していると彼女の体がかすかに震えだしてハっと息を呑んだ。
「……?」
心配で顔を覗き込もうとした時、不意に彼女の腕が俺の首に巻きついてドクンと鼓動が跳ね上がった。
「おい、……」
「怖いの……」
「……怖い?」
「怖くて、怖くて……どうしようもないの……」
「何が怖いんだ……?」
彼女の恐怖が伝わってきて思わず抱きしめる腕に力が入った。も俺の肩越しに顔を埋め、首に回した腕に力が入る。
その時、信じられない言葉が彼女の口から零れ落ちた。
「……あの死神が……まだ生きてるから」
――死神……だって?
「おい、……死神って……誰のことだよ」
それが誰をさしているのか分からず問いかけた。けどは何も答えないまま、更に強く抱きついてくる。たったそれだけで体中が心臓になったみたいだ。
そのまま暫く彼女のことを抱きしめていた。の長い髪から甘い香りがして、俺の鼻腔を悪戯に擽る。昔から知ってるどんな女よりも、甘く優しい俺の心を揺さぶる匂い。
(このままじゃマズイな……)
の体温が俺の腕に馴染んでくるだけで胸の奥が疼いてきた。
「……苦しいって」
苦笑気味にそう呟く。なのには俺の首筋へ無防備に顔を埋めてくる。
首筋に彼女の吐息を感じた瞬間、背中がゾクリとした。
それでもどうにか理性を保ちながら、なるべく優しく声をかける。
「おい、くすぐったいって――」
「甘い匂い……」
「え……?」
「Lと同じ匂いがする……」
「……」
胸のどこかに痛みが走った。それでも体に走る甘い疼きは止まらず、仕方なく今度は強い口調で声をかける。
「おい、……」
「ん?」
「そろそろ離れろよ……落ち着いたんだろ?」
「もう少し……」
「……甘えるな」
「どうして?昔は私が甘えさせてあげたでしょ」
「……あのな。いちいち昔の話を持ち出して子供扱いすんな」
相変わらずガキのままだと勘違いしてる彼女に小さく息をついて体を放した。
いくら何でも今、子供扱いされるのはごめんだ。そんな思いと交差して火照った頬を冷まそうと彼女から離れようとした。
でもその際、不意に顔を覗かれてドキっとしたからか、慌てて顔を反らしてしまった。
「メロ……?」
「まだ明け方だし寝とけよ」
照れくさくて冷たい言い方しか出来ない。
彼女は軽く目を伏せると「寝るのはいや……怖いもの」と呟いた。
「は?何、子供みたいなこと言ってんだよ」
「だって……」
先ほど見た夢がよほど怖かったのだろう。縋るように俺を見つめてくる。その瞳を見るだけで再び顔が熱くなり、立ち上がろうとしたその時。またしてもが俺の心を揺さぶってきた。
「メロ、一緒に寝てくれる?」
「……は?」
あまりに驚いて慌ててベッドから立ち上がると、は驚いた顔で俺を見上げた。
「何言ってるか分かってんのかよ」
「何でそんなに驚いてるの?昔はよく一緒にお昼寝したのに」
「だから昔のことはもういい!」
昔の話をされると子供としてしか見られてないようで、ついムキになってしまった。
それでもは悲しそうな顔をする。
「お願い……横にいてギュってしてくれるだけでいいの。そしたら安心するから……」
そんなこと言うな。俺は……これ以上、お前を抱きしめる事なんて出来ない。
「お願い……もう一人は嫌なの……」
俺の心を知らないはそう言って腕を掴んでくる。その仕草ですら鼓動が早くなり、慌てて視線を反らした。
(ったく……俺が男だって分かってんのか?)
そう思いながら、今の気持ちをそのまま口にした。昔と同じだと思われたら、これからが大変だ。
「お前…ほんとに自分が言ってる意味分かってんのか?」
「……え?」
「俺は男で……お前は女なんだよ」
「当たり前じゃない……そんなの今さら……」
「……っ!」
アッサリと認める彼女に違う意味で顔が赤くなった。この口調は絶対に分かってない。
の中で俺はいつまで経ってもガキの頃のままだ。
腹立たしくて、もどかしくて。暫く黙っているとは小さく息をついた。
「怒ってるならいい」
「……」
そんな風にスネられると俺としても困ってしまう。
「別に怒ってない」
「だって……メロの顔怖いもの……」
「もともとこういう顔だ」
「……ぷっ」
「笑うな」
「ごめん……」
「はぁ……調子狂う……」
ちっとも分かってくれない彼女に困り果て、俺はガシガシと頭をかくと再びベッドの端に座った。
はホっとしたように俺の腕を放したが、彼女の中の不安を取り除いてあげたくて真剣な顔で見つめた。
「はもう一人じゃない。俺がいるだろ」
「……うん」
「だから何も怖がる必要はない」
「……うん」
「死神なんか俺が殺してやるよ」
「……え?」
俺の言葉には驚いたように顔を上げた。
彼女が恐れる存在なんて俺が殺してやる。本気でそう思った。
「死神を殺してLが戻るなら、俺がのために死神を殺してやる……何度だって……」
そう言ってを見つめると、彼女の瞳がかすかに揺れた。
この時の俺は本気でそう思ってたんだ。
たとえ、彼女が俺のことを愛してくれなくても――。
俺はいつから笑うことをやめたんだろう。
と再会するまではそんなことすら忘れていた。
昔の俺はよく笑う子供だったと思う。知らないことを覚えるのが大好きで人より勉強もしたし、一番になろうと頑張った。
それも全てLの存在のおかげだ。
でもその世界をある日突然、壊されたら――。
今日までの道のりを後悔したことがないと言えば嘘になる。それでも俺は逃げるわけにはいかない。色々なものを犠牲にしてきた。
人の命も、楽しかった美しい思い出も、そして自分自身さえも。
全てはこの最悪のゲームを終わらせるため。
全ては4年前から始まった、死神の殺人ゲームを――。
「うわぁ、海だ」
無邪気な顔で喜ぶ彼女を見ながら、俺はふと笑みを零した。車に寄りかかりながら、いつものようにチョコを噛み砕く。
寄せては引く波に足をつけて、彼女は楽しそうにはしゃいでる。そんな光景を見てると何もかもが夢なんじゃないかと思ってしまう。
でも現実にキラは存在し、Lはいなくなった。
――怖いの……。
夕べが呟いた言葉が頭に響く。酷く怯えた顔をした彼女をこの腕に抱きながら、俺は改めて計画していたことを実行しようと決心した。
の言う、"死神"を追い込むために。
「メロー。メロもおいでよ」
名前を呼ばれてハっと顔を上げる。はスカートの裾を掴みながら笑顔で俺に手招きしていた。
夕べのことがあったから心配で外へ連れ出したが、あの笑顔を見てると来て正解だったなと思う。
「俺はいい。濡れるのは好きじゃない」
「えぇ~?せっかく来たのに……」
は不満げに唇を尖らせ、こっちへ歩いてきた。その姿は昔とちっとも変わらない。よくLを困らせていたあの顔だ。
「メロってば大人になったら、ちょっと捻くれたんじゃない?」
「……は相変わらずガキだよな」
「え、私のどこがガキなのよ」
「そういうとこだよ」
苦笑交じりで尖っている唇を指せば、は手で口元を隠した。
「そうやってスネるとこ変わらないよな」
「そ、そうだっけ……?」
「そうだよ。いっつも小さなことでスネてLを困らせてたろ?Lが焦るのってのこと以外でなかったしな」
「そ、そうだった……?」
彼の名を口にするとは一瞬だけ目を伏せた。それでも俺は話を続ける。
「ほら。前に一度、施設に綺麗な女がLを尋ねて来たことあっただろ?」
「……え?」
「それをが勘違いして凄ーく怒ってさ。あの時のLはそれまでで最高に慌ててたな」
「あ……私が自分の部屋に閉じこもっちゃった時……」
「そうそう。その女は次の仕事をするために色々と準備をしてたキルシュの知り合いだったのに」
そう言っての顔を覗き込むと、彼女の頬が薄っすらと赤く染まって優しい微笑を浮かべた。
「そうだったね。なのに私は"Lが浮気した"って怒って閉じこもっちゃったんだっけ……」
「あの時は俺もニアもビックリしたよ。Lがの部屋の前で謝りまくってるから」
「そうだったね。何も悪くないのにLってばずっと謝ってた。だから私も余計に誤解しちゃって……」
そう言って笑う彼女の横顔はとても綺麗だ。
Lのことを話してる時のは誰よりも幸せそうな顔をする。
「俺としてはあんなに慌てたLを見たことなかったから地味に新鮮だった」
「私が怒るとLはいつもあんな感じで、必ずこう言うの」
――、すみません、すみません……まだ怒ってますか?許してくれませんか……?私はに嫌われたら生きていけません"
「そう言えばあの時もそんなこと言ってたな……確か」
「でしょ?それでね、私が無視してるとLはだんだん風船が萎んだみたいになっちゃって、膝抱えて凄くへコんじゃうの」
「そりゃあ……好きな人に無視されればへコむだろ」
「だからそんなLが可愛くて、とっくに許してるのにわざと無視しちゃってたかも……」
「酷いな、それ……」
「だって普段のLは賢くて皆の憧れの的だったでしょ。でも私の前では私だけが知ってる彼に戻ってくれるから……」
は笑いながら、風に浚われて行く髪を指で押さえた。あの日のことを、その日の彼を、一つ一つ思い出しているのかもしれない。かすかに目を細めながら優しい表情を浮かべる彼女はとても幸せそうだ。
「……子供のに振り回されてたLに同情するよ」
「あ、また子供って言ったー。何よ、メロの方が年下のクセに」
「精神年齢では俺が勝ってるだろ」
「うわ、感じ悪い。未だにチョコが好きなクセに」
「……チョコが好きで何か問題が?」
「あはは、メロもスネるんだね」
「……」
彼女の言葉に思わず目を細めると、楽しげに笑い出す。今まではLの話をすることに躊躇っていたけど、それは間違いだったのかもしれない。
Lの話をして少しでもそんな笑顔を見せてくれるなら、もっと話そう。
楽しかった頃の、あの懐かしい日々をいっぱい話そう。
あなたが笑ってくれるなら
ひとこと送る
メッセージは文字まで、同一IPアドレスからの送信は一日回まで