
彼がいなくなった。
尊敬し、目標としていた彼が。
それを聞いた時、幼き日から見ていた面影が脳裏にフラッシュバックのように浮かんでは消えた。
そして彼の隣にいた人の笑顔だけが……今でもこの胸を支配したまま――。
涙は不思議な事に出なかった。ただ胸の奥にポッカリと穴が開いたような気がしただけ。
二アも特に態度には表さなかったが、きっと同じように感じてるんだろうということだけは理解できた。
そんなからっぽの心に残ったのは、ただ激しい怒りと彼女のこと。
いつも笑顔だったあの人は、彼のいなくなったこの世界で何を思い、何を見ているんだろう。
俺は15で施設を飛び出した。
彼が戻る事のない場所に興味はない。
そして彼が戻らないということは、彼女も二度と戻らないということだ。
俺は俺のやり方でLを継ぐ。
そう誓ったんだ。あの雨の夜に。
それから俺は必死だった。目的のためなら手段も選ばない。
俺の手となり足となる組織が必要ならば人だって平気で殺した。
キラと……そして彼女を探し出すために。あれから4年――。
俺は彼女を見つけた。
「……」
声をかけると女はビクっとしたように足を止めた。路地裏から姿を現せば、感情のない瞳が俺を捉える。昔の面影をかすかに残した綺麗な瞳。でもあの頃の輝きを見ることは出来なかった。
「……誰」
表情を変えないまま、感情のない言葉が彼女の口から漏れる。応える代わりに歩み寄り、前より細くなった彼女の手首をそっと掴んだ。
「俺と一緒に行こう」
「……」
彼女は何も応えない。でも返事など最初から待つつもりなどなかった。
表情すら変えない彼女をそのまま自分の車に乗せてすぐに発車させる。行くあてもなく、ただ無言でハンドルを握る俺と、隣で俯いたまま黙って座っている彼女。
まるでその空間だけが過去に戻ったかのような気さえするのに。
あの頃の二人はもうどこにもいないに等しかった。
30分ほど車を走らせると、綺麗な海が見えてくる。ビーチの手前で黙って車を止めると俺は初めて呼吸をしたくらいの息苦しさを感じていた。
4年もかかった。彼女を探し出すのに――。
シートに寄りかかり、目の前の海を眺める。いつものようにチョコを咥えて噛み切ると、そこで初めて彼女が顔を上げた。
「メロ……?」
「……ッ」
か細い声で名前を呼ばれ、ガラにもなく鼓動が早くなる。昔とちっとも変わらない優しい響き。
なのに、その瞳は空を彷徨い、何も見てはいない。こんなに近くにいる俺でさえも。
「探した……必死で」
押し殺すように口から漏れた言葉。彼女に伝わっただろうか。
未だ俺を見てくれないを見ていると少し不安になってくる。
会いたくて、なりふり構わず必死に捜し求めた彼女。
彼が唯一、愛した……女性――。
「……こっち見て。」
そっと彼女の頬に手を添えると、の瞳がゆっくりと俺を捉えた。
「メロ……なの?ほんとに……」
「ああ」
彼女の瞳がかすかに揺れて透明の液体があっという間に埋め尽くす。
まるで夢から覚めたような顔で彼女は微笑んだ。
「大きく……なったね……」
彼女はそれだけ言うと、白く綺麗な手を俺の頬へ添えた。その瞬間、彼女の頬に涙が一粒零れ落ちて、それを指で軽く拭ってやる。
「ど……して……私を――」
「……会いたかったから」
「……」
「会いたくて死にそうだったから……必死で探した」
生きる気力を失ったであろう、貴女が心配だったから――。
そんな思いを込めて言えば、彼女は黙って俺の顔を見つめた。
彼の死後、日本から姿を消した彼女。こんなにも痩せてしまった姿を見れば、今までどうしてたのか想像がつく。まるで死んだのと同じくらいの日々を長いこと過ごしてきたはずだ。
「もう……離れない。ずっと……俺の傍にいろよ、」
するすると離れていった彼女の手を握り返し、精一杯の言葉を繋ぐ。彼女は何も答えなかった。
ただ、ほんの少しだけ俺の手を握り返してくれた手が答えだと勝手に理解した。
「もう一人でどこにも行くな」
そう言って奪うように彼女を抱きしめる。
ほんとは……顔を見た瞬間、こうしたかった。初めて抱きしめた彼女の体は本当に壊れてしまいそうなほど細くて、俺の胸を痛くさせるには十分すぎる。
あの頃には触れる事さえ叶わなかった。けど……今の俺はあの頃と違う。
「もうガキだった頃の俺じゃない」
彼女の肩越しで、それだけ呟く。彼女の肩がピクリと僅かに反応した。
ほんと……いつの間に……こんなに大人になっちゃったの……?」
は泣いてるようだった。細い肩が震えていて頼りなげに俺の背に腕を回す。
俺は構わず力いっぱい彼女を抱きしめた。もう、どこにもやらないというように。
このままを奪い去って、どこかへ閉じ込めてしまえたら――。
「の夢は何ですか?」
「え?夢……?」
「はい」
「それはもちろん、Lとずっと一緒にいること、かな?」
「ほんとですか?」
「うん」
「……嬉しいです」
「Lの夢は何?やっぱり世界一の探偵になること?」
「ええ。でもそれは一番じゃなく、二番の夢ですよ」
「え、二番って……」
「一番は……と同じですから」
穏やかな笑みを浮かべて彼女へそう語ったLを見て、俺は凄く羨ましいとさえ思っていた。
Lは俺の目標であり、尊敬する唯一の人で。いつも後からついて歩いていた。
そして彼の隣にいる女性にも彼と似たような感情を抱くようになった。
「メロや二アの夢はなーに?」
「え?あ……えーと……Lの後継者になること!」
「そうなの?じゃあ二アは?」
「私もです」
「わ、二人ともLの後継者になるのが夢だって。モテモテだね?Lは」
「……ではもっと頑張らないといけませんね」
Lは優しく俺と二アの頭を撫でてくれた。そんな彼を彼女はとても優しい目で見ていた気がする。
あの優しい微笑をみるのが好きだった。
Lの隣で幸せそうに微笑む彼女を見るのが何よりも。
初恋――。
今、思えばそれに近い感情を俺はに抱いていた。その想いは色褪せることなく、遠い未来へ続いていくなど、あの頃の俺には分かるはずもない。
「ねぇ」
「ん?なに?メロ」
「は……Lとずっと一緒にいるのが夢で……その後の夢はある?」
ガキだった俺は何の気なく尋ねた。するとは綺麗な顔を柔らかく綻ばせて――。
「その後もずっとLと一緒にいるの。Lのために食事を作ったりして、時々は二人で出かけて……毎日ずっと一緒にいるのが夢かな」
「ふーん。そっか。じゃあ俺も一緒にいていい?」
「メロも?」
「そう。のたくさんの夢の中に俺もいてLもいれば、きっと楽しいんじゃない?」
得意げに言った俺を見て、とLが笑ってた。
「メロ、一人足りない。二アも一緒でしょ?」
はそう言いながらオモチャで遊んでいる二アを抱きしめていた。Lはそんな彼女を愛おしそうな目で見つめながら、やっぱり幸せそうに笑ってた気がする。
そんな二人を見てることさえ楽しくて、俺も自然と笑顔になって……。
あの頃の俺は今より上手く笑顔を作れてた気がする。
「じゃあ。私とLと……メロと二アはずーっと一緒だね」
は幸せそうな笑みを浮かべてそう言った。
その夢が数年後、一瞬で奪われることになるなんて、きっと想像もしてなかったくらい幸せそうに――。
あの頃の事を思い出すと胸が切り裂かれたみたいに痛くなる。
こんな悪夢のような現実を忘れてしまうくらいの幸福が、あの日にはあった。
腕の中にある温もりを何度も確かめながら、溢れそうになる想いを必死に押し留める。
この温もりが欲しくて他人を求めた。
でも埋まらなかった空洞。
それが今、すべて満たされたかのように溢れていくのが分かる。
「メロ……」
かすかに彼女が俺を呼ぶ。それを合図にそっと体を離した。
の目を見れば、さっきよりも少し感情が見えて正気に戻ったんだと分かる。
「ごめん……もう……大丈夫」
はそう言って俺から少し離れた。そんなことさえ寂しく感じるなんて、らしくない。
「心配させてごめんね……」
「何で……戻らなかったかは……分かる。でも連絡くらい――」
「……死のうと思ってたから」
「――ッ?」
心が壊れるかと思った。彼女の一言がこれほどの破壊力を持ってるなんて。
「バカなこと……考えんな」
声が震えた。あんなに輝いてた彼女の口から、そんな言葉が吐き出されるのがつらい。
「あれから……毎日そう思って生きてきたの……。でもいつもLの顔が浮かんで来て……躊躇しちゃう……」
「……!」
「怒られるかなって思うと……どうしても――」
そこで再び彼女を抱きしめた。さっきよりも強く、強く。
「死なせない……絶対!俺が……の傍にいるから……!」
気付けばそう叫んでいた。
そうさ、ずっとこの言葉を言いたくて、俺は貴女を探していたんだ。
貴女がLを追って逝ってしまわないように。
俺を置いて逝かないように。
「メロ……?」
「ずっと……触れたかった。貴女に」
あの日から貴女だけに。
「俺が貴女の傍にいるから」
だから、生きて、生きて欲しい。
貴女にだけは。
繰り返しましょう、
貴女が分かってくれるまで
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