――ああ、いい匂いがする。これはコーヒーの匂いか?
 それに何だろう。体がふわふわして凄く気持ちがいい。軽く寝返りを打つたびに柔らかい感触を背中に感じて、鳴海はゆっくりと目を開けた。

「……ッ?」

 最初に見えたのは記憶にない白い天井。驚きと共にがばりと体を起こす。そこは鳴海の趣味で埋め尽くされた隊長室でも、ベッド代わりにしている硬いソファでもなく。どこか女の子らしいレイアウトが施された可愛らしい部屋だった。一瞬焦った鳴海は、ふと夕べのことを思い出す。
 それは第三部隊にいた幼馴染が、このたび第一部隊へ配属になったこと。

 「あ、弦くん、起きた?」
 「……おぁッ」

 不意に声をかけられ飛び上がった鳴海を見ながら、綺麗な女の子が笑っている。柔らかそうな長い髪を胸元まで垂らした色白の女の子。彼女は施設にいた頃の幼馴染であり、鳴海の初恋の女の子だった。

……?」
「弦くん、朝ご飯、食べるでしょ」
「……えっ?ご飯って」
 
 彼女は室内に設置されているミニキッチンに立っていて、手にはコーヒーカップが二つ。テーブルの上にはオムレツと温かそうな湯気の上がるスープ。そして色とりどりの野菜が入ったサラダに、炊き立てのトースト。その光景を見て、ふと思い出した。施設で育ち、母親の味も知らない弦は、が作ってくれる朝ごはんが大好きだった。
 いや、しかし何故こんな状況に――?
 疑問を持ちつつ、寝ぼけた頭をフル回転させていると、が不思議そう顔で小首を傾げた。

「弦くん、食べないの?」
「いや……もらおう」
 
 美味しそうな匂いに引き寄せられるようにベッドから下りる。その時、かけられていたタオルケットがパサリと落ちた。

 「きゃっ何か着てよ、弦くん!」

 が顔を赤くしながらそっぽを向く。ふと自分の恰好を見れば、何故か鳴海は一糸纏わぬあられもない姿。さすがに目が飛び出るくらい驚いた。

 「な……?!わ、悪い……!」

 急いで着るものを探せば脱ぎ散らかした自分の服が足元にある。その中から下着とズボンをまず履いて「着たよ」と声をかければ、彼女もやっと振り向いてくれた。
 っていうか、ボクは何で素っ裸で寝てたんだ――?
 あり得ない状況を疑問に思ったものの。よくよく見ればも白いシャツ一枚という何ともエッチな服装。彼女の白い脚が惜しげもなく披露されていることに気づく。
 思わずゴクリと喉が鳴ったと同時に、これじゃまるで恋人の家に泊ったカップルのようなシチュエーションだと思った。まあ、寮の彼女の部屋だというのは分かっているが。

 恥ずかしそうに鳴海を見ていたはコーヒーカップをテーブルに置くと、彼の方へ歩いて来る。鳴海はいまいち状況が飲み込めず、ただ彼女が近づいて来るのをベッドに座りながらボケっと眺めることしか出来ない。ただ、相変わらずは可愛いな、と思う。

 「玄くん、どうしたの?寝ぼけてる?」

 彼女は鳴海の隣へ座ると、不思議そうに顔を覗き込んでくる。そのキョトンとした顔も反則的に可愛い。

 「え? あ、いや……というかボクは何故の部屋で寝てるのかと思ってね……しかも素っ裸で」

 普段から「常識知らず」と上から散々叱られてはいる鳴海でも、女の子の部屋、それも自分の下に配属されてきた幼馴染の部屋で裸になって寝るというところまで落ちた覚えはない。とりあえず疑問に思ったことを尋ねると、彼女は驚いた様子で「覚えてないの……?」と悲し気に大きな瞳を揺らした。
 その反応に「え」とは思ったが、昨日は色々ありすぎて頭の中がオーバーヒートを起こしてるかもしれない。

 「えっと……久しぶりに会ったんだよな、ボク達は」
 「うん。第三から第一部隊に移動になった時は凄くビックリした。それで弦くんが私の歓迎会してくれるって言って夕べは食事に連れて行ってくれたでしょ」
 「え、ボクが?」
 「……その様子じゃ……覚えてないの……?夕べのこと」
 「……えっと……?」

 どこか悲しそうに瞳を揺らすを見つめながら、鳴海は内心焦っていた。この雰囲気は何となく、ある種の独特なものがあると感じたせいだ。その時、が恥ずかしそうに鳴海を見上げた。
 
 「だから……私の告白」
 「こっ……?」

 告白?!と少しだけ目が飛び出た。何故ボクはそんな大事なことを忘れてたんだ? と。だが、そう言われてみれば、何となくその時の光景が頭に浮かび、鳴海の心臓を攻撃してきた。

 (そう、そうだ。はボクと一緒に働けるのが嬉しいって言いだして、そこで施設にいた頃の話になった。ずっとボクのことが好きだったって……そう言ってくれたんだ)

 まるで映画のワンシーンのように夕べの出来事が脳裏に流れ、鳴海は更にドキドキして来るのを感じた。まさか両想いだとは思わない。去年、任務中に遭遇し、昔のノリで「会いたかったよ、!」と抱き着いたら、「いきなり抱き着かないでよ、弦くんっ」とビンタされたことで嫌われたとばかり思っていた。

 「思い出した……夕べのこと」
 「ほんと?」
 「ごめん。何でボクはそんな大事なこと忘れてたんだ……?」
 「弦くん、連続任務で疲れてたから仕方ないよ」

 は可愛い笑顔で可愛いことを言ってくれる。ああ、なんて幸せなんだ。こんな可愛く育った幼馴染から好きだったと告白されるなんて……生きててよかった。
 鳴海の荒んだ心が一瞬で癒されていく。すると彼女は更にとんでもないことを口にした。

 「じゃあ……私にしたことも覚えてる?」
 「……した、こと?」
 「夕べの……」

 そう言っては恥ずかしそうに俯いた。え、この雰囲気……は、と鳴海の心臓が一際大きく高鳴った。自分が素っ裸で彼女のベッドへ寝ていたことを考えると、答えはもう一つしかない。

 「……あ」

 突然脳裏に自分が彼女へキスをしながらベッドへ倒れ込む光景が浮かんだ。同時に顏から火が噴き出たのかと思うほどに火照ってくる。

 (え、ということはボクとはすでにそういう仲・・・・・に?! というか告白されたその日にエッチをするなんて、どんだけ節操なしなんだ、ボクは!)

 軽い眩暈を感じながら、鳴海は自分の頭を抱える。いくら疲れていたからといって、そんなものは言い訳にはならない。

「弦くん……?」
「えっ?あ、い、いや……お、覚えてるよ、もちろん」

 今、思い出しました、などとは言えず笑って誤魔化す。
 いや、その前に好きな女の子を抱いたというのに何故忘れてる! と自分を殴り倒したい気分だった。しかし隣で恥ずかしそうにしているを見ていたら、当然のように男の欲求は高まってくる。自然とシャツから伸びている白い脚に目が向き、そのまま視線を上げればシャツの胸元が僅かに膨らんでいる。思わずゴクリと喉を鳴らしつつ、更に視線を上げれば、ピンク色の美味しそうな唇。
 本能のまま彼女の肩へそっと腕を伸ばしかけたが、そこでふと理性が働く。一度致したとはいえ、いきなり抱き寄せても大丈夫かと心配になったのだ。
ただ、夕べは散々エロいことをしたんだから今更か、と開き直り、鳴海は彼女の細い肩を抱き寄せた。

「げ、弦くん……?」
「キス……していいか?」
「え、でも……朝ご飯は?」
「……今は……が食べたい」

 思い切って口にすれば、の頬が薄っすらとピンク色に染まった。それが反則級で破壊的に可愛くて、鳴海の中の怪獣が早くしろと大暴れしている。何も言わないということはOK。そう受け取り、鳴海は顔を近づけての小さな唇へ自分のそれを重ねた。

 (や……柔らかい。めちゃくちゃ気持ちいい……)

 夕べも散々したはずなのに、まるで初めてキスをしたかのような感触に鳴海は感動すら覚えた。夢中で唇を合わせ、次第に啄むように何度も角度を変えながら口付ける。した記憶がなくても、やはり好きな子とのキスは体を熱くさせていく。鳴海はの柔らかい唇を暫く堪能していた。
 腕の中で大人しくキスを受け入れてくれる彼女が可愛くて、更に強く抱き寄せれば。そのうち触れ合うだけじゃ物足りなくなり、舌が自然に動くのが分かった。合わせている唇を舌先で刺激すれば、はそれだけで気づいたのか僅かに口が開く。そこへ舌を滑り込ませて、彼女の小さな舌に自分のをやんわりと絡ませた。

 (舌を擦り合わせるだけで気持ちいい……。マズい。下半身が疼く……いや、もう完全に勃ってるんだけど)

 鳴海の脳内はすでにエロス一色に染まり、朝食だとか、自分の部下だからとか、はたまた怪獣のことだとか、全てがどうでもいいと思うくらいに欲情していた。

 「……

 僅かに唇を放し、背中へ回していた手を彼女の胸元へ移動させる。小柄なの胸は小ぶりだけれど、下着をつけていないその柔らかい膨らみは鳴海の手を楽しませた。優しく揉みしだきながらシャツのボタンへ指をかけると、が恥ずかしそうに身体を捩る。

 「げ、弦くん……ダメだよ……朝から」
 「でも……もう我慢出来ない」

 言いながらをベッドへ押し倒すと、シャツのボタンに指をかける。だが三つほど外したところでもどかしくなり、開けたところから手を滑り込ませた。

 「ん……げ、弦く……」
 
 自分の下で恥ずかしそうに瞳を潤ませているを見ていたら、色々とたまらなくなった。鳴海の下半身が痛いくらいに勃ち上がり、全身が熱く昂って来る。

 「……」

 彼女の首筋に口付けながら、滑り込ませた手を膨らみへ這わせる。

 (……あれ?)

 伸ばした指先は一向に柔らかい膨らみへ到達しない。言ってみれば、真っ平だ。がいくら巨乳じゃないにしても、これじゃあまりに胸がなさすぎる。しかもさっきより硬い気がする。これじゃまるで男の胸板を触ってるようだ。

 「……玄くん?」

 手の動きが止まったからか、が不安そうに鳴海の名前を呼んだ。ダメだ。ここで胸のことを口にしたら彼女を傷つけてしまう。咄嗟にそう思った鳴海は優しくキスをして気を紛らわせようと、彼女の口元へ唇を近づけていった。

 「……ん?」

 にキスをした瞬間、さっきと感触が違うような気がした。
 こんなに……硬かったっけ。それに何か口元にチクチクと当たるような――?
 そう思った瞬間だった。鳴海の腹部にとてつもない衝撃が走り、思わず「ふごっ!!」と声が漏れる。あまりの痛みで飛び起きた鳴海の視界に映ったのは、顔面蒼白で額をピクつかせている憎たらしい後輩の顏だった。

 「……は?日比野カフカ……?」
 「あ、あんた、何してんすか!」
 「……え?」
 「え? じゃないっすよ!こ、ここれ、立派にセクハラじゃないっすか!」
 「うがっぁ」

 呆気に取られている鳴海を、部下である日比野カフカは何の躊躇いもなく突き飛ばした。吹っ飛ばされた鳴海は壁に激突し、そこでハッと我に返る。今まで目の前で頬を赤らめていたは当然いない。室内を見渡せば美味しそうな匂いをさせていた朝ご飯もない。
 当然だ。そこは殺風景な仮眠室だった。

 「……は?」
 「よ、よりによって俺にキ、キスしてくるとは……しかも人の胸散々撫でまわして……っ」
 「は? ボクが……? お前の?」

 見ればカフカのシャツのボタンが三つほど外れて、胸元がはだけている。それを見た時、吐き気を催したのと同時に、初めてとの全てがとってもリアルな夢だったことに気づいた。
 が第一部隊に移動してきたのも本当で、一緒に夕飯を食べたのも本当だが、鳴海が夢に見たような告白もエロい行為も一切なく。食事デートをしている間、勝手に鳴海が妄想していたことだった。あまりに悶々としたままと別れたせいであんな夢を見たに違いない。
 しかも最悪なのは鳴海が帰って来た際、酔っぱらったカフカと遭遇して捕まったことだった。しばし話に付き合わされ、あげく疲れて睡魔に襲われた鳴海は、仮眠室。それもカフカの隣で寝てしまったのは不運としか言いようがなかった。

 「……ってか、勃ってんじゃねぇか、アンタ!」
 「こ、これは……朝の生理現象だ! 間違ってもオマエごときに発情したわけじゃないからな!」

 そこでとんでもない誤解をされてると気づき、慌てて否定する。その時、仮眠室のドアが開き「ストーっプ!!」という大きな声と共に、長谷川副隊長、そして当のが入って来た。

「あんたら……いったい何を騒いでるんだ?」
「弦くん……どうしたの? 日比野さんと何かあったの?」

 が驚いたように鳴海の方へ歩いて来る。心配そうに見上げてくるその顔も可愛い、と鳴海は頬が緩みそうになった。

「日比野カフカ。どういうことか説明を」
「い、いえ……鳴海隊長が……」
「鳴海が……何だ?」
「……」

 まさか鳴海にチューをされて胸を弄られましたとは言えなかったんだろう。カフカの顏が赤くなったり青くなったりしているのが笑える。

「もう……弦くんが日比野さんに何か嫌がらせでもしたんでしょ」
「え……いや、まあ……でも不可抗力と言いましょうか……」

 呆れたように溜息をつくを見ながら笑って誤魔化すと、カフカだけはおぞましい物を見るような目つきで鳴海を見ている。しかし言ってみれば鳴海も被害者であり、誰が好き好んで30過ぎのオッサンの唇を奪うか!……と思う。
 あの感触を思い出したら鳴海は再び吐き気がしてきた。今ならキラキラしたものを滝のように出せる自信がある。

「うっぷ……」
「どうしたの?弦くん、顏色悪い」
「い、いやちょっと気色悪い感触を思い出して……」
「……大丈夫?」
「うーん……が口直しにちゅーでもしてくれたら、すぐ治る――」

 と言いつつ唇を突き出した鳴海を見て、彼女がギョっとしたような顔で思い切りビンタをかましてきた。

 「何考えてんの?! 相変わらずドスケベなんだから!」

 は真っ赤になって怒り出し、仮眠室を飛び出して行く。
 そう言えば子供の頃ものスカートをめくっては、こうしてビンタされてたなぁ、なんて情けない記憶が蘇った。今も大して変わってない辺りが痛い。いや、殴られた頬も痛いが。あげく長谷川副隊長にまで「何やってんだ アンタ」と白い目で見られて散々だった。

 「鳴海隊長……」
 「な、何だ……」
 「今度、可愛い部下に手を出そうとしたら……怪獣の餌にするぞ?」
 「チッ……」

さっきの幸せ過ぎる夢から一転。地獄のような現実に戻って来てしまったことを嘆きつつ。まずはに許してもらうために煩悩は押し殺して、今すぐ謝りに行こう。
 そう胸に誓った鳴海だった。

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